片道切符

寒くなってきました。

フランス日記2000

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2000年から2001年にかけてのフランス滞在の記録
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La Corrida

Nimesの町で「学校」といえば、それは闘牛学校のことである。
南仏の闘牛は、牛を皆で追い回すものが多いと友人たちはいうのだが、ここの闘牛はスペイン風だ。
3人がかわるがわる、闘牛の前で 華麗な演技を披瀝する。 
マタドールの足が動かない、牛が連続して布に突進する(皆で数えている)、なるべく体の近くを牛を通す という条件が満たされると 満場の拍手がわきおこる。 
元気すぎる牛は危険なので、ガードを固めた馬にまたがったピカドールが予め槍で牛をつつくのだが、牛の突進の衝撃でよろめく馬を見ていると、馬の方も随分と気の毒に思えてくる(目隠しされているので、何がおこっているのかわからないのだろうけど)。
あんまり何回も槍をうちこむと観客がブーイングを始める。 
ローマ時代にも、この闘技場にはこんな風なブーイングが響きわたっていたのだろう。 
結局のところ、外人から見るとショーは、3人の闘牛士による6頭の屠殺にすぎない。 
人間がよってたかって、一頭の牛を嬲り殺しにするわけで そこには真善美など生まれる余地はないように思える。 
刺し損なう闘牛士に、止めをさしてもなかなか死なない牛。 
何度も剣で突く姿は 醜悪だ。
やる気のない牛を無理矢理追い立てる様子も無様このうえなく見える。
でも、彼らが求めている真が、善が、そして美が そこにはあるのである。 
見ているときは なにもわからない。 
ただ、闘牛士の舞と、牛の突進の流れを追い、固唾を飲んでこの危険な舞踊に見入るだけである。 
そして、その一瞬が訪れる。
動から静への鮮やかな転換。 
これまでの全ての動きが一遍のドラマへと昇華される瞬間。 
しーんと静まりかえっていた場内から割れんばかりの拍手と歓声がわきあがる。 
僕は、これは歌舞伎なんだ とふと思う。
筋書きはなくても、あるべき美のアルケタイプは劇場のすべての人々に共有されているのである。
 牛を誘導し、間一髪で柵に逃げ込む若い闘牛士たちの表情を僕は忘れることはないだろう。 
そのドラマはやはり、命をテーマとしているのである。

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軍隊

最近では 徴兵制は、はやらないらしい。
欧米でも 徴兵している国は 今となっては少数派。
誰だって軍隊なんかにはいきたくないわけで 韓国では
歌手やらアイドルやらが 外国の国籍を取得して徴兵逃れをはかったりするのが問題になっていたりする。
頻繁に戦争をやっているイスラエルでさえ 徴兵に応じないなんて連中が出る有様。
こっちは軍隊にいかないと刑務所に放りこまれるらしいから 政治的な理由からなんだろうが
一部の例外を除き 軍隊やら戦争なんぞにいきたいという連中はいないわけである。
さて、フランスでも今じゃ軍隊は志願制だ(市民の軍隊は民主主義の礎という感じもしないではないのだが)。
ここの楽しいところは 国内のみならず国外からも自国の軍隊の志願者を募っているところだ。
しかも この外人部隊が フランス国内でエリート部隊とみなされていたりするのである。
外人なんだから どんどん危ないところに放りこんでいい ということなのか
それとも これがフランス人らしい鷹揚さなのか。
映画なんかでは 「恐れ知らずの外人部隊、危険な仕事だが給料は高くて、
酒と女と賭博にあけくれる 命知らずな男たち」って感じなのだが…
どうも最近ではそうではないらしい。
上官が部下を殴ったら 体罰を加えたと訴えられて罰せられたりしているし、
ナチスか何かの戦犯崩れの歴戦の猛者がゴロゴロいて、そいつらはいつも自慢のナイフを研いでいる なんてな世界は もう昔の話なのだ。
高級とり というのも嘘なようで…
外人部隊に憧れる日本人にとっては 傭兵稼業は 経済的にはとっても辛いらしいのだ。
儲かるどころか赤字になるという。
そんなわけで まず日本でアルバイトして貯金して、お金がたまったらフランス外人部隊に契約して 憧れの軍隊ごっこを楽しむなんてな日本の若者までいたりするのである。
僕がいたニームにも 外人部隊が駐留していた。
駅のホームには、白い古風な帽子をかぶった なんだか第1次世界大戦当時みたいな格好の若者が結構いたのであるが、見た感じ 至極普通の青年たちばかりである。
男のロマンを伝えるのはその古風な制服ばかり。
ま、いい時代になった ということなのかな。

カルカッソンヌにて。
昔はここが国境の町だったのだという。
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フランスに限らず、ヨーロッパの街では街をぐるっととりまく環状道路なんてものをよくみかける。
都市工学では 環状道路と放射状の道路の組み合わせのほうが近代的とされているそうだが、べつに ヨーロッパの街が ブラジリアみたいに古くから近代的だったというわけではない。
昔は城壁があったところを潰したら、でっかい道が出来たというだけである。
ぐるっとした大通りに、地形(川沿いとか)に応じてまがる大通りというのが ヨーロッパの街の道なのである。
僕はこういう道が大の苦手だ。
というのは、僕が育ったところでは道は基本的に東西南北、きっちり碁盤目状に走っているのが当たり前だったから。
田んぼまでが整然と碁盤目状で、たまに曲がっているところには、こんもりした丘(だいたい古墳だ)があるばかり。
道はそう簡単には曲がらない。実に男らしい。
だから北へ向かっているはずがじわじわと東へ折れて…なんてな道を歩くと
「むぅ、曲がらないはずの道が…何故?」と僕は大混乱に陥るのである。
加えて根っからの方向音痴なもんだから フランスの交差点でよく見かけるロータリーなんかに入ったら、もうどっちから走ってきたか すっかり忘れてしまうのである。
そんな僕だが、フランスでは あまり迷子になって困ることはなかった。
みんな よく道教えてくれるのだ。。。
ん? ひとつ問題があった。
道を聞くと、皆の答えが違うことだ。
(観光用の地図の前で道を聞いたりすると 通りがかった連中が 何もいわないうちから、わらわら集まってくるのだ)
しかも、それぞれが自分の意見を譲らない
道はぐねぇ〜っと曲がって いろいろなところで合流しているから いろいろなところからいけるんだろうが、どっちが近いかで、彼らは熱く(実に楽しそうに)議論するのだ。
ともあれ、多少時間はかかるけれど、フランスでは知らない町でも能天気に歩くことができるのだ。
けっこう、けっこう。

アルル、サントロフィーム教会。
ロマネスクの彫刻は愛嬌がある。
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レジュメ

海外へ就職しよう ということになると まず必要となるのは 英文履歴書。
自分のスキルを過不足なく宣伝する立派な履歴書を拵えねばならない。
スキル欄には たとえば
「言語: 日本語(母国語) 英語(とっても堪能)
なんて書くんだから 英語の履歴書がおかしいと、さっそく僕の履歴書の信憑性が疑われてしまうのだ。
フランスで仕事をすることになった僕は 当然のことながら この履歴書を書いた。
本当はフランス語で書かなければならないのだが 「俺はフランス語はちんぷんかんぷんだ」 と さっさと兜を脱いでいたので 受け入れ先でそれをフランス語にして提出してもらうのだ。
さて、履歴書、これまでの苦難の就職活動で 学生が書くべき履歴書については 奥義を極めたと自負していた自分だが(履歴書が良くても 本人の能力に問題があると採用されないのさ)、よくよく考えたら英語の履歴書なんて 書いたことがない。
一体どう 書くものなのだろう?
職業の欄にエンジニアとか、ビジネスマンとは書いても、会社員とは書かない欧米風だという。
英文履歴書の書き方も きっと欧米風のものがあるに違いないのだ。
さっそく 本やらなにやらで、英文履歴書の書き方なんてなものを調べたところ…どうやら、
日本の履歴書みたいに顔写真を貼ってはいけないらしい。(顔で採否を差別するんかぁ?と裁判になる)
趣味とか、学生時代に何に力を注いだ とか 個人的な情報は 書くものではないのだ という。
そんなわけで僕は 極力個人情報を排除したストイックな履歴書を送ったのである。
項目は次の通り。

目的、名前、住所、連絡先、現在の職場と業務内容、学歴、職歴、所属学会、出版物一覧、言語、技能、照会先。。。

ああ、ストイック。
機械のように僕が記述されている。
われながら完璧と思いながら、この履歴書を送ったのだが…
ぢつは、こんな情報はどうでもよくて 彼らは僕の個人情報が欲しかったのである。
嫁さんはいるか? 家族構成は? 生年月日に生まれた場所は? などなど。
メールでのやりとりだと どうも要領を得ないと思われたのか、結局 彼らは 僕に 「この書類を埋めて」と なんだか履歴書らしきもの(フランス語)を送ってきたのである。
このフランス語の履歴書を前にした僕の狼狽ぶりは置いておくとして、社会保障制度上の理由から こういった個人情報が必要だったのであろう。
アメリカンな履歴書(本当にあの本が正しいかどうかはさておき)が 世界標準ではないのである。
ちなみに 僕の周りにいたフランス人は みんな英語が下手だったから、彼らは履歴書とおり、はにゃーまんは英語がとっても上手だと 思いこんでいて、論文を添削してくれと 僕の前に長蛇の列ができたのであった。
ジャパングリッシュ万歳!

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ロシアの作家、ゴーゴリの「鼻」という小説は次のようにはじまる。
ある朝起きてみると 自分の鼻が無くなっている。
しかもこの鼻、5等官の制服を着て馬車まで乗りまわしている…。
そんな馬鹿な と笑い飛ばすようなこの小説にも 一遍の真実は含まれているのだ。

一年ほど前のこと、僕は、顔の中央に鎮座する鼻を折ってしまったのである。
とりたて自分の顔が気に入っているというわけではないのだが、やっぱりなじみのあるものが変わるのには抵抗がある。
人間、無くしたものは惜しくなるものだ。
しかも ちょうど就職活動中だったこともあって鼻につけたバンソウ膏やらギブスやらは必要以上に大活躍することになった。
面接試験にいくと受付のお姉さんに笑われる始末。
鼻のあたまのバンソウ膏なんて目に入らないかのごとく、至極冷静に試験を進めていた試験官は
「えっと、最後に 一つ、聞いておきたいことがあるんだけど…いいかな?」
「なんでしょう?」
「鼻 どうしたの?」
散髪屋では主人はしばらく無言で私の鼻のギブスを見つめた挙句、
「えっと、そこ押さえていいのかな?」
(そりゃ、まぁ、押さえないと髭それないから)
折りの悪いことは続くもので、友達の結婚式にも呼ばれていた。
「いやぁ、なんか、大変なところ 悪いなぁ…」
と 妙に恐縮する新郎。
さて ギブスが外れてからも大活躍。
腫れは そう簡単にはひかないらしくて、僕は日本人としては 異例の高さの鼻を装備して フランスに乗りこんだのである。
ギブスがとれて、晴れて白日のもとにその姿をあらわした鼻をじ〜っと見てみる。
どうも、これは僕の鼻では無いような気がする。
手術したのだけど、なんだか鼻が曲がっているようにも見える。
う〜ん、う〜んと唸る日々。
道行く人々とすれ違っても鼻しか目に入らない。
むむ! あれは 俺の鼻だ。いや、そうに違いない… なんて気分になってくるのである。
これほど鼻を見つめたことは これまでの人生で一度もない。
つい、他人を捕まえて
「あの、申し上げにくいんですが…そのぉ、だって、貴方は私の鼻じゃないですか!」
なんて言ってしまいそうになるのである。
ゴーゴリって 偉大だ と改めて思ったのであった。
(きっと、彼も鼻を折ったことがあるんだとおもう)

マーニュの塔。
ローマ時代に作れれたこの塔からはニームの町が一望できる。
頂上には落下防止用の柵もないので視界も良好だ。
ちょっと怖いけど。

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