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神戸発、オムニバス
趣味のブログですので、掲載内容で関係機関・各社様へのお問い合わせはご遠慮下さい。車庫・施設内の写真は許可を得て撮影しています。
このカテゴリも久し振りですね。
先日、懐かしい形のタイヤローラ(と言うのでしょうか)を見掛けたので、敷地外から撮影させて頂きました。これでナンバー付いていたら最高なんですが…。
イメージ 1 イメージ 2 昔よく見た懐かしい姿で、作業車のいかついイメージとは裏腹に、優しい顔つきに好感が持てました。リアを見てみますと、おや何処かで見たパーツが!そう、テールランプコンビネーションがあのバス協タイプなんですね。イメージ 3 イメージ 4 イメージ 5 イメージ 6 昔のバスでは定番だったテールライトと同じ形ですね。但し、タイヤローラの方は見たところ一回り小さいタイプで、実際私も部品状態ですが、2種類の大きさを持っていました(その後小さい方は譲渡したため手元には無し)。上の写真は九州旅行で見掛けた同じく小さいタイプのこのテールランプを付けていた建設系車両です。バスと建機で分かれていたかも知れませんね。 イメージ 7もう一点。これもお分かりの通りバスと同じウィンカーですね。これはショベルカーに付いていたものです。
イメージ 8 イメージ 9これですね。私はパーツそのものを詳しく知りませんので、詳細は語れませんが、メーカーによって差異があるのかも知れません。またこの前面のウィンカーは1972(昭和47)年頃を境にスモールランプ(ポジションランプ?)が追加(レンズのクリアな部分)されて、それまではオレンジ一色の成形でした。 と言うわけで今回はこの辺で…。

※本記事をアップ後、いつもお世話になっている趣味の友人から早速下の補足を頂きました。「バス協テール、小さい方はいすゞBX/TX純正で60年代終盤に大きくなってます。ネジの位置で判定するのが楽ですね。」ということで併せて矢印形ウィンカーが禁止になって以降・・だとか。(^^)
ありがとうございました。2019/6/11追記

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 毎年5月の話題として、神戸まつりで活躍していた「花バス」のお話しを忘れるわけにはまいりません。今年のパレード、交通局は不参加だった模様で個人的にも残念ですが致し方ありません。
 さてこのシリーズ、前回「4」まで進捗しまして今回は続きの「5」です。車両そのものは前年の1983年度で大阪市の中古を改造した新車(更新という意味で)に変わっています。
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再掲ですが、元大阪市のBT100H改造の台車。真っ白な車体でホィールも神戸市カラーになっていますが、ウィンカーレンズを外した跡に大阪市の旧塗装であるゼブラカラーが覗いています。この状態ではバスというより最早トラックですね…。
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1号車「牧場の少女カトリ」号。フジテレビ系の関西テレビ放映です。この頃、毎年アニメがテーマになっているので、アニメを見なくなった少年(私)にはテーマ的に少々退屈な花バスが続いていて、撮影もあまり力が入らなくなってきていました…。それでも長田工場に出向いてこうして押さえているのは我ながらよくやった、と…。
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イメージ 5 2号車「ルパンⅢ世」号。こちらはよみうりテレビ放映でご存知の方も多い、ルパン号です。ハリボテの装飾は正面から見ないと変な顔に映りますね。花バスも真横からも撮るべし!でした。
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3号車「超攻速ガルピオン」号。地元サンテレビジョン放映でした…が、正直記憶に無いアニメで…(汗;)
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4号車「銀河漂流バイファム」号。毎日放送放映です。こちらのアニメもあまり記憶が無く、内容で語れずすみません…。
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イメージ 9 5号車「とんがり帽子のメモル」号。テレビ朝日系列の朝日放送で放映、このアニメは一応覚えています。こうして左右両方見てみますと同じ意匠で左右反転状態なのですね。
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最後は発車前のひととき。このように花バス運行期間中は工場の職員さんも「中で撮り!」と声を掛けて頂き、私のようなカメラを持ったマニア系から、近所の家族連れや、担当運転士さんの家族・友人・知人などが入り混じり撮影や談笑などほのぼのしていました。
この年は5両運行だった模様で6号車は予備車にだったのでしょう。また翌年に控えた「ユニバーシアード神戸大会」のPRも兼ねて正面には「ユニバーシアードがやってくる」の看板も付けられているのが分かります。

日本のヘソ、兵庫県西脇市内にあります大型玩具店「てんぷる」が今月末で閉店することを先日趣味のお友達から教えて頂きました。
神戸在住の私ですが「てんぷる」は20年近く前からたまに寄るお店でしたので、これは最後に行っておかないと!と言うことで久し振りにお邪魔してきました。
実は嫁さんの実家が西脇市にほど近いところで、結婚前から周辺の模型店/玩具店を色々教えてもらっていて、実家帰省時などによく寄っていたのでした。今顧みると、教えてもらっていた玩具店/模型店もこの20年近くの間にほぼ全滅していることに気が付き、最後の牙城とも言えるこのお店も今最後の時を迎えようとしています。
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地元のネットニュースや新聞で取り上げられていることもあって、当日は凄い人集りでした。店内の商品が20〜50%引きということもあるのでしょう。それらしいマニア系の方も沢山でした。普段は地下駐車場を利用するのですが、さすがに多客対応の為、自前の駐車場は閉鎖、近隣の有料駐車場を案内されました。
店内は私のよく見ていた頃と商品レイアウトが結構変わっていて空きスペースなどを利用して、在庫を全て広げた様な感じですが、所謂昔から残っている商品はセールが始まったからなのかだいぶん減っている様子でした。
とはいえ、元々模型/ミニカー系でしか色々見ていなかったので、覚えているのはプラレールの'70年代の情景パーツとか、昔の家族や友達でやるボードゲームとか位で見る方が見ればまだお宝が残っているかも知れません。因みに今回、プラレールの旧い情景パーツはさすがに見あたらず、既にどなたかの手に渡っているのでしょう。
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これは包装紙ですが、我が家は義理の父母も贈答品御用達のお店だったので、子供の節句モノは全てココで揃えて頂き、今でも包装紙ごと綺麗に保管しています。ココは玩具だけでなく、節句用品も豊富で地域ではそれらの需要もかなりあったそうです。
店内の様子を許可無く撮影もあまりしたくなかったので、外観だけに留めていますが、昔ながらの模型屋さんと玩具店が一緒になった感じ…と言えば好き者にはお分かりかと思います。
さて、当日は直ぐ脇を走っていた旧国鉄→JR鍛冶屋線跡でイベントも行われていました。軌道跡にプラレールを引いて、鍛冶屋駅を模した駅からキハ40が走行する、と言うモノです。時間の都合で発車式は見送りましたが、こんな感じでした。
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この人集りの場所がかつての鍛冶屋線軌道跡です。線内の大部分は自動車道路化されていますが、この部分から数百メートル先は未だ未開発で遊歩道的な感じです。
私が「西脇」という地に馴染みがあるのはまだ加古川線系統健在の頃から神姫バス行脚でしょちゅう訪れていたこと、前述の通り嫁さんの実家が近く、かなり頻繁に訪れていたことに他なりません。そんなわけで電車好きながら、所有する鉄道模型も非電化路線(当時)の車両はここだけは一通り揃えようとしている次第で、最近では息抜きでこんな車両を作りました。
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ご存知プラレールのキハ40を塗り替えただけのモノですが、車体の塗り替えは早い時期に終えていたモノの、窓サッシの銀線を入れる作業が億劫で年単位で製作が止まっていたのですが、先般漸く重い腰を上げて塗り上げました。笑
このイベントがあることを知っていれば、コレ持っていたのですが…。

さて、話しを「てんぷる」に戻しますと、訪れたからには何か買って帰ろう!と思っていましたが、お目当ての狙っていた古い目のミニカーやプラモは時既に遅しで、ほぼ残っていませんでした。それでも探していたウチの一つ、フジミの旧型キューブは残っていたので迷わずゲット。これはツイッターでは少しお話しをしている、TBSの昨年の秋ドラマ「中学聖日記」にはまっていたこともあって劇中に出てくる聖先生の愛車を是非とも作りたかったわけで、良い買い物が出来ました(他に塗料数点、宇宙戦艦ヤマト2199シリーズ1点)。笑
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劇中のキューブは拘らなければ市販車そのまま?、色をオレンジしてナンバーだけ劇中登場車にすればいけそうなのでお手軽製作向けです。余談ながらそのナンバーは見る限り所謂テンプラナンバーに見えず、ホンモノの湘南ナンバーの様でした。
と言うわけで、「てんぷる」で「テンプラ」ナンバーの車のキットを買った!であればお後が宜しいようで〜だったのですが「テンプラナンバー」では無さそうなので、落としどころが見つからないまま、これにて終了したいと思います。
それにしても大型家電量販店の進出で町の模型屋/玩具店はホントに消えていきましたね。只、プラモを作る若者(中高生)がいなくなったのも事実で我が息子も、殆ど触りません…。寂しいですが携帯ゲームの方が楽しい子供が大半なのでしょうね。
 そんな時代に逆行している私の部屋にまた在庫が出来てしまいましたが、仕掛品を増やさないように、頑張りたいと思う次第です。(^^)

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黄色い都営バス

今回も昔のネガからです。
都営バスの色が変わる、というお話しは神戸在住の身ながら新聞かテレビかで当時聞いた覚えがあります。それまでの所謂美濃部カラーと言われていた都バスは親戚が東京だったのと、あとはミニカーやテレビドラマなどでもよく目にしていたので、それなりに馴染みありましたから、ちょっと残念に思ったモノです。
しかしながらこのカラー、地元の方のお話しではかなり不評だったそうで、後年ナックルカラーと呼ばれるモノに再び変わっていったそうです。
今回は1987(昭和62)年撮影ですが、既にこの頃も減っていたのか?私のネガでは僅か数枚で、再掲含みますがご覧下さい。
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先ずは親戚の家の前だった巣鴨車庫前。現場をご存知方はお分かりかと思いますが、ここの歩道橋もよく利用、撮影もそこからです。富士重ながら巣鴨なのでいすゞ車かな?取り敢えず下が拡大です。あっオマケで気になる右下のタクシーもついでに拡大してみました。
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バスは「練馬22か28-52」ですが、局番までは判別不可でした。下の安全タクシー、近年まで見掛けた記憶はありますが、今はどうなっているのでしょうね。Y30スタンダードが魅力ですが、この頃は本格的にタクシーまで撮影していなかったので悔しい1枚ですね。笑
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こちら再掲ですが同じ時に巣鴨車庫で撮影させて頂いた1枚。尤も最古参の美濃部カラーBU04の撮影目的で来所、撮影させて頂いた際のモノなので他にも居たのか今となってはこれも後悔することしきりです…。昭和55年式で局番P-H298、K-CLM470でした。
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これも同じ時で東京駅八重洲口で撮った1枚。この時も黄色/赤色はこの車しか写真が無いので、滞在時間中に他には来ていなかったと思われます。K-H152、型式はMP118K辺りでしょうか?そう言えば初期バスコレのシークレットがこのタイプだったような…。
ではまた〜。

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サボっていたネガスキャンを久し振りに実施。800本近いネガがあるので、ランダムに選んで楽しみながらやっています。その中で1992年6月撮影分から。
当時、JR鷹取駅の留置線にウグイスの103系が並び始めました。103好きの私としては放っておくわけにはまいりません!しかも、並んでいる車両を見ると非冷房の経年車ばかり。明らかに廃車前の疎開留置です。
と言うわけで、望遠は持ち合わせていなかったゆえ、こんな写真ですがお許しを。
○クハ103-58
イメージ 1何とか顔が分かるように撮った苦しい1枚(笑)。当時、残存クハの番号順撮影もやっていましたが、電車区で寝ていた予備車は殆ど撮影できず仕舞いでしたのでこの時はどんな形であれ、番号が分かれば良い!ということでこれでも満足しています。左はモハ102-106ですので、写っていませんがユニット相手はクモハ103-24かと思います。

○クハ103-527
イメージ 2こちらその手前に留置されていた527号。そうです、偶数向き500番台車です。元々関西では少数で更に京阪神緩行線には存在していませんでしたから、子供時代に環状線など大阪に出ないと見れなかった形式で、それなりに珍しい!と思っていたモノでした。

○クモハ103-40+モハ102-133+クハ103-527
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イメージ 4上の527号が入る編成写真です。どうです、この非冷房美(勝手に作った造語です:笑)!JRマークが無ければNゲージに例えると鉄道模型KATOの103系初期車がそこに居るような感覚でした。残念ながらこれ以外の留置車両の車番は不明でしたが、スカイブルーもチラッと写り込んでいることから、当時の奈良区の非冷房車が集められた模様ですね。
この後、これらの車両がどう消えていったかは記録していないのですが、最後にここで見ることが出来て良かったです。
イメージ 5
最後に地上時代の湊町駅で発車待ちをしているクハ103-212を貼って今回は終わりにします。

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