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昨今の医療の現場では訴訟に発展するケースも少なくはない。
残念ながら、それらの原因のひとつには医師と患者(あるいは患者の家族)の「お互いのコミュニケーション不足」「理解不足」というものもあるような気がする。
医師は、医学部に入り、一人前になるまで10年かかると言われている。その中で、医学について学び、臨床や研究をしたり・・・・さまざまなことを覚え、こなさねばならない。
ましてや、医療訴訟になる場面は、不測の事態であることが多い。
医師であれば、目の前の命を救うことで精一杯で、ご家族への説明をする余裕もなければ、手が離せないどころか、手が足りない状況で、ますます患者さんやご家族への説明はおろそかになりかねない。
医療に携わるものの一人として、その「どうしようもない状況」が手に取るようにわかる。
しかしながら、説明不足からくる誤解や不信感が、ことさら問題を大きくしてしまうことも少なくないと言えよう。
もちろん、人間的にもコミュニケーション能力の高い医師はたくさんいらっしゃるが、夫を見ていても感じるのだが、相手のお話に耳を傾け(傾聴)、受け入れる(受容)といった事が乏しい中で過ごされてきた方も少なくはないように思う。
そしてこれは、医学の世界に限らず、現代社会の中に出てきている事のように感じる。
主人は開業医という中ではあるが、当院でも時には不測の事態が起きる場合もある。
主人は医師として目の前の患者さんを救うことで手一杯だし、スタッフも同じで、とても「患者さんのご家族への配慮」などできなくなってしまうことが多い。それほど、医療の現場というのは、緊迫感があるものなのだ。
ましてや、夫はコミュニケーション能力が高いほうではなく、そういった時、他の患者さんへの配慮や
ご家族へ今、起きていることをお伝えすること、配慮が大切だと思うことがしばしばある。
ただし、ご家族にお話しするという事も、医師の意向や方針がわからない限り、身勝手に動くわけに行かず、緊迫した救命の場面で「ご家族がおいでですが、どのようにお話したらいいでしょうか」と
救命処置中の医師に指示を仰いでいかなければならない難しさがある。
開業医でさえこうだもの、総合病院や大学病院ではこのようなことは頻繁にあるのではないだろうか。
そのような手が離せない緊急事態のときこそ、医師は看護師やコメディカルに、ご家族へのフォローを指示しても良いと思う。
日ごろから医師に限らずコメディカルは、
人の心に寄り添う感性を磨き、
医師とのコミュニケーションも深め、
医療者側と患者側の橋渡しをする役割をもっと担うべきなのかもしれない。
今、「医療メディエーター」や「医療コーディネーター」という職が注目されている。
医療サービスを提供する側(医療者)と医療サービスを受ける側(患者さん、ご家族を含めたすべての医療消費者)の間に立って、治療法、医療サービス、医療システム、医療倫理など様々な面で「立場の違い」から出来る隙間を埋めるお仕事だ。
「日本医療コーディネーター協会(JPMCA)」は、2003年発足し、所属コーディネーターは、全員が看護師の資格を有し、臨床を含む関連業界経験10年以上の者だそうだ。
看護学の場合は「看護学」から始まり「患者のニーズを把握する」といったコミュニケーションの手段から学びに入っていく。
一方で医師の場合は、患者とのコミュニケーションのとり方や、「カウンセリング技法」というのは、治療のひとつとして学ぶくらいなのかもしれない。
それほどまでに、医師として身につけなければならない医学知識は膨大で、改めて学ぶ余裕もないのだろう。
さらに現場の医師は、緊迫した場面に出会うことも多く、一刻を争う処置の中で、とてもそこまで手が回らないというのが正直なところなのだろうと思う。
さらに過酷な勤務。煩雑な書類書き・・などなど忙しすぎる。
しかし、そのことが患者(あるいは患者の家族)との意思疎通の乏しさにつながり、行き違いの感情が生じたり、不信感を招く結果となる一因になっていると言うのは紛れもない事実ではないだろうか。
まず、現状の医師の過酷な勤務状況の改善も必要だと思う。
そして、忙しい医師をサポートするコメディカルの役割にも注目したい。
患者さんの心に寄り添い、医師と患者さんの橋渡しとなる役割をする者が増えれば、
もっと医療の現場で「心の通った医療」ができていくのではないだろうか。
可能であれば、医学を志すものすべてに、「傾聴」や「受容」といったコミュニケーション(カウンセリング)の初歩の大切な部分の学びをぜひ取り入れてもらいたい。
(本音を言えば、義務教育の中や高校の教育の中で、共依存や傾聴について学ぶカリキュラムにしてほしいが)
看護師やコメディカルにも、コミュニケーション能力を高めていただきたい。
さらに、患者(あるいは患者の家族)と医療者側の橋渡しを担う役割の人材を確立させてほしいと思う。
そのために、現役を引退した看護師であったり、カウンセリングを学んだ者が、積極的に働くことのできる体制を作ることはできないだろうか。(最も、看護師不足に関して言えば、インドネシアから看護師を呼ぶなど、国内でも対応に追われているようだが、免許を持っていながらお仕事をしていない潜在看護師の多い原因をきちんと把握し、職場環境や労働環境を国を挙げて見直していこうとしない限り、いつまでたっても看護師不足問題は解決しないような気がするが。)
今は、大学の医学部に看護学部ができ、高学歴になってきている時代でもあるので、もっともっと実践に直結した心理学やカウンセリングを学ぶ機会を増やしても良いのではないかと思う。
私の知人の看護師も、社会学や人間心理学の大切さに目覚め、大学に入りなおして学びなおしている人も少なくない。
私はそうした人々に、もっともっと医療の現場で活躍してほしいのだ。
ちなみに、医療訴訟のニュースが流れると、夫は「これからは、危ない橋は渡らないという医療ばかりになっちゃうんじゃないかな」とポツリと口にするようになった。
とても引き受けられない・・・結果生じるいわゆる「たらいまわし」。
ぜひ、心の通った質の良い医療ができていくように、願う私なりの考えである。
今日、ひとつの医療訴訟の裁判の判決が出る。
そして、裁判ということで、心の支えを保ってきたご遺族にとって、裁判が終わった後こそ、大切な方を失ったご遺族としての悲しみが訪れるのではないだろうか。。
どうか、どのような判決がでようとも、ご遺族の方に天来の慰めと励ましがありますように。
主治医であった先生が、再び医療の現場にも戻ることができますように。支えてこられた皆様、奥様に平安が与えられますように。
お亡くなりになったお母様の死を決して無駄にしてはいけない。山積みとなっている医療問題の解決につながりますように。
追伸 過去ブログ
「突然の別れのとき 家族は・・・」http://blogs.yahoo.co.jp/harenihiamenohi/20700295.html
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日常生活でも、ちょっとしたことが積もり積もった誤解をまねくことってありますが、ましてや緊迫した処置中に家族まで説明を、、というのは、まずは命が先決だけにかなり難しいとおもいます。あれもこれもというのはなかなか難しいと思いますが、人として磨くことはまだまだたくさんあるんですね。
2008/8/20(水) 午前 1:41
医療現場の裏をず〜とみてきた私・・・
医師と患者さんとの意志の疎通の難しさ実感してきました。
マニュアル通り淡々と話される医師、患者さんの顔色みながら上手に
症状聞かれる医師、いろんなタイプの医師がみえます。
患者さんもそうです。家族も、・・・・
緊迫した医療現場でのなかを上手に手助けしてくれるケアマネージャーが必要ですね!
2008/8/20(水) 午前 2:12
>うるとらさま
そうなんです。日常の中からうるとらさまがおっしゃってくださったようなことを心がけていけば、社会全体も変わってくると思うのですが・・・
2008/8/20(水) 午前 6:14
>み〜ちゃんさま
み=ちゃんさまのおっしゃる通りです。意思の疎通が必要ですよね
2008/8/20(水) 午前 6:15
これは、片方の原因ではなく。医者と患者の両方の意識が関係するとおもいます。難しいですね!
2008/8/20(水) 午前 7:51
一方ばかりに求めるのではなくお互いが歩み寄らないといけないですよね。
ドクターに限らず看護師・受付もそうなんだと思いますが、言葉が足りないと思うときありますよね。
それが、クレームになりと悪循環。
義務教育の期間に共依存・傾聴について学ぶことに賛成です。
目の前の事だけに手を加えるのでなく根本的な所から手を加えていってほしいですね・・・。
2008/8/20(水) 午前 10:14 [ さんご ]
「医学を志すものすべてに、「傾聴」や「受容」といったコミュニケーション(カウンセリング)の初歩の大切な部分の学びをぜひ取り入れてもらいたい」全く同感ですね。こういう部分をぜひ学生時代に学びたかったです。
2008/8/20(水) 午後 5:16 [ - ]
>内緒さま
内緒さまのおっしゃるとおりです。
そこに一石を投じたくてブログをはじめました(^^;)
大切にしていきましょうね・・・
2008/8/20(水) 午後 10:29
コミュニケーションが取りにくい「職種」である事は、認めるけど、
やっぱり、医師自ら、先頭に立たないと、患者は納得できないでしょうね〜〜
2008/8/21(木) 午後 5:10
医者の説明不足は常に痛感しています。でもどうしても十分な時間が取れない現状がある。一人一人の患者さんに十分な時間を取っても経営が成り立つようなシステムにする、すなわち今の何倍も医療費を値上げするれば実現できます。でも実際は不可能。であれば、やはりコーディネーターが必要なのではないでしょうか。でも予算の関係でそのような人を雇うのも拒む病院が多いのも事実です。。。
2008/8/21(木) 午後 6:09
>ラフェース先生
おっしゃるとおりです。現場の先生方はお忙しくて大変でしょうが、ちょっとでも心に留めていただきたいな、と思います
コメヂィカルとして、はがゆい場面も多いので・・
2008/8/22(金) 午前 7:06
>YJ先生
おっしゃるとおりです。これからも、ますます地域の医療機関は、重症例は大学病院にお願いすることとなり、結果として大学病院の医師の疲弊はますます進むでしょう。さらに、医学部定員の増加で、設備面だけでなく、指導する医師の負担も相当ですから。
だからこそ、コメディカルにも、医師とコミュニケーションをとり患者サイドの心のケアもしながら、橋渡しをする役割を担ってもらいたいと考えています。。。
2008/8/22(金) 午前 7:10
↑ラフェース先生!「コメヂィカル」→「コメディカル」ですう。。。
訛ってしまった・・・
2008/8/22(金) 午前 7:12
はじめまして。医師と患者のコミュニケーションって、難しいですね。
特に現状のように医師不足などの状態では・・・。
医学生に共生共苦ということを教える慶応大学の授業を知り素晴らしいと思いましたが、現場が余裕を持てる環境にあることが先だと感じました。
2009/2/6(金) 午前 10:15 [ 編集部.H ]
>編集部・Hさま
ご訪問ありがとうございます。
先ほど編集部・Hさまのブログにお邪魔してまいりました。
医学生に共生共苦ということを教える取り組みをなさっている慶応大学は素晴らしいですね。
「心」が伴う医師の養成をお願いしたい気持ちでいっぱいです。
これからもよろしくお願いいたします。
2009/2/7(土) 午前 7:22