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さあ、水曜日または木曜日はカウンセリングのお時間です(・・って勝手に決めました 笑)
先々週から「共依存」について考えています。
あなたがいないと生きられない私。私がいないと生きられないあなた。
これは「もたれあい」の人間関係で、建設的な生き方はできません。
「共依存」ではなく、「私が私であるために、自分の人生を自立して生きる」者同士が近づく「共存在」となる人間関係を持つための方法を学んでいます。
さて、バウンダリー(境界)ってご存知ですか?
体重が減ってもすぐ戻る・・・これは「リバウンド」 あ、関係ない(><)
自分と他人を区別するライン、それがバウンダリー「境界線」です。
毎日だりい〜・・あ、これは更年期を迎えた私のことです、スミマセン
つまり言い方を変えれば、どこまでが責任があり、どこからが余計なお世話か、っていう話なんですが。
医師や看護師、介護士など、人間に携わるお仕事をする方は、特に学んでほしいことです。
開業医の妻という、従業員と院長の間に位置する方々にも、ぜひ学んでいただきたい内容です。
これがわからないと、人間関係で疲れ果て(特に情が厚く真面目な人ほど)、鬱に向かう危険があります。
どんなに親しい友人でも、恋人や夫婦でも、親子でも、境界は必要です。患者さんとの関係、スタッフとの関係も然りです。
バウンダリー(相手と私の境界線)がうやむやになると、相手に振り回されて、相手の存在が負担になったり、人間関係が苦しくなってきます。そのときは『危険信号』点滅しているときです。自分に問いかけてみてください。「これは、いったい誰の問題なのか」と。
そもそも人間関係は、「私は私」「あなたはあなた」と区別して、自立した上でかかわっていくのが正しい方法です。ある程度一線を引いて大人のかかわりをしていくことが必要なのです。
家庭生活の中で、夫の顔色をうかがいながら、夫の言動で自分の精神状態が左右される時、相手との間にバウンダリー(境界線)を引き直しをしなければなりません。
そしてまた、男性はす〜っと境界線を引いて、これ以上は立ち入らないということを本能でわかっていますが、女性はこの辺が情に厚く、母性を持っているためもあって不明瞭になりがちです。女性は感情で物事を考えるし、男性は知性で物事を考えます。
「あの時、あなたはあんなふうに言ったじゃない!」と女性は『あの時』のことを「今」も延長線上で持ち出しますが、男性は「あの時」と「今」は別であるという認識なのです。それは、神様が創ってくださったことなので「なぜ」と考えても仕方ないことです。
そのためもあって、女性は相手のどこまでも知りたいと思うことも強い一方、男性にとっては自分の領域まで入ってこられることは本能として受け入れがたいものになります。
よく、人間関係で「ムキーッ」となっているときに、夫から「それはそれ。それ以上立ち入るな」とアドバイスされますが、これは相手との間にバウンダリー(境界線)を引けということなのだと思います。
そんな男性ですから、束縛されたり、自分の領域にまで入り込もうとされたりすると、相手がウザクなってくることもよくあるようです。
学生時代にこういう話を知っていたら、私も昔の彼ともうちょっと上手に付き合えたのにな、と思わないこともありません。また話がそれました、スミマセン。
しかしながら、この境界線を引くことは、義理人情に厚い人ほど難しいものです。
また、「バウンダリー!!」と言って「ピキーン!!」と線をひくのではなく、愛を込めて線を引くわけですから、なかなかやりがいがあるものです。時には「かいつまさん、冷たいね」と言われることもあります。
でも、ここで線を引くことは、相手の成長を助けることでもあるし、私を守ることでもあると思います。逆にこのバウンダリー(境界線)を引かないで接することの方が、逆に愛がないことでもあるのです。問題が生じた時に「これは一体、誰の問題なのか」きちんと見分けることが必要です。なぜなら誰かの問題も私が背負ってしまっていることが多いのです。
それは自分が愛に満ちた人間だという自己満足を味わいたいのと「人が困っているときには助けてあげましょう」という暖かい気持ちのはずが、気づかないまま相手の領域にズカズカ入り込んでしまっていたりすることもあるようです。
多くの人は、自分の問題でもないことに振り回されて自分の問題のように悩んでいるのです。
一方、どれほど相手に心を尽しても、伝わらないことがあります。それは、相手が入ってほしくない領域があってバウンダリーを示しているのに、そこを越えてズケズケと入ろうとしているということもあるようです。そのときは、無理にこじ開けようとするのではなく、そっと立ち去ることも必要です。
特に夫婦関係や親子関係、嫁姑関係では、愛と支配を間違えてしまうように、相手の境界の領域の中までずかずかと入り込んでしまうことがあります。これは共依存関係に陥ってしまい、建設的な生活が送れなくなってしまいます。
相手の存在が負担になったり、相手の行動にイライラしたり、自分ばかり損をしている気分になる時、
あなたの境界がおかされている危険信号です。
黄色信号が「注意」です。赤は「止まれ」です。でも、大阪の町では赤でも歩道を進む人が多いです。あ、またまた関係ない話ですね、スミマセン・・・
ちなみに私はしょっちゅう主人の言動や行動にイライラします。また、下の子とはいつも言い争いになってしまいます。お互い、このバウンダリーの引き方がうまく行っていないのです。その時はあえて線を引き直します。「これは夫や子供の問題。だから私の問題ではない」と。
また、時には「NO」をいうことも必要です。ちなみに、私は誰からも「いい人」と思われたくて「No」と言えずによく心が疲れていました。今は「No」という訓練もしています。夫に対しては、反抗心の塊で「No」と言ってしまうのですが・・・一種の甘えです。
それから経理のお仕事をしなければならない時には、頭の中が「No」と叫びます。これは単ににやりたくないだけです。またまたわき道にそれました。
夫や経理以外のところで「No」を言う訓練です。
大学時代、東北出身の友人が、実家に電話をすると「●●でNo」ばかり言っていたので何だと思ったら東京弁で言うところの「●●でさ〜」の「さ」の部分が「の」になっていました。これはまったく本題からそれた話です。何回もスミマセン
また、必要以上に相手の「進入禁止」部分に入らないようにしたいのですが、根がお節介なので、これもまた訓練中です。
たとえば、子供が人間関係に悩んでいるとします。でも、それを成長の一つとして見守りながら助けるというよりも、つい口出しをしてしまいたくなります。これは子どもの境界のなかまでズケズケ入っていくことです。手を出したいところをぐっと我慢して成長を見守るのが「愛」なのです。
相手が自分の足で立ち上がるまで、愛を注ぎながら見守る、境界をはっきりさせることは必要なことです。これは、もたれあい(共依存)の関係から、助けあい(共存在)の関係へと導きだす人間関係なのです。
自分自分であること、他人が他人であることを明確にして、よりいっそう自由で開放された、いきいきとする人間関係を作るのに役立ちます。
カウンセリングと人生相談は違います。愛をもって自立を助けるのがカウンセリングです。中高生のコテコテの恋愛や初恋は、このバウンダリーが上手に引かれていないことが多いようです。
患者さんとのかかわりや、スタッフとのかかわりの中で、あるいは「同士」である院長である夫と妻の関係において、バウンダリー(境界線)を意識して過ごすことが、人間関係を良好に保つコツなのかもしれません。
私がカウンセラーをしないのは、このバウンダリーの引き方が下手なのと、逆転移(対抗感情転移)を起こしやすいからなのです。まず、自分自身を確立しないことにはカウンセリングはできないなと思っているうちに20年もたってしまいました。
夫と私の間の境界線・・・ず〜っと遠くに引いてしまっているような・・・・こっからこっちは進入禁止!!って看板立てているかもしれません(汗)鉄線張っているかも・・・・いかん、いかん
夫といい関係を保ち、大人の関係でいることのできる夫婦になるために、もう一度バウンダリー(境界線)を考えてみたいと思います。
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