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県外遠征記

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いま、台風18号が各地で猛威を振るう中、この記事を書いております。
被害にあわれた皆様にお見舞い申し上げると共に、災害への警戒を怠りませんよう願います。

9/10〜11は、南三陸〜気仙沼での仕事。

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南三陸も津波への警戒意識は高く、高いところに避難しなかった人はほとんどいなかったという。
それでも中心部の(戸蔵・志津川地区)75%が失われ、800人以上の死者・行方不明者を出す大惨事に。

結果を知っている我々は、なぜもっと高いところに逃げなかったのかと思うかもすんねげんと。
んでも、まさか高さ12mあるこの防災庁舎を更に2mも上回るような津波になるとは予想さんねっけど。

とにかく、自然災害は人間の想像が及ぶ範囲のものでねぇ。決して甘くみらんねず。


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かつて市の中心部だった一帯は、まだ一面の空き地が広がってだ。
そだな南三陸で現在、生活拠点になってるのはやっぱり復興商店街。

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歌津地区の伊里前福幸商店街。日本で唯一「Jフラッグが全て揃った商店街」だ。
裏手の高台にある小学校の床下まで津波が押し寄せ、壊滅した町の復興拠点だず。

大漁旗のかわりになる商店街を賑わしてくれる旗を募集!とTwitterなどで募集したら各チームやサポーターから大反響があり、一年足らずで全クラブ分が届いたんだど。


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ここにあった郵便ポストが津波で流され、遠く沖縄県の石垣島に流れ着いたとか。その縁でこのステージでBIGINがコンサートやったんだど。沖縄音楽も流れてて、日本中からの絆を実感する商店街だずね。

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もちろんモンテディオの旗もあるっけ。届けてけだ人ありがとさまっす。
強風で破れる場合もあるったから、俺もサインもらって届けてけらんないべか。

復興商店街はほかにもある。町内で一番大きいのは

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南三陸さんさん商店街。30の店舗が集まった復興商店街だず。 http://www.sansan-minamisanriku.com/

海から1km以上あるここも津波に襲われ、自宅の2階、3階に避難していた方も多数犠牲になったそうだ。
そだな中で助かった地権者が協力し、町の再生を目指してここに商店街用地を提供したんだど。

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町のグランドデザインには東京のNPOがほぼボランティアで協力。フードコートを中心にした回遊型の設計やデザイン性にすぐれた看板の設置、キラキラ丼・オクトパスくんなど観光客向けの商品開発など、観光地の屋台村と言っても違和感ないくらい洒落た街づくりになってて、この日も大型観光バスが数台立ち寄りしったっけ。


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今年5月に南三陸町に南米チリから寄贈されたモアイ。

1960年のチリ地震津波の際にもモアイ像が贈られたげんと、震災で頭部を残して破壊さっでよは。震災後に訪れてこれを見たチリ大統領がイースター島長老会と相談し、再寄贈が決定されたもの。イースター島の石で彫られたモアイが島外に出ることは極めて異例なんだど。

モアイにはラバヌイ語で「未来に生きる」という意味があるとされている。そんなモアイを「海に破壊された日本の町に、人々が再びそこで生きて行きたいと思えるようなマナ(霊力)を与えるモアイを贈りたい」というイースター島民の意思のもと、珊瑚と黒曜石で目を入れたんだど。これは世界で二つしかないもの。その思いが届くことを願います

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商店街各店の復興祈念メッセージが刻まれた、伝統の切り子ボードも

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町の公民館&交流施設のポータルセンターも併設され、志津川の復興拠点として
ただ高台の仮設住宅に住むお年寄りは、平地のここへ下りてくるのが大変で地元の利用はまだまだとか。

商店主は観光客向けの商品ばかりでなく、以前のように生活物資が売れるようになって欲しいったっけな。
あと ここの商店街にはJRの駅も併設さっでだんだず。

鉄道はもう運行再開したんだがって?

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(大谷海岸駅)

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(陸前小泉駅)

線路が各所で寸断された気仙沼線の全線開通は、まだまだ先になりそうだず。
今はBRT(バス高速輸送システム)で代替運行しったんだ。

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これが現在の志津川駅。線路に沿った道路にハイブリッドバスを走らせっだんだず。

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んださげて、今はこいな風にJRの駅と駅前バス停が並んでいる風景も珍しくない。
難点は道路ばっかり走ってると、どうしても渋滞などでダイヤが乱れてしまう点。それを緩和するために

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(JR陸前港駅 ガードレールがあって道路になってるのがわかる)

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こいな風に鉄道の線路で被害の少なかった区間を、BRT専用のバス道路に改装。
渋滞もカーブも高低差も少ないため、比較的安定して走ることができるのがメリットだず。
上記のように、まだまだそこまでいかない区間も残ってるけどな。

こいな区間を通りながら、気仙沼市の中心部さ。

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地形によっては津波の被害をあまり受けず、復興がすすんでいるエリアも多いし。

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(気仙沼横丁)

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(気仙沼紫市場 高台にあり、3.11にここらの住人が避難した紫神社が名前の由来)

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(津波に破壊された店の隣で営業する港のスナック)

夜道が暗い気仙沼市にあって、夜の灯りを絶やさず頑張っている方々も少なくない。そだな気仙沼だげんと。

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海辺や港周辺では、まだまだ空き地や浸水する場所が多く、1m以上地盤沈下した為に全体をかさ上げする工事や、巨大防波堤を設置する工事が進んでいたり、地元の反対で進んでいなかったり。

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写真は大谷海岸駅だげんと、この警報表示版を更に上回る高さ9.8mの防潮堤が計画されてるとか。
完成したら海は見えず、海で生計を立てる人には確かに死活問題。
1000年に一度レベルの津波対策を徹底するか、海との共生を続けるか。難しい問題だずね。

なかでも被害が大きかったのは、南北に5km以上と奥行きが長い気仙沼湾の突き当たりにあたる鹿折地区。津波の直撃と、湾内にあった石油タンクの油が流れ込んで三日三晩燃え続けた大火災に襲われ、壊滅的被害を受けたエリアだず

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港から900mも離れたここに流されてきた330トンの大型漁船・第十八共徳丸は気仙沼の被害の大きさを物語る象徴として知られてきたが、撤去が決まりちょうど先週から解体が始まったところだっけ。

こうしたものを震災遺構として残すか、撤去するかも被災した各自治体にとっても難しい問題。

横倒しビルを残すことにした女川、門脇小学校をどうするか賛否両論の石巻、一度は防災庁舎を解体することに決まったが反対意見も根強く、迷っているうちに塩水と潮風で鉄骨が劣化してきて決断が迫られている南三陸など。

また、集落を高台に集団移転するか、全体をかさ上げして再建するかなども賛否両論あってなかなか進まない。

前者は海から遠くなることや、移転に適したまとまった土地の確保が難しいことなど。
後者は時間がかかりすぎることや、区画整理で場所や変わったり面積が減ったりするなど。

ひとくちに復興って言っても、地元でも賛否両論あって進めないような難題は山積みだず。

2020年 東京オリンピックの誘致が決定した。
招致理念の一つとして「復興した被災地を世界に見て頂く」と明言した政府。
その言葉が現実のものとなるよう、また地元を無視した上から計画にならないよう願ってだっす。


また、こうした自然災害は対岸の火事でねぇ。
山形内陸地方は津波の心配はないかすんねげんと、大地震を引き起こす活断層や火山リスクはあるし。

ここ数年天気も極端で、山形でも記録的豪雨による洪水、土砂崩れ、断水など。記録的豪雪による家屋の倒壊、交通の麻痺、除雪事故、モンテディオ開幕戦開催の危機などが実際に起こったべ?

最後のはともかく

しつこいげんと、自然災害は人間の想像が及ぶ範囲のものでねぇ。決して甘くみらんねず。
「危険」って言われたら下手に冷静ぶらないで逃げる。今回は改めてそれを痛感させらっできたっす。

9/9〜11の三日間、連続出張で宮城県沿岸部の視察添乗さ行ってきたっす。まずは石巻へ

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(石巻まちなか復興マルシェ)

市内中心部は復興も進み、ぱっと見には震災の爪あとも日々薄れつつあるように見えるげんと。

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津波で最大の犠牲者を出した町・石巻市でも最も被害が大きかった南浜・門脇地区はまだ空き地。
そこの門脇小学校前に山形市七日町のお寺が中心になって建てられたお地蔵様がこちら。

ただ、この小学校では裏山への避難が迅速に行われ、当時学校にいた生徒に犠牲は出なかったそう。
海岸から600mという立地上、日ごろから地震がきたら高台に逃げる意識付けと準備をしていたんだど。

同じ石巻市で、100人以上の犠牲を出した大川小学校は海岸から5km以上の川沿いにあっけげんと。
「まさかここまで津波は来るまい」と思ってたのが、北上川を逆流してきた津波に呑まれたってのもあるらしい。

この後体験談を聞いた語り部の方からも、「こんなとこまで津波は来るまい」と考え避難が遅れた人や、車を失うのがもったいなくて車で逃げ、結果渋滞にはまって犠牲になった人、第一波が去ったあと貴重品や家族、ペットが気になって家に戻り、更に大きい第二波・三波に呑まれて亡くなった方が多数いたという証言もあっけし。

とにかく、自然災害は人間の想像が及ぶ範囲のものでねぇ。決して甘くみらんねず。

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(大川小学校に近い追波地区の 震災半年後の姿)

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女川の華夕美や蒲鉾の高政は健在。マリンパル女川もこの地区に移転して営業中。
万石浦は外海とごく一部だけつながった内海ださげ、津波被害も小さかったそう。

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んでも、鉄筋コンクリートのビルを横倒しにし、この16mの高台にある病院駐車場すら飲み込んだほどの大津波に襲われた中心部は壊滅。女川の方は津波が来たら高台やビルに避難する意識はあっけげんと、逃げた高台や高層建築さえ上回る、想像以上の津波によって犠牲になった方も多かったという。

とにかく、自然災害は人間の想像が及ぶ範囲のものでねぇ。決して甘くみらんねず。

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(震災から半年の女川港 これら被災した建物は多くが撤去さっだ)

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そだな女川では高台への集団移転が計画さっでる。ここ「きぼうのかね商店街」もその中核になる存在。
被災地最大級の50軒からなる商店街で、奇跡的にほぼ無傷で見つかった駅前のからくり時計の鐘が象徴。

現状ではやや不便な場所だがして苦労も多いみたいだげんと、「女川が復活するその日まで、地元商店街は元気な姿でいなければ」との意気込みで頑張ってだっけず。

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観光客でにぎわい、ほぼ震災前の姿を取り戻したかに見える松島にも、爪あとは刻まれっだず。

長くなったさげ、続きは次の記事で
「立ち上がる南三陸」
 
こないだ、こいな記事をアップしたんだげんとよ。
津波に負けず、立ち上がってがんばってる施設を紹介するつもりが・・・
 
被害の大きかった所だけクローズアップしちゃったかも。
いや、んまぐないっけな。反省して今回は元気な所さ焦点あてて紹介するっす。


Tsunami footage in Onagawa, Miyagi 宮城県女川町 (April, 21)

あの大震災から約7ヶ月。津波で町の80%を破壊された女川町。
上の動画が撮影された場所が「マリンパル女川」だ。
 
 
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現地は今もこだな状況ださげて、10/7に移転オープンしたんだず。
自らも被災して大変な中、こだな想いを胸に再開にこぎつけたんだど。
 
 「とにかく商売を再開したい。みんなが意気消沈してやる気を失いつつあり、女川から離れて行くのを何とか食い止めたい。その為にも手本になってみんなを引っ張って行きたい。」
 
隣県で旅行業に従事しったさげ、ここにも散々っぱらお世話になった俺だもの。
これは何としても応援さんなねべ。さっそく昨日「さんま祭り」行ってきたっす。
 

 
これが新生・マリンパル女川だ!
通販サイト「おさかな市場マリンパルおながわや」 http://marinepal-onagawa.jp/
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周りを山で囲まれてたさげ、津波被害の少なかった「万石浦」に面した高台だず。

この写真を撮ったのは8時半ごろ。10時からだっけから早く着きすぎたと思ったげんと。
お客さんが早っから来たさげて、もう前倒しオープンしってっけ。俺もさっそく入店したっだな。

 
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すでに山積みさっでだ、女川漁港水揚げのさんま。あの惨状の中、よくこれだけの準備を・・・
さっそく「特大」一箱購入さしぇでもらったっす。晩げに食ったげんと、脂のっててうまいっけよ。
 
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これまた女川名物「ほや」。
 
以前はパチンコの玉にする(マリンパル名物・ホヤチンコ。なぜわざわざ強調するんだ俺)くらい
ふだに(豊富に)獲れた特産品だげんと、震災で養殖も何も大打撃。
 
この「へそほや」に至っては今ではここでしか手に入らない貴重品に。こちらも購入してきたっす。
ほかにも10数種類の鮮魚や加工品などを販売。あの状況でよくそろえたなと思うと、感動ものだず。
 
店主の方と、来月ここに訪れる当社ツアーの打ち合わせをしたり何だりしてるうちに・・・
 
 
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9時すぎにはすでにこの大混雑。さんま祭りは大盛況だ。
 
あんましお邪魔しても何だし、駐車場も混んできたさげ失礼したっけずぁ。
もうちょっと粘れば炭火焼さんま、すり身汁も食えたんだが。ま、しょうないっだん(仕方ないや)。
 
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もう一箇所、女川であいさつに寄ってきたっす。
 

「女川温泉 華夕美」

 
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天童温泉「ホテル王将」の系列で、山形からシャトルバスも出てるから県民にもなじみの宿。
俺んとこの旅行会社も、そりゃお世話になってるっだん。
 
ごらんの通りほぼ健在だっけ。ここは海っぱただげんと、潮位が少し上がったくらいだっけらしい。
建物は支障ないげんと、いまは復興支援の工事関係者専用の宿にしてるって話。
 
年内には一般客も受け入れしたいって言ってたさげ、そん時はまた送客するっだな。
 
さんまで大賑わいの女川を後にして、今度は松島に向かったっす。
こちらは島や山で津波がさえぎられ、被害は少なかったと言うが・・・
 

松島 観光桟橋〜五大堂
 
 
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ごらんの通り、観光客と車であふれかえってだっけ。むしろ震災前以上の客入りだな。
この日は特に、松島マラソンってイベントもあるっけし。
 
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松島遊覧船も絶賛運航中!
 
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松島の象徴、五大堂も健在!
 
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みやげもの屋さんもフル稼働!
 
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名物「焼き牡蠣」も食える!
 

あとマリンピア松島大入り満員だっけし

伊達政宗歴史館もやってるし

旅館はほとんど営業再開!

JR松島海岸駅まで復旧!

(仙石線・10/10現在その一つ先の高城町まで運行中)
 

松島はもうすっかり元気だ。
 
観光客さん世界中からどんと来ーい!って勢いで、頼もしい限り。
 
大繁盛の松島をあとに、今度は隣の塩釜に行ったっす。
 
 
この動画が撮影された場所、塩釜港の南側にある観光施設へ
 

マリンゲート塩釜
 
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一階部分や舗装に被害は残るげんと、乗り越えて復活オープン!
 
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動画と似た角度からの、10/9の写真。
4月に来たときは道路上に車と船がならんで転がってたりしたげんと、さすがに復旧してる。
 
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遊覧船の船着き場も、ちょこっとダメージは残ってるげんと、もう大丈夫だ。
松島への航路があっさげて、ここも大勢のお客さんであふれかえってだっけず。
 
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一階には「復興市」ってんで、各テナントが仮設で出店しったっけず
2階では3つのレストランが開業しったし。3階以上はまだ閉鎖さっでだっけげんとな。
 
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マリンゲートの西側さは、仮設の復興市場が出来っだっけ。
先月あたりから出店が始まったばかりださげ、全部埋まるのはこれからだべげんと。
 
 
あと塩釜ではこの日の早朝、塩釜港の北側にある仲卸市場さも行ってきたんだっけず。
ここは海から100mちょっとしかない場所だけに、被害のほどは・・・
 

 
塩釜水産物仲卸市場
 
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ほとんど無傷!
 
こっち側は手前の山に守られてになってたさげ、そんなに津波来ねっけらしい。
んださげて、震災後10日くらいで店を開けたって話だ。タフな施設だこと。
 
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朝6時すぎの撮影だげんと、日曜朝市開催中だっけから既にお客さんもたくさん。
新鮮な海産物は、3.11前とかわらず構内からあふれんばかりの豊富さだっけな。
 
 
「東北地方に壊滅的な被害」
 
そう言われる、今回の大津波。たしかに女川町のように、そいな所はあまりに多い。
ただ、そこだけがクローズアップされすぎてる気がするんだず。
 
震災直後なんか、ようやく電話がつながった俺んどさ、こだなメッセージがいくつも寄せられたんだず。
 
「ご無事だったんですね!お家は津波で流されませんでしたか?」
 
・・・お気遣い感謝だが、山形県民だぞ、俺。地図見ろ地図。
 
山形でさえこれだもの。太平洋沿岸なんか全部なくなったと思ってる人さえいたべなぁ。
マスコミも、震災当初の映像や写真を、現在も変わらないかのように流す場合も多いし。
 
被害の少なかった所、被災から再び立ち上がった所もいっぱいある

津波という奴は、ちょっとした地形の違いで被害に大きな差が出るさげな。
マリンゲート塩釜と塩釜仲卸市場なんか直線で1.5kmなのに、大被害と無傷という違いさえあるし。
 
「今、大変だろうから」って遠慮しすぎないで、頑張ってるところは積極的に応援する。
これが一番の、ほして長続きする復興支援になると思うっす。
 
この記事書く時の参考にした「女川復興ファンクラブ」もこう言ってだ。
 
 
開いた店の商品を買ってこそ復興支援
 
 
んだずね〜。俺も仕事を通じて、こいな頑張ってる所さ観光客をどんどん送るとすんべ。
 

 東日本大震災で被災した宮城県女川町の観光施設「マリンパル女川」のおさかな市場が7日、同町内陸部の仮設店舗で営業を再開した。震災前と比べ10軒少ない6店舗が入居した。再開初日は大勢の町民らが訪れ、女川港に揚がった新鮮な魚介類や加工品を買い求めた。
 漁港に面して立地していた公設民営のマリンパル女川は津波で壊滅状態となった。現地での再開の見通しが立たず、おさかな市場を運営するマリンパル女川事業協同組合は自力での営業再開を模索していた。
 組合事務局長の遠藤泰雄さん(46)の友人で、石巻市で鉄工所を経営する佐々木貴美雄さん(52)、清志さん(49)兄弟が協力を申し出た。石巻市境の国道398号沿いにある廃業したドライブインの建物と敷地を購入、改修して格安料金で提供した。開店セレモニーで、組合の山田雅裕理事長(55)は「皆さんの愛のおかげでオープンできた。みんなで稼いで普通の生活に戻れるように頑張りたい」と感謝した。
 市場は年中無休で営業は午前8時〜午後5時。被災者が手作りした工芸品なども販売する。年内にレストランも開業予定。復活を記念して8、9日の両日、すり身汁などを振る舞う「さんま祭り」を開く。 
(2011/10/9 河北新報)

俺は山形の旅行会社さ勤務しったんだず。
山形のお客さんだば、全国の観光地さちぇでぐ(ご案内する)なが仕事だ。

山国・山形内陸の人は、海の景勝地を見て新鮮な海産物を食べるとテンション上がるもんでよ。
そこそこ近くて、うんと景色よくて、うんと食い物がうまい岩手〜宮城の三陸沿岸は大人気だっだな。

それが・・・

あの3.11から半年ちょっと。

先月末、観光業界の人間として、気になっていた三陸の観光地さ行ってみたんだっけず。


①岩手県 陸前高田市

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言葉が無い。あの街が消滅してしまった。
国道45号線だけは、ほぼ全線で仮復旧していたが。

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海と貝のミュージアム。津波が突き抜けて向こうが見える状態

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震災前の姿

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雇用促進住宅。4階まで津波で破壊されている。



②宮城県 南三陸町

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ここも、どこがどこだったか思い出すとっかかりすらつかめない状態。

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建物のみならず、道路も消滅

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防災庁舎

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そだな中、数少ない営業店舗がプレハブのセブンイレブン。
住人の方とボランティアの皆様で賑わってだっけず。



③気仙沼市 道の駅大谷海岸

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JR気仙沼線の駅も併設。海水浴場に直結する駅だっけげんと。
海辺には高波を防ぐ障壁が築かれ、線路は途切れている。

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道の駅としても、駅舎としても、復旧にはまだ時間がかかりそうだ。



④気仙沼港・市中心部


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市の北側は被害が大きい。道路もまだ舗装が行われていない部分がある。

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名勝・五十鈴神社の浮見堂も被災しったっけ。


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観光の定番、魚市場直結のリアスシャークミュージアムと海の市は休業中。


⑤石巻市・釣石神社

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今にも落ちそうな巨石なのに、なかなか落ちないことで知られる。
宮城沖地震でも落ちなかった、この石だが。

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今回の巨大地震+巨大津波にも耐え、落ちないでいてけっだっけ。

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周辺の追波前集落は壊滅してしまったが。
多くの犠牲を出した大川小は、この対岸付近だ。


⑥石巻市中心部

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日和山より南浜町を望む。あらためて、この津波はどこまで・・・

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石巻ハリストス正教会と石ノ森萬画館

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玄関には多くのメッセージ。まだ再開には時間がかかりそうだ

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市内の各所で、信号がまだ稼動していない所もある。(多くは機能していたが)
警察官の方が交通整理に追われていた。

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街中には人が戻りつつあるが、爪跡は残る。






なじみの観光地が、半年を経た現在もなお無残な姿に。心が痛む。
犠牲になった方々のご冥福を、心よりお祈り致します。

いままで紹介したみだぐ、まだまだ立ち直るためには直接的な支援が不可欠な所は多い。
被災地に隣接する山形には、これからも復興への最前線としての役割が求められるべな。

んでもよ。

いつまでも支援対象でいる事なく、自らの足で復興への道を歩き始めたところも多いんだず。
地震や津波の被害を受けつつも、その中から再び立ち上がった観光施設が。

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③道の駅大谷海岸は、4月末から仮設店舗で営業中だ。
復興工事の車両が行きかう45号線沿線で、震災後は希少なドライブイン施設として頑張ってだ。


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④気仙沼港は、港湾施設も補修が進みつつあり、漁船がひんぱんに出入りしった。
山の上の気仙沼プラザホテルならびに、姉妹館の気仙沼観洋は健在。

復興工事業者以外にも、関東や北海道などからの観光客も戻ってだっけず。
観光客の旅の拠点として、あたりまえの旅館として頑張ってだっけ。


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気仙沼魚市場も再開。水揚げ風景を見学できるデッキも、以前と変わらず出入り可能だず。

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気仙沼プラザホテルの付属施設「お魚いちば」も復活!
旬の獲れたてサンマが入荷しったっけ。

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建物の一部が津波被害を受けながら、南三陸の避難所としても頑張った志津川の人気旅館
「南三陸 ホテル観洋」も、今では被災者の方の多くは退去し、旅館として営業再開しった。

復興業者の宿としてのみならず、普通に観光客も受け入れているっす。




ほかにも、写真はないげんと復活をとげた観光施設も多い。

・塩釜港の観光桟橋 「マリンゲート塩釜」では、復興市を開催中。

・女川の「マリンパル女川」も、10/7 津波被害を受けなかった万石浦側に移転オープン

「日本三景・松島」は島に守られて津波被害も比較的少なく、いち早く観光地として立ち上がった地。

・地震でタンクが倒壊した「キリンビール仙台工場」も先月再開。11月には工場見学も開始

などなど。甚大な被害を出した大震災だげんと、被災地すべてがいつまでもそのままって訳ではない。
一歩一歩、着実にもとの姿を取り戻すための戦いにはげんでいる、不屈の人々の手によって。

んでも、ニュースでは今でも、被害の大きいところがクローズアップされる傾向があっさげな。
いまだに壊滅したまんまだと思われて観光客の戻りが鈍く、苦労してるところも多いなっす。

こいな時、旅行会社としてできる事ったら。

やっぱりお客様を、こうした頑張ってる観光施設さお連れする事だと思うっす。
ひいてはそれが、自らの力で復興をなしとげる事につながると思うっす。

今回これらの地を回る過程で、地元業者さんからそだな話も聞いたべし。

悩んだ末、俺も今回、復興応援プランを企画してみたんだず。
観光施設が営業開始してお客様を待っている以上、送客するのが旅行業者の仕事だべな。

まずは11月20日(日)〜21日の一泊二日で実施致します。(南三陸ホテル観洋 泊)
趣旨にご賛同いただける方、いらっしゃいましたらご相談ください。

(コメント欄または mail dewa1ri@hotmail.co.jp まで)

そうだ 埼玉 行こう ケータイ投稿記事

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今朝起きて、思い立って埼玉さ。

さかもとでゼリーフライば食って、はにわサブレもゲット!

・・・たまに更新したと思ったら、こんな記事

意味不明のブログだな、我ながら

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