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10時半にタクシーを予約して、上海虹橋国際空港に向かいました。
帰りは羽田行きです。
JALのカウンターでほっとしました。
日本語が通じるということもあったのですが、スタッフの対応が違います。
上海での応接応対の一番のストレスは、スタッフの対応でした。
中国語ということもありますが、そもそも言葉が少ないのですよ。
私たちが日本人だということもあるのかもしれませんが、なにせ言葉がない。
「うん」とうなづく程度なんです。
そして笑顔もない。
レストランに入って、ビールを頼みますよね。
ビールが空になれば、普通はしつこいぐらいに「お代りはどうですか」って聞いてきます。
それが全くない。
特に女性のスタッフにその傾向がありました。
男性の方は、それほどでもない。
長い間の社会主義の国で、サービスという文化がなくなってしまったのかもしれません。
蘇州に行った時に、北京在住の家族とこのことが話題になりました。
私のスタッフに対する印象に、同感してくれました。
そして、道路事情の話になりました。
中国は右折車は信号は赤でも、右折できます。
「横断する人に注意をして」、だと思うのですが。
でも、横断していても、お構いなしに車が右折してくる。
この傾向、北京ではもっとすごいらしいのです。
車を持っている人たちは「えらい」人たちだ。
「えらい」人たちには、道を譲るべきだと。
特に、高級車の場合、その傾向が強いということでした。
ほんの3泊4日の旅でした。
中国には5年ほど前に北京に会議に行っただけです。
そんな経験で、中国のことを論じるのははばかられるのですが。
やはり中国は豊かな国だと思いました。
日本が弥生時代の頃に、世界最先端の文化があった。
万里の長城や、上海から北京まで運河を作ってしまうのですから。
貧しい国だと、富の集積はおきません。
みんなが食べていくのがやっとです。
でも、豊かになると、富の集積が始まります。
蘇州のツアーの時のガイドさんの話が頭に残っています。
格差のことが話題になりました。中国は格差がある。ほおっておけば、この格差が一層ひどくなる。中国政府の存在は、少なくとも、この格差の拡大を抑制することができるかもしれないと。
そんなふうに、中国を考えたことはありませんでした。
日本も格差社会が激しくなっています。
少なくとも、国の政治というものは、この格差をなくする方向にいかなけりゃならないのに。
旅行中に、ホテルでブログに接続しようと思ったら、ブログにアクセスできませんでした。
Yahooは開けたのですよ。
中国は、ブログを規制しているのかと思いました。
格差の拡大の是正のために「自由」を抑制されては困る。
でも、これは勘違いでした。
日本に帰ってきて、メールをみたら、こんなメールが入っていました。
普段お客様がご利用になられていない環境からYahoo! JAPANへのログインがありました。
■ログイン情報 ・ログイン日時 : 2012/01/27 22:50:29 ・IPアドレス : 116.228.57.98(中国) Yahooの方が、自動的にブログへのアクセスを拒否したのですね。
バリ島からのアクセスは大丈夫だったのに、どうしてなんでしょうか。
帰りのJALからの外の風景です。
羽田の国際線の出口です。
出口に国内線のカウンターがあって、そこで、チェックインができて、専用のバスで、国内線のターミナルまで運んでくれます。
この連絡バス、私たち二人のための貸し切りでした。
バスの中からの国際線ターミナルです。
途中に、夕焼けの中に富士山がきれいに見えました。
小松に着いて、駐車場に停めておいた私の車です。
我が家の車庫の前です。
雪かきをして、車を車庫の中に入れました。
これで上海旅行記は終わりです。
永い間、お付き合いありがとうございました。
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三度目の正直:上海
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1月29日朝、帰国の日です。
上海の朝は、良い天気でした。
部屋の窓からの上海市内です。
反対側からは浦東の風景が見えるのでしょうが。
上海の町は、新しい高層建築と以前のままの古い建物が混在しています。
ホテルの下には、こんな屋根の家もありましたよ。
ホテルの回りは再開発地域のようで、ホテルのエントランスには、回りが見えないように、塀がしてありました。
私たちが泊まったホテルです。
上海銘徳大酒店(Mingde Grand Hotel Shanghai)といいます。
ホテルって、「賓館」とか「飯店」とか「酒店」っていいますよね。
やはり、泊まるだけではなく、いろんなものを楽しむという「旅館」的な意味があるのでしょうか。
この宿泊料金、2人で1日850元、3泊で約3万円でした。
じゃらんのネットで予約したのですが。
でも朝食は一人分しかつかないのですよ。
2人泊まるのに、そして、部屋もツインなのに、どうして一人分だけの朝食なのか、ちょっと分かりませんでした。
ネットでちょっと調べてみました。
一人分の朝食をサービスという意味だそうですよ。
朝、ちょっとホテルの周りを散歩してみました。
こんな所がありました。
私たちが泊まったホテルから見える所です。
朝、ここで太極拳をしていました。
何かの記念碑のようです。
右側に1927年3月の文字があります。この月は上海事変の時です。これに、かかわった記念碑なんでしょう。
この場所に使った花火が放置してありました。
到着した夜に上げらていた花火、こんな花火なんですね。
でもゴミは片付けなくっちゃ。
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上海雑技が終わってメリディアンホテルに着いたのが9時を回っていました。
この近くのレストランで食事をしようと思って探していると、「厚味香辣館」という看板が目につきました。どうも辛そうなレストランです。
ネットで検索すると、そこで食事をした人のブログにヒットしました。
この方が行ったお店は、「南京東路」の「世茂ビル」の8階。
私たちが入ったお店と一緒です。
「厚味香辣館」って、上海の四川料理の中では5本の指に入るそうです。
全く知らなかった。
お店はたくさんのお客さんでにぎわっています。
入ってもいいかと聞くと、ちょっと待てと言われました。
別の人が出てきて、「ダメ」というのです。
もちろん、中国語ですよ。
いっぱいの人が食事をしているのに、どうして「ダメ」なのか解りません。
日本語と中国語とのちんぷんかんぷんの会話です。
結局、お店の人が諦めて、すわれと言ってくれました。
後で解ったことなんですが、どうも、お店の時間が終わっていたようなんです。
変な日本人が入ってきて、話が通じないので困ってしまったのでしょう。
申し訳ないことをしました。
メニューには、写真が載っています。
これ、これと言って注文しました。
ちょっと食べてしまってから写真を撮ったのですが、「麻醤油麦菜」です。
ブログの方と同じメニューでした。
10元でした。約120円。
ゴマ風味のソースかとおもったらピーナツソースだったようです。
野菜がしゃきしゃきしていて、とってもおいしかったですよ。
炒飯です。
竹の入れ物に入れたものです。
中華チマキの炒飯のようで、とってもおいしかった。
でも、ずいぶんな量でした。
そして、エビの炒め物。
唐辛子がいっぱい入っています。
辛い。
さすが四川料理です。
エビとカシューナッツとねぎだけを食べた残りです。
赤い唐辛子がいっぱい残りました。
そして、無難なマーボ豆腐。
これも2人分は十分にあります。
そして、これも辛い。
最後におかゆをいただきました。
この器30㎝ほどなんですよ。
このおかゆだけでも十分だったのに。
結局、マーボ豆腐とおかゆは半分ほど残してしまいました。
とってもおいしかったのですが。
折角、無理を言って入れてもらって、残したので申し訳ないと思い、紙に一言書いて店員さんに渡しました。
「謝謝 超級美味」
理解してくれたかな。
店員さんがニコっとされたので、意味が通じたのでしょう。
これだけ食べて、日本円で1500円ほどでした。
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3日目の最後の夜は、バスツアーにお願いしてあった上海雑技を楽しみました。
上海雑技はいくつかの会場があるようですが、私たちが案内されたのは、雲峰劇院という劇場のようでした。劇場のホールの前席は、日本人ばかりです。
最初のオープニングは、「棒のぼり」でした。
ついで、「ランプ技」です。本当にくねくねになってしまいます。
先日、このくねくねがどうして可能なのか、「ためしてガッテン」でやっていましたね。
筋肉の柔らかさだということでした。
「太鼓まわし」です。
女の子の一生懸命の表情に目がいってしまいます。
「チェアバランス」です。
この女の子の表情、どうですか。
「草帽遊び」です。
少年の顔が素敵でした。
「ポールバランス」です。
片手で全体重を支えます。
女の子の表情、とっても素敵でした。
「空中シルク吊り」です。
最後は、「モーターバイクショー」です。
一台ずつバイクが増えて、最後には5台のバイクが走りました。
2時間のショーでしたが、とっても楽しく過ごせました。
でも、中心は子どもたちの演技だったので、子どもたちのことを考えてしまいました。
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豫園から数百メートル行くと黄浦江という川に出て、その川沿いが外灘という租界時代の建物が並んでいる地域です。
Wikipediaによると「この一帯は19世紀後半から20世紀前半にかけての租界地区(上海租界)であり、当時建設された西洋式高層建築が建ち並んでいる。租界時代の行政と経済の中心であったことから現在も官庁と銀行が多いが、ジョルジョ・アルマーニやカルティエなどの大型旗艦店や、租界時代のレトロな雰囲気を売り物にしたバーやレストランなどが建物の中に入るようになり、お洒落な街並みに変貌しつつある。」という説明です。
晴れた日や夜は、素敵な散歩コースなのでしょうが。
対岸の浦東のビル群も、雨にかすんでいます。
川の上流の方です。
これが、租界時代の建物群です。
その前にこんな牛の像がありました。
2010年5月に登場し、「金融牛」というそうです。
中国では、牛は、古代の物々交換で最も早く等価交換の対象の一つとされ、古代の貨幣の起源とも言われており、更に、粘り強く勤勉で裕福な象徴である、とされているそうです。
この「牛」にあやかり、さらなる経済発展を望んでの「金融牛」なのでしょうか。
もうお昼を過ぎてしまいました。
私の予定では、この外灘にレストランがあるというので、このあたりで昼食と思っていたのですが。でも、銀行などの看板があるだけで、レストランは見当たりません。
雨の中、川とは反対側の市街地の方に向かいました。
多分、ツアーの待ち合わせに使ったメリディアンホテルの方向だと確信して。
でも、私のガイドにカミサンが心配になってきました。
「ホテルに帰った方がいいんじゃない」って。
でも、少し歩くと、繁華街に出ました。
そこの商業ビルの上に、日本のチェーンのお店の看板がかかっています。
そのビルの中に入りました。
私たちが入ったのは、街角のチェーン店って感じのレストランで香港料理のお店でした。
麺をいただきましたが、次いでに喉が渇いたのでビールを。
チンタオビールですが、中国のビールは冷えていないのですよね。
以前、北京に行った時も、同じでした。
高級なレストランは冷えたビールが出てくるのですが。
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