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			<title>ハッピーキャンパス資料</title>
			<description>政治学、経済学、経営学に関するすべての資料は、
ハッピーキャンパスから、
大学レポートから論文、卒論までのすべての資料はここから</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happy2005campus</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>ハッピーキャンパス資料</title>
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			<description>政治学、経済学、経営学に関するすべての資料は、
ハッピーキャンパスから、
大学レポートから論文、卒論までのすべての資料はここから</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happy2005campus</link>
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		<item>
			<title>薬物療法及び現代精神医学における診断基準 ...</title>
			<description>薬物療法及び現代精神医学における診断基準について  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
ファイル名 ：ySz1uzCSQr.doc&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3429.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3429.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
本文の内容一部 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
　現代精神医学において、世界的に有名な精神疾患の診断基準は、世界的に有名な精神疾患の診断基準は、WHOによるICD－10（国際疾病分類改定第10版）とアメリカ精神医学会のDSM－犬あり、最も使用されている。&lt;br /&gt;
　ICD－10は、あらゆる疾患を分類したもので、そのうちの5章が「精神および行動の障害」の分類になっている。WHO が作成した診断のためのガイドライン（操作的診断基準、すなわち必須の症状は何で、いくつの基準がそろえば診断できるというスタイルではない）を明文化し、「気質性」や「神経症性」という従来の診断概念を残している。ICD－10は、従来診断とDSM診断の中間に位置づけられる。我が国では、ICD－10に準拠した「疾病、傷害および死因分類」を作成し、統計調査に使われるほか、医学的分類として医療機関で診療録の管理等に活用されている。&lt;br /&gt;
　DSM－犬蓮￢棲里柄犧酖診断基準を示したことで、臨床試験や地域の差、時代の違いによる診断の違いが生じにくくなり、疫学研究・臨床統計、生物学研究に必須の基準となった。また、疾病分類のほか、人格や知能、身体疾患と身体状態、心理社会的ストレスの強さ、社会適応レベルも評価する多元的診断法を採用していることが大きな特徴である。今まで意志の主観に頼りがちだった精神病の判断に対して、論理的推察と統計的要素を取り入れ客観的判断を下せるようにした一方、患者が手引きを片手に素人判断することも可能なため、自分で誤診する危険性も含む。先に示したICD－10との違いは、精神疾患のみの分類であり、「気質性」や「神経症性」の用語を用いていないことである。&lt;br /&gt;
　このような診断基準の分類があるが、精神疾患は研究の未発達な部分が大きく、分類や診断基準が国や医師によってばらつきがある。そのため、同様の疾患と考えられても異なった病名をつけられるという問題がある。 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
キーワード &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
現代精神医学, 診断基準, 分類</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happy2005campus/7082300.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Jun 2006 14:10:04 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>精神障害者を対象としたケースワーク、グ・...</title>
			<description>精神障害者を対象としたケースワーク、グループワーク、コミュニティワークの過程  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
ファイル名 ：7tVzMo6wwv.doc&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3426.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3426.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
本文の内容一部 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
　ケースワークとは、社会生活を送るうえで身体的、精神的、社会的な要因により、何らかの生活課題に直面している精神障害者や家族に対して、問題解決や課題遂行を援助するために用いられる援助技術である。ケースワークには多くの理論があり、多くのアプローチが存在する。その相談内容には、社会福祉制度の利用や精神障害者・家族を取り巻く生活環境問題など多種多様にわたっている。&lt;br /&gt;
　このような相談活動を展開する中で、中核をなす面接の過程を述べる。展開過程は、￣臀粒始期援助の展開期１臀僚結期の3つに分かれる。援助の開始期は、援助者が利用者と出会い、情報収集による問題の明確化や信頼関係の形成を目指し受理面接を行うインテークと、利用者・専門家・利用者を取り巻く環境などを分析し、問題を見付け解決へ結ぶアセスメント、援助の具体的方法を決め、当面の目標を設定するプランニングがある。援助の展開期は、援助者が利用者とその家族、利用者を取り巻く環境の相互関係へ介入し、各自の代弁を行なったり、情報提供などを行う。そして、援助者による調整機能を生かしたネットワークづくりも欠かせない技術である。援助の終結期は、問題が解決したときに終結となる。そのため援助者は、展開期の後半には、援助の終結を視野に入れた援助を行い、利用者が自立できるような態勢を整える。但し、全ての終結ではなく援助過程の一部として捉えられている。&lt;br /&gt;
　精神保健福祉士は、精神障害者の特徴や疾患を理解し、自らの力で問題解決に取り組めるよう利用者の不安を受け止め、支持し、助言していくことが必要である。そして、利用者の不満や不安についてもその感情を受け止める役割を果たし、支えていくことが必要である。&lt;br /&gt;
　グループワークは、集団に焦点を当て、問題解決のための目的を設定し、援助者がメンバー個人の社会生活能力を回復・強化し、社会生活上の問題解決や成長を図るものである。 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
キーワード &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
グループワーク, ケースワーク, コミュニティーワーク</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happy2005campus/7082255.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Jun 2006 14:09:30 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>ライフサイクルについて</title>
			<description>ライフサイクルについて  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
ファイル名 ：uTsdVNZ8m.doc&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3424.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3424.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
本文の内容一部 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
　ライフルサイクルは、人間の誕生から死に至るまでの一生の過程をいう。ここでは、思春期・青年期および中高年（成人期）におけるライフサイクルの精神保健ついて述べる。&lt;br /&gt;
思春期は、中高生年齢をさすものとして常用され、学童期から脱した若者が大人へと成長しいく移行期である。自分らしさを確立し、親からの精神的自立を模索していく中で揺れ動く時期であり、様々な精神的問題が生じる。&lt;br /&gt;
　近年、子供を取り巻く社会環境の低下が指摘されている。具体的には次のようなことがあげられる。子供とビジネスにおいて、覚醒剤などの薬物乱用が問題となっている。ダイエット目的や遊び感覚で乱用し、新たなビジネスとして携帯電話での密売なども横行している。非行の1つである子供の徘徊や喫煙なども他人への害がない場合には、法の厳守も尊重されなくなった傾向がある。今までの規範が喪失しているが、すべてを旧来からの規範に戻すという時代ではない。子供にも地域の情報を伝え、子供自身が考えていく機会を増やしていくことが重要である。&lt;br /&gt;
　メディア体験として、携帯電話やメールの普及により個人の情報コミュニケーションの手段が変遷した。しかし、電話のマナーなどが社会問題化されている。なかでも携帯電話は、守秘性、簡便性、即時性などにより普及したが、相手とつながっていたい共時性の文化を生み出している。そして、インターネットによる一方的な情報の発信、ストーキング行為など悪質な嫌がらせや、出会い系サイトによる犯罪が増加した。その一方で、読書や新聞などの活字離れは進んでいる。読むメディアはインターネットなどの視覚的なものが中心となっており、メディアの有害画像などから子供を守ることが課題となっている。このようなマルチメディア時代を生きる子供にとって、「メディアを選択し、主体的に読み解き、自己発信する能力」と定義されるメディアリテラシーの確立が子供の権利の1つとして重要視されるようになっている。 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
キーワード &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
ライフサイクル, 思春期, 青年期</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happy2005campus/7082170.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Jun 2006 14:08:21 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>精神科リハビリテーションの理念とその視点 ...</title>
			<description>精神科リハビリテーションの理念とその視点について  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
ファイル名 ：WFutHazqLJ.doc&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3422.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3422.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
本文の内容一部 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
　リハビリテーションの理念は、全人間的能力の回復と社会への統合である。精神科リハビリテーションの理念も、その点では異なるところはない。違いがあるとすれば、理念と用いられる技術との関係である。精神科リハビリテーションの訓練は、リハビリテーションの理念（復権）そのものを意識的に動機付けようとしている。&lt;br /&gt;
　世界人権宣言や日本国憲法では、人として生を受けた者は例外なく基本的人権を実現するように方向づけられていることを示唆している。精神障害のためにリハビリテーションに動機づけられないことが原因で、人権が妨げられる結果にならないようにすべきである。たとえば、家に閉じこもって一歩も外に出たくないといっている障害者を、誰にも積極的に害を与えないからといって、ただ放置しておくことが本人の人権を尊重することになるのかどうか、具体的によく検討しなければならない。&lt;br /&gt;
　精神科リハビリテーションの基本原則は、人間生活のあらゆる側面に否応なしにかかわらざるをえないため、さまざまなアプローチがある。それらを網羅しかつ統合されたものとなるためには、多面性・同時性・相補性・整合性などの諸要素を常に念頭においておく必要がある。以下に精神科リハビリテーションにおける視点を述べる。&lt;br /&gt;
　網羅的かつ統合されたアプローチとは、精神障害者はその本来の性質により、軽重の差はあれ、生活のあらゆる面に影響を及ぼす。したがってそれに対応するリハビリテーションも、人間生活のあらゆる側面に否応なしにかかわらざるをえない。また生活のある一側面に働きかけるアプローチ手法においても、生活能力の改善を目指すものや生活支援に資する環境の整備、環境への適応援助とさまざまである。これらのアプローチを偏りなく網羅的に行うことが重要なことである。&lt;br /&gt;
　当事者参加の原則とは、リハビリテーションの主人公は、あくまでも当事者である。 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
キーワード &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
精神保健, 精神科リハビリテーション, 理念, 視点</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happy2005campus/7082079.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Jun 2006 14:07:18 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>マーシャルとケインズ～その時代と彼らの使 ...</title>
			<description>マーシャルとケインズ～その時代と彼らの使命～  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
ファイル名 ：n3Y441lam8.doc&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3419.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3419.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
目次 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（１）マーシャルとケインズの関係&lt;br /&gt;
（２）マーシャルの思想とその時代&lt;br /&gt;
（３）ケインズの思想とその時代&lt;br /&gt;
（４）まとめ  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
本文の内容一部 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
（１）マーシャルとケインズの関係&lt;br /&gt;
　アルフレッド・マーシャルとジョン・メイナード・ケインズ。前者はスミス、ミル、リカードといったイギリスにおける伝統的な経済学を継承しつつ発展させ新古典派経済学を形成し、後者はこの新古典派経済学を猛烈に批判し新たな経済学の体系を築き「革命」とまでいわれるほどの学問上の大変革を成し遂げた。この、ともに大きな業績を上げ、その理論上は宿敵同士ともいえる二人の経済学者が実は個人的に非常に密接な関係にあったというところから二人の比較と分析を始めたい。&lt;br /&gt;
　まずマーシャルとケインズはケンブリッジ大学で経済学の師弟の関係にあった。さらに父がケンブリッジの教授でマーシャルの同僚であることからケインズは子供の頃からマーシャルの家に出入りしマーシャルとその夫人から可愛がられていた。マーシャルはケインズがケンブリッジで職を得られるよう尽力したこともあるし、さらにその後もマーシャルはケインズの生活費の補充として自らのポケットマネーから年百ポンドを与え続けていたのである。&lt;br /&gt;
　このようにマーシャルから寵愛を受けたケインズであったが一方で彼はマーシャルのことを次のように言っている。「きわめて偉大な人物だ。しかし彼は個人的な性格においてはむしろ、ばかげた人物だと思う。」さらにマーシャルの主著「経済学原理」についても「君はまだ気がつかないのかい、あれは空っぽの本だよ。」といったとハロッドは記している。後に「私は正統派（＝新古典派）の要塞の中で育てられたので、その権威も力も十分承知している。」といって新古典派とそれを築いたマーシャルの理論を徹底的に攻撃したケインズにとって恩師マーシャルは個人的にも憎むべき人物であったのであろうか。&lt;br /&gt;
　一方でケインズは教え子であるがゆえに批判も厳しくならざるを得なかったとマーシャルへの批判の誇張を認めている。 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
キーワード &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
マーシャル, ケインズ, 市場と社会</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happy2005campus/7082025.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Jun 2006 14:06:33 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>宗教教育の是非について</title>
			<description>宗教教育の是非について  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
ファイル名 ：fzl76tESBl.doc&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3417.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3417.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
本文の内容一部 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
　『「いただきます」をいうことが宗教教育にあたるか』という命題について「宗教教育にあたらない」という立場で述べてゆきたい。そしてこの命題には判例ともいうべきものが存在するため、その判例を紹介しそれとともに私論を書いてまとめてゆきたい。&lt;br /&gt;
　その判例が起きたのはオウムが世間を賑わせた後のことである。一通の手紙が教育委員会に届いた。内容は『「昼食時に当番の合掌に合わせてみなで合掌し、いただきますと斉唱すること」が宗教教育にあたるのではないか』というものだ。具体的には石川県のある中学生の父母が『恐怖を覚えた』というものであり、その経緯は小学校に上がった息子の父親が、息子の学校の様子を聞くにあたって投書したものである。&lt;br /&gt;
　これに対し、文部大臣は以下のように批判した。決して宗教の一環としておこなっているのではなく、むしろ生命に対する畏敬の念を起こさせるために行っており、加えてそのようなことは慣習として日本の奥深くに内在化しているために容易に排除は出来ないとしたものであった。そのため、宗教的な側面が根底にあるとしてもそれが直接宗教教育に繋がるわけではないというものだ。加えてお昼の時間に「いただきます」と言うことは決して宗教を助長するものではなくむしろ、日本人の潜在的な部分に内在化する文化なのだ、と述べた。つまるところ、宗教と宗教教育の違いを述べたのだ。その違いはこの場合そのスコープの大きさである。宗教は日本の全国民にあてはまるが、宗教教育に関してはほとんど教育者と被教育者、そしてせいぜいその関係者に限定される。&lt;br /&gt;
父母が申し立てをしたのは教育基本法の解釈の違いからかもしれない。教育基本法第９条は、国立や公立の学校において児童および生徒に特定の宗教を教えることを禁ずるものであるため、一見すると宗教そのものを締め出そうとする条文に見えるかもしれない。 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
キーワード &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
宗教教育, 道徳, 宗教</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happy2005campus/7076546.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Jun 2006 12:58:04 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>P2Pによる音楽業界への影響</title>
			<description>P2Pによる音楽業界への影響  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
ファイル名 ：zQE8FaquI.doc&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3405.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3405.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
目次 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一、はじめに&lt;br /&gt;
二、P2Pとはなにか&lt;br /&gt;
三、批判の立場&lt;br /&gt;
四、賛成の立場&lt;br /&gt;
五、まとめ  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
本文の内容一部 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
一、はじめに&lt;br /&gt;
　最近では音楽業界の売り上げが激減している。日本のＣＤ総生産額は１９９８年の６０７５億円をピークに、年々減少している。音楽業界はこれを違法コピーとPeer to peer、つまりファイル交換ソフトのせいだと批判している。だが本当にそうであろうか。&lt;br /&gt;
　これから先、iPodなどの普及によりインターネットの音楽配信が進むであろう。これによりファイル交換ソフトも形態を変え、様々な方法で普及していくと予想される。&lt;br /&gt;
そこで、ファイル交換ソフトが実際に音楽業界のＣＤ売り上げに与えた影響と、それを踏まえてこれより先音楽業界はどう変化していくかを考えていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二、P2Pとはなにか&lt;br /&gt;
　P2Pとは大まかに説明すると、不特定多数の個人間で直接情報のやり取りを行なうインターネットの利用形態、また、それを可能にする「Napster」などのアプリケーションソフトの総称である。多数のコンピュータを相互につないで、ファイルなどの情報資源を共有するシステムである。１９９９年１月にNapsterが出てきてから、「音楽を無料で手に入れられるソフト」として若者を中心に爆発的に広まった。それからGnutellaやWinmx、Winny、など数多くのファイル交換ソフトが普及し、現在では百種類以上あるといわれている。&lt;br /&gt;
　一言にP2Pといっても、種類によって様々な特徴がある。例えばNapsterでは、各コンピュータは中央サーバに接続し、ユーザのパソコンに保存されている音声ファイルのリストを送信する。そしてこれを、世界中のユーザが共有する。中央サーバはファイル検索データベースの提供とユーザの接続管理のみを行っており、音楽データ自体のやり取りはユーザ間の直接接続によって行われている。Gnutellaは、Napsterと違って中央サーバを必要とせず、すべてのデータが各ユーザ間でやり取りされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
三、批判の立場&lt;br /&gt;
　Napster登場以来、ファイル交換ソフトとレコード会社が対立する場面は数多くあった。 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
キーワード &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
P2P, peer to peer, ファイル交換, 音楽業界, 違法コピー</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happy2005campus/7076472.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Jun 2006 12:57:15 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>刑法理論―古典学派と実証学派</title>
			<description>刑法理論―&amp;#92;古典学派と実証学派  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
ファイル名 ：YvexbNqA8j.doc&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3404.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3404.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
本文の内容一部 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
　刑法の歴史は、１９世紀の後半・市民革命期である近代刑法の歴史とともに始まる。それまでの中世の刑罰は、犯罪とは「神に反すること」であるとの理解の下、神に反したものに対しては、王権を神から授かった国王が自らの判断で自由に刑罰を科すことができるという王権神授説に基づいたものであった。それらは、〃哉海硫弭鸚国家（君主）の介入罪刑専断主義た畔制が特徴であった。この刑罰論は市民革命による法治国家の成立により否定されることになった。これに代わって提唱されたのが、新旧２つの近代刑法理論である。&lt;br /&gt;
　旧派といわれる古典学派は、１８世紀後半に中世刑法思想へのアンチテーゼとしてベッカリーア、フォイエルバッハ、カントらによって提唱されたものである。前提とする人間には理性があり、その行動は自由意志に基づくものであるという人間観に立ち、刑罰の本質を罪に見合った刑罰を科すことにより罪を償うとともに予防するものであるとする。罰せられるべきは「行為（犯罪）」であるという行為主義に立つ。ここから、犯罪に対しては、報いを受けなければならないとする応報刑論や一般人に対して法を以って罪と罰を予告することで犯罪を予防するという一般予防論が導かれることとなる。また、責任は社会的非難であるとする。刑法理論としては客観主義に立ち行為無価値論・結果無価値論を支持する。そして、犯罪とは社会的有害行為であると定義する。 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
キーワード &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
古典学派, 実証学派, 応報刑論, 教育刑論, 一般予防</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happy2005campus/7076284.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Jun 2006 12:55:11 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>子供の為の学童施設の必要か否かについて</title>
			<description>子供の為の学童施設の必要か否かについて  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
ファイル名 ：GC2FVMscMb.doc&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3397.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3397.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
本文の内容一部 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
私は、学童保育施設の拡充を支持する。なぜなら、このような施設ができることで働く母親に住み良い場所となるからです。この主張に関していくつかの根拠を述べることにします。まず、現代になって雇用機会均等法も適用され徐々に女性も社会での活躍の場が増えつつある。そのことにより、未婚の女性だけではなく、既婚の女性も専業主婦ではなく働きたいという願望も出て来ている。ましてや、子供を抱えている母親なら子供を家に置きっぱなしで働きにでることは出来ないであろう。そこで、学童施設ができ子供を安心して預けられるとなると安心して働きに出ることが出来るであろう。地域振興の面でも、子供を施設に預けられるということは安全な場所で守ってもらえるので現在増えている子供に対する犯罪も未然に防ぐことが出来る子供の福祉にも充実した地域としてＰＲすることでその地域の活性化にもつながるのではないかと思われる。その一方、小学校入学以前の保育所と学齢児童の学童保育と比較すると、前者はまだ幼く一人では身の回りのことなどできないが後者はある程度責任感なども生まれてきて判断力もあるだろうと考えれば、学童保育施設が必要ではないだろうとの反論することもできるかもしれない。 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
キーワード &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
子供の福祉, 学童施設, 受益者負担</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happy2005campus/7076177.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Jun 2006 12:53:54 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>心理療法について</title>
			<description>心理療法について  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
ファイル名 ：nC0fU6Zedp.doc&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3396.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.happycampus.jp/pages/data/4/D3396.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
目次 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（１）心理療法についての概要&lt;br /&gt;
（２）さまざまな心理療法について&lt;br /&gt;
　．ウンセリングについて&lt;br /&gt;
　￢物療法について&lt;br /&gt;
　自律訓練法について&lt;br /&gt;
　だ鎖席析療法について&lt;br /&gt;
　ゲ搬歌屠，砲弔い&lt;br /&gt;
　森田療法について&lt;br /&gt;
　Ш徒歌屠，砲弔い&lt;br /&gt;
　箱庭療法について  &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
本文の内容一部 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
（１）心理療法についての概要&lt;br /&gt;
　心身症は、情緒障害（悩みごと）によって起こってくる身体の病気であるといえる。その悩みごとを聞くことから心療内科の治療が始まる。人間は、誰かに自分の悩みを聞いてもらうだけでかなり気持ちが楽になるものある。&lt;br /&gt;
　医者の場合は、診察しながら聞いていくのあるが、その間に患者の悩みを無条件に受け入れて聞き、自信をなくしそうになっていたところを支え、大丈夫だと保証するのある。この受容、支持、保証の３要素で対応する方法を一般心理療法という。最も多く使われている方法である。&lt;br /&gt;
　ロンドン大学の心理療法の権威であったバリント教授に、ある学生がこう聞いたことがあった。「教授はどのようにして医者に心理療法を教えているのですか？」この質問に対し、バリントはこう答えたという。「私は心理療法を教えているつもりはない。ただ、患者を理解してあげよう。なんとかして患者の気持ちをわからせていただきたい。こういう気持ちを持つ医者になってもらいたい。そう常々医者にいっている。」&lt;br /&gt;
　これがバリント方式と呼ばれる心理療法の基本的態度である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（２）さまざまな心理療法について&lt;br /&gt;
．ウンセリングについて&lt;br /&gt;
　カウンセリングとは、クライエントとカウンセラーが、言語的・非言語的コミュニケーションを通して心理的なはたらきかけ合いを行ない、クライエントの行動や考え方の変容がおこって、問題が解決するように試みる方法である。&lt;br /&gt;
　カウンセリングの主な目的は、心理的な問題や悩み、症状などが解消することよりも、むしろクライエントが自ら成長することによって行動や考え方を変え、問題や悩みを解決できるようになることを目的とする。つまり、クライエントの問題解決能力を引き出して自立を促し、自己実現の可能性を最大に広げるための援助がカウンセリングの目的である。 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
キーワード &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
心理療法の概要, 心理療法, カウンセリング</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happy2005campus/7076017.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Jun 2006 12:52:12 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
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