|
FC2ブログへの引越し完了
明日からはFC2で記事を更新していくことになるのでよろしくお願いします あなたは至福の大海、限りない歓喜(FC2版) https://jyotiatmananda.fc2.net/ 昨日の記事で書いた通り、ほんとにスマホだけで簡単に移行できた 引越しの手続きをして数時間で完了 FC2は常に様々なブログからの移行をサポートしているようなので、ヤフブロ以外の人でも今のとこが気に入らないなら検討してみる価値はあると思う ジョーにとって大切な記事のカテゴリー分類および一覧表示、ブログ内検索もスマホだけで問題なくできる 当初少しいいなと思っていたはてなブログは、その辺が駄目だった アメブロやライブドアも同様 Seesaaは論外 それと、はてなブログは挙動が安定しなくて、画面をスクロールさせたりピンチをするとき度々固まる これも大きな-要素 アメブロは重すぎて使えない トータルでFC2ブログは上記の案件を全てクリアしているので現状満足している つか逆にヤフーブログの使いやすさを改めて実感することになったこの数ヶ月だった ヤフーブログ引越し難民のみんなは、以外とFC2にも引越しができることを知らない人も多いかもしれない ヤフブロ公式のアナウンスだと、Seesaa、はてな、アメブロ、ライブドアの4つしか選択肢が無いと思ってしまいかねない そういう人には、実はヤフブロ終了うんぬんとは関係なく、常にFC2は移行サポートをしているということを教えてあげたい まあそんなわけで、これがヤフーブログでの事実上最後の記事になるかも このブログの初代がスタートしたのが2010年6月頃 当時、ソフトバンクのガラケーでヤフーの検索画面を見ていてガラケーだけでブログができることを知り、興味本位でなんとなく開設してみたのがきっかけ 当時はインスタとかツイッターはまだまだ知らない人多くて、ブログがSNSの主流だったと思う どんな世界なのかのぞいてみたかった ちょうどその時期にサッカーの南アフリカワールドカップをやってて、ジョーが試合でゴール、ゴール、ゴール、ハットトリック決めて、長門有希もとかザキオカとか岡ちゃんたちがめっちゃ笑顔でジョーに抱きついてきたという物凄いリアルな夢を見た、 てなことを記事に書いたりしてた いやあしかしあれは最高に幸せな夢だった ジョーの中ではもうワールドカップでハットトリック決めたのが既成事実として記憶に残るほどの夢だったので、サッカーに対する願望は今生で焼き尽くされると思う ほぼ自分で体験したようなくらいのリアルさだったので 来世でサッカー選手を目指すようなことはもう無いだろう 初代のブログを初めて2、3ヶ月したとき、 「そうだ、ブログで毎日スピリチュアルの記事を書くようにすれば、毎日勉強するに違いない」。 と思い立って今のスタイルになった 途中、2ヶ月くらいスピリチュアルの記事が止まって連日『めぞん一刻』の記事を書いてたりもしたが それはこの三代目のブログだが 初代のブログは半年くらいで消してしまい、 すぐさま再開した2代目のブログも2年ほどで消えてしまった 初代のときは意図的にやめようと思ったんだが、2代目のときはヤフーのIDの管理をしているときにうっかり消してしまった しかし2010年の夏頃から9年間、 一日も休まずに毎日勉強ブログを更新し続けてこられたのには自分で驚く ただでさえ飽きっぽいこのジョーがである 人生でこれだけ長く一つのことをやり続けているのは初めてかもしれない それもこれも、ジョーが毎日の修行と勉強をさぼらずに続けられるようにとの願いを聞き届けてくださっている神様のおかげ以外のなにものでもない ジョーの意志の力などではない 神様がジョーの中でそうされているのだ でなければ9年も毎日欠かさず一つのことをジョーができるわけないのだ 話は変わるが、ガラケー時代のヤフーブログは、記事に誰かがコメントすると、 記事(1) と画面の上のほうに青色で表示されていた ゲストブックに1つコメントがくれば、 ゲストブック(1) と 半角なのがチャーミングだった 初めてこういう通知が表示された時は驚いた 当初は5、6人くらいしか来てなかったと思うが、それでもコメントを残していってくれる人がいることに それから少しずつ訪問者も増え、ブロともさんもできて、時々 記事(1) と表示されてるのを見ると、何をコメントしてくれたんだろう? どの記事だろう? とわくわくしていた 全て過ぎゆくな 9年間ありがとう もし気が向いたらFC2でまた オーム サイラム ジェイ サイラム オーム シャーンティ シャーンティ シャーンティ |
|
「(1)【沈黙はサーダナ(霊性修行)の最初の一歩である】。
【沈黙は自制を促進し】、 【怒り、憎しみ、悪意、強欲、高慢の機会を減らす】。 更には、{{【沈黙があなたの心を支配する時にのみ】、 【あなたは神の足音を聞くことができる】))。 (2)【清浄は神聖さの入り口である】。 【あなたのハートの中に神を祀るためには】、 【内面と外面の清浄が不可欠だ】。 (3)奉仕(セヴァ)は、他者が苦しんでいる時に感じる苦悩からあなたを救う。 【奉仕はあなたの視野を広げ、意識を広げ、慈悲を深める】。 【全ての波は同じ海の上にあり、同じ海の中へと帰融する】。 【この知識を支えているのが奉仕なのだ】。 (4)【清らかな愛】。 【反応や結果、見返りを計算してはならない】。 【愛が呼び、愛が応える】。 【愛は神である】。 【愛の中に生きなさい】。 (5)【憎悪を抱いてはならない】。 【誰ひとり格下だとか、劣っているとか、重要ではない、使い捨てにしてもよい者と見下されるべきではない】。 【どの人にも全能の神が計画した劇の役が割り当てられている】。 【決して誰かを侮辱したり、傷つけたりしてはならない】。 【神は全ての人の中に存在しているため】、【失礼な行動は神への冒涜となる】」 1970年7月19日の御講話 ―サティヤ サイババ 「愛することのない者は神を知りません。 神は愛だからです」 「私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。 神は愛です。 愛に留まる人は神の内に留まり、 神もその人の内に留まってくださいます」 ヨハネの手紙1(4‐8、4‐16) 「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、 いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい」 マタイによる福音書(20‐26、27) 「主は、実際には言葉で表現できず、また何にも区分されないお方だ。 だけど、【主は主体という姿で全てに遍満されており、客観的宇宙の中に浸透することで、暗に自らの存在を示唆されているんだ】。 【絶対的な意識と祝福からなる、至上の主が持たれる神性】とは、 【それは物的創造をもたらすマーヤー(幻)で覆われたものと理解できるだろう】。 だから人は、自らの悪魔的性向を捨てて、【全ての生き物に憐れみと友情を示すことで、主ヴィシュヌを喜ばせることができるんだよ】。 【無限の存在であり、全ての原因なるお方を喜ばせたなら、手に入れることのできないものがあるだろうか?】」 「【主は、ただ純粋なバクティ(神への愛)によってのみ喜ばせることができる】。 その他の行為は全て空しい努力に終わるだろう。 だから君たちは、【全ての生き物に対して自分自身のように接し、全被造物のアートマンでいらっしゃる全能の主にバクティを捧げるんだよ】。 【今まで、実に多くの悪魔、女、シュードラ、牧童、鳥や獣、罪深い者、全てのジーヴァがバクティによって不死の境地を手にしてきたんだよ】。 {{【主ゴーヴィンダ(「牛たちの守護者」クリシュナ神)へと捧げる限りないバクティ(神への愛)】、 【それは生きとし生けるもの全てに主を見ることと同じであり】、 【これこそが、この世に生きる人間にとっての最高の関心事だと宣言されてきたんだよ】}}」 ―プラフラーダ (『バーガヴァタ プラーナ』(シュリマッドバガヴァタム)より) 「【人であろうがなかろうが、どのような生き物があなたのもとへ来ようとも、思いやりを持って扱え】。 【富の重みの虜となるな】。 【人の内に神を見よ】。 【人々に怒鳴るな】。【攻撃的になるな】。 【そうでなく、他者の不平を耐え忍べ】。 【自らと他者、あなたと私の間には分離の壁がある】。 【この壁を破壊せよ!】 【飢える者に食を、渇く者に水を、裸の者に衣を与えよ】。 【その時、神は喜ぶ】」 ―シルディ サイババ 「あなたの行く所どこにおいても主を認めよ。 そうすれば、主はあなたの道を真っすぐにされる」 箴言(3‐6) 「そこには、もはや、ギリシア人とユダヤ人、割礼を受けた者と受けていない者、未開人、スキタイ人、奴隷、自由な身分の者の区別はありません。 キリストが全てであり、 全てのものの内におられるのです」 コロサイの信徒への手紙(3‐11) 「{{【神はあらゆる所にいる、彼は人の内に最も顕れている】。 【それゆえ、神として人に仕えよ】。 【それは神を崇拝することも同然である】}}」 ―聖ラーマクリシュナ 「静けさ。−その中で主が我らの内に語る声を聞け」 映画『大いなる沈黙へ』 「静かになりなさい。 そして私が神であると知りなさい」 詩篇(46‐10) 「沈黙せよ、私があなたに知恵を示そう」 ヨブ記(33‐33) 「義務感という苦悩が灼熱の太陽のように、 あなたのハートを焼き焦がした。 静寂の雨を浴びてごらん。 その優しく降り注ぐ静けさの中で、 あなたは幸福を見出だすだろう」 『アシュターヴァクラ ギーター』(18‐3) 「【真我の本性である愛を知る人にのみ】、 【強く絡まった生のもつれは解きほどかれる】。 【愛の高みに達した人にのみ、解脱は成就される】」 「【八つの姿よりなるこの宇宙を神自身の姿として我々がただ認め】、 【崇敬をもって全世界に仕えるならば】、 それが【神への最も優れた礼拝である】」 「【このマーヤー(幻影=この世)から目覚めるまで】、 【あなたが苦しみを見る時はいつでも】、 【苦しみを和らげることによって社会的な奉仕をしなければならない】。 しかし、その時でさえ、我々が教わっているように、 【アハンカーラ(自我意識、『私』意識、エゴ)なしに】、つまり、 【『私が行為者である』という感覚なしに】、 【『私は主(神)の道具である』 と感じながらそれを行うべきである】。 同じように、あなたは、 『私は自分より下にいる人を助けている。彼には助けが必要だ。 私は助ける立場にいる。 私は優れていて、彼は劣っている』 などと【思い上がってはいけない】。 そうではなく、あなたは【その人の内にいる神を崇拝するための手段】として助けなければいけない。 【そのような奉仕の全ては自らのためであり、他の誰のためでもない】。 【あなたは他の誰でもなく、ただあなた自身のみを助けているのだ】」 「{{沈黙とは何か? 【それは永遠に雄弁なものだ】}}」 「【思考の無い状態に留まるとき】、人は【沈黙という普遍の言語】によって他者を理解する。 【沈黙は絶えず語っている】。 【沈黙は、話すことによって妨げられてきた絶え間無い言葉の流れである】。 私が今、こうして話しているこれらの言葉が、その沈黙の言語を妨げている。 例えて言えば、ここに電流が電線を伝わって流れている。その経路に抵抗を与えることによって、それは電灯として輝き、扇風機として回る。電線の中では、それは電気エネルギーとして留まっている。 同じように、【沈黙は永遠に流れる言語であり】、【言葉によって妨げられているのだ】。 {{【何年にもおよぶ会話でも知ることができなかったことさえ】、【沈黙の中では一瞬にして知られ得る】}}。 【ダクシナムールティ】とその四人の弟子たちの物語は、この良い例である。 これが【最高の、そして最も効果的な言語】である」 「【グル(霊性の師=覚者および神)の臨在の内に在るときに】、【個人という実体を探しだそうとしても、どこにも見いだせない】。 グルとはそのような存在である。 【ダクシナムールティ】とはそのような存在だ。彼が何をしたのだろう? 弟子たちが現れたとき、彼は【沈黙】を守っていた。 【彼は沈黙の内に留まり、弟子の疑いは一掃された】。 それはつまり、【彼らが個人としてのアイデンティティを失った】からである。 これこそが【グニャーナ】(=ジニャーナ、叡智)であり、通常それにまつわる冗漫な儀式のことを言うのではない。 【沈黙は、最も強い影響力を持っている】。 いかに聖典が広大で力強いものであっても、その効力は無に等しい。 【グルは静寂の内に在り】、 【周囲の全てを平和で包みこむ】。 【彼の沈黙】は、【全ての聖典を一つにしたものより更に広大で、更に力強い】」 ―ラマナ マハルシ ※【ダクシナムールティ】 →シヴァ神の化身。沈黙を通して真理を伝えた。同じくシヴァ神の化身と見なされるマハルシと同一視される。 |
|
てなわけでさっき試してみた
手順は実にシンプルで ・FC2ブログを開設 ↓ ・他のブログからの移行アイコンを選択 ↓ ・ヤフーブログ(その他のブログでも)のブログIDを入力(ヤフーブログなら一番下の方にいつも表示されてる) ↓ 申し込み完了 移行は即座にというわけにはいかず、完了次第メールで知らせてくれるとのこと 当初ははてなブログを考えていたが、カテゴリー一覧の表示設定などがパソコンからしか設定できないのが気にくわなくて急にFC2の線が出てきた ブロとものゆりにゃあが、ヤフーブログの終了にともなう移行ツールとは別に、以前からFC2は独自で移行サービスをしていると教えてくれた ゆりにゃあが教えてくれなかったら全然知らないままだったと思う まだ使ってみてないので何とも言えないが、カテゴリー一覧の表示とブログ内検索がちゃんとしてればFC2に決めていいかなと思う 生配信とかもできる(有料?)みたいなので歌っちゃうかも!? いやいやジョーならマントラとか『ヴェーダ』とかお経とかだろ ただ唯一???と思ったのは、ハンドルネームが他人と被ってたら使えないこと ジョーティは使われてるというからとりあえずジ ョ ー テ ィにしといた すぐに他のを思いつかなかったので 特に凝った名前でなく、タロウとかハナコとかでずっとやってきて、これからもそうしたいと思ってる人には何気にうざいシステムやな やぽどぅ〜。にしたろうかな ※※※追記※※※ ヤフーブログのブログ紹介文に認証用のパスを入力してとエラーのメールが来た どこで見落としたんだろ? ↑↑の手順では書いてなかったが、この作業も必要だったらしい つかその認証用パスなんてFC2移行手続きのどこにあったかな? 全然記憶にない ブログ紹介文はヤフーブログの上の方にある「設定」(歯車アイコン)の「基本情報」から行ける そこに書き込んだやつがゲストブックのトップに表示されるというアレ どんなふうになるのかな |
|
「【霊的なハート】は身体的ハート(心臓)とは異なる。
鼓動は身体的ハート(心臓)の機能だが、 【霊的ハートは霊的体験の座である】。 これがそれについて言える全てである。 {{発電機が照明や扇風機などのシステム全体に動力を供給するように、 【原初の力は、心臓の鼓動や呼吸器系の働きなどにエネルギーを与えるのだ】))」 「【ハートとは意識の座、あるいは意識そのものである】」 ―ラマナ マハルシ 🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨ 「かの【不変の実在】、 【限りないもの!】 その【崇敬されるべきもの】は【ハートに宿る】」 『カタ ウパニシャッド』 質問者「どこに精神を集中して神様を瞑想したらいいですか?」 聖ラーマクリシュナ「【胸はとても素晴らしい場所だ。 そこに集中して瞑想するといい】」 「【信者(バクタ=神を愛する者)の胸は、神様の住まいだ】。 あのお方はあらゆる場所にいらっしゃることは確かなんだが、 【信者の胸の中は特別だ】。 【地主は自分の領地の何処にでも住むことができる。だが、いつもは決まった応接間にいるという話だ】。 【信者の胸は、神様の応接間だ】」 「【神は存在する】。 神はどこにいるのだろうか? 【神はハートに住まう者(フルダヤヴァーシー)である】。 【外しか見ていないから、あなたはあなたの内にいる神を見ることができないのだ】」 「【あなたの心は神殿】であって、それよりも大きな神殿はないことを信じなさい。 実際それは、【神のための永遠に清らかな場所】なのだ」 「この身体のみならず、【全ての身体は歩く屍だ】。 確かに身体は歩いている。 しかし、【身体は単なるシャヴァ(死体)に過ぎない】。 【あらゆる身体を歩かせる者、唯一生きている者は、シヴァ(神)である】。 【身体は生気の無いものだ】。 【内なる意識こそが神なのである】」 ―サティヤ サイババ 「彼らに特別の慈悲を施すため、 【私】はそれぞれの胸(アートマン=真我)に宿り、 輝く智慧の灯火をもって、 無知から生じる闇を滅ぼす。 アルジュナよ、 【私】は万物のハートに宿る自己(アートマン=真我)である。 【私】は万物の始まりであり、中間であり、終わりである」 『バガヴァッド ギーター』(10‐11、20) 「【身体自体に生命意識は無い】。 しかし【意識が身体に入ると、身体は意識の質と付属性を得たかのように見え】、 【意識は身体に限定されたかのように見える】」 ―ラマナ マハルシ |
[ すべて表示 ]



