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これもまたつづきです。
言葉の力は恋の扉を開きました。
恋の中ではすべてが順調でした。
しかし、人妻とのそれは終わりました。
そして、首の手術そのものは良好でしたが、ケアをマズりました。
最初の頃は昼食を終え薬を飲むと1時過ぎにはとても神経とかがさわやかで、
僕はそれを「爽明な時間」と呼んでいました。
このままいけばどこまで治るのかと楽しみでした。
でも、それを失いました。プランや経験がなさすぎたのです。
ハイ、頚椎の手術をなさる方はケアのしっかりした病院を選んでください。
僕もいい加減ですが、何かひとつミスがあったためにすべてが狂いました。
そして、その狂いはすべてに及びます。
予防的な意味で手術をしたのに期待していたレベルの回復ではなく、
それなのにオペの2日前に「効果は10年」と言われれば、
それは誰だって怒りたくもなると思いませんか・・・
そして、そのためにつくはずだった役職へのチャンスも失ったとくれば、
これはもう恨みというか、鬱々となるよな〜〜〜
おまけに終わった恋にしても、一方的に悪くとられると・・・
こうして体は期待通りではなく、仕事も閉ざされ、人間関係もとなると、
これはもう下降していくしかなくーーー
後から思えば、あの時期は気づかずに鬱だったなと思うのです。
まあ、軽かったにしても、ホントに閉じていました。
そこから救われたのは、またしても言葉の力のおかげでした。
2、3年した時にまた、詩のボクシングに出るよう電話で誘われたのです。
直接受けませんでしたが、一応OKしました。
スネていても、出ると決めて言葉と向き合えば、自然と本気になります。
そのあがくことこそが自己修復の過程でした。
想いを捉え、言葉に組み立てれば、心は開きます。
勝とうと思えば、他者がどう感じるかまで計算しなければなりません。
やってみて面白ければ、また前にいけます。
そして、僕はここにいます・・・
鬱にも力があると思います。
それは内向きであったり、停滞であったり、不安であったりします。
それは遠回りさせる力、より熟成させる力なのではないでしょうか。
と、勝手な意見です。
でも、想うのです。
要は、想いをどう捉え、自分を楽にしていくかだと・・・
言葉は力になりますーー
終わり
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