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岐阜――大垣城――朝倉山真禅院――関ヶ原古戦場(三成陣)周辺――伊吹山裾野を通り――
長浜城――姉川古戦場――小谷城跡――国友鉄砲の里――長浜ロイヤルホテル 泊
 
3月4日 ↓部屋からは【岐阜城】が小さく見える。 朝日が昇る前の月、いいなぁ
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ホテルの朝食レストランは見晴らしが素晴らしく、遠くに白い雪を被った【伊吹山】が見える。
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 今日は、あの辺りまで行く予定。  まだ雪が多いので、山のドライブコースは無理だろうなぁ
 
 
【大垣城】応仁年間には東大寺城と呼び、城主は大垣氏で会ったことから大垣城と言うようになった
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 その後秀吉は一柳直末を城主とし、天守閣の造営を命じ、優美な城として貴重なものになり
 昭和11年国宝に指定されたが昭和20年の戦災で焼失した。 その後昭和34年再現された。
 
     関ヶ原目指し走っていると・・・!(*゚O゚)ノ !ア!ちょっとストッ〜プ! 
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      ぬぬ!武中半兵衛とな?!見過ごせぬ、寄って行こう!
 
σ(・ω・。) 「この辺に武中半兵衛の何か有るの知ってる?」   夫 「知らないなぁ・・・行ってみよ」
 
 
【朝倉山真禅院】岐阜県の垂井町にある 天台宗の古刹。
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三重塔・本地堂・梵鐘が国重要文化財に指定されており、梵鐘は東海地区最古のもの。
 
どこを見ても、「重要文化財」の文字は有れど、「武中半兵衛」の文字は皆無。。。
 
何だったんだ?!あのド派手な「武中半兵衛」の看板は? ウヒョヒョ(ノ∀`)σ騙されちゃった〜ん
 
   関ヶ原の街に入ると、面白い看板が目につく
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 【関ヶ原古戦場決戦地】今日のハイライトです。
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すぐ後方には石田三成陣跡のある笹尾山が見える
 
西軍有利な陣形で臨んだ戦いだったが、小早川と脇坂ら4隊の裏切りは、たちまちにして戦況を一変
小早川勢の大谷隊への突入と同時に西軍の敗色が濃くなり、各軍兵士の浮足立つ中、
石田隊は集中攻撃を受けながらも、最後まで頑強に戦った。
 
           笹尾山のを前にしたこのあたりは最大の激戦の有った所。
 
 
 
 何も無い、原っぱだと思ったら、馬防柵が再現され、各陣地には幟が立てられ説明板もありました。
 
  こちらは石田三成の陣営で、向かって左は、【蒲生郷舎】 右は【島左近】 の陣跡。
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   【島左近 陣跡】 三成が家禄の半分を与えてまでも仕官させたといわれる人物。
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  前日の杭瀬川の戦で中村泰を破り、本戦では石田隊の先手として布陣。
黒田・田中らと奮戦後、家康陣に迫ろうとしたが銃弾を受けて討ち死にしたとも言われてる  (iДi)
鬼の左近と称され、謎に満ちた猛将像は諸書に様々な姿で描かれている。   ( ↑の立札より)
 
 
 左近陣地の上に有る【石田三成陣地】
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 三成の陣地からは、南宮山(毛利隊)、桃配山(家康本陣)、松尾山(小早川隊)など
 
 一望に出来る。 戦の立地としては最高!
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   (これよりさらに登った 笹尾山山頂石田三成本陣跡があるが、この日は登らなかった。)
 
 
  関ヶ原は四方を山に囲まれたくぼ地で、
       そのくぼ地にいる東軍を、山の上に布陣した西軍が完全に包囲している
                              この布陣は誰が見ても「西軍有利」と思われた。
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          後にこの布陣図を見たドイツ軍の将校も、見た瞬間に「西軍必勝!」と叫んだそうだ。
 
 
      近くに【関ヶ原歴史資料館】が有ったので寄ったが、生憎この日は休館だった。
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 【家康の最後の陣跡】 住宅街の中に有り、整備され公園のようになっている
 家康は合戦が大詰めになると、本陣を「桃配山」から笹尾山(敵本陣)まで1キロの当地に移した。
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  周囲の土塁や、中央の高台は1841年にこの地の領主・竹中家が幕府の命により築いたもの。
 
  正面の小高い所は 家康の床几場。   ここで敵の首実験をした。
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【東首塚】 関ヶ原の戦い直後、家康の命により、当地の領主竹中家によって設けられた。
      因みにこの「領主、武中家」とは、あの武中半兵衛の子、武中重衛門だそうです。
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  関ヶ原の戦直後に竹中家が築いたもので、 東西合わせて6000ともいわれる戦死者達、
  家康によって首実験されたそれら将士の首が、敵味方の区別なく懇ろに弔い供養塚に埋めた。
                                             (西首塚もあるらしい)
 
【首洗いの古井戸】首実検に先立ち、首級の血や土などが洗い落とされたと伝えられている。
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【首級墳碑】 中山道・関ヶ原宿の古山兵四朗が首塚への思いを込め、1817年に建てたもの。
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 石碑の文字は読めなくなっていますが隣の立札には、戦いへの思いを綴った最後に、 
 「この首塚が丘や谷に変わり果てる事のないよう願うものである」と刻まれているらしい。
 戦いの火蓋を切ったとされる東軍の「松平・井伊隊の陣の跡」である事を示す現地説明板が
 さらにその先にある。
 家康の四男の松平忠吉井伊直政が約6千の兵でここに陣を構えたのである。
 
 兎も角、史跡が多くて廻りきれなかった。ここにももっと紹介したい碑がたくさんあった。
 
ここで一番驚いたのは
供養塚を作ったのが武中半兵衛の子供だった。という事に、超! (゜o゜;; ビックリ!
 
 
 ホテルから見えた【伊吹山】がかなり近くなった。 一等三角点が置かれている頂上に登りたい!
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良質の石灰岩が産出する場所として知られていおり、近代コンクリート、セメントの需要の急増により
大量に採掘されてきた。そのため、山容が変形するまでになっている。
左側の裾が地肌が見えている、採掘は今に始まったことではなくて江戸時代からあったそうだ。
 
 
長浜【黒壁スクエア】は、伝統的建造物群を生かした観光スポット。
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  黒漆喰の和風建築である「黒壁1號館」から「30號館」まであり、
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      一般に北国街道と大手門通りの交差点である「札の辻」を中心とする区域を言う。
 
ここでランチ。 ここではやはり「近江牛」でしょ! 
 
      メインの通りに面して大きな店が沢山ありますが
      敢えて、 横丁に入った小さな入口の 近江牛専門店【毛利志満】に入りました。
 
     大正解でした。接客よし、味よし、リーズナブルなランチをいただきましたが大満足でした。
 
 
 【長浜城】 現在の城は昭和58年に再興されたもの。 すぐ後ろに今夜の宿泊ホテルがある。
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  秀吉が建てた城で、「賤ヶ岳の戦い」の軍事拠点とした所。 前が琵琶湖。
 
入口の係員(オッチャン)に明日予定している琵琶湖周辺のことを聞いたら、
親切に教えてくれたのはいいけど・・・あまりにも細かく、先の先の先のそのまた・・・覚えきれぬ
 
タイミングを見て切り上げるのが大変だった (↑▽↑)
 
お城からは今夜のホテルが良く見えた。  時間が早かったのでもう一ケ所
 
 
【姉川古戦場】   
  姉川は伊吹山地の新穂山を源流に、途中、草野川と合流して琵琶湖へと流れ込む一級河川。
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 浅井・朝倉軍と織田・徳川軍の姉川を挟んでの合戦で、この戦いによる死傷者は、
                             浅井・朝倉方で9600人、織田方で5000人とも。
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   彼らの血が姉川を真っ赤に染めたといわれ、姉原と呼ばれていた場所が血原と呼ばれもし、
                                        血川橋という地名も残っている。
 
【小谷城祉】
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  まだ三時だというのに駐車場は閉まってました???
 
 近くにいた人に聞くと、山上の城址まで、途中からは徒歩で行かねばならず、
 かなり時間を要する、という事なので、残念だけど今回は見合わせる事にした。  

【小谷城戦国資料館】に入ったけど、全く印象が薄く、思い出せない。。。。
  
【国友鉄砲資料館】 国友は、近江国坂田郡の地名で、現在の滋賀県長浜市国友町。
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  姉川のほとりに広がる集落「国友」は、戦国時代から江戸時代末期まで、
                             堺と並び称される鉄砲の生産地として栄えた。
 
長篠の合戦以後、大坂の陣にかけて国友鉄砲は目覚ましい活躍をした。
 
太平の世になると、鍛冶たちは鉄砲制作の技術を生かし、芸術性豊かな金工彫刻を始め
                              空気銃、天体望遠鏡、花火などへの道を開いた。
 
 
写真ではわからないが、家紋など、色々な文様が彫りこまれており、その彫り模様の美しい事!
鉄砲がこんなに美しいもの、種類の多いものとは知らなかった。遊び心もしばしば見える。
幾ら見ていても飽きなかった。
 
関ヶ原周辺は数えきれないくらい史跡がいぱいあり、とても一日では廻りきれない
又季節の柔らかい頃ゆっくり見て回りたいと思う。
 
 
   今日はよく歩き、疲れたので早めにホテル入り。 琵琶湖に沈む夕陽が美しい。
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 長浜城を背に、前は琵琶湖、という絶好のロケーション。勿論温泉もある。ゆっくり疲れを取ろう。
 
 
 夕食は中華コース。 最後の方に 持ってきた春巻きをテーブルに置きながら、
 「次は、明太子チャーハンです」・・・     アチャー (;→д←)  夫は魚の子は一切食べない。  
 
 「スミマセン 魚の子、ダメなんですけど・・・」 と言うと、調理場に行って来て
 「それでは、高菜チャーハン にします」と云う。 
 
 「(ノ_< ; ごめんなさい!漬物もダメなんですけど・・・」  もう殴られても仕方ないっス・・・・
 
 「あの、私は雑食なんですけどネ^^;   玉子だけのチャーハンで結構ですから・・・」
 
 出てきたのが 「蟹チャーハンにしました」 <(_ _)><(_ _)>スンマセン。。。。  美味しゅうございました。
 
   し、しかし、、、春巻き、皮の中に大葉がクルリと巻いて有った。 
 
     夫は大葉も嫌いなんデス   (・_;☆\(・ˇoˇ・。)コラッ あれが嫌これが嫌って言わない!
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   部屋はとても広く、清潔、接客も特に女子は◎、食事はまぁまぁ。何よりもリーズナブル!
 
                         長浜ロイヤルホテル泊   ツイン朝夕食付き@9800円
          明日は琵琶湖一周します〜♪


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すばらしいツアーですね。
歴史好きにはタマリマセブン…

そう言えば、昔の合戦というのは、近所の民百姓が高台に弁当持ちでやってきては観戦していたというお話を聞いたことがあります。

また、その昔は『やぁ、やぁ、我こそはぁ〜ウンヌンカンウン』とお互いに言い合ってから一騎打ちとかという色んなルールでやっていたそうですね。
そういうことも想像しながらこういう所を回ると面白い…

カニチャーハン、よかったなぁ… 削除
2013/3/13(水) 午前 5:13 SAM 返信する
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な、な、な、長浜城。。。
オイラが行った時には、時間終了で入れず。。。
ああ、種馬、、、もとい、トラウマが。。。(T_T)
国友。多分、オイラの親戚筋やと思うんですけどねぇ。
15代将軍慶喜の側近の梅沢孫太郎ってのが、ご先祖ですが、その遠い親戚に国友さんがいて、その人は、プロ野球の審判してて。。。
名前から行くと、国友鍛冶の家系やないかと。。。
で、徳川の側近の親戚筋だから、水戸家のお抱えの。。。
って、想像で、ほんまのことは、よーわからんのですけどね(^^ゞ 削除
2013/3/13(水) 午後 2:39 かじら 返信する
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SAMさん
お弁当食べながら戦を見物・・・へ〜!暢気なものでしたんですね。
「やぁやぁ・・・」そう言えば子供のころ読んだ漫画によくありましたっけ。
カニチャーハン。もう笑って笑って・・・調理場から覗かれまして、目が有っちゃいました。 削除
2013/3/13(水) 午後 8:01 kinako 返信する
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カジラさん
長浜城の中より、係のオッチャンの方の印象強いです(爆
ご存じでしょうが、現在のお城は模擬復元されたもので市立長浜城歴史博物館となっています。
ご自分のルーツご存じなんですね。
夫の方は家系図も有り、かなり昔までわかっていますが、私の方は全く分りません。今まで知ろうと思ったこともなかったです。
こういうのは、知りたい人と、どうでもいい人と、両極端ですね。」 削除
2013/3/13(水) 午後 8:11 kinako 返信する
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岐阜県から伊吹山が見えるとは
岐阜県と滋賀県が隣接していることも知りませんでした
確かに東海道新幹線は滋賀県から岐阜県に入ったような?
愛知県を挟んだような?
三重県出身なのにわかりません 削除
2013/3/14(木) 午前 11:37 やいま 返信する
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伊吹山は岐阜県と滋賀県の県境に有り、長浜城あたりからはよく見えます。
新幹線は愛知(名古屋)を通り岐阜(羽島)に入り滋賀(米原駅)となります。
実は私は歴史音痴でもありますが、これだけ旅行をしながら「アナタ任せ」なばかりに、地理音痴でもあります。
点として、狭い地域は詳しいのですが、線での繋がりが良く分かりません。
デジカメで道路標識などバチバチ撮ってそれを教材にしています。
ですので、もしかしたらブログ内で間違いが有るやもしれません。
もしお気づきでしたら教えてください<(_ _)> 削除
2013/3/14(木) 午後 4:46 kinako

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すばらしいツアーですね。
歴史好きにはタマリマセブン…

そう言えば、昔の合戦というのは、近所の民百姓が高台に弁当持ちでやってきては観戦していたというお話を聞いたことがあります。

また、その昔は『やぁ、やぁ、我こそはぁ〜ウンヌンカンウン』とお互いに言い合ってから一騎打ちとかという色んなルールでやっていたそうですね。
そういうことも想像しながらこういう所を回ると面白い…

カニチャーハン、よかったなぁ…

2013/3/13(水) 午前 5:13 SAM 返信する

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な、な、な、長浜城。。。
オイラが行った時には、時間終了で入れず。。。
ああ、種馬、、、もとい、トラウマが。。。(T_T)
国友。多分、オイラの親戚筋やと思うんですけどねぇ。
15代将軍慶喜の側近の梅沢孫太郎ってのが、ご先祖ですが、その遠い親戚に国友さんがいて、その人は、プロ野球の審判してて。。。
名前から行くと、国友鍛冶の家系やないかと。。。
で、徳川の側近の親戚筋だから、水戸家のお抱えの。。。
って、想像で、ほんまのことは、よーわからんのですけどね(^^ゞ

2013/3/13(水) 午後 2:39 かじら 返信する

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SAMさん
お弁当食べながら戦を見物・・・へ〜!暢気なものでしたんですね。
「やぁやぁ・・・」そう言えば子供のころ読んだ漫画によくありましたっけ。
カニチャーハン。もう笑って笑って・・・調理場から覗かれまして、目が有っちゃいました。

2013/3/13(水) 午後 8:01 kinako 返信する

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カジラさん
長浜城の中より、係のオッチャンの方の印象強いです(爆
ご存じでしょうが、現在のお城は模擬復元されたもので市立長浜城歴史博物館となっています。
ご自分のルーツご存じなんですね。
夫の方は家系図も有り、かなり昔までわかっていますが、私の方は全く分りません。今まで知ろうと思ったこともなかったです。
こういうのは、知りたい人と、どうでもいい人と、両極端ですね。」

2013/3/13(水) 午後 8:11 kinako 返信する

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岐阜県から伊吹山が見えるとは
岐阜県と滋賀県が隣接していることも知りませんでした
確かに東海道新幹線は滋賀県から岐阜県に入ったような?
愛知県を挟んだような?
三重県出身なのにわかりません

2013/3/14(木) 午前 11:37 やいま 返信する

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伊吹山は岐阜県と滋賀県の県境に有り、長浜城あたりからはよく見えます。
新幹線は愛知(名古屋)を通り岐阜(羽島)に入り滋賀(米原駅)となります。
実は私は歴史音痴でもありますが、これだけ旅行をしながら「アナタ任せ」なばかりに、地理音痴でもあります。
点として、狭い地域は詳しいのですが、線での繋がりが良く分かりません。
デジカメで道路標識などバチバチ撮ってそれを教材にしています。
ですので、もしかしたらブログ内で間違いが有るやもしれません。
もしお気づきでしたら教えてください<(_ _)>

2013/3/14(木) 午後 4:46 kinako 返信する

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