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高崎から両毛線に乗って着いたのは、伊勢崎市の国定駅です。 両毛(りょうもう)は、上毛野国(上野国、現在の群馬県)と下毛野国(下野国、現在の栃木県)を併せた地域を指す地名で、群馬と栃木に繋がる路線のようです。 シモの毛と違うぞ…( ̄◇ ̄;) 通勤通学の時間帯以外は、一時間に一本しか電車が来ない…!(◎_◎;) 近江線級や…( ̄◇ ̄;) 国定というくらいですから、国定忠治の縁の地であります。 近くの何とか云うお寺には国定忠治のお墓が有るらしいです。 江戸末期、飯岡助五郎、清水次郎長などに並ぶ渡世人であった国定忠治。 浪曲で語り継がれるように義理人情に溢れ、赤城の山を追われるのも、天保の飢饉時に年貢を取り締まる役人を殺めた事からと聞いた事がありますが、 まぁ言うてもヤーさんですから〜〜〜 …残念…(−_−;) さて、 群馬県と云えば、 『上州名物、かかあ天下とからっ風』 と云われますが、 上州は絹織物の盛んな地域で、どこの農家も養蚕が主体であったようです。 養蚕にしろ機織りにしろ、それは主に女性が中心の仕事であり、時間単価の高いその仕事は、過酷な男の人足仕事よりもはるかに率が良く、どの家でも最大の稼ぎ頭は主婦であったようです。 『かかあ天下』とは、働き者の主婦を意味し、 「うちのカカアは天下逸品」という意味だったそうです。 ウチと一緒です…(^ー^)ノ 相対的に男は働かなくなり、賭博でもやって遊ぶ毎日になりました。 これが上州に賭博が盛んになった主因と思われ、現在でも競艇、オートレース、競輪など町ごとにおおきな公営ギャンブル場があるという、極端なギャンブル県と云える土地柄だそうです!( ̄◇ ̄;) もちろんそこには、国定忠治と云う当代きっての博徒気質が遺ってのコトかもしれませんね! 関東征伐レポート第一弾でした! |

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