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			<title>あなたは至福の大海、限りない歓喜</title>
			<description>真の自己を知るために

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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010</link>
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			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>あなたは至福の大海、限りない歓喜</title>
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			<description>真の自己を知るために

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		<item>
			<title>記事（１）  ～finale～</title>
			<description>ＦＣ２ブログへの引越し完了&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明日からはＦＣ２で記事を更新していくことになるのでよろしくお願いします&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたは至福の大海、限りない歓喜（ＦＣ２版）&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;https://jyotiatmananda.fc2.net/&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://jyotiatmananda.fc2.net/&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨日の記事で書いた通り、ほんとにスマホだけで簡単に移行できた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
引越しの手続きをして数時間で完了&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ＦＣ２は常に様々なブログからの移行をサポートしているようなので、ヤフブロ以外の人でも今のとこが気に入らないなら検討してみる価値はあると思う&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジョーにとって大切な記事のカテゴリー分類および一覧表示、ブログ内検索もスマホだけで問題なくできる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初少しいいなと思っていたはてなブログは、その辺が駄目だった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アメブロやライブドアも同様&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Seesaaは論外&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それと、はてなブログは挙動が安定しなくて、画面をスクロールさせたりピンチをするとき度々固まる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これも大きな-要素&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アメブロは重すぎて使えない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
トータルでＦＣ２ブログは上記の案件を全てクリアしているので現状満足している&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つか逆にヤフーブログの使いやすさを改めて実感することになったこの数ヶ月だった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヤフーブログ引越し難民のみんなは、以外とＦＣ２にも引越しができることを知らない人も多いかもしれない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヤフブロ公式のアナウンスだと、Seesaa、はてな、アメブロ、ライブドアの４つしか選択肢が無いと思ってしまいかねない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そういう人には、実はヤフブロ終了うんぬんとは関係なく、常にＦＣ２は移行サポートをしているということを教えてあげたい&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まあそんなわけで、これがヤフーブログでの事実上最後の記事になるかも&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このブログの初代がスタートしたのが2010年６月頃&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時、ソフトバンクのガラケーでヤフーの検索画面を見ていてガラケーだけでブログができることを知り、興味本位でなんとなく開設してみたのがきっかけ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時はインスタとかツイッターはまだまだ知らない人多くて、ブログがＳＮＳの主流だったと思う&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どんな世界なのかのぞいてみたかった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちょうどその時期にサッカーの南アフリカワールドカップをやってて、ジョーが試合でゴール、ゴール、ゴール、ハットトリック決めて、長門有希もとかザキオカとか岡ちゃんたちがめっちゃ笑顔でジョーに抱きついてきたという物凄いリアルな夢を見た、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
てなことを記事に書いたりしてた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いやあしかしあれは最高に幸せな夢だった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジョーの中ではもうワールドカップでハットトリック決めたのが既成事実として記憶に残るほどの夢だったので、サッカーに対する願望は今生で焼き尽くされると思う&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほぼ自分で体験したようなくらいのリアルさだったので&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
来世でサッカー選手を目指すようなことはもう無いだろう&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初代のブログを初めて２、３ヶ月したとき、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「そうだ、ブログで毎日スピリチュアルの記事を書くようにすれば、毎日勉強するに違いない」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と思い立って今のスタイルになった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
途中、２ヶ月くらいスピリチュアルの記事が止まって連日『めぞん一刻』の記事を書いてたりもしたが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それはこの三代目のブログだが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初代のブログは半年くらいで消してしまい、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すぐさま再開した２代目のブログも２年ほどで消えてしまった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初代のときは意図的にやめようと思ったんだが、２代目のときはヤフーのＩＤの管理をしているときにうっかり消してしまった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし２０１０年の夏頃から９年間、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一日も休まずに毎日勉強ブログを更新し続けてこられたのには自分で驚く&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただでさえ飽きっぽいこのジョーがである&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人生でこれだけ長く一つのことをやり続けているのは初めてかもしれない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それもこれも、ジョーが毎日の修行と勉強をさぼらずに続けられるようにとの願いを聞き届けてくださっている神様のおかげ以外のなにものでもない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジョーの意志の力などではない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神様がジョーの中でそうされているのだ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でなければ９年も毎日欠かさず一つのことをジョーができるわけないのだ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
話は変わるが、ガラケー時代のヤフーブログは、記事に誰かがコメントすると、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記事（１）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と画面の上のほうに青色で表示されていた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゲストブックに１つコメントがくれば、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ｹﾞｽﾄﾌﾞｯｸ（１）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
半角なのがチャーミングだった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初めてこういう通知が表示された時は驚いた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初は５、６人くらいしか来てなかったと思うが、それでもコメントを残していってくれる人がいることに&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それから少しずつ訪問者も増え、ブロともさんもできて、時々&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記事（１）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と表示されてるのを見ると、何をコメントしてくれたんだろう？ どの記事だろう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とわくわくしていた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全て過ぎゆくな&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
９年間ありがとう&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もし気が向いたらＦＣ２でまた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
オーム　サイラム&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジェイ　サイラム&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
オーム　シャーンティ　シャーンティ　シャーンティ</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43901133.html</link>
			<pubDate>Fri, 02 Aug 2019 22:47:25 +0900</pubDate>
			<category>日々の出来事</category>
		</item>
		<item>
			<title>今日は調子いい。</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d7-30/happyhappysai2010/folder/1352832/85/43901085/img_0_m?1564747193&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; height=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_439_640&quot;/&gt;&lt;/p&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いい色や&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
具は～、キャベツと、キャベツと、キャベツ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例によって&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
途中でヘラで潰したくなる人いると思うが、ほっといたほうが美味しくできるて知ってた？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ふっくらして中にすき間があった方が熱が行き渡ってキャベツが甘くなる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ためして合点でやってた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブログ引っ越しの件だがＦＣ２になりそう</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43901085.html</link>
			<pubDate>Fri, 02 Aug 2019 20:52:53 +0900</pubDate>
			<category>日々の出来事</category>
		</item>
		<item>
			<title>求道者への五つの心得。</title>
			<description>「（１）【沈黙はサーダナ（霊性修行）の最初の一歩である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【沈黙は自制を促進し】、&lt;br /&gt;
【怒り、憎しみ、悪意、強欲、高慢の機会を減らす】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
更には、{{【沈黙があなたの心を支配する時にのみ】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたは神の足音を聞くことができる】))。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（２）【清浄は神聖さの入り口である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたのハートの中に神を祀るためには】、&lt;br /&gt;
【内面と外面の清浄が不可欠だ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（３）奉仕（セヴァ）は、他者が苦しんでいる時に感じる苦悩からあなたを救う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【奉仕はあなたの視野を広げ、意識を広げ、慈悲を深める】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【全ての波は同じ海の上にあり、同じ海の中へと帰融する】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この知識を支えているのが奉仕なのだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（４）【清らかな愛】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【反応や結果、見返りを計算してはならない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【愛が呼び、愛が応える】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【愛は神である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【愛の中に生きなさい】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（5）【憎悪を抱いてはならない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【誰ひとり格下だとか、劣っているとか、重要ではない、使い捨てにしてもよい者と見下されるべきではない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【どの人にも全能の神が計画した劇の役が割り当てられている】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【決して誰かを侮辱したり、傷つけたりしてはならない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【神は全ての人の中に存在しているため】、【失礼な行動は神への冒涜となる】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　1970年7月19日の御講話&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―サティヤ サイババ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「愛することのない者は神を知りません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神は愛だからです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神は愛です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
愛に留まる人は神の内に留まり、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神もその人の内に留まってくださいます」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ヨハネの手紙１（4‐8、4‐16）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　マタイによる福音書（20‐26、27）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「主は、実際には言葉で表現できず、また何にも区分されないお方だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だけど、【主は主体という姿で全てに遍満されており、客観的宇宙の中に浸透することで、暗に自らの存在を示唆されているんだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【絶対的な意識と祝福からなる、至上の主が持たれる神性】とは、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【それは物的創造をもたらすマーヤー（幻）で覆われたものと理解できるだろう】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だから人は、自らの悪魔的性向を捨てて、【全ての生き物に憐れみと友情を示すことで、主ヴィシュヌを喜ばせることができるんだよ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【無限の存在であり、全ての原因なるお方を喜ばせたなら、手に入れることのできないものがあるだろうか？】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【主は、ただ純粋なバクティ（神への愛）によってのみ喜ばせることができる】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その他の行為は全て空しい努力に終わるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だから君たちは、【全ての生き物に対して自分自身のように接し、全被造物のアートマンでいらっしゃる全能の主にバクティを捧げるんだよ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【今まで、実に多くの悪魔、女、シュードラ、牧童、鳥や獣、罪深い者、全てのジーヴァがバクティによって不死の境地を手にしてきたんだよ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【主ゴーヴィンダ（「牛たちの守護者」クリシュナ神）へと捧げる限りないバクティ（神への愛）】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【それは生きとし生けるもの全てに主を見ることと同じであり】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【これこそが、この世に生きる人間にとっての最高の関心事だと宣言されてきたんだよ】}}」&amp;#160;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―プラフラーダ&lt;br /&gt;
（『バーガヴァタ プラーナ』（シュリマッドバガヴァタム）より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【人であろうがなかろうが、どのような生き物があなたのもとへ来ようとも、思いやりを持って扱え】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【富の重みの虜となるな】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【人の内に神を見よ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【人々に怒鳴るな】。【攻撃的になるな】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【そうでなく、他者の不平を耐え忍べ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【自らと他者、あなたと私の間には分離の壁がある】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この壁を破壊せよ！】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【飢える者に食を、渇く者に水を、裸の者に衣を与えよ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【その時、神は喜ぶ】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―シルディ サイババ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あなたの行く所どこにおいても主を認めよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうすれば、主はあなたの道を真っすぐにされる」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　箴言（3‐6）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「そこには、もはや、ギリシア人とユダヤ人、割礼を受けた者と受けていない者、未開人、スキタイ人、奴隷、自由な身分の者の区別はありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
キリストが全てであり、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全てのものの内におられるのです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　コロサイの信徒への手紙（3‐11）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「{{【神はあらゆる所にいる、彼は人の内に最も顕れている】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【それゆえ、神として人に仕えよ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【それは神を崇拝することも同然である】}}」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―聖ラーマクリシュナ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「静けさ。－その中で主が我らの内に語る声を聞け」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　映画『大いなる沈黙へ』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「静かになりなさい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして私が神であると知りなさい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　詩篇（46‐10）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「沈黙せよ、私があなたに知恵を示そう」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ヨブ記（33‐33）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「義務感という苦悩が灼熱の太陽のように、&lt;br /&gt;
あなたのハートを焼き焦がした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
静寂の雨を浴びてごらん。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その優しく降り注ぐ静けさの中で、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたは幸福を見出だすだろう」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『アシュターヴァクラ ギーター』（18‐3）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【真我の本性である愛を知る人にのみ】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【強く絡まった生のもつれは解きほどかれる】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【愛の高みに達した人にのみ、解脱は成就される】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【八つの姿よりなるこの宇宙を神自身の姿として我々がただ認め】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【崇敬をもって全世界に仕えるならば】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それが【神への最も優れた礼拝である】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【このマーヤー（幻影＝この世）から目覚めるまで】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたが苦しみを見る時はいつでも】、&lt;br /&gt;
【苦しみを和らげることによって社会的な奉仕をしなければならない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、その時でさえ、我々が教わっているように、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【アハンカーラ（自我意識、『私』意識、エゴ）なしに】、つまり、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【『私が行為者である』という感覚なしに】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【『私は主（神）の道具である』&lt;br /&gt;
と感じながらそれを行うべきである】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じように、あなたは、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『私は自分より下にいる人を助けている。彼には助けが必要だ。&lt;br /&gt;
私は助ける立場にいる。&lt;br /&gt;
私は優れていて、彼は劣っている』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
などと【思い上がってはいけない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうではなく、あなたは【その人の内にいる神を崇拝するための手段】として助けなければいけない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【そのような奉仕の全ては自らのためであり、他の誰のためでもない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたは他の誰でもなく、ただあなた自身のみを助けているのだ】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「{{沈黙とは何か？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【それは永遠に雄弁なものだ】}}」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【思考の無い状態に留まるとき】、人は【沈黙という普遍の言語】によって他者を理解する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【沈黙は絶えず語っている】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【沈黙は、話すことによって妨げられてきた絶え間無い言葉の流れである】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私が今、こうして話しているこれらの言葉が、その沈黙の言語を妨げている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例えて言えば、ここに電流が電線を伝わって流れている。その経路に抵抗を与えることによって、それは電灯として輝き、扇風機として回る。電線の中では、それは電気エネルギーとして留まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じように、【沈黙は永遠に流れる言語であり】、【言葉によって妨げられているのだ】。&amp;#160;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【何年にもおよぶ会話でも知ることができなかったことさえ】、【沈黙の中では一瞬にして知られ得る】}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ダクシナムールティ】とその四人の弟子たちの物語は、この良い例である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これが【最高の、そして最も効果的な言語】である」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【グル（霊性の師＝覚者および神）の臨在の内に在るときに】、【個人という実体を探しだそうとしても、どこにも見いだせない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
グルとはそのような存在である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ダクシナムールティ】とはそのような存在だ。彼が何をしたのだろう？&lt;br /&gt;
弟子たちが現れたとき、彼は【沈黙】を守っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【彼は沈黙の内に留まり、弟子の疑いは一掃された】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それはつまり、【彼らが個人としてのアイデンティティを失った】からである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これこそが【グニャーナ】（＝ジニャーナ、叡智）であり、通常それにまつわる冗漫な儀式のことを言うのではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【沈黙は、最も強い影響力を持っている】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いかに聖典が広大で力強いものであっても、その効力は無に等しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【グルは静寂の内に在り】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【周囲の全てを平和で包みこむ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【彼の沈黙】は、【全ての聖典を一つにしたものより更に広大で、更に力強い】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―ラマナ マハルシ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※【ダクシナムールティ】&lt;br /&gt;
→シヴァ神の化身。沈黙を通して真理を伝えた。同じくシヴァ神の化身と見なされるマハルシと同一視される。&amp;#160;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43900248.html</link>
			<pubDate>Fri, 02 Aug 2019 08:10:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>ＦＣ２ブログはスマホだけで簡単に移行できるらしい。</title>
			<description>てなわけでさっき試してみた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
手順は実にシンプルで&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・ＦＣ２ブログを開設&lt;br /&gt;
　　↓&lt;br /&gt;
・他のブログからの移行アイコンを選択&lt;br /&gt;
　　↓&lt;br /&gt;
・ヤフーブログ（その他のブログでも）のブログIDを入力（ヤフーブログなら一番下の方にいつも表示されてる）&lt;br /&gt;
　　↓&lt;br /&gt;
申し込み完了&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
移行は即座にというわけにはいかず、完了次第メールで知らせてくれるとのこと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初ははてなブログを考えていたが、カテゴリー一覧の表示設定などがパソコンからしか設定できないのが気にくわなくて急にＦＣ２の線が出てきた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブロとものゆりにゃあが、ヤフーブログの終了にともなう移行ツールとは別に、以前からＦＣ２は独自で移行サービスをしていると教えてくれた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゆりにゃあが教えてくれなかったら全然知らないままだったと思う&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まだ使ってみてないので何とも言えないが、カテゴリー一覧の表示とブログ内検索がちゃんとしてればＦＣ２に決めていいかなと思う&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生配信とかもできる（有料？）みたいなので歌っちゃうかも！？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いやいやジョーならマントラとか『ヴェーダ』とかお経とかだろ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ唯一？？？と思ったのは、ハンドルネームが他人と被ってたら使えないこと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジョーティは使われてるというからとりあえずジ ョ ー テ ィにしといた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すぐに他のを思いつかなかったので&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特に凝った名前でなく、タロウとかハナコとかでずっとやってきて、これからもそうしたいと思ってる人には何気にうざいシステムやな&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やぽどぅ～。にしたろうかな&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※※※追記※※※&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヤフーブログのブログ紹介文に認証用のパスを入力してとエラーのメールが来た&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どこで見落としたんだろ？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
↑↑の手順では書いてなかったが、この作業も必要だったらしい&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つかその認証用パスなんてＦＣ２移行手続きのどこにあったかな？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全然記憶にない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブログ紹介文はヤフーブログの上の方にある「設定」（歯車アイコン）の「基本情報」から行ける&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこに書き込んだやつがゲストブックのトップに表示されるというアレ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どんなふうになるのかな</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43900905.html</link>
			<pubDate>Fri, 02 Aug 2019 05:11:16 +0900</pubDate>
			<category>日々の出来事</category>
		</item>
		<item>
			<title>ハートの意味。ハートは意識であり神であり、エネルギー源としての生命そのものである。</title>
			<description>「【霊的なハート】は身体的ハート（心臓）とは異なる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鼓動は身体的ハート（心臓）の機能だが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【霊的ハートは霊的体験の座である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これがそれについて言える全てである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{発電機が照明や扇風機などのシステム全体に動力を供給するように、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【原初の力は、心臓の鼓動や呼吸器系の働きなどにエネルギーを与えるのだ】))」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【ハートとは意識の座、あるいは意識そのものである】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―ラマナ マハルシ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「かの【不変の実在】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【限りないもの！】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その【崇敬されるべきもの】は【ハートに宿る】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『カタ ウパニシャッド』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
質問者「どこに精神を集中して神様を瞑想したらいいですか？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
聖ラーマクリシュナ「【胸はとても素晴らしい場所だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこに集中して瞑想するといい】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【信者（バクタ＝神を愛する者）の胸は、神様の住まいだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あのお方はあらゆる場所にいらっしゃることは確かなんだが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【信者の胸の中は特別だ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【地主は自分の領地の何処にでも住むことができる。だが、いつもは決まった応接間にいるという話だ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【信者の胸は、神様の応接間だ】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【神は存在する】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神はどこにいるのだろうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【神はハートに住まう者（フルダヤヴァーシー）である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【外しか見ていないから、あなたはあなたの内にいる神を見ることができないのだ】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【あなたの心は神殿】であって、それよりも大きな神殿はないことを信じなさい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実際それは、【神のための永遠に清らかな場所】なのだ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「この身体のみならず、【全ての身体は歩く屍だ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
確かに身体は歩いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、【身体は単なるシャヴァ（死体）に過ぎない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あらゆる身体を歩かせる者、唯一生きている者は、シヴァ（神）である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【身体は生気の無いものだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【内なる意識こそが神なのである】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―サティヤ サイババ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「彼らに特別の慈悲を施すため、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【私】はそれぞれの胸（アートマン＝真我）に宿り、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
輝く智慧の灯火をもって、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無知から生じる闇を滅ぼす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アルジュナよ、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【私】は万物のハートに宿る自己（アートマン＝真我）である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【私】は万物の始まりであり、中間であり、終わりである」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『バガヴァッド ギーター』（10‐11、20）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【身体自体に生命意識は無い】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし【意識が身体に入ると、身体は意識の質と付属性を得たかのように見え】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【意識は身体に限定されたかのように見える】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―ラマナ マハルシ</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43900247.html</link>
			<pubDate>Thu, 01 Aug 2019 08:09:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>制御を完成させたなら他にやることは無くなる。</title>
			<description>「【感覚器官を制御しなさい】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【自らの感覚器官を完全に支配するなら】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【他には何もする必要は無い】))。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたは自分自身さえ忘れてしまう】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【肉体のことさえ忘れてしまう】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―サティヤ サイババ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「精神に（深く）入り込んだ願望の全てを完全に捨て去った時、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おおパールタよ、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
専ら自己によって自己において満足している時、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その時、その人は安定した知性を持つ人と言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いかなる物事に対しても過度の愛好を抱かない人、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
善いもの悪いものを得たとしても欣喜も忌避もしない人、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのような人の知性は確立している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、そのような人が、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
亀が手足を四方から引っ込めるように感覚器官を対象から退けるとき、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その人の知性は確立している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無数の河川が流れ入っても、海は泰然として不動である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
様々な欲望が次々に起こっても、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
追わず、取り合わずにいる人は平安である」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『バガヴァッド ギーター』（2‐55、57、58、70）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【まず第一の仕事は】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【自分の身体に対する愛を根こそぎにすることです】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私たちは大変自分の健康を気にするので、修道者はもとより、そうでない人でも、【この点については非常に戦わなければならないのです】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この事を思って、天主様を讃美いたしましょう】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「それですのに、【私たちは聖主が罪の償いとしてお送りくださる僅かな苦しみさえも】、&lt;br /&gt;
【黙って天主様と自分との間だけで忍ぶことができないと言うのでしょうか？】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【嘆き呟いたからといって苦しみが軽くなる訳でもありませんのに！】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【聖主のお助けによって、自分の身体を少しずつ制御しようと努めてこそ】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【身体の支配者となることができるのです】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「姉妹たち、お信じなさい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この卑しむべき肉体に打ち勝とうとしてこそ】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【初めて身体の煩わしさから解放されるのです】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―アヴィラの聖テレサ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【家長が味わう性交などの楽しみは本当に些細なものであり、それは片手で他の手を掻くように次々と苦しみを生むのです】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし憐れむべき人々は、どれほど多くの困難を経験しようとも少しもそれらに飽きることがありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ごく一部の賢者だけが、それらの激情を痒みのようなものだとして捨て去るのです】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―プラフラーダ（『バーガヴァタ プラーナ』（シュリマッドバガヴァタム）より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
質問者「真理の探求者が従うべき行動規範とは何ですか？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ラマナ マハルシ「節度ある食事、節度ある睡眠、節度ある会話である」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「サーダカ（修行者）は、全てにおいて節度を保つべきである」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【ヴェーダーンタ（不ニ一元）の体験】は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【一切の欲望を完全に放棄した者たちにのみ可能である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【欲望のある者たちにとって、それはとても遠く】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それゆえ彼らは{{【欲望を免れている神への欲望により】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【他の一切の欲望を自身から取り除こうと試みるべきである】}}」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「{{【自ら（真我＝アートマン）の比類なき至福】に比べれば、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたが妻インドラニーから得られると想像している、大変な努力を必要とする至福は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
のぼせ上がった犬がメス犬から苦もなく得るのと同じ、取るに足らないものだ}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【意識の至福】を体験していない、それら無知な人々は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
卑しむべき女性器の快楽に始まると言われれる他の快楽を高く評価し、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それらにもてあそばれるだろう}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【その死の瞬間でさえ、彼らは快楽を渇望しながら、やせ衰え、死ぬだろう】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{大いに欲しがられるが取るに足らない性の快楽は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【識別の目】を失った、うかつな人々によってのみ追求されるに相応しい}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【思いによって制限されない比類なき至福の甘美なる果実】を食らいつくそうという【気高い望みを徹底的に発達させた人々】にとって、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【取るに足らない快楽は最も低級である】}}」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【聖チャイタニヤ】がある人に、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『あなたは信者たちに、こんなに多くの教えを授けておやりになるのに、彼らがさっぱり進歩しないのはなぜでしょうか？』と聞かれ、こう答えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『この連中は【女と交わって精力を無駄遣いするから進歩しないのだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だから真理を体得することができない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【穴の空いた壺に水を入れておくと、みんな流れ出てしまう】』」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「{{【信仰（バクティ、神への愛）の道でも、自然に内部の感覚を制御できるようになる】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【このほうが楽にできる】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【神様に対する愛が深くなるにつれて、五つの感覚器官の快楽の味は薄くなってくる】}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
子供が死んで悲しみに沈んでいる夫婦は、肉体の快楽のことなんて考えもしないだろう？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―聖ラーマクリシュナ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「我が子よ、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もし自由になりたいのなら、感覚のもたらす毒を避けなさい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真理と愛と許し、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
純粋さと至福の甘露を見いだしなさい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
身体のことは忘れ、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなた自身の気づきの内に留まりなさい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たちまち、あなたは幸せになるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
永遠に安らかに。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
永遠に自由に。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
感覚は虎だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
臆病な人は虎を見ると、一目散に近くの洞窟へと逃げ出し、&lt;br /&gt;
集中や瞑想を修練する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、無欲の人はライオンだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出くわした時に逃げ出すのは感覚のほう！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まるで、象のようにこっそりと走り去る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逃げ切れなかった時は、奴隷のように彼に仕えるのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
愚か者は心を制御しようと必死だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いったいどうしてそれが可能だろう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
賢く、自ら（真我）を愛する人に、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは自然に起こるのだ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『アシュターヴァクラ ギーター』（1‐2、4、18‐45、46、41）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【欲望が制御された時、初めて、あなたは真に幸せになることができる】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【あなたは『欲望を満たすところに幸福がある』、という誤った考えに捕らわれている】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、実際には【欲望が完全に無くなった時に、幸福が見え始めるのである】}}」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ギーターは、【欲望は人間の永遠の敵である】と断言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それゆえ、【欲望はしっかり管理されなければならない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【欲望を手放した人は、心配から解放される】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【貪欲を克服することによって人は幸せになる】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【心の中の不純さを取り除けば、人間性は神性に変わる】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【神と離れてしまうことが、人々が感覚的な楽しみに耽る最大の原因である】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あなたがたは、【神に全託すること】は、非常に難しいと感じている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、私に言わせるなら、これほど容易なことは無い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【一度、全託の感覚を発達させれば、感覚の全ては自然と制御される】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―サティヤ サイババ</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43900246.html</link>
			<pubDate>Wed, 31 Jul 2019 08:07:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>人も物も一時的な幻ゆえ最後には人に悲しみをもたらす。よって賢者は人や物を求めず、永遠なるものだけを求める。</title>
			<description>「あなたがたはなぜ競争や対立をせねばならないのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この世に存在するもので、&lt;br /&gt;
長くそのままの状態を保てるものなど何一つ無い】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【仏陀はこのことを正しく分析した】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は『【全ては悲しみである】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【全ては移ろいゆく】。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
【全ては儚い諸性質によってできた一時的なからくり仕掛けに過ぎない】』と断言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なぜあなたがたはこれら有限のものに致命的なほど心を奪われねばならないのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【永遠なるもの】、【無限なるもの】、【普遍的なもの】を勝ち取る努力をしなさい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―サティヤ サイババ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
質問者「私は変化を求めていません。私の人生は今のままで十分良いものです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ニサルガダッタ マハラジ「【あなたがそう言うのは、&lt;br /&gt;
あなたの人生がいかに苦痛に満ちたものかを、まだ見てはいないからだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたはキャンディを口にくわえたまま眠る子供のようなものだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【完全に自己中心的で、束の間の幸せを感じているかもしれない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、【苦しみの普遍性を知覚するためには、人類の顔をよく見てみるだけで十分だ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなた自身の幸福でさえ、銀行の破産、あるいは胃潰瘍によって翻弄されるほど壊れやすく、短命なのだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【それは単に、二つの苦しみの間の和らいだ瞬間でしかない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【真の幸福は壊れやすいものではない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なぜなら、【それは環境に依存しないからだ】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「マー クル ダナ ジャナ ヤッヴァナ ガルヴァム ハラティ ニメーシャーット カーラッサルヴァム」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（ああ、人よ！&lt;br /&gt;
【富や家族や友人や若さを誇りにしてはならない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【一瞬にして時間が全てを破壊してしまうだろう！】）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―シャンカラ（『バジャ ゴーヴィンダム&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとえに風の前の塵に同じ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（ジェテーヴァナ アナータピンダダーシャ寺院の鐘の音は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「この世には何ひとつ永遠のものは無い」と響くようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沙羅双樹の花の色を見なさい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どんなに栄えた者であっても、いずれ必ず衰えゆくという真理を表している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
力や美を誇り、おごり高ぶったとて、それは永くは続かない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
春の夜の夢のように、儚く虚しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
力強く、勢いのある者も、いつかは滅びゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
風に吹かれ為すすべもない塵のように）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『平家物語』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「人生の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
得るところは労苦と災いに過ぎません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
瞬く間に時は過ぎ、私たちは飛び去ります」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　詩編（9‐10）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「人が多くの年生きながらえ、その全てにおいて自分を楽しませても、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暗い日の多くあるべきことを忘れてはならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全て、来たらんとする事は皆空である」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　伝道の書（11‐8）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【この世の儚い事物から私たちの愛情を引き離して】、【決して終わることのない事物のほうに向ける】ために、大変良い方法があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【それは、全てが空であり、いかに全てが過ぎ行く一時的な物であるかを絶えず思うことです】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは大変弱い方法のように見えますが、【少しずつ霊魂を強めて、ついには非常な力を与えるものです】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【どのような小さな物にでも、ある一つの物に執着しないように深く注意しましょう】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―アヴィラの聖テレサ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あなたがたには自分の命がどうなるか、明日のことは分からないのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたがたは、わずかの間現れて、やがて消えて行く霧にすぎません」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ヤコブの手紙（4‐14）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【無明の中にいると真実が嘘に、嘘が真実に感じられるんだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【真実とはつまり、永遠不滅のもの】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【嘘とはつまり、この世のこと。儚く流転するもののことだ】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―聖ラーマクリシュナ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父には、変化とか回転の影とかいうものはない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ヤコブの手紙（1‐17）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
｢私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
見えるものは一時的であり、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
見えないものはいつまでも続くからです｣&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　コリントの信徒への手紙２（4‐18）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【起こることに満足し、快活であれ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【神が与えるものは尽きず】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【人が与えるものは決して長くは続かない】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―シルディ サイババ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ああ、死の神ヤマよ、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【一度あなたの顔を見た者が、どうして富を願うでしょうか？】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いいや！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私が選んだこの恩恵のみを、それのみを私は願います！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたを知ることによって、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【不滅なるもの】、【不死なるもの】との交わりを得て、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして【肉体の儚さ】を知り尽くした、その私が！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【老衰と死を免れえぬこの私が、どうして長命など願うでしょう！】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
語ってください、王よ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それに関して人々が疑念を抱くところの最高の秘密を！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は他の恩寵など欲しくはない！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『カタ ウパニシャッド』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「永遠でない世俗的な成功を目的として、山羊の喉袋が無意味に揺れ動くように、&lt;br /&gt;
人々は上機嫌で無益に彷徨うが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼らは【永遠の自ら（真我＝アートマン）という解放へ通じる行い】を軽蔑して見下す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ああ！そのような無知な人々の行いはあまりに哀れであり、&lt;br /&gt;
賢者はそれを見るのさえも忍びない！】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ごく僅かな楽しみを切望し、&lt;br /&gt;
人々は五感という畑を耕すために心を使い、懸命に精を出して働くが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼らは決して{{【自らへの傾注によりハートという心の源を耕す】ことによってやって来る実りである、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【溢れんばかりの至福】}}を望まない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ああ、何と不思議なことか！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【新しく得られるものはまた、失われるものでもある。それは永遠のものではない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【永遠でないものに努力する価値はない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それゆえ、【アートマン（真我＝永遠）は到るものではない】と言うのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたは【アートマンである】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたは、既に【それ】である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【事実は、あなたは【自分の至福に満ちた状態】について無知だということだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無知は次から次へと続き、【至福である自己】にヴェールをかける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【努力はただ、この悪い知識である無知のヴェールを剥ぐことに向けられればよい】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【悪い知識】とは、【自己と身体や心などを誤って同一視すること】である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この偽りの同一】は【去らねばならない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうすれば【ただ自己のみがそこに残る】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それゆえ、【実現は全ての人おのおののものである】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【実現は、それを願う人々の間に差別をつけない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたが実現できるかという思いそのもの、自分は実現していないという考えそのものが障害である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような障害物からも自由になりなさい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―ラマナ マハルシ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【ある日、シッダールタ（ブッダ）が思い切って宮殿の外に出かけ、人々が老いや病、死に苦しむのを目にした】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それ以来、【宮殿でのあらゆる快適さと幸せな結婚生活にも拘わらず、シッダールタのマインドは落ち着かなくなった】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ある夜、シッダールタの心の中で突然、変容が起こった】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
妻がぐっすりと眠っている中、シッダールタは真夜中に起き上がると、息子を抱きしめ、そして森へと去って行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
シッダールタは森の中で多くの困難や苦難を経験しなければならなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、【シッダールタは忍耐と決意をもってあらゆる苦難に立ち向かった】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
シッダールタの両親は悲しみに暮れ、息子との別離という心の苦しみに耐えることができなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【シッダールタもまた、多くの苦悶を経験していたが、アートマン（真我、内在神、真の私）の悟りを達成するという自分自身の道を歩み続けた】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{旅の途中、シッダールタはある聖者に出会った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【聖者は、シッダールタの苦悶の原因はまさにシッダールタの内面にあり】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【その苦悶こそがアートマンの悟りの道を邪魔している】のだと言った}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そう言うと、聖者はシッダールタに御守りを与え、首にかけるようにと言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（ここでサイババはそのお守りを宙空から物質化し、帰依者たちに見せた。&lt;br /&gt;
どよめきと拍手が湧き起こる）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これが、【その聖者がシッダールタに与えた御守り】だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【シッダールタがそれを自分の首にかけると、あらゆる苦悶はたちどころに消えてしまった】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【地上での滞在の最期の瞬間まで、ブッダはその御守りを首にかけていた】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ブッダが肉体を脱ぎ捨てた時、その御守りは消えてしまった】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{シッダールタ（ブッダ）は激しい苦行を始め、それは長い間続いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【シッダールタは自分に問い続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『私は誰か？&lt;br /&gt;
私は身体か？ 私はマインド（マナス）か？ ブッディ（智性）か？ 私はチッタ（心素）か？』】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、【シッダールタは、自分はそのどれでもないという結論に達した】}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【最終的にシッダールタは『我は我なり』&lt;br /&gt;
（天上天下唯我独尊、I AM THAT I AM）&lt;br /&gt;
という真理を体験した】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【本当の永遠の至福は】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【純粋で永遠の感情をもってサーダナを行うときにのみもたらされる】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ブッダは自分の感覚を制御し始めたとき無限の至福を経験して、喜びを抑えきれないほどになった】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼はそのとき近くにいた従兄弟のアーナンダ（阿難）を抱きしめて言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『アーナンダ、私は涅槃（ニルヴァーナ）の境地に達した。そして、自分のうちに感じる至福を抑えることができない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私はこの死すべき肉体を手放す準備が整った』。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これを聞いたアーナンダは泣き出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブッダは言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『ああ、愚か者よ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【お前はなぜ、私がこの至福の状態に到達したことを喜ばずに悲しんでいるんだね？】』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{あなたがたは世俗的な事物の中に、一時かぎりの幸せを追い求めているが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ブッダは真実にして永遠不滅の霊的領域における至福に到達するために精進した】}}」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―サティヤ サイババ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「幾生にもわたって、幾つもの異なった身体を通して、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
様々な快楽にあなたは身をまかせてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
息子や王国や妻たち、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局は全てを失うにも拘わらず…。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
快楽の追求はもうたくさん、富も美徳も、もうたくさんだ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界という暗い森の中で、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それらがいったい、どんな心の平和を、あなたにもたらすと言うのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
幾生にもわたって、あなたは骨の折れる仕事にこつこつと精を出し、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
身体と心と言葉を苦しめ押さえつけてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もう十分だ、&lt;br /&gt;
やめなさい今！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『アシュターヴァクラ ギーター』（10‐6～8）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43899370.html</link>
			<pubDate>Tue, 30 Jul 2019 07:54:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>王様の玉座に座る資格。（奥義）</title>
			<description>「『【私こそが【それ】（神）である】。（ソーハム）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【私は純粋真我（シッド アートマン）である】』。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これが賢者（ジニャーニ）たちの意見だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【信仰者（バクタ）たちは『あらゆるものが全て神の栄光である』と言う】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
富と力を持っていてこそ、誰が見ても金持ちだということが分かるんだよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが【求道者の信仰の程度をご覧になって、あのお方（神）自ら『私はお前と一心同体である』とおっしゃってくださった場合は話は別だ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
王様が座っている玉座に料理人が上がって一緒に座って、『王よ、お前と私は一心同体だ』などと言えば、人は気狂いだと言うだろうよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが【料理人の誠実な勤めを愛でて、ある日王様が『これ、そのほう、私のそばに座るがよい。遠慮はいらぬ。そなたと私とは一心同体なのだ』と仰せられたなら、彼が王様と一緒に座ってもちっとも差し支えないわけだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ【普通の人間が『私は【それ】である』（ソーハム）というのはいけない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【波が水のものだが水は波のものじゃないだろう？】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
要するに【どの道を行くにせよ、心が定まらなければヨーガ（神との合一）は成功しないということだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【心がヨーギに支配されるのだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ヨーギが心に支配されるんじゃない】))」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―聖ラーマクリシュナ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ラーマクリシュナはこのことをたびたび忠告する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまり「まだ未熟なうちに『私は神だ』などと言うべきではない」と。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また未熟な人が「全ては非実在」と言うのも同様に良くないと忠告する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、「神が全てのものになっている」、「神のみが実在で他の一切のものは非実在と悟っている者だけが真の人間だ」とも言っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような思想を「アドヴァイタ」（不ニ一元論）といい、それはウパニシャッド、あるいはヴェーダーンタ哲学の真髄である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまりラーマクリシュナは、一方ではアドヴァイタの真髄を説き、他方ではそれを言うのを戒めているということだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような一見矛盾するようなことはラーマクリシュナに限らず、多くの聖なる魂が同じような言わば二通りの教え方をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例えば、サティヤ サイババも常日頃から「あなたは神だ」と説き、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼の元を訪れた人に「あなたは誰かね？」と聞いて、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もし「日本から来ましたジョーティです」などとでも言おうものなら、「いいや、あなたは真我（アートマン、内在の神）だ」と言ったものだが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし「私は神（アートマン）です」と答えた人には、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「よろしい。それなら私の代わりに玉座に座って皆にダルシャン（謁見）を与えて来なさい」などと言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またラマナ マハルシも、常日頃から「あなたは真我だ」と説きながら、一見それを実践しているような人に対して「もうたくさんだ！」と不快感を露にしたこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なんちゃって聖者（詐欺師、偽善者、偽預言者、中二病患者）たちよ、本物の聖者を舐めてんじゃねぇぞ。１&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43870831.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43870831.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なんちゃって聖者（詐欺師、偽善者、偽預言者、中二病患者）たちよ、本物の聖者を舐めてんじゃねぇぞ。２&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43872573.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43872573.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼らはなぜそのようにするのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それをよく考える必要がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジョーなりに結論を言うなら、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アドヴァイタ（不ニ一元論）の境地は間違いなく究極の真理だが、それは知性を超えた領域でしか悟ることができないものなので、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
単に知性で論理的に理解しているだけでは本当にそれを「知っている」ことにはならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゆえに、アドヴァイタの究極的境地に至るまで、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
言い換えるならまだ自分が神だという実感が全然無く、むしろ「自分は肉体だ」という感覚が優位なうちは、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あるいはこの世が実在だという妄想が優位なうちは、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
謙虚に努力を重ねる必要があるということである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
要するに「悟った気になってるんじゃねえぞ、油断せずに修行を怠るなよ」ということだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして謙虚でひたむきな努力が実を結ぶ時というのが、ラーマクリシュナの言うところの、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【料理人の誠実な勤めを愛でて、ある日王様が『これ、そのほう、私のそばに座るがよい。遠慮はいらぬ。そなたと私とは一心同体なのだ』と仰せられたなら、彼が王様と一緒に座ってもちっとも差し支えないわけだ】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまり真の悟りを得て、アドヴァイタの真髄を堂々と宣言できる時なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この段階においては、アドヴァイタを知性の領域で理解しているのではなく、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アドヴァイタを実現して、アドヴァイタを生きている状態だからだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまり、言明していることと内実が完全に一致している状態だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
聖なる魂たちは、この段階に確実に到達するまで、抜かり無く謙虚に努力を続けよと言っているのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
反対に、まだまだ修行が必要な未熟な段階にも拘わらず、アドヴァイタの究極の真髄を生きているかのように錯覚して努力を怠るようなことになるなら、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それはその人にとって大きな損失と遅延をもたらすばかりか、非常に危険な状況でさえあるからだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アドヴァイタの究極の真髄を学び、それを意識していることは必要だが、勘違いして思い上がり、努力を怠るようなことではいけないのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それゆえ聖なる魂たちは求道者の資質を見極めた上で、その人の霊的段階に応じて最も適した教えを伝えるのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「汝の心に教えよ、心に学ぶな」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―トルストイ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
“I myself have said&amp;#92;, ‘YOU are gods&amp;#92;,&lt;br /&gt;
And all of YOU are sons of the Most High.&lt;br /&gt;
　Psalms 82:6&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「私は言った、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『あなたたちは神々である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
皆、いと高き方の子らである』と」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　詩篇（82‐6）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「そこで、イエスは言われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『あなたたちの律法に、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【私は言う。あなたたちは神々である】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と書いてあるではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神の言葉を受けた人たちが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【神々】と言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、聖書が廃れることはありえない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ヨハネによる福音書（10‐34、35）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「彼はいつも変わらない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
勝利は彼のもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は世界を征服したのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は本来無限なるもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自らの完全なる本質そのもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
信じなさい、我が子よ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
信頼するがいい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
迷ってはならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なぜなら、あなたは全てを超えた全知のハート、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたはアートマン、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたは神なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたは神だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
存在するものと存在しないもの、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どちらも想像に過ぎない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それを知って、ついに欲望から自由になる時、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いったい言うべきことや、するべきことが残されているだろうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
愚か者は神になりたいと願うため、&lt;br /&gt;
決して神を見出だせない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
師が神になりたいと願うことはない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は既に神なのだ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『アシュターヴァクラ ギーター』（18‐67、15‐8、18‐8、37）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「「あなたは、軍事作戦や征服や勝利等に関する定期刊行物や新聞を読む。&lt;br /&gt;
しかし、それらはみな物質的征服である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【自らの五感に対する軍事作戦を行いなさい】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【自らの内なる敵を征服しなさい】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【自らのエゴに打ち勝ちなさい】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これが、【あなたが祝うに相応しい勝利である】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【あなたはマインドを征服しなければならない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
覚えておきなさい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【真の人間は、心の支配者であって、心の奴隷ではない】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【どこかに神を探す必要はないと聖書は言う】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（※「神の国は、見える形では来ない。&lt;br /&gt;
『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。&lt;br /&gt;
実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ」&lt;br /&gt;
　ルカによる福音書17-20、21）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日の人々は神を探し求めている。&lt;br /&gt;
【神はあらゆる場所にいるのに、なぜあなたは神を探すのか？】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたは神なのだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【もし、あなたが自分の真の正体を知らなければ、全ての霊的修練（サーダナ）は無駄に終わる】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「{{たとえあなたが真我（アートマン）を無視しようとも、あるいは否定しようとも、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【三つの段階（目覚め、夢見、熟睡）の全てを通して、アートマンはあなたと共に在る】}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【このアートマンが真理である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【『汝【それ】なり』（タットワマシ）】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【私は神である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたも神である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【私とあなたの唯一の違いは】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【私はそのことを知っているが、あなたがたはそのことを全く知らないことだ】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「今朝、私は怒り、憎悪、妬み、慢心は、心を焦がす炎であるということを話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【そうした激情は表側だけのものであり、本当のあなたはそれらに煩わせられない】と、デリーから来たシャーストリ（学僧）は先ほど言った。&lt;br /&gt;
それを聞いて、私はある話を思い出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある少年が、家の台所にある缶や容器にそれぞれ何が入っているかをラベルに書いて自分が貼ると提案し、母親は同意した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
少年は、全ての缶や容器に正しい内容を書いたラベルを貼ったが、砂糖の入った缶にだけは『赤唐辛子』というラベルを貼った。そのことを叱られると少年はこう言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『そう書いておけばアリが寄って来ないだろうから、アリを騙すためにそうしたんだ』。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【表面だけのヴェーダーンタ（ウパニシャッド、不ニ一元論）では激情の火を遠ざけることはできない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん、表面的なものも時には役立つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たとえば、コブラはシューッという音を出して威嚇して相手を近づけない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【怒りと憎悪は、求道者に忍び寄ってくる悪を撃退するのに使うことができる】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたの道を阻む物事を怒りなさい】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたを動物的にさせる習慣を憎みなさい】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【叡智を育み、物事や行いの中に神を見なさい】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは【人として生まれた今生を価値のあるものにしてくれる】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―サティヤ サイババ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【『私』という感覚は、個人とその身体や脳に付随しているのだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【人が真の本性を初めて知るとき、彼の存在の深淵から何か別のものが立ち現われ、彼を占有する】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【その何かとは心の背後にある無限の、神聖な、永遠なるものである】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ある人はそれをニルヴァーナ（涅槃）と呼び、ヒンドゥは解脱（モークシャ）と呼ぶ。あなたはあなたの好きなように呼ぶがいい】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【これが起こったとき、人は自分自身を失ったのではなく、自分自身を見出したのである】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【真我（アートマン）の探求に踏み出すまで、疑いと不安は人生の一歩一歩につきまとうだろう】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【最も偉大な王や政治家は自分自身を治めることができないと知りながらも他の人々を統治しようとする】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【だが最も偉大な力を制するのは、内奥の深淵を理解した人なのだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたが自分自身を知らないとき、それ以外の全てを知ることがいったい何の役に立つというのか？】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【人々はアートマンの探求を避ける。だがそれ以外にするべき価値のあることが何かあるだろうか？】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【あなたはアートマンである】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたは、既に【それ】である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{事実は、あなたは【自分の至福に満ちた状態】について無知だということだ}}」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「『私は【彼】（神）である』という高慢な態度は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『【彼】（神）は私ではない』という態度より望ましい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―ラマナ マハルシ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「そこで、イエスは言われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『あなたたちは、人の子を上げたときに初めて、【私は在る】ということ、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、私が、自分勝手には何もせず、ただ、父に教えられたとおりに話していることが分かるだろう』」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ヨハネによる福音書（7‐28）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【『私』という意識がある間は、どうしても相対界（この世という幻）を棄てることはできない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【『これではない、これではない』（ネティ、ネティ）と否定を重ね】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【瞑想のヨーガによって】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【人は実在（神）に到達することができるのだ】}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『私は肉体である』という、無知である意識が無くなってもいないのに、『私は【それ】（神）である』（タットワマシ）と言うのは良くない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
感覚の対象を捨てることが出来ない者は、どうしても『私』という観念はなくならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【神のみが行為者で、その他の全ては神の道具だ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それ故に、ブラムハンの智者たちも自惚れることはできないのだよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【心の働きが無くなれば、その状態になることができる】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【心の働きが消滅すれば、いつも『私の』、『私が』、としがみついてる我性、それが無くなるのだ】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【主人と召し使い】の気持ちでいるのは良いことだよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{『私』は何としても無くならない、どうしても追い出せない、じゃあ、居させてやって、【このしようのない（『私』という）奴を神様の召し使いにしてしまえ】}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【『私』と『私のもの』、この二つが無知だ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【私の家、私の財産、私の名誉、私の学識。こういう思いは無知から出てくる】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【神よ、あらゆるものは全てあなたのものです。家も、息子も、娘も、使用人も、友人知人、みんなあなたのものです】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【こういう気持ちは、真理の智慧から来る】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―聖ラーマクリシュナ</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43899369.html</link>
			<pubDate>Mon, 29 Jul 2019 07:53:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>ロジャー マインド。くよくよせず爽やかに前向きに行こうじゃないか。全ては良いことだ。 ～ウィンブルドン2019決勝後のインタビューに答えて。</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d7-30/happyhappysai2010/folder/1305745/68/43899368/img_0_m?1564267865&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_600_450&quot;/&gt;&lt;/p&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
15-15から2本連続でエースを叩き込み、40-15。時計はすでに4時間を過ぎており、たとえ相手が不屈のジョコビッチとはいえ誰もがフェデラーの2年ぶり9回目のウィンブルドン優勝、21回目のグランドスラム優勝を確信していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そこでいったい何を間違ったのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　マッチポイントからの4連続失点に、フェデラーは「多分1つのショットを間違った、どのショットかを特定するのは、あなたたちに任せるよ」と自嘲するように言った。結局、12オール・タイブレークに突入し、息を吹き返したジョコビッチがものにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ウィンブルドンでチャンピオンシップポイントを握りながら敗れたケースは、オープン化の随分前、1948年まで遡る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　テニス史上初の12オール・タイブレークでの敗者ということもできる。これほどありがたくない記録を、よりによって＜史上最強＞と謳われるフェデラーが作ったことはなんとも皮肉だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「今は辛いけど、あとで振り返ったら良かったなと思えることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
気持ちを切り替えて前に進むのは得意なほうなんだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すばらしい試合をいつまでも悔やんでいたくないからね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分のテニスのレベルには今も満足している」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
優勝したジョコすら羨むテニス人生。37歳のフェデラーは走り続ける。（Number Web）&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190716-00840039-number-spo&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190716-00840039-number-spo&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「今は辛いけど、あとで振り返ったら良かったなと思えることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
気持ちを切り替えて前に進むのは得意なほうなんだ」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このフェデラーの爽やかなポジティブマインド、霊的求道者にも大いに参考になるな&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「人間万事塞翁が馬」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人生を前向きに勇敢に切り開いていける人の典型的メンタリティ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
単にテニスが上手いだけでなく、こういう人格的な素晴らしさがまたフェデラーの特別な魅力なんだよな&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どこの会場でも「レッツゴー ロジャー」の大声援が沸き起こる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
テニスの美しさだけでなく、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人柄の美しさがフェデラーの愛される理由なんだな&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
辺境の砦の近くに、占いが得意な爺さんがいた。ある時爺さんの馬が北方の異民族の地へと逃げ出してしまった。人々が慰めると、爺さんは言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「これがどうして幸運とならないと言えるんだね？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
数ヶ月後、その馬が異民族の地から駿馬（足の速い馬）を引き連れて帰って来た。人々がお祝いを言うと、爺さんは言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「これがどうして不運をもたらさないと言えるんだね？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やがて爺さんの家には良馬が増えた。爺さんの息子は乗馬を好むようになったが、馬から落ちてももの骨を折ってしまった。人々がお見舞いを述べると、爺さんは言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「これがどうして幸運をもたらさないと言えるんだね？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一年が過ぎる頃、砦に異民族が攻め寄せて来た。成人男子は弓を引いて戦い、砦のそばに住んでいた者は、十人のうち九人までが戦死してしまった。その人の息子は足が不自由だったために戦争に駆り出されずに済み、父とともに生きながらえる事ができた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように、福（幸運）は禍（災い、不運）となり、禍は福となるという変化は深淵で、見極める事はできないのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『塞翁が馬』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
質問者「どうしたら心を制御できますか？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ラマナ マハルシ「二つの方法がある。一つは【『心とは何か』を観ること】だ。そうすれば心は静まる。もう一つは【注意を何かに集中させること】だ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
質問者「世俗の人間である私たちには様々な嘆きや悲しみがあり、それをどうやって克服すればいいか分かりません。神にも祈りますが満たされません」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マハルシ「【神を信頼しなさい】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
質問者「私たちは明け渡すのですが、それでも救われません」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マハルシ「【もし明け渡したのなら神の御心に従い】、【あなたの気に入らない事が起こったとしても不平不満なく受け入れなければならない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【今、一見そう起こっているように見えることも、後に全く違った結果になるかもしれない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【不幸はしばしば、人々を神への信仰へと導く】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
質問者「そうは言われても、私たちは世俗の人間です。妻や子、友人や親戚がいます。彼らの存在を無視して、自らの内に何かしらの人格を保つこともなく、自分自身を神の意志に委ねることはできません」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マハルシ「つまり、あなたは神に明け渡してはいなかったということだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あなたは神だけを信じなければならない】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昔、ある国に王がいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼を補佐する大臣は、王の幼少の頃からの親友だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある日、王は思い立った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「私は民の暮らしをより良く知りたい。&lt;br /&gt;
そうだ、彼らと共に畑仕事をしてみよう」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし大臣は反対した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「王様、農作業は大変な仕事です。経験のない王様には危険もありましょう。&lt;br /&gt;
どうかおやめになってください」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし王は大臣の言葉に耳を貸さず、翌日、はりきって城を出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
王は鎌で草を苅り始めたのだが、うっかり自分の指を切り落としてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「王様！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お付きの者たちが慌てて駆けつけて応急処置をして、王を城に連れて帰った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
王を見舞った大臣は、落ちこむ王に言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「王様、きっとこのことは良いことに違いありません」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これを聞いて王は激怒した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「何だと？ 指を失ったんだぞ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お前は私が首を失っても、良いことなどと言うつもりなんだろう！！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
王は家来を呼び、大臣を牢屋に閉じこめた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大臣は微笑んで言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「王様、このことはきっと私にとって良いことでございましょう」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それから、指の傷も癒えたある日、王は森に狩りに出かけた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところが、森で人食いの蛮族に捕まり、縛りあげられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
蛮族は、王を儀式の生贄（いけにえ）にしようとしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いよいよ儀式が始まり、蛮族の男が王の前で大剣を振り上げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と、その時、蛮族の長が声を上げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「おい待て！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
蛮族の長は縛りあげられた王に近づき、まじまじと眺めて言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「なんだ、指が１本無いじゃないか！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こんな欠陥品を神にお捧げするわけにはいかないな」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
儀式は中止となり、王は放り捨てられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほうほうのていで城に帰還した王は、真っすぐに牢屋へと向かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして長年の親友である大臣に詫びた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「友よ、君の言うことは正しかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
指を失ったおかげで命拾いした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それなのに私は君にこんなひどいことを…」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大臣はにっこりと微笑んで言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「王様、どうかお顔をお上げになってください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
王様が私を牢屋に入れてくださったのは、やはり良いことでございました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もし私が王様のお供をしていて蛮族に捕まっていれば、私の命は無かったのですから」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
王は友を強く抱きしめた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　（サティヤ サイババが話した説話の要約）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【あなたの全ての行為を礼拝とみなしなさい】。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【義務は神である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【行いは礼拝である】。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{どんなことが起ころうとも、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それを【神の御業】、【神の慈愛のしるし】として、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
喜んで受け入れなさい}}」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―サティヤ サイババ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【霊性に目覚めた人たちには善も悪も無い】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【神のみがあらゆることをなさるのだということを悟っているからね】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある所に僧院があった。そこの修行僧たちは毎日托鉢に出かける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある日、一人の僧が托鉢していると、地主が一人の男をこっぴどく殴っているのに出くわした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僧侶はとても慈悲深かったから仲裁に入って、地主にもうやめてくれるように頼んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
邪魔された地主はカッとして、今度は僧侶の身体に怒りをぶつけた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
打ち方が酷かったので、僧侶は気絶して道端に倒れてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誰かが僧院に行って、『あんたんとこの坊さんが地主に酷い目に合わされているよ！』と知らせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
修行僧たちが駆けつけると仲間が気絶して倒れている。&lt;br /&gt;
五人で両手両足と頭を抱えて連れて帰り一室に寝かせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まだ意識が戻らない僧侶を四方から取り囲んで、みんな心配しながら坐っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誰かがウチワで扇いでやっていた。一人が『牛乳を口に含ませてみてはどうだろう』と言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それで口に少しずつ牛乳をたらしてやっているうちに、僧侶は意識を取り戻した。ぼんやりと目を開けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一人が、『ほら、分かるか？ 我々が分かるか？』と言った。そして大声を張り上げて質問してみた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『お坊さん！ あんたに牛乳を飲ませているのは誰ですかー？』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僧侶は、ゆっくり、ゆっくりと答えて言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『兄弟よ、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【私をぶん殴ってくださったお方が、私に牛乳を飲ませていらっしゃる】』。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神を知らない間は、こんなふうにはいかないがね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―聖ラーマクリシュナ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジョーが転んだり、どこかぶつけたりした時に手を合わせて神様の御名を唱えて感謝するのはこのためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
霊性の初心者はよく、何かラッキーなことがあった時に「こんなふうにしていただいた！ ありがたい！」、「こんな奇跡的なことが！」と、そういうことだけを言いたがる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
災難にあった時に「こんなふうにしてくださった！ ありがたい！」などとは決して言わず、ラッキーなことだけをことさら話したがる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしそれはまだ未熟な人だけがすることで、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
魂が成熟してくると【全て良いこと】と受けとめ感謝するようになる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
未熟な人たちは、神様は『自分に都合の良いこと』だけをしてくれると思っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは小さい子供が、『親は自分が好きなお菓子だけをくれるべきだ』と思っていて、嫌いな野菜や薬は一切拒否しているようなものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
分別ある子供なら、野菜や薬も、親が自分のためになるから与えてくれているのだと信じている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これが平等観である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―ジョーティ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「彼の本性は条件づけから自由だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
勝とうと負けようと、彼には何の違いもない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
森林深くに独り在ろうと、世間に在ろうと、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天上の神であろうと、ただの乞食であろうと、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼には何の違いもない！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は二元性に縛られない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
富や快楽、義務や識別も、彼には意味のないこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何を成し遂げようと、成し遂げまいと、気にしない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『アシュターヴァクラ ギーター』（18‐11、12）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「自己の本性を悟った人は、愉快な事物に会っても喜ばず、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
不愉快な事物に会っても悲しまない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二元対立を超えてブラムハン（神）の中に安住している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
解脱した人は、感覚の快楽や外部の事柄に関心なく、常に内なるアートマン（内在の神、真の私）の楽しみに浸っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真我実現の人は心をブラムハンに集中して、限りない至福を永遠に味わっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
友も敵も等しく扱い、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
名誉不名誉に関心なく、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
寒暑、苦楽、&lt;br /&gt;
また称賛、非難に心動かさず、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
常に無益な交際をせず、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沈黙し、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何事にも満足し、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
住所住居に執着なく、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
断固たる決心で心を【私】に結びつけ、バクティ ヨーガ（神を愛する道）に励む人、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は【私】にとって愛しい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『バガヴァッド ギーター』（5‐20、21、12‐18、19&lt;br /&gt;
）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「神に近づけば近づくほど、人は幸せになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神は生きる目的だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今の時代は、神への意識が無くなってきているね。残念だよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神への想いも無しに、どうやってこの地上で生きていける？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過去や現在というものは人間にしかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神には現在しか存在しない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神は限りない善だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神には、我々の人生全てが見える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だから、何が起ころうと心配いらない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全ては、我々の魂を良くするためだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は視力を失ったことを、よく神に感謝するんだよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全ては我々の幸せのため、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
我々の魂を良くするため。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だから、キリスト者は何も心配いらない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
基本は、神は限りない善、ということだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いつも助けてくれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
幸せだよ、それだけで」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―盲目の修道士（映画『大いなる沈黙へ』より）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43899368.html</link>
			<pubDate>Sun, 28 Jul 2019 07:51:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>愚か者は人が身体を持っており、仕事をすると妄想している。 『アシュターヴァクラ ギーター』55</title>
			<description>【18‐74】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「彼はアートマン（真我、真の私）が苦しむことも、死ぬこともないと知っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だから、知識や世界のことを気にかけない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『私は身体だ』や『身体は私のものだ』という感覚も持たない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【18‐75】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「愚か者は、精神集中や霊的修練を諦めるや否や、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
空想や欲望の虜になる」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【18‐76】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「真理を耳にした後でさえ、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
愚か者は愚かな考えにしがみつく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は必死になって平静と落ち着きを保とうとする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、彼の内面は欲望で渦巻いている」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【18‐77】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「真理が理解された時、仕事は消え去る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他の者たちの目には師は仕事をしているように映る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが実際、彼は話しているわけでも、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何かをしているわけでもない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&amp;#127801;&amp;#10024;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「行為の中に無為を、無為の中に行為を見る人は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人中の智者であり、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
専心して一切の行為を為す人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カルマヨーガ（無私の行為の道）を行わずに、ただ行為を放棄する人は不幸である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カルマヨーガに専心した聖者は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遠からずブラムハンに到達する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この最高の真我（アートマン）は無始であるから、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
グナ（要素）を持たないから、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
不変であって、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
身体の内に存在しても行為せず、汚されることもない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遍在するエーテル（空、アーカーシャ）が微細であるから汚されないように、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
身体の至る所に存在する真我も汚されることはない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『バガヴァッド ギーター』（4‐18、5‐6、13‐31、32）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ヴィヤーサ仙がヤムナー川を渡ろうとなさった時、ゴーピー（牧女）たちもちょうどそこに来た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゴーピーたちも川を渡りたいのだが渡し舟が見当たらない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゴーピーたちが『タクル、どういたしましょうか？』と言うと、ヴィヤーサ仙はおっしゃった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『いいとも、お前たちを渡してあげよう。だが私はたいそう腹が減っているんだ。何か持っているかね？』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゴーピーたちがミルク、クリーム、バターなどたくさん持っていたので、彼はそれを全部食べてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゴーピーたちが『タクル、渡る方はどうなるのですか？』と申し上げると、ヴィヤーサ仙はやおら岸辺に行って立ち、大声でおっしゃった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『おーい！ ヤムナーよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【もし私が何も食べていなかったら、お前の水を二つに分けておくれ！】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうすりゃ我々はその間の道を通って向こう岸に渡るから！』 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【言うか言わないかのうちに、水は二つに分かれてしまった】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゴーピーたちはびっくり仰天して思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『あの人はたった今、こんなにたくさん食べたのに、「もし私が何も食べていなかったら」だって！』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この固い固い信念だ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【私じゃない、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【胸の奥なるナーラーヤナ（神）】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あのお方が食べたのだ】}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【シャンカラーチャーリヤはブラフマン（絶対実在＝神）の智慧（ジニャーナ）を得た人だ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それでも初めのうちは差別心もあったよ。ヴィヤーサ仙ほどの信念は無かったようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
チャンダーラ（賤民）が肉の塊を運んでるところに、この方はガンガーの沐浴から上がってきて行き会った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
賤民の体と自分の体が触れ合ってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
声を荒らげて『コラ！ 私に触るとは何事だ！』&lt;br /&gt;
すると賎民はこう言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『タクル、【お前様もこの俺に触りはしない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【俺もお前様に触ったりはしない 】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【純粋真我（シッド アートマン）は肉体ではない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五元素ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
24の存在原理でもないでしょうが！}}』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【その時に、シャンカラは本当に智慧を得たのだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ジャダ バラタは、ラフーガナ王の駕籠（かご）を担ぎながらアートマンの智識について話をしていた】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
王は駕籠から降りてきて聞いた。&lt;br /&gt;
『あんたは一体誰だ！？』&lt;br /&gt;
ジャダ バラタは答えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『【私はあれでもない（ネティ）】、【これでもない（ネティ）】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【純粋真我だ】』。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【彼は自分がシッド アートマン（純粋真我）だということについて、完全に正確な信念を持っていたのだ】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―聖ラーマクリシュナ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「古の聖者たちは【『自分が食べ物を味わっている』などという思い上がりは決して持たなかった】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【純粋な帰依者】とは、【外界で起こっていることに関心がない】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ウダーセーナ（聖なる無関心）という資質を持っている人である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
帰依者が持っていなければならないその他の性質は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【利己主義（私）と所有欲（私のもの）と無縁であることだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、【自分が行為者である、所有者であるという意識も克服しているべきである】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【このような帰依者は神にとって愛しい存在であると、（バガヴァッド）『ギーター』の中でクリシュナが宣言した】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{当然ながら、このような帰依者は、&lt;br /&gt;
【あらゆる世俗的関心事に対する無執着（離欲）を示し】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【現象世界で起こっていることに関心を示さなくなる】}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【彼は賞賛も非難も、喜びも苦しみも気にしない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたが持たなければならないもう一つの資質は、【自らの行動の成果に対する執着を放棄することだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【全ては神のものである】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それゆえ、【価値ある活動に従事して神を体験しなさい】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【神の使命の中にあり】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【成功にも失敗にも、喜びにも悲しみにも左右されない人は全て】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【神の恩寵を豊かに受け取るだろう】}}」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【ジニャーニ（覚者）】は、【自分自身のアートマン（真我）から完全な至福を得る】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【彼は、彼以外のどこにも至福を求めない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{実際、彼は【外界のいかなるものの中にも歓喜を見いだそうと望んだり】、&lt;br /&gt;
【外部に歓喜を見つけようと意図することはない】}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【彼は自分の手に入れた内なる歓喜に満足している】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ジニャーニ（覚者）の偉大さは筆舌に尽くせず】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたがたの想像すらも及ばない。&lt;br /&gt;
天啓経典も教えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『【ブラフマン（絶対実在＝神）を知る者はブラフマンとなる】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブラフマンの原理を手にした者となる』と。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全ての水泡は水より成る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのように、【千差万別の名と相を持つこの現象界の一切は、同一のブラフマンに他ならない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジニャーニ（覚者）はこれを確信している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いや、【彼は実際にそれを体験している】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「{{【ジニャーニ（ニャーニ、覚者）の行為は水に書かれる線】のようで、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【線が書かれている間にしか見えない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
終わるやいなや見えなくなる}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【行為が為されている間は、あなたはそれに気づくが】、【次の瞬間には、もう気づくことができない】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―サティヤ サイババ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「{{【心は、まず落ち着きのない状態から解放され】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【習慣的に内面を見るよう慣らされるべきである】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのように第一の段階は、【外的世界への無関心】であり、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第二の段階は、【内省の習慣をつけること】である}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【外的現象の儚い本性を悟ること】が、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この無関心さを導き】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【富、名声、快楽などへの軽蔑が生じる】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうして【『私』という想念が探求によって点検され】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【その源がハートへと辿られる】}}」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【外的な接触、つまり『自己』以外の対象物との接触が心を不安定にさせるのだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【アートマン（真我）ではないものに対する興味を失うこと（ヴァイラーギヤ、放棄、離欲）が第一段階である】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【そうすれば、内観と集中の習慣がそれに続くだろう】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして【外的な感覚や内的な知的機能を制御することが、最終的にサマーディ（三昧）へと導くのだ】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「【何であれジニャーニのすることは他者のためだけに為され】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【たったひとつの行為でさえ彼自身のためにすることはない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【彼は泣く者とともに涙を流し】、【笑う者とともに笑い】、&lt;br /&gt;
【陽気な者とともに戯れ】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【歌う者とともに拍子を取りながら歌う】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【彼が何を失うというのだろう？】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【彼の存在は透明な鏡のように純粋だ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【彼には欲望も行為のための動機もなく、行為者という感覚もない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{【彼は全ての活動が彼の存在の中でのみ起こり】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【自分自身は何もしないという真理】を知っている}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それゆえ、{{彼は【起こっている全ての活動の沈黙の目撃者】として留まるのだ}}」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「{{【目を閉じたままのサマーディ（三昧）は確かに良いものだが】、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【行為と無為が対立しない状態に達するまで】、更に進まねばならない}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【活動によってサマーディを失うことを恐れるなら、それは無知の印でしかない】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【サマーディは誰にとぅても自然な生活の根底であるべきだ】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【そこには我々の努力や無努力を超えた状態がある】。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【それが理解されるまで、努力は必要である】」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　―ラマナ マハルシ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「身体のことは忘れ、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなた自身の気づきの内に留まりなさい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たちまち、あなたは幸せになるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
永遠に安らかに。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
永遠に自由に。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正や不正、喜びや悲しみ、これらは単に心が生みだすもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたはそれらではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
行為をしたり、喜んだりするのは、本当はあなたではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたは遍く存在し、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
永遠に自由だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『私はこれをする。私はあれをする』。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
利己主義の黒い大蛇が、あなたに噛みついたのだ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『私は何もしない』。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これこそが信頼の甘露。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それを飲み干して、幸せでありなさい！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたは一なるもの、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
純粋な気づきだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それを知りなさい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この確信の炎で、無知の森林を焼き尽くしなさい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
悲しみから、あなた自身を解き放ち、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
幸せでありなさい！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これを悟れば、利口でせわしく、言葉巧みな人も静かになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は何もしない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は静かだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この世の快楽に耽りたい者たちが、これを理解したがらないのも無理はない！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたは身体ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
身体はあなたではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたは行為者ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それを楽しむ人でもない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたは純粋な気づき。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全てのものごとを見守る観照者だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
期待もせず、自由だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どこへ行こうと、幸せでありなさい！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は見ているが、何も見ないのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神を見たとき、あなたは神に瞑想する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『私は神だ』と言いながら。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、あなたに想念が無いとき、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二というものは無く、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ一なるものだけが存在することを理解する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だとすれば、いったい誰が誰に瞑想できるというのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は目覚め、満たされ、欲望から解き放たれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は存在するわけでも、存在しないわけでもない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼はいつも動いているように見える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、彼は何もしていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真理が理解された時、仕事は消え去る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他の者たちの目には師は仕事をしているように映る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが実際、彼は話しているわけでも、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何かをしているわけでもない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『アシュターヴァクラ ギーター』（1‐4、6、8、9、15‐3、4、18‐16、19、77）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/happyhappysai2010/43898687.html</link>
			<pubDate>Sat, 27 Jul 2019 08:18:00 +0900</pubDate>
			<category>哲学</category>
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