マスコミの嘘と真の狭間

特に「原発」報道を通して見る無知、無節操、無責任、そして傲慢・・・

徒然記

すべて表示

「核燃サイクルを考える」福島県主催の国際シンポ 勘違い?見えない県の狙い

◆「核燃サイクルを考える」福島県主催の国際シンポ
◆勘違い?見えない福島県の狙い

福島県は、一体何様なのか? 明治以来、日本で最大級の電力生産県であることは周知の事実なのだが、原子力発電をめぐる福島県の近頃の動きは勘違いとしか思えない。この9月4日の日曜日の午後、東京・大手町の「JAホール」で福島県が開催した国際シンポジウム「核燃料サイクルを考える」をのぞいて、その想いを強くした。福島県の示威行為がエスカレートしている、とも。

原子力委員会は新しい原子力政策大綱(案)を7月末に発表、8月末までにパブリックコメントを実施し、同時に全国5カ所で地方公聴会を実施、間もなく最終案がまとめられる。国際シンポジウムは、これに合わせて開催したようだが、その狙いが見えてこない。「核燃料サイクル」に関する福島県の意見書は既に提出済みだし、国際シンポジウムの内容を新計画策定会議にどうアピールしようとしているのか。
あえて言えば、脱・反原発グループを煽って、それをバックにごり押しを図っているのかとも思うのだが・・・。そうなら、とんだ勘違いだし、勇み足だ。シンポジウムを傍聴した印象では“負け犬の遠吠え”としか聞こえなかった。

そもそも、原子力行政や原発の運転・管理に関し、自治体が何か特別の権限を有するのかといえば、何一つ持っていないのだ。唯一、地元と事業者との安全に関する協定だけで、それは、原発の運転・管理に関し何の拘束力も持たないのだ。ところが、いつの間にか、理不尽なことに、安全協定が金科玉条のようになり、首長が「うん」と首を縦に振らないと、原発を運転できなくなってしまっているのだ。不可解でならない。

実は、こうした状況に盲従してきた行政、事業者の罪は重い。不作為の罪だ。原発での不祥事が明るみになるたびに「それみたことか」と瞬間湯沸し器的に煽りまくるマスコミの動向を気にするばかりで、右顧左眄して、正論を申さず、頭を低くして逆風を過ぎるのをじっと待つだけで推移した結果が、これだ。

首長は単なる原発立地県の首長であって、原発の運転に関する権限など何もないのだ。その首長が、いまや原発の運転に関する絶大な権力を握っているかのように見える。法的には何の裏付けもないのだけれど・・・。最近は、調子に乗って、その傲慢さが鼻につく。それは、福島県に限らないのだが・・・。
かつては、首長にその辺、後ろめたさみたいなものがのぞいていたが、いまや、当然といった態度、慇懃無礼でもある。駄々っ子の言い分が通るのだから、首長にとっては快感だろう。やはり、失われた10年がこうした勘違いをのさばらせてきたのかとも思う。

◆構想日本の加藤代表は肩透かし
さて、その福島県主催の核燃サイクルを考えるシンポジウムは、結局、各パネラーが勝手に持論を展開しただけで総花的に終わった。

民間政策シンクタンク「構想日本」の加藤秀樹・代表がコーディネーターとのことで、ちょっと期待感もあったが、肩透かしだった。加藤がそもそも原発についてほとんど知らない。パネラーはその道のプロばかり。仕切るのは、とても無理・・・、コーディネーター役は気の毒にも映った。
そして、「核燃料サイクル政策に対し推進の立場をとる方、慎重な立場をとる方、双方をパネラーとしてお迎え」(福島県の開催案内)したのは次の10人だ。
○パネラー(50音順)
・クリスチャン・キュパース(独 ドイツ・エコ研究所)
・フランク・フォン・ヒッペル(米 プリンストン大学 教授)
・マイケル・シュナイダー(仏 国際エネルギーコンサルタント)
・飯田哲也(環境エネルギー政策研究所 所長)
・内山洋司(筑波大学大学院システム情報工学研究科リスク工学専攻 教授)
・河田東海夫(核燃料サイクル開発機構 理事)
・橘川武郎(東京大学社会科学研究所 教授)
・藤村陽(京都大学大学院理学研究科 助手)
・山名元(京都大学原子炉実験所 教授)
・吉岡斉(九州大学大学院 教授)

◆呉越同舟でゲーム感覚?
これは、旧来の『絶対反対』だけの市民団体とは、一味もふた味も違う顔ぶれである。かつてのヒステリックな反対運動は影をひそめ、いまは構想日本や、飯田哲也率いる環境エネルギー政策研究所といった民間のシンクタンクが育っている。論理的で、対案を持って迫ってくるから厄介な存在だ。時代の変化だろうが、いまや原子力委員会の新計画策定会議などにもこうした顔ぶれが、メンバーとして参画しているし、こうしたシンポジウムに役人も事業者側からも参加する。
もっとも、こうした呉越同舟の席では、それぞれの立場でお互いにいいたい放題で、論議がかみ合うことはないのだが、旧来の情緒的に反応する市民団体とは違い、論理をぶつけ合い、ディベートの世界を展開する。パネラーにとっては、いわばゲーム感覚なのだろう。一種の快感、知的快感を堪能しているのではないかと思う。

今回の国際シンポジウムに関しては、運営手法に無理があったのではないか。時間が短いのに、パネラーを集め過ぎた。ま、セレモニーとすれば、県レベルでこれだけ集めたという実績にはなるだろうが、このスタイル、スタンスは佐藤県知事が代わってもこのまま続くのか・・・となると、ちょっと首を捻りたくなった。

◆朝、毎でいずれもベタ
その国際シンポジウム、翌日の新聞をチェックしてみたところ、朝日が2社面でベタ、毎日が3面でベタの2本だけだった。

その他の最新記事

すべて表示

記事がありません。



.


みんなの更新記事