32へいほうめーとる生活

新天地でがんばっております。

よく無印にいったりする僕ですが、

やっぱり、すごく細部まで、デザインされて、統一性を持たせていることがわかります。
スターバックスやモスバーガーなども同様だとおもいます。

昔の僕なら、お店ひとつひとつの個性がないとかそんなことをいっていたのかもしれませんが、
変に細かなところが統一されていなかったりすると、すこし安っぽくみえてくるきがします。

ブランディングをするさいちゃんとした構想があってこそなりたつわけで、ブランドイメージを
お客様に届けることができるのだとおもいます。

最近僕はお手伝いとして、WEBのコンテンツデザインを頼まれましたが、あるいみフォーカスする店だけを
抽出しすぎて、本来その会社がもつブランド感を忘れてしまうことがあります。
表現がつよすぎると、この個性が出すぎるため、そのページだけまるで、違うサイトに富田かのようになってしまうわけです。
フォントを会わせることや、写真幅の設定や、バナーの大きさなどいくつもの要点を押さえて、
デザインしていかないといけません。

これからはその部分を考えながら作業なりアイデアを出していきたいですね。

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先月の末になるのですが、東京にいってまいりました。

そんな土産話を今日はしようと思います。

札幌から東京にいくとホントに暑くて、溶けてしまいそうな勢いで、
バテバテでした。

でも展覧会にたくさんまわりました。

仕事上、最近はアートやデザインを紙面の展開だったり、webなどでしか見なくなったので、
直で、触れ合えるのは、正直久々で、うれしかったです。

ほんとはもっと刺激を受けて生活をして、行動にうつさないといけないんですが、

うーん、なかなかそうはいかないです。

でもそれから、2週間たった今は、すこしづつまた刺激をとりもどして、おもしろいものを追求するようになりました。

仕事のときだけでなく、日常の中でそういったことを考えられるようになりました。

幸い、周りの同期の友達も微かにではあるものの興味をもってくれているので、
話しやすいです。

自己満で終わるのでなく、他人を満足させる、そんなベクトルにこの考えの最終地点が
向かっていってくれることを、信じています。


画像が横向きなってしまって申し訳ありませんです。

オレンジのすごさ。

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9月に入って、徐々に寒くなってきました。

やっぱり札幌は寒いなぁ〜。なんとかしてほしいところです。

今日は09年の09月09日ということで、9のつく数字ばかりです。

また今ブログをかいているのも、午後9時という感じで…笑

ではでは、今日はオレンジの話をしたいと思います。

オレンジはお菓子などの商品と同じパッケージの構成をしているんです。
知ってましたか?意味が分からないと思いますが、
説明すると、

オレンジには皮があってその皮は内側の商品を守る役割があります。
いわゆる商品のパッケージみたいなものです。その容器は大体ゴミになってしまうの
ですが実を包んでいる薄い包装(皮)を捨てる容器として残しておく人もいます。

身を包んでいる薄い包装は奇麗に並んでいてカタチに均等性があります。
また包装(皮)には開けやすさが要求されています。(チョコの袋とかガムの包み紙もそうですよね)
また実自体は食べやすいカタチになっていて口元に入れやすいデザインをしています。(これはどんな食品でも考えられています)

またフリーギフト(種)が入ってありこの利他的配慮は消費者を去勢コンプレックスから解放して相互の信頼関係を確立しています。(グリコのおもちゃとか、いらない人もいるけれど、使いたい人はほしがる)

またパッケージはその中の商品の食べたときのイメージであるとか、または全体の色合いとかに共通させている場合多いようです。

といったように、

果物(オレンジやバナナ)や枝豆などは、ずっとずっと昔から、商品のパッケージのデザインをしていたんですね。

これってすごくないですか?

自然からうまれたものってホントにすごい。
人間と寄りそうかのようにデザインされている。

僕も自然をきちんと学んで、人に共感されるデザインをつくっていきたいです。

処女作を作り終えて。

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最近はめっきりブログをかかなくなりました。

かなり残念なことです。

どうにか続ける方法をとりたいものです。
誰か教えて…。笑


最近、自分の仕事で車屋さんのチラシを作りました。
お店がリニューアルするということで、リニューアルと訴求するとともに、
クライアントの意向である地元密着差を出すために、近隣のお店を紹介したり、
車屋がもつかっちょいい雰囲気ではなく、どちらかといえば、まったりとしたテイストで、
デザインを仕上げました。

リニューアルということで、イベントも(たいしたものではないですが)企画しました。

普段は気にもかけない細かなことも、自分でしなければならないのは大変ですが、
無事けがもなく、終われたことはよかったです。


「チラシをみて来ました」とか、チラシを片手にお店に来る人や、来場プレゼント目当てにくる人(チラシを内容をみたってことだと思います。)など、自分が考えたチラシがここまで、人を影響させられたことは素直にうれしかったです。

でもその先が大事で、人に喜んでもらえたのかが大事になってくるわけで、
たしかに数字上は人も来たし、それなりのアピールになったけれど、
お客さんの心をちゃんと動かしたのか?お客さんを幸せにできたのか?
そこを目指さないといけません。
それには長いスパンをかけ、お客さんとお店の信頼感を生み出さなければいけません。

できれば、自分はチラシだけで終わりたくないと思っています。
お客様を喜ばせる次の企画を見つけたいです。
次へのきっかけを生み出せるように、5年、10年先を見据えて、
ディレクションできるように、頑張りたいです。

お客さんに喜ばれる仕事を創造し続けていける。
そんなディレクターを目指していきたいです。

まぁ・・現実はそうは簡単にはいかないのですが…。

七月にはいりました。

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『1960年代の末までに人類を月へ到達させる。』


1961年の議会演説でアメリカの第35代大統領ジョン・F・ケネディは宣言。

当時では到底実現不可能と思われていたこのミッションを陰で支え
ついには月まで到達した唯一の時計、

それが「オメガ スピードマスター」。

それから今日現在まで、
NASAの宇宙飛行士の公式時計といえば

「オメガ スピードマスター」以外は存在しない。

すごいとおもいませんか?


さすがオメガですね。

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例えば「掟破り」の新しい単位として、
従来の様 式をぶっ壊すシンプルで暴力的な音楽性ゆえの
《セックスピストルズの掟破り =1Spt(セックスピクトルズ)》と認定したうえで、
以下のように単位の使 い方を、不気味なイラストつきで例示していきます。

 ショートケーキの苺を先に食べる掟破り……35 Spt
 レンタルビデオを巻き戻さずに返却する掟破り……102 Spt
 1曲目から「マイウェイ」を熱唱する掟破り……329 Spt
 メールで辞表を出す掟破り……625 Spt


こういう本『新しい単位』という本がだいぶ前に出版されました。

僕もこういったモジュールの世界というのは非常に好きで、
例えば3分といえば=カップラーメンだったりだとか。
30秒と言えばCMだったりだとか・・・。(いまでは15秒とかですけど)
あとバスケ部だからかもしれませんが、3秒といえばバスケのルール的なものがありました。

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たとえば20秒。
きっかりとはいいませんが、電車のドアが開いてから、閉まるまでの時間だったりだとか。
日常のタイムモジュールにはまっています。

20秒さえあれば、だいたい100m先からでも本気をだせば電車に間に合うのかもしれませんね。

とまぁ今日はこんな話でした。

みなさんも普段の何気ない日常の時間のものさしをはかってみてはいかがでしょう?

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カレンダーをみながら、ふと思ったことがあります。
きれいなフォントで、きれいに整列されてすごくみやすいデザインにされていますよね。
でもカレンダーや、手帳ってこの数字のように、きれいで、同じものではないのでは?
と僕は思うわけです。

手帳などを見ているとそうで、質量のある日があったり、
感じた1日の長さって人それぞれじゃないのかとおもうんですよね?
その日がすごく予定がつまっていたり、いない人もいたり…。

僕は一度デジタルな手帳として
こういったカレンダーや手帳があれば、
おもしろいのではないかとおもい、フラッシュアイデアの段階ではありますが、
こんなものを描いてみました。



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こういった感じで、長さを変えてみたりするとより、
1日のものさしがわかりやすいですよね?
水曜日がものすごくながく感じたのか?予定がぎっしりと、はいっていたのか?
そもそもすべてがきれいな配列なこともおかしいし、
みなさん1人1人、今週1週間が長く感じたりするひとや、
短く感じる人もおおいはずです。

では次はもっと曖昧にして、こういったものもつくってみました。

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1日を黒と白の色幅で、表現してみました。
5日などは、すごく予定のない1日だったのか?
もしくは、きもちいい1日だったのか?
それは個人それぞれが感じるところであり、
その想像できる余白を作れるのも、おもしろいところなんじゃないかと思います。

と今日はふとみたカレンダーからすこし頭をひねってみました。

遠いとか近いとか。
どれくらいの距離が遠くて、どれくらいの距離が近いのなんて、ひとそれぞれだとおもうし、
時代によってもそれぞれなのかもしれません。

最近、友達にそういった話をしました。
長いとか、短い、遠いとか短いとかはすごい漠然としていて、定まったカタチではないわけです。
当たり前のことですよね。

その時々の環境に左右される言葉はたくさんあるし、捉え方も、ひとそれぞれなわけです。

長いという言葉は辞書で調べると…。
(1)(線状に連続しているものの)ある点からある点までの空間的な隔たりが大きい。《長》
「―・い道のり」「―・い刀」「―・い行列」

(2)ある時点からある時点までの時間的な隔たりが大きい。
「人類の―・い歴史」「―・い下積みの生活」「日が―・くなる」「―・い間待たせる」「我が命も―・くもがと/日本書紀(雄略)」

(3)精神的に持続力がある。のんびりしている。《長》
「気が―・い」

といった意味が出てきました。

辞書で実際調べてなるほど!となったんですが、
この意味と実際の感覚で捉える長いは、まるで違う。

いつも単純に使っていることばだけど、本当は奥が深いんですね。

世界地図の外側

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世界地図の外側はいつも白紙になっていて、
子どもの頃はもっと世界が広いんじゃないかとおもったくらいです。

世界地図はみての通りこのかたちで、増えることもないと思います。

この世界地図は球体のというみえないものを平面にして見やすくしているわけです。


でもその平面上にすることによって、なにか続きがあるようなそんな気持ちになるわけです。

例えば、人間を世界地図のように平面に移し替えて、
人間地図みたいに全部みえるようにしたらどうなるのか?

目の前にあるコップは?

立体になると、ものごとの始点と終点がつくられてしまい、
そのものはそのもの独自の空間をつくってしまう。

でも、平面にすると、想像の余白がうまれる。

世の中のものを一度全部世界地図のようにしてみたら、
案外おもしろい発見ができるもかもしれませんね。

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単に同じ言葉でも、文字間だけで、感じてくる世界はそれぞれ違う。

余白がもつ力とは脅威でもあるみたいだ。
ずいぶんと前からそれは感じている。
それは心で読んだとき、その余白が活きてくる感じがしてならない。
見た目には、単に空いているとか、間合いがきもちいいとかそういったものだとおもう。

でも読むとまた違った読み方になるのではないかと思う。



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●が人だとして、AとBでは、明らかに関係が違ってくる。
Aは密接している。人によっては怖くなる距離ともいえる。

BはAに比べると、比較的よくある人の距離感であるとおもう。

レイアウトがうみだす力は人を不快にさせたり、不安にさせたり、
また気持ちよくさせたりするような気がする。

テーブルとテーブルの間、名前の文字の間、広告と広告の間、小便器と小便器の間とか

たった1mmかえたり、おおきく1000kmかえることで、色んな感情が変わる。

今問題になっている北朝鮮も1万キロも離れれば、果たして今みたいな感情が現れたのだろうか?

たまに疑問におもいます。


間が持つちからはひとえに一緒ではない

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