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@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 毎日新聞より @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 「毎日常に何かにおびえ、心の休まる事もなかった」。 警視庁から指名手配され、5年半逃亡していたO死刑囚は00年11月、東京高裁あての上申書で、逃走の心境を告白している。 岡山、兵庫、福岡などを転々とし、住み込みで働いた。「ニワトリのフンの掃除をまじめにやっていた」。養鶏場の社長(76)は思い出す。 (中略) 地元ボランティア団体の名簿に、逃亡中の偽名が残る。 95年1月、サクラの植樹祭に苗木3本を寄付、さらに、阪神大震災の義援金として約6万円を寄付した。しかし、その年の6月、覚せい剤使用事件の内偵捜査で警察に自宅に踏み込まれるまで出頭しなかった。 (中略) 死刑は今年4月10日執行された。享年61。遺体は本人の希望で医療用に献体された。 寄付したサクラは大きく育ち、執行の日も薄紅色の花を咲かせていたという。 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 指名手配5年半。この間、心休まることはなかったと言う。 何かの役にたつことが、せめてもの罪滅ぼしと考えたとしても不思議ではない。 死刑執行後にも、医学の役に立ちたいと献体を申し出た死刑囚。 折りしも、この記事を読んだこの時期、各大学の医学部では解剖実習が始まっている。 1年前にお亡くなりになられた方は、1年の月日を医学の進歩のためにと、医学生たちを待ち続けて眠ってこられたのだと思う。 献体してくださった方々の歴史的背景は、医学生たちには知らされずに行われているかもしれない。 その方ならではの人生を送られ、最後の最後にご自分の意思で献体を申し出てくださったこと。 どうか、今、解剖実習している医学生の一人一人が献体をしてくださった方に対する尊厳を忘れず実習に当たってほしい。 そして、今、医師としてご活躍の皆様にも、初めてご遺体と対面したあの厳かなお気持ちをもう一度思い出して診療にあたっていただきたい。 ひょんなことから見つけた記事から、そんなことを感じた秋だった。 |
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初めまして
私の初めての解剖実習遺体は死刑囚でした。
とは言え、厳粛な気持には変わりませんね。
献体して下さった故人には頭の下がる思い
ですね。後期高齢に成って、忘却の彼方に
成りつつありますがね。ポチっ!☆
2010/12/19(日) 午前 9:51
美容外科の先生も献体で練習してるのでしょうか
まさか患者で練習ではないですよね
2011/9/27(火) 午後 2:53 [ ななし ]