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太平洋戦争が終わった後、1945年8月18日 北千島 占守島で何が起きていたか。
1945年8月20日 樺太、真岡で何が有ったか知ってますか。
父は17歳の夏、樺太 真岡で終戦をむかえた。
しかし終戦の喜びもつかの間、武装放棄も終了した8月20日早朝、
突然の艦砲射撃に始まったソビエト軍の奇襲上陸により、
平和な真岡の民間人を巻き込んだ地上戦が始まったのです。
父は癌を患い、一昨年故人となりました。
また一人生き証人がこの世を去りました。
毎年、夏が来ると太平洋戦争にまつわる話題がマスコミ各所で取り上げられるが、
数年前に父から話されるまでまったく知らないで来てしまいました。
何故か政治家もマスコミも触れない。
学校ではソビエトが8月9日、一方的に不可侵条約を破棄しソ満国境に侵入したと教えているが、
樺太に進入したことや北千島で戦闘が有った事は教えていない。
2度の原子爆弾を受け、太平洋では組織的な戦闘力を失い、満州では軍の上層部から先に逃げてしまうような状態の日本に対して、ロシア(旧ソビエト連邦)の火事場泥棒的な戦闘行為。
ソビエトによる太平洋戦争終了後の、日本に対する侵略戦争。
是非知っていただきたい。
耐えがたきを耐え、偲びがたきを偲び、やっと訪れた平和。
生きていることを喜び合ったその時、新たな戦争に巻き込み、
生きて帰れるはずの人々を死に追いやり、
満州、樺太からの引き上げ船をソ軍潜水艦が次々に撃沈。
内地を目前にした夢を無残にも打ち砕いたソ軍の非道。
全て8月15日より後のこと。
ソビエト連邦(現在はロシア)私は決して許さない。
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そうだったんですか。知りませんでした。今日からは8/15終戦記念日と同様に、8/18北千島・占守島、8/20樺太・真岡へのロシヤ不宣言侵略戦争の歴史を頭に刻みます。お父様のご冥福をお祈りいたします。
2005/7/24(日) 午前 4:53 [ 日月★ ]
訪問ありがとうございます。 父から聞いた話を少しづつ綴っていこうとおもいます。 またお立ち寄りください。
2005/7/25(月) 午前 0:35