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【夜伽草子】 よとぎさうし
作 東雲之東風(しののめのこち)
※文法等間違いの見られる場合はどなたでもご指摘下さい。
参段「鉄車」まかねのくるま
九つの月が朔日(ついたち)は、曇り暮し、夕つ方は晴れたるに、空に星の数、月もいと明(あか)く見えたれば、「あなうつくし」とて廊下に暫し佇みたり。
暫しのち、「人やさぶらふ」といみじう人の叩かせたまへるに、我が家の築地(ついひじ)のくづれにぞ眼を遣りける。
くづれより、白き車のいときよげなるに、下簾(したすだれ)のにほひきよらに香り来たり。
また、装束(さうぞく)し、壺胡籙(つぼやなぐひ)負ひたる随身(ずいじん)の行き違ひたるも見ゆ。
「さてもさても、無粋なるは陰のみにあらず」と見るほどに、くづれより主殿司(とのもづかさ)来て、「殿の聞えさせたまふ、『聞ゆべきことなむある』」と言へば、「ただ今見るべきことありて、朝(あした)には屋敷へなむ上りはべる。」と言ひて、やりつ。
主殿司「『いや、ここに。』」と返す。
心ときめきしてわづらはしければ、「されば、みそかなる所なれば、門よりは入らで、築地のくづれより入りたまへ」と言ひて、やらば、めでたくてぞ、歩み出でたまへる。
尾花の綾の直衣(なほし)の、いみじう花々と、裏の薄縹(うすはなだ)のつやなど、えも言はずきよらなるに、まことに絵に描き、物語のめでたきことに言ひたる、これにこそは、とぞいたう心もなのことや、と見えたる。
「わづらはし」の五つ文字をとて詠みはべる。
我が庵の築地くづれ来光か
花々と見ゆ白き尾花か
参段「鉄車」 まかねのくるま つづく
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小説 「夜伽草子」
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【夜伽草子】 よとぎさうし
作 東雲之東風(しののめのこち)
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弐段 「島国」しまくに
暫しのち、風にさらさらと草の音などしていと心地よきに、廊下に筵なぞ敷きて虫籠が鈴虫の音を数へける夜のありけり。
ひと振り、ふた振りとて鈴虫の始めけるに、俄か黒き雲月にかかりて、背なよりあやしき心地ぞ忍び寄りける。
振り向きてかの部屋の隅にぞ目を遣れば、陰のゆらゆらとしてゐたり。
「無粋なり。疾(と)く去(ゐ)ね」とて我の言ひつくれば、陰「佳き夜なり。されば、ひとつ物語りなぞさせ給へ」と我の無きが如くに始めたり。
陰、今は昔、東の方に小さき島国のありけり。
島国が内、東の方にいと栄えたる都のありければ、人の数多鳥籠が中に詰め込まるるやうにしてゐたり。
箱庭の都が内、富めるも卑しきも皆重ねたる箱が中に暮らせり。
人、箱が大小高低を争ひ、一つ家に暮らするは稀なり。
人の数、住まひは時を経てなほ増しゆくなれど、昔よりありし家、よき人のならひは砂一粒ほど稀とはなりぬ。
去年(こぞ)大き家を持ちたるも焼け、或ひは富を失ひ、小家となり、或ひは無一文となり果て何方(いづかた)へか落ちゆけり。
我、古より人の世と、栖(すみか)とはゆく河の流れのためしにて、一刻も留まりたることなし。
人が生も、また朝露のためしにして、暁に生れ、東雲に存(ながら)へ、曙に死す。夕暮を眺むるはいとど稀なり。
さても、何時の世も人と言ふは、頭(かうべ)が中進みたるためしなし。我もまた右のならひなり。
朝(あした)には消ゆる露とぞ人の身の
ひと夜の夢と吹かば散りゆく
弐段 「島国」しまくに 終り
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【夜伽草子】 よとぎさうし
作 東雲之東風(しののめのこち)
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初段 「陰」かげ
ころは帝のお隠れになり給ひし年の八つの月も末の頃、何ぞ寒き心地のし
たりて夜半目醒めたる日のありけり。
冴え冴えと風の渡る音して、玻璃の外にぞ目を遣りければ、月天心にいと紅々としてゐたり。
「あなさびし」とて床より起き上ぐれば、部屋が隅の暗がりに何やら陰のいごきゐたる。
「あなや恐ろし」とて身の打ち震へつつ埋め臥し「誰そ」と問ひつくれば陰の小さく止まりたり。
暫しありて後、陰が中よりか「吾の見えたるや」と低き風鳴りの如き響きの聞こゆ。
我心が内にて神に祈りつつ「怪 ( あやかし )なれば疾 ( と )く去 ( い )ね」とて云ひ付くれば「吾怪に非ず」と返り来たり。
なほ陰の消えざるによりて「そは何ぞ」と問ひつくれば、陰「何と見ゆ」とぞ問ひて返したり。
さても我生きたる心地ぞせず、声無き声にて「陰なり」と答へける。
されば陰少し揺らぎて「なれば陰なり」と言ひけり。
更に陰のゆらりゆらりとしたりて「吾久しく人と語りたること無し。願わくば物語なぞさせ給へ」とて言ひはべりぬ。
我、心が内にて「否」と言ひつつ、口よりは「可なり」と漏れ出でたる。心もとなきこと限りなし。
それよりは後、陰の夜半枕辺に立ちて徒然に物語なぞして消ゆることの重なりぬ。
人目さへかれぬとぞ思(も)ふ草の庵
よるさへあやしき陰ばかりとは
初段 「陰」かげ 終り
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