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昨日の金沢は20℃近くまで気温があがりました。
季節の変わり目をどのようにして感じます?。
私は、外の温度と中の温度です。
私の部屋がある建物は、職場とちょっと離れてあり、夜は人がいません。
冬は、その建物に入ると暖かく、夏は涼しい。
昨日は、中に入ると寒く感じました。
さて、1月12日に金沢を出て南米に旅行して2ヶ月がたちます。私のブログの南米旅行も、ようやく今日で終わりです。2ヶ月ほどゆっくりと南米を旅できればいいですね。でも、きっと体力勝負でしょう。
10日目、マラス塩田とモライ遺跡の観光後、ミスミナイ村で食事をいただいて、一路、クスコに戻ります。クスコの旅行会社の事務所でスーツケースを受け取って(というのは、ペルーレールの鉄道の荷物の持ち込みは、一人20Lで重さ5Kgと制限されていたので、クスコにスーツケースを預けておいたのです)、着替えをして、帰路に必要なものを取り出して、クスコの空港に向かいました。
クスコの空港からNY行の飛行機に乗ります。NYに向かう便の手荷物チェックはとっても厳重です。最初は、ビジネスクラスからですが、私たちエコノミーは待てと言われます。でも、なかなか進みません。セキュリティを通っているのに、持ち物を全部開けてチェックしているのですよ。でも、私たちのエコノミーの搭乗が始まると、スピードが速くなりました。とても、手荷物検査をやっておれないと思ったのでしょう。
クスコからNYまで、ぐっすりと眠ってしまいました。 待合室にワンチャンがいました。まさか、一緒にと思ったら、そのまさかでした。アメリカン航空などの一部の飛行機には、ペット同伴がOKだそうです。このワンちゃん、とってもおとなしくって、飼い主の膝に頭をのせて、眠っていたようです。
NYを、午前中の10時45分に飛びたち、日本に翌日の午後の3時着です。飛び立ってからしばらくして食事でした。食事が終ってしばらくして、トイレに行きました。窓から外を見ると、一面の真っ白の世界です。そこに川が流れています。 一本の川です。 手前が陸地で向こうが海で流氷のようです。 見事です。 こちらは陸地側です。 そして海側です。 この場所、カナダの北でハドソン湾に面した所のようです。 無事、12日目の午後3時に成田空港に着きましたが、前日の雪の影響で使用する搭乗口がふさがっていて、滑走路上で30分ほど待ちました。なんだか嫌な予感です。それでも、無事に入国ができて、国内線のカウンターに行くと、小松便は天候調整中で、5時頃はっきりするという案内でした。その間、久しぶりの日本食とコーヒーをいただいていましたが、不安が的中し、小松便が欠航に。急いで、日暮里経由で上野に行き、北陸新幹線で金沢に帰ってきました。 |
アンデス文明を訪ねる
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今日も良い天気です。
朝の気温が3℃ですが、日中は20℃近くになるとか。
2ヶ月季節が先に行って5月の気温になるそうです。
昨日、ちょっと早めに帰宅して、じゃがいもを植えました。
男爵、メークイン、十勝こがねを1㎏づつ植えました。
もうそろそろ春分を迎えます。
畑仕事も6時半ごろまでは可能になってきました。
さて、南米の記事も今日を入れてあと1話です。
食事の後、ちょっと時間があったので、食事場所の回りを少し写真に収めました。
道ばたの花です。
アンデスの村の住宅は、日干し煉瓦は主体のようです。日干し煉瓦は土で作り、壊れると土に戻ります。 ブタさんが後ろ足をつながれて草を食べていました。 犬さんもいます。 鶏さんです。 ロバさんでしょうか。 牛さんもいましたよ。 村の道です。 サボテンの花です。 鶏さんが走っていきます。 ということは、農地があるので農作物は自給、鶏がいるので卵は採れる、そして、卵を産まなくなると鶏の肉を食べる。豚の肉はある。牛さんは、農作業を手伝い、牛乳がとれる。完璧な自給自足ができます。きっと、インカの時代から、村の人たちは同じような生活をしてきたのでしょう。
私たちの乗ってきた小型バスです。走行距離が43万キロ余りです。
なんとなく古い。 ベンツの車です。 やはり、最後はドイツや日本の車なんでしょう。こんなアンデスの鄙びた所で、車が故障してしまったら大変です。でも、運転手、きっと簡単な修理はできるのでしょう。この辺りの運転手は、運転技術と修理技術をもたないと務まらないようです。 村の住宅です。
村のスタッフが笑顔で送ってくれました。 |
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今日は金沢地方、放射冷却で冷えていますが、良い天気です。
昨日、仕事でしたが帰りにホームセンターにいって、ジャガイモをみてきました。そろそろ植え頃です。今月半ばごろに植えたと思っています。
そして、キャベツの苗も3月中ごろに入荷すると。
モライ遺跡の観光の後は、アンデスのミスミナイ村でランチです。
村の皆さんが迎えてくれました。
歓迎の音楽です。 私たち用の食事がセットされています。 方角盤です。 円の中の絵に見覚えがあります。インカの星座表です。前にも紹介したように、インカの人たちは、天の川の星の少ない黒い所を動物たちにみたてて星座の名前をつけました。上のW(西)の所にJAPONと表示があります。
ツァーのメンバーにこんなリストバンドをつけてくれました。このバンドが切れる時に願いが叶うとか。私もつけていただきましたが、ずーっと付けていることはできません。途中で外して、今ではお守り代わりにカバンに入れています。 このガメの所にトイレがあるようです。一人がトイレを使って、困った顔で帰ってきました。水がないと。そういうものが溜まると、水を持っていって流すようです。 歓迎。ミスミナイ村とでも書いてあるのでしょうか。 食事が始まりました。 カリフラワーのカピタです。カリフラワーを茹でて、卵をからめて焼いたのでしょうか。とっても美味しかったですよ。これならもう一度挑戦できそうです。いつもは旅行をすると、何品か作ってみるのですが、南米の食べ物でこれはというのは余りありませんでした。
これいろんなものを刻んで味付けしたもので、トッピングみたいなものです。ロコトというものだと教えてくれました。ただ、ネットで調べてみると、ロコトとは「ナス科トウガラシ属に属する植物。主に南米のアンデス地方で作られている唐辛子の一種である。」と説明してあります。 カリフラワーのカピタにも一緒にいただきます。とっても美味しい。 スープです。これにもロコトを入れていただきました。 現地のスタッフです。 メインのそら豆とライスです。 食後の飲み物です。
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今日は3月11日。
7年たちました。ご冥福をお祈りいたします。
マラスの塩田を後にして、再び、アンデスの山の中の丘陵地帯をバスで走ります。小さな村にさしかかりました。ここにも村の真ん中に広場があります。
日干し煉瓦でつくった住宅です。きっと、インカ帝国の時代から、このような建物だったのではないでしょうか。 なだらかな丘です。 雑草が生い茂っているようです。農作に適さないのでしょうか。よくわかりません。しかし、広大な丘陵地帯全部を耕作しなければならないほど、食料生産が必要ないのかもしれません。
少し雲行きが怪しくなってきました。 道ばたの花です。 きれいな農地の向こうにアンデスの山です。 アンデスの山並みはとっても険しそうですが、その山々に囲まれた盆地はとっても豊かな感じがします。 ほとんどが手作業のようです。 これもジャガイモ畑でしょうか。
モライの遺跡に着きました。 モライの遺跡の説明です。「モライとはケチュア語で「丸くへこんだ所」という意味だそうで、何重もの丸い円を描きながら下の方に掘り下げられています。この建造物、何に使われと思います?。ローマのコロッセウムのようですね。どうも違うようです。インカの人たちはそれほど闘いが好きではなかったようです。これは、農業試験場ではなかったかと言われています。最大のものは直径100mで、深さは100mあります。最上階と最下階の温度差は10℃ほどあり、ここにいろんな作物を植えて実験をしたようです。標高2000〜3000mではトウモロコシや豆類が、3000mを超える場所では多種多様なジャガイモが栽培され、人々の命を繋いできました。そしてインカの時代、領土拡大とともに膨れ上がっていく人口を支えるため、農作物の収穫量をいっそう増やしていく必要があり、こういう農業試験場が必要だった」(地球の歩き方)というのです。 道ばたに咲いていた花です。 これも。 リュウゼツランです。至る所に植えられて(生えて?)いました。 |
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10日目、クスコに向かう間にマラスの塩田とモライ遺跡の観光が入っていました。
アンデスの山々に囲まれた丘陵地帯を走り、一つの谷を降りていきます。そうすると谷間にマラスの塩田が見えてきます。
無数の棚田です。 このような道を降りていきます。 塩田が近づいてきました。 この塩田、プレ・インカの時代から続いています。こんな山の中にどうして塩田があるのでしょう。かつてこの地方は海だったそうです。地殻変動によってカイスイが地上に閉じ込められてしまい、現在、20%の塩分の水が出てくるそうです。この塩水を塩田で蒸発させて塩にしたのがマラスの塩です。 かわいいアンデスの娘さんが迎えてくれました。 塩田です。でも今は休業中です。乾季が始まる5月から6月から塩田での生産が始まり、雨季が始まる10月ごろまで続くそうです。天日干しが行われる時期は、この棚田が真っ白になるとか。 この塩田、3800枚もあるようです。そして、それぞれが個人所有だそうです。
菜の花が咲いていました。
石垣です。
なんだか脆そうな崖ですが。 きっと雨が降らないので、それほど崩落する恐れはないのでしょうね。
お土産もの売り場です。 マラスの塩も売っていました。 もちろんお土産にいただきました。リマのスーパーにもマラスの塩があていただいたのですよ。現地にいけるとは思ってもいませんでした。天然の塩、美味しいですよね。
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