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過去は変えることはできないけれど |
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2008年07月10日
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さあ、木曜日。定例の(?)こころのお話をいたしましょう。 いつまで続くかしら? あと2回くらいで終わってしまいそうな予感がしないでもありません(笑) 先々週から「共依存」についてお話してきました。 (あれ?その前からでした?すでに日にちの感覚が・・・orz・・・・) ぶろぐちゃんはこちら http://blogs.yahoo.co.jp/harenihiamenohi/21711991.html (↑こう書くとちょっとカワイイ^^) 今日は、「自立」についてのお話です。 自立とは、自分の足で立つことです。 ここで言う「足」は大根でもカモシカでも構いません。 そうそう、組んでいた足を下ろすことを「大根おろし・・・・(ピー)」と言うそうです。 すみません、ウソです。 この「自立」自分の足で立つこととは、つまり「自分らしく生きる」ことです。 私のブログの永遠のテーマでもあります。(えっ?テーマなんてあったんだ・・・) 「等身大の自分を生きる」こと。「自律」なんていう言葉に置き換えることもあります。 ちなみに私は更年期症状が出ていて「自律神経失調」とも言われてます。また関係ない話ですみません。 つまり、過去にどういうことがあったとしても、そのことをしっかり受け止め、何倍も宝にして生きていくということなのです。 役に立とうと立つまいと、貧乏だろうとお金持ちだろうと、学歴があろうとなかろうと、美貌があろうとなかろうと (あったほうがええなあ・・・すみません、また本音の欲が・・・) あなたの命の大切さ、存在している尊い命を受け入れ、慈しんで生きていくことなのです。 これを「自己受容」とも言います。また自分自身を受け入れる、ということから「セルフイメージ」とも。 私は根本に存在不安があり、自信のなさがあり、コンプレックスの塊で卑屈になってブスになりました。 でも、そんな私も生きて存在して、こうして皆さんにブログを通してお会いすることができました。 知識はなくとも、こころのエネルギーを送ることは誰にでもできることだと思うのです。そう、あなたにも。 ただ、気をつけてほしいのは「自分らしく生きる」と言うのは「自分に正直に生きる」ことではありません。 ここで勘違いすると、人を殺したかったから自分の気持ちに正直に殺した・・というオソロシイことになります。 「真理に正直に生きる」ことなのです。 まじめな人ほど鬱になります。 でも、鬱でいいじゃあありませんか。一生懸命生きている証ですもの。 そして、そんな鬱の自分を大切に愛してあげるのです。 それが「自分の足で立つ」自立なのです。 これからの人生が何十倍にも豊かになる糧だと、あなたが信じ、そう生きることを『選択』すればいいのです。 こんな話があります。 ある日、たんぽぽが言いました。 「あ〜あ、こんな、地面にはいつくばって生きるのなんていやだな〜。桜になりたい。あんな高いところで咲いてみたい」 すると桜はいいました. 「あ〜あ、やっと咲いたと思ったら、1週間でぱ〜っと散らなきゃいけないなんていやだな〜。 薔薇になりたいなあ。 値段価格がついて売られるんだもの」 ところが薔薇はいいました。 「あ〜あ・・寒い。咲きたいときに咲くわけにもいかず、こんな寒いケースに入れられて・・・。 トゲは取られるし・・・。自由なたんぽぽになりたいっ」 たんぽぽは、地に生え、たくましく生きることのできる花であることを。 桜は1年の力を蓄え、春を告げ人々を喜ばせる花であることを。 薔薇は最高の贈り物として、人々に贈られる花であることを。 他人との比較ではなく、自分でなければならない、自分だからこその美しさや香りを放つ花であること、 自分らしく存在を認め、生き抜くことが自立なのです。 覆い隠したい過去も、傷ついている今の心も、すべてはこれからの人生の宝になります。 何十倍も豊かな人生を送ることができることを知り、 自分自身を受け入れ、正しいセルフイメージを持ち、自分の足で立っていくこと。 それが「自立」です。 そして、この生き方を「選択するかどうか」はあなた次第なのです。 「自立」のお手伝いをさせていただくことこそがカウンセリングなのだと思います。 自立したもの同士が共に生きていくことこそが「共依存」の世界から「共存在」の世界へ変わるコツなのではないでしょうか。 わ〜い、後半は真面目に書けたぞ〜い^^ 先日の「煮詰まる前に第3者のありがたさ」の記事を一部訂正追加しました^^ |
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