ここから本文です
神戸発、オムニバス
趣味のブログですので、掲載内容で関係機関・各社様へのお問い合わせはご遠慮下さい。車庫・施設内の写真は許可を得て撮影しています。
 先日バスの撮影で西神中央駅へ向かうと、駅前コンコースに真っ赤なワゴンが留まっていましたので思わず立ち止まってしまいました。(^^)
イメージ 1
グリコのイメージカラーに塗られたその名の通り「グリコワゴン」でした。なにわナンバーだったので、地元で何かキャンペーンでもやっているのかと思いましたら、なんでも現在、全国キャンペーンで廻っているとか…。ナンバーは希望で「11-11」ですが、これは「ポッキー」の形状に因んだモノだと思われ、確か11月11日は「ポッキーの日」でしたよね?(笑)
イメージ 2
イメージ 3
こういったコマーシャルカーも撮影対象ですので、見掛けると出来るだけカメラに収めていますが、車好きとしてはやはり「種車(ベースカー)」が大変気になります。このワゴン、あまり外観はいじられていないのでシルエットからハイエースベースかな?と思っていましたが、ネットでメイキング映像が流れていましたので、あっさり判明しました。やっぱりハイエース(若しくはレジアスエース?)ベースでした。(笑)
またキッチリとリアも押さえておいた方が後々何かの役に立つので、出来るだけ前後から押さえるようにしています。
イメージ 4
更に屋根に生えている(笑)巨大ポッキーのパッケージの様子も分かるように俯瞰気味でも1枚。今回は条件がよく屋根の様子も撮れました。尚、本来こういう車はキャンペーンのお姉様方もしっかり入れておきたい処…(笑)で、顔出しOKかの交渉をさせて頂いて、ワゴンの前で並んだ写真を撮るべきだった…と一寸後悔(笑)
さて、グリコ関連でもう1枚…。
イメージ 5
ドライブ中に前からやってきたグリコの送迎車が新型リエッセⅡに変わっていたので、こちらも思わず撮影。(助手席より)
少し見にくいですが、画像を確認しますと、5月登録の様でした。いつも見ていた車がいつの間にか新型に替わっていた…という経験、皆さんがお持ちかと思います。しかしながら普段マイクロバス系には撮影の力を入れていないため、先代は撮らずに終わりました…。グリコの営業車の車種をよく知りませんので、この辺りは語れませんが、グリコワゴンもハイエースと言うこともあってトヨタ系でまとめているのでしょうかね?

ではまた〜。

この記事に

開くトラックバック(0)

 先頃、拙ブログにコメントを頂いた淡路交通の新車が早速撮れました。またナンバーが「神戸200か5000番台」での登録ということもあり、かつて存在していた淡路交通の割り当てナンバーや希望ナンバーと「5」という数字に関する考察を独断で纏めてみましたので併せてお届けします。

ではまず新車から…。
イメージ 1
 ダメ元で出動した結果ラッキーなことに乗り場に居りましたので先ずはパチリ。
神姫バス乗り場「5番ブース」で出発を待つ「50-05」号車で「5づくし」ですね!
(^^)
イメージ 2
 その後先回りして形式写真が撮れる場所に移動、天候具合もなかなか宜しく、まぁまぁの形式写真を頂戴しました。高速路線では定番のJバスガーラ、最初の車を見たときはいすゞブランドとは言え、セレガスタイルなので違和感ありましたが、すっかり慣れました。またこの塗装もよく似合いますね。
イメージ 3
 トイレ付きというのも分かります。頂いたコメントから50-06号車もいるそうで、早くお目に掛かりたい処です。銘板を見ていないので、形式は語りません(語れません)が新車なので、詳しい形は特定出来るかと思います。代替も気になるところですが、そう言えば先代LV7**系のガーラはまだ淡路交通に残っているのでしたかね?

 さて、相変わらず代替の早い淡路交通ですが最近あちらこちらで中古が導入されるようになりましたね。
 ご存知の方も多いですが、同社は一時期希望ナンバー取得になりました。これに関しましてあくまでも推測ですが、次のように考察してみました。
 '98年5月から先行地区に選ばれ登録開始された「神戸200か」は翌99年〜00年掛けて400番台に達しました。(因みに「姫路200か」のスタートは1年遅い'99年)死や苦しみを連想させる「4」を「9」を忌み番と捉える事業者も多く、車両管理を登録番号で行っていると思われる同社では敢えて「400番台」を避けて新しい制度となった「希望番号」で500番台にしたのでは?と考えています。同社99年式車が通常払い出しの300番台なので、400を飛ばして500〜と考えるのが自然ですが、一頃同社の貸切車にも社内番号?と思われる番号が付番されており、それも500番台でしたので、同社では「5」が良い番号、として捉えられているかも知れません。
 また1965年〜1970年までの事業者毎割当てナンバー時代も「神戸2き」では「55−00」番台、更に下2桁40番台は欠番でしたので、この頃からそういった流れはあったようです。因みに1955年以降の「兵2あ」でも淡路の割り当ては橙ナンバー時代の前期こそ「1500〜1700」番台ですが、後期の緑ナンバー化後は「50−01〜」でした。 
イメージ 4
 上は「神戸200か」で3桁最後の新車通常払い出しのグループと思われる300番台のエルガミオ(99年式、KK=LR233J1) ’99年12月、福良車庫にて。
イメージ 5
 こちらは希望ナンバートップの「神戸230あ500」以下3両。’00年式、で型式は同上。現在はいずれも神姫バスに移籍しています。 '02年12月、宇山車庫にて。(公道より)
 この後暫くは希望ナンバー500番台で下2桁を年式で分けて登録していますが、高速路線用・路線用で番台は分けておらず、年式内でまとめています。しかしながら、下2桁40番台は欠番としているのはやはり忌み番と捉えても良いのではないでしょうか?ただ、気になるのは50番台も見あたらず、次の年は560〜になっています。私は希望ナンバーはあまり興味が湧かない方なので、この頃の淡路交通は真剣に見ていませんでしたので、抜けがあるかも知れません。
 50番台を希望で取ると、「555」は抽選対象なので、分類番号が「神戸200」になり平仮名も変わります。ナンバーマニアでなければそこまで拘らない…とは思いますが、50番台を外したのは、そう言うところもあったのか?と勘ぐってしまいます…。(あくまでも私個人の推測ですよ〜:笑) 
イメージ 6
 こちらは今のところ希望ナンバー最終年と思われる、'02年式のエルガKL=LV280N1。年式毎に番台繰り上がりということで欠番がありはしたものの、500番台も終焉に近づいたのかどうかは分かりませんが、’03年からは通常の「200か」となり11−00番台の登録となっていますね。しかしながら既にこの年式はおろか、’05年式辺りも中古で流れているのはビックリです。

(※旧ブログから引用、加筆修正して新車の話題と併合しました)
 

この記事に

開くトラックバック(0)

 今から30年以上前のお話しになりますが、1983年6月17日は市営地下鉄山手線は新長田から大倉山まで延伸された日です。また翌6月18日は1985年に新神戸〜学園都市間が開通した日でもあります。本来はこの二つの話題を纏めて取り上げたいところでしたが、私の準備不足もありまして、今回は大倉山開業関連の話題画像中心でをお届けしたいと思います。
イメージ 1
 1977年3月地下鉄開業時の終点で東側は「新長田」駅まででしたが、その後工事は進捗し83年にようやく山手線の途中「大倉山」駅まで延伸開業となりました。大倉山という地名は地元の人間以外あまり馴染みは無いと思いますが、途中長田駅で神戸高速鉄道(現:阪神神戸高速線)、湊川公園駅で神戸電鉄とそれぞれ接続となり、ひとまず市内の私鉄利用通勤者は便利になったと思います。
 いつ頃か忘れましたが、レールが繋がり試運転も兼ねて新長田止りだった列車も客扱い終了後、そのまま大倉山方面へ回送していき、名谷行きでは大倉山方面から回送状態で到着、客扱いとなりましたので、通常新長田で折り返し待ちをする情景は見られなくなりました。画像は新長田駅で消える同駅表示を撮影していた時で、運転士氏も車内の乗客が全て降車したかを確認している姿が写っていますね。
イメージ 2
 翌日以降は当然「大倉山」表示となり、真新しい方向幕を掲げて運行する7号車です。開業当日に私は出動したか恥ずかしながらどうかは一寸覚えていません…。妙法寺駅にて。 
イメージ 3
 開業にあたり1000系(形)を増強、9号車から11号車の3編成が揃いました。また一部車両には前面装飾が施され、彩りを添えています。私も地上で、良い状態で撮れば良かったのですが、当時は「粘る」ということをしなかったため、お子様アングルしか残っていません。大倉山駅にて。
イメージ 4
 そこで、いつもお世話になっている、アルプス銀水タクシー様の画像をご紹介。さすが良い位置で撮影されています。尚、画像の名谷駅は現在ホーム端に柵が設けられていますので、この位置での撮影は出来なくなっています。私もアルプス様も装飾編成は10号車ですが、他の新造2編成にも付けられていたのでしょうか?
イメージ 5
上は名谷駅改札内コンコースに設けられた横断幕。
イメージ 6
こちら湊川公園地上出入口。構えたアングルが傾いていたので、こんな画像です。(笑) 
イメージ 7
 こちらはアルプス様撮影の横断幕(名谷駅)と駅名表示板(大倉山駅)の様子。駅名表示板は当たり前ですが現在と比べて駅数も少なく、少々寂しいですね。緑の帯は両端にスペースを設け、更なる延伸時に対応できるようになっています。
イメージ 8
 これは当時販売していたグッズで、小旗とワッペン。ポスター図案をアレンジしたもので、なかなか好感の持てるデザインです。小旗はライトグリーンベースに神戸市章を白で抜いたものとセット販売だったと思います。(それも保管していますが画的に面白くないので画像省略)
 
 さて、オマケとしましてあまり見掛けることのない、地下鉄の方向幕をご紹介してみましょう…。と言いましても最初期のモノは私のコレクションがありません。また現行の快速印刷後は毎年のイベントでも不要品になったモノが販売されていますのでお持ちの方も多いと思い、今回はその中間時期?と思われるモノです。スペースの都合上、横向きと駅名重なりあり(実物は各コマ名1コマずつで重複コマはありません。)の掲載で失礼。
 この幕は既に新神戸と学園都市は印刷していますので、西神延伸前のモノです。それが証拠にまだ「西神中央」ではなく計画時の「西神N・T」表示がミソですね。(笑)
イメージ 9
イメージ 10
イメージ 11

イメージ 12
 この幕は85年のイベント時に購入したと思われますが、覚えていないのが残念です。また下は同じ時に購入したと思われる、操作盤の表示位置指示板。 
イメージ 13
 まだ大倉山時代のモノで、上の幕と試運転・回送以外はコマ位置が変更されているのが分かります。尚、コマ数は同じようで番号は14までで、上の幕でも14表示が分かります。また最初と最後の色幕は起点・終点を表すモノのようですが、指示すればちゃんと止まるように指示板にもセット出来る位置「−」が印字されていますね。
 
 といったところで、地下鉄延伸時の市バス系統改正も多数でして、またジックリ準備して来年(?)の記念日辺りを目処にお送りしたいと思いますので、気長にお待ち下さい〜。

(※旧ブログの内容を一部改訂してお届けしました)

この記事に

開くトラックバック(0)

 2年半ほど前ですが、長年探していた「ダイカスケール:バスシリーズ」の旧塗装都営バスがネットオークションにより入手出来ました。
このダイカスケールのバスは私が中学生の頃突如登場し、ミニカーという代物が一番買えない年代で手が出せず、社会人になってから近隣のバスだけを買っていました。その後神戸市内長田区内のあるオモチャ屋さんで、「このバスシリーズ集めてますが、こっち(関西)ではなかなか他の種類が揃わなくて…」という話をしますと「問屋に言うたげるわ!どれが要るん?」という話になり、持っていない大半の種類を用意して頂き、シャーシーや箱のバリエーションは年代が色々混じっておりましたが、当時のラインナップの塗装パターンだけは揃いました。しかしながら都営バスは仕様変更時期が早かったので、いわゆる美濃部カラーは残っていない…とのことでした。それから機会あれば探していましたが、ネットでも絶版高値で手が出ず、今般ようやく中古、シール貼り状態ながら綺麗な個体が比較的安く入手出来ました。      
 
 そういえば私が子供の頃は売っている各種ミニカーの元ネタもパトカーは警視庁、消防車は消防庁、バスや清掃車は東京都、タクシーは…あっこれは架空ですが東京系カラーでしたね。
と言った感じでバスなんぞは仕方なくこれらを買ってもらって想像で「神戸市バス」として遊んでいました。 と言うわけではありませんが、この青/白の美濃部カラー都営バスは馴染みがありますので、私が撮影出来た分といつもお世話になっているR・T様撮影の美濃部カラー都営バス、更に昨年東京主張時に撮れた復刻版をアップしてみました。
イメージ 1
私のフィルムに残っている一番古い都営バス。当時叔父宅が巣鴨車庫の目の前といっても良いほどのトコロでしたので、車庫前にて。但し、当時は実車について馴染みは無かったようで、遠景で取り敢えず撮影したに過ぎません。車庫から出庫していくのは川崎車体のBU05(D?)、入庫信号待ちが富士重車体のやっぱりBU05?(神戸近辺は日産ディーゼルは殆ど導入実績が無く、必然的に純正車体の富士重にも知識がないに等しいバスファンもおり、私もその一人…)
イメージ 2
上の画像、富士の車を拡大してみました。局番は不明ですがナンバーは「練馬2う?21−90」と読めます。ナンバーとウィンカーの様式から、少なくとも'70年以前の年式かと思います。それにしても、「2」のシングルナンバーだったとは…。そういう意味では貴重ですね。巣鴨はいすゞが多かったようで、ゆえにこれもBU05かなぁと思った次第です。この2枚は'81年撮影です。
 時は移って'87年。社会人になってからほぼ毎年上京して、主に国鉄/JRの撮影をしておりましたが、ボチボチ都営バスも美濃部カラーを見なくなってきたことに気づき、思い切って巣鴨車庫へお邪魔しました。「神戸から旧塗装を見に来た」旨の来所を告げると職員の方は「予備車で動いていないけれど、中にいるからどうぞ」…と案内して下さり撮影させて頂くことが出来ました。
イメージ 3
イメージ 4
 この時は3両まとめて置いており、いずれも'75年式のBU04です。局番は上がP-C485、下が483です。奥の1両は484だったように思いますが、他のカットが無いので分かりません。思えばリアスタイルも撮っておきゃ良かったと後年後悔しています。でもフィルム時代はなかなかポンポン撮影出来なかったので仕方ありませんね。余談ですが、まだこの頃はそのフィルム消費と当時の興味深さ対象との天秤で、東京のタクシーの撮影は殆どしておらず、’90年代に入ってから本格的に撮影を始めています。
イメージ 5
イメージ 6
私はいすゞしか撮影していませんでしたから、他メーカーの近い年式の美濃部カラーをR・T様から頂いていましたのでご紹介。上は局番不詳ですが'74年式ふそうMR410で呉羽車体。下はA-B468、'74?年式RE100で帝國車体でしょうか。低床車ですね。神戸では前年試験的に低床車が数台が入り、この年式で少しずつ導入されています。この2枚は品川ナンバーですが日野は転属による再登録かも?
イメージ 7
イメージ 8
再び巣鴨車庫。上のBU04と同じ時ですが、そういえば黄色の都営バスも少ないなぁと思い取り敢えず押さえた一枚。この色、あまり人気無かったそうですね。'80年式のP-H298、K-CLM470です。下は「こんなんもおるんや…」と何気なく撮っていたスクールのBU04、P-B908、'74年式です。当時個人的には「う〜ん、やっぱり富士重はなぁ」と思いながら、しかし希少性で撮影したと思います。

 さて、時は移って2016年2月、ありがたい?コトに東京出張がありまして、「自由時間」でのバス狙いは個人的に都営の復刻カラーでした。その中でも憧れの美濃部カラーです。東京のお友達に「都営サイトで運用が確認出来るので参照すれば良いですよ〜」と教えて頂き、スマホ片手に渋谷駅へ向かいました。折しも、狙いのバスは出発して行ったところでした。さすがに地元民では無いので、そのバスの行程やら所要時間やら全く検討が付かず、ターミナルでバスを整理していた職員の方に戻ってくる大体の時間を教えて頂き、近くの交差点で暫し待つことにしました。交差点で待つのは同時にタクシーやらパトカーのチェックも出来るから…であります。(笑)
30分ほど経って、向こうからアイボリーの車体が見えてきました。よしよし、取り敢えず撮影、直ぐさまターミナルでもう数カット撮りました。いやぁ、エルガにもよく似合いますね!
イメージ 9
イメージ 10
 全然違和感がありません。プラモで塗りたくなってしまう悪い病気が出そうです。
この復刻エルガを撮影して暫くすると…。
イメージ 11
なんともう一つの復刻カラーであるナックルが登場!ラッキーでした。上は少し間があるも復刻同士が並んだ様子です。
イメージ 12
これも撮影条件環境が少々悪いながらも取り敢えず撮ることが出来ました。旅行中(いや、出張中だった)なので、ジックリロケーションが選べないのが辛いところですが、撮れただけラッキーと思うようにしました。下は同じく'87年撮影のナックルカラーのBU04です。
イメージ 13
 
 復刻の最後は茗荷谷駅で歩いているときに「反対車線にやってきた都営復刻カラー」神戸でこの状態だと撮りませんが、遠方遠征中に付き、取り敢えずパチリ!
イメージ 14
 これもいつかは取り直ししたいですね。(^^)

 最後はミニカーの都営バスを…。
イメージ 15
イメージ 16
イメージ 17
イメージ 18
上が今回入手出来たダイカスケール。これのバリエーション詳細はまた次の機会にするとしまして、冒頭でも書きましたとおり、やっと入手出来たモノです。現行はブリスタパッケージ仕様となり価格も当時の500円/台から700円以上になっていますが、未だに現役のミニカーですね。この美濃部カラーも最近ミニカーショップの特注で復刻版が出たとか。
下のトミカはお馴染みの方も多いでしょう。箱絵が立派でよく騙された…経験もありますがバスは呉羽の特徴がよく出ていますね。本体の方は美濃部カラーモドキですが、後年ブルーがオレンジになったバージョンや全国バス会社カラーになった特注モノもありましたね。’90年代初頭までこのオリジナルのトミカ79番は比較的入手可能でした。私の所持しているモノは箱は傷んでいますが、大切に保管しています。

※旧ブログの都営美濃部カラーネタを合体させて、一部加筆修正して再掲しました。

この記事に

開くトラックバック(0)

久し振りに電車の話題。
私は一時期、通学で京阪神緩行線を利用していた頃がありました。また明石市寄りの神戸市西部地区に住んでいましたので、幼少の頃は三ノ宮や親戚宅のある六甲道への行き帰りは必然的に国鉄となり、この時の影響から「普通電車」というモノに大変興味を持っていました。余談ながら辛うじて茶色の73系もしっかり乗車した記憶は残っています。

イメージ 1
ゆえに普通電車で使用していた103系も撮影対象で、当時はなんでもかんでも撮影していました。また幼少の頃からバス・電車の行先方向幕にも興味を持っており、特に103系なんぞは非冷房時代「普通」表示のみだったのが冷房車になってから以降ちゃんと行先を表示するようになり色々楽しめました。
そんな中、極たまにイレギュラー表示があり、幕ファンとしては格好の撮影対象でした。今回の画像は少し照明で文字が飛んでいますが「大阪環状線」表示の普通電車です。勿論転属車両ではなく、'84年12月に撮影した京阪神緩行線運用中のものでクハ103-201号です。ある日の学校帰り、帰宅時にやってきた車がこの表示を出していたので「これは!」とばかりに新長田での降車時に前まで走り撮影したものです。表示器故障の様子も無く、確か7両とも環状線を出して運行していました。今では考えにくい事象ですが…。(あっフラッシュ焚いちゃってますね…。この頃はまだそう言ったことも知らない学生で…今となっては、ですがゴメンナサイです。)

さて時は移って、その京阪神緩行線で103系の後継となった201系も後年新型車両に追われて、他線区に順次転属が始まったのですが、大阪環状線に移った初期の頃は一部車両はスカイブルーのままで運用に就いていました。
イメージ 2
こちらは2006年の撮影ですが大雨の中、大阪環状線弁天町にてです。いずれオレンジに変わるのは分かっているので、早い目に…と思って撮影したものですがこれを撮れただけで安心して、以後はスカイブルーの環状線は撮っていない気がします。(ネガ全部見切れていないので、我ながら分からないのもありますが…)
因みにこの編成、雨でよく分かりませんが4+4だったんです。(笑)
JR西日本ではまだ少しの間活躍する姿が見られそうですが、しかしながら…続々後継形式が出ていますので、趣味活動は今のうちでしょうね。
じつは私、国鉄時代の姿が大好きなオッチャンなので、戸袋埋め辺りまでが変化の許容範囲で、この体質改善車は正直あまり写欲が湧かず、改造後の車両は殆ど撮影していません。(お好きな方ゴメンナサイ)
とは言え、さすがに終焉が見えて来たこともあって、神戸からでは少しばかり遠征しないと撮れなくなってはいますが、久し振りに103・201でも撮りにいこうかなぁ…と考えているところです。

※旧ブログに201系の項を加筆して再掲しました。

この記事に

開くトラックバック(0)

[ すべて表示 ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事