雑学草

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クラシック音楽

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ベートーベンの作風は、彼が師と仰いだハイドン・モーツァルトの影響下にある第一期、自己の様式を確立した第二期、晩年の聴力を完全に喪いながらも深い境地に達した第三期に分けることが出来るが、
英雄交響曲(交響曲第3番)は第2期の幕開けにあたる。
「英雄」とはナポレオンであり、ベートーベンは敬愛するナポレオンに宛ててこの交響曲を書いたが、献呈は果たせなかった。
第2楽章はナポレオンの国葬をイメージした葬送行進曲である。
敬愛する権力者が権勢の絶頂にあるときに、その葬儀の音楽を考える…ギョッとするほどの傾倒である。


第二楽章
http://www.youtube.com/watch?v=ffBq4VybAnI

年末の〆に第9

ベートーベンの第9交響曲は、わが国では第一次大戦時、中国で捕らえられ神戸に留置されたドイツの捕虜衆によって初めて紹介されて以来、年末を〆る曲として広く認知されている。
しかし、聴衆・演奏双方に負担の大きな難曲としても有名である。

ベートーベンは第9交響曲を王侯への献呈とせず、一般大衆への公開と初演に固執した(もっとも当初はオーストリア皇帝に献呈を予定していた)が、当時の市井の楽団(宮廷や教会に属さない楽団)は戦乱の影響もあって演奏技術が極めて劣悪であり、
まともに公開できるレベルに持ってゆくのにベートーベンは非常に苦労したといわれる。

下はカラヤンの演奏。第4楽章後半のみ。
http://www.youtube.com/watch?v=c0pNOLcXt5Q&feature=related

バッハとヘンデル

音楽の父バッハと音楽の母ヘンデル。
両巨頭は、その活躍した国、時代が同一である(神聖ローマ帝国=ドイツ)にも係らず
生涯一度も顔を合わせることが無かった。

バッハは二度面会を求めるも、ヘンデルが拒絶したとされる。
ヘンデルが音楽家として在世中から栄光を掴んだのに対し、
バッハは宮廷楽長や聖堂の音楽監督を歴任して「演奏家」としては著名であったものの
「作曲家」としての名声は生前皆無であった。バッハの申し入れは、有名人の自宅にファンが訪ねて突然面談を申し込むようなものであったろう。痛恨のエピソードだが、ヘンデルを責めるのも酷である。

一度も相対したことのない両雄だが、死因を作ったのは同じ男であった。
二人とも白内障を患い、失明の恐怖におののいて、目の手術を行える者を八方手を尽くして探し回り、結果不幸にも同じ男に辿り着き、その手術の失敗によって命を落としたのである。

ヘンデルの「水上の音楽」
http://www.youtube.com/watch?v=Jwa_AeIPWrI&feature=related

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