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今回、宿泊したのはワシントン・プラザ・ホテルでした☆ ワシントンDCの中心部のホワイトハウスから1キロくらいの場所にあります。 ベッドが高くて、よいしょ!としないと昇れないのが難点でしたが、 お風呂などもまぁまぁ清潔で、使いやすく、きれいでした。 客室から外を眺めるとこんな感じ♪ このホテルは日本人のマネージャーさんがいるので、安心だし ウェイターさんにも日本留学経験者が多く、楽しかったです。 フロントで一番近いスーパーを教えてもらい、お出かけです! 夜になって分かったのですが、この↑の教会の地下はホームレスの収容所になっています。 ワシントンの中心部と、スラムっぽい場所のちょうど中間にあるホテルでした なので、ホームレスのオジサンに驚かされたりしましたが、 おそらく私のことは、10代の子どもだと思ったのか、 気をつけて帰るんだぞ!と言ってくれたりしました(笑) この教会のそばにも桜が多く、きれいだったんですけどね。 さて、ホールフーズマーケットは日本の紀伊国屋っていう感じ? 買い物客は白人、店員さんはマイノリティー、という感じがはっきりしてました。 自然食がメインのスーパーだそうで、生鮮食品が充実でした。 スープやお惣菜の量り売りも楽しそうだったなぁ〜〜〜。 今回は約20名の大所帯を束ねるため、 個人行動はなるべく少なく、食事もレストランで一括と決めてあったため アレコレ買えなくて残念でした・・・。 日本では未発売のスタバのフラペチーノ飲料♪ うぅーーん、甘い!さすがアメリカの味です。 私の香水と同じお茶が使われてるピーチホワイトティー♪ 香水がお茶の葉であるとは知っていても、実際に飲んだことがなかったので挑戦♪ サラサラして飲みやすかったけど、やっぱり香水と一緒というのはビミョウ(笑) このスーパーは期間中、2度ほどお買い物に行ったのですが、
ここでも現地の人から「日本から来たの?留学してるの?」と話しかけてもらったり 「桜をありがとう!」と声をかけてもらったり・・・。 私が「カクカクシカジカの桜の仕事で来ました」と言うと みんなすごく喜んでくれて、「君と話せてうれしいよ!」と握手♪ ココで恋が生まれなかったのは、ひとえに私の語学力の乏しさでしょうか。。。 でもでも、立ち話に花が咲いて、とっても楽しかったです☆ |
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2009年04月17日
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今回のお仕事の一大目的は「ポトマックの桜と出会うこと」でした。 おそらく、有名な話なので、ここで改めてお話することもないかとも思うのですが・・・。 尾崎行雄は東京市長時代、日露戦争の際にアメリカ合衆国が 日本に対して好意的だったことに非常に感謝していた。 明治42年(1909年)、アメリカ合衆国大統領タフト氏夫人が、 日本の桜をアメリカ合衆国の首都ワシントンのポトマック河畔に植えたい という希望のあることを知り、尾崎は2000本の苗木をワシントンに贈った。 しかし、アメリカ合衆国に到着した苗木は その後の検査で害虫が発見され、すべて焼かれてしまった。 残念に思った尾崎は健全な苗木を育成して送ろうと、 農商務省興津園芸試験場の古在由直に委託した。 古在は熊谷八十三技師に命じて苗木を育てさせ、 今度は3000本の苗木をアメリカ合衆国に送った。 苗木は無事成長し、現在も見事な美しさでポトマック河畔の春を彩っている。 (以上、憲政記念館資料より) ちなみに、アメリカ合衆国は、日本に対し、返礼としてハナミズキを40本贈りました。 しかし、日比谷公園に植えられていた30数本は、第2次世界大戦に伐採されてしまいました。 アメリカ合衆国では、真珠湾攻撃の際に、 数本切られたことがありましたが、その犯人は逮捕されています。 さらに、ワシントンを美しく彩る桜を残そうと、 政府の伐採計画に反対した婦人会の女性たちが 樹に自分たちの体をくくりつけて守ったということもあったそうです。 日本では、ハナミズキの原木は3本しか現存していません。 また、その存在も知られることが少ないと思います。 私は、実際にアメリカで桜のすばらしさを目の当たりにして、伝えることの重要性を感じました。 ソメイヨシノという品種の寿命は80年。 今、それを越えて生き続ける大木に、「伝えること」を託されたような気持ちになりました。 向こうに見える白いドームはジェファーソン記念館です♪ 中にはリンカーンと同じ大きさのジェファーソン像があるそうです! では、ワシントンのお花見をお楽しみください♪ |
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