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近隣でも老人施設でも、
経済的に豊かになり各々幸福感に慕っている、
一方では心が満たされない人がいて、自分を認めて欲しい、
聴いて欲しい、そこで日常の生活面を見てみよう、
暮らしの中で自由について、基本的には人間は好きな物を食べたい、
好きな洋服を着たい、旅に行きたい、その行動は人間の本能、
それによって豊かさ楽しさを味わい、人生を謳歌している、
しかし年齢を重ねていくと、当然体の全てに老化してくる、
この世で劣化しない物は無い、若い時に出来た事ができなくなる、
それを補う為に杖を始めに、車椅子、
バリアフリーで人の手を借りないで、若い時と近い生活を、
歩道に階段があれば苦労するが、階段には手すり、浴室にも、
生活の危険を取り除き、快適で安全な暮らしが保たれている、
人間はそれだけでは満足はしない、肝心な心の問題である、
各々の価値観の違いである、生活環境も違うし、
ある例、一人暮らしの女性、
隣に息子の家族が老夫婦の家に遊びにきていて、
それを見ていて、私の娘は家に来て私の好きな、
料理を作って食べさせてもらったの、良かったですね〜、
娘さんは遠方に嫁いでいて不可能、無い物ねだりなのか、
心が貧困すぎる、人と比較をする、現実は女性に多くみられる
これらの事を感じるのは、私だけでしょうか、
心根を豊かに悔いのない人生を送りたいものです。
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コメント(8)
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以前の家族は特に母親は、中々自分の時間は取れずに、
結婚をしなければいけないからした、
子供を作らなければいけないから作った、
そこには選択の余地はなかった、結婚をしなければ、
周囲の人々から、なぜ、どうして子供を作らないの、
その時代の流れの背景だった、親を困らせたくはないし、
家族の為と頑張ってきた、
しかし現代は自由に子育てをしたい移行が強くなり、
結婚をしないで社会人として、生きて行きたい、
そんな若者が多くなり、しかし一生一人で生活は、
あれこれ悩みが現代の誌くずなのか、
その代わりに結婚をしないのか、子供を作らないのか、
そんな声は聞こえては来ない、
それは相手が傷つくからとも言われている、
それは現代は自由選択化されていて、男性も今やりたい事もあるし、
縛られるのは好きではない、
女性も適齢期は無く、社会人としても独立していて、
一人の人を選び選ばれても、現在やって居る事もあるし、
自由にできた事の他に、上乗せで何をしてくれるのか、
期待が持てないから、一本のレールるよりも、
二本のレールの方が倒れないし、
一生結婚をしないで、結婚と友人の間位で歩んで行きたい、
それがベストだと息統合した人も、
昔から人の通る道は一度はおこなえ、ではないのか。
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先日スーパーに買い物を頼まれ、
その際冷凍ケース前で従業員とお年寄りがもめていて、
原因は魚のパックを肉のパックを冷凍ケースに、放り投げ、
本人は元に戻しただけと言い張る、それも大きな声で叫ぶがごとく、
暴走老人といわれる人か、全員とは言わないが、以前は仕事を持ち、
毎日会社に出勤、けれども実際退職をして、
毎日が話をする人も限られ、自由にはなったが、
今までのスケジュールは自分で建てないと、毎日が日曜日、
それは解放というより喪失感だと、当人は感じているだろう、
タバコの自動販売機の前で、70代の男性が60代の男性に、
タバコを買うのが遅い、と文句を言ってケンカが始まり、
殺人事件になってしまった例、
コンビニで3時間立ち読みし、マネージャに注意を受け、
乗って来た車から、チェーンソーのエンジンをかけ、
店内でばらばらにしてやる、たびたび注意され、その腹いせか、
まだまだ沢山いざこざや事件が、もちろん女性の暴走老人もいるが、
これからの時代はその他の人の行動は目に入らない、
そんな時代になると、自分だけよければ良い、
そうも捉えていいのか、もっと周囲を見て困っている人がいれば、
手を貸す、腹いせに人を傷つけたり、
自分の未熟な人間性をとがめられ、暴走をするなど、
人でなければ絶対癒されない事を、本人は知るべくではないか。
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実は89歳になる姉が散歩中、車道から歩道に渡る際、
足が上がらずつまずき横転、顔で受けて唇は切れたが、
膝はすりむき程度で、その場の近くにいた女子高校生が、
駆け寄って手を貸してくれて、姉は自分の娘のように、
その嬉しさのあまりに抱きついてしまい、
顔のはれた姿を思い出すたびに、女子高校生の優しさ、
立ち去るまで大丈夫ですか、大丈夫〜、声をかけてくれていた、
その後杖を買い求めたが、未だに杖を使用していないと(笑)、
ある話題から、39歳の女性、主人を亡くしたショックで、
心臓神経症とうつ病に成ってしまった、
ある日、病院へ行く途中に目まいがして、水たまりで転んで、
スカートを泥だらけに、これでは病院には行けない、
その姿にくすくすと笑う声も、突然、番長風の女子高校生が、
おばさん、これはきなよ、と居って、
私をガレージの陰へ連れていってくれ、
紺色のひだスカートをスルリと脱いで、私にはかせてくれた、
うち、このスカートきらいやねん、おばさん、返してくれなくても、
いらんよ、と言って、ズタ袋みたいな物の中から、短パンを出し、
靴のかかとを踏んで立ち去ってしまった、
私は、ただうれしくて涙がこぼれ、ボーッとしてしまい、
名前、お礼を言い忘れてしまった、
荒っぽい口調でも人は見かけによらない、
確かに見かけが9割と言われますが、姿かたちよりも、
人は皆本心は優しさを備えている、私はそう信じる。
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昭和以前までは頭が悪いから、建設業、運転手、お手伝い、店員、
バスガイドなど、大学卒業者は大手企業に就職、
そんな時代でもあった、現在は逆転している、学歴の落とし穴、
学歴的能力は極めて優秀、その優秀さに過大な自信を持ち、
学歴的能力に安住し、実社会で求められる職業能力を意識的に、
身に付けていこうという努力をしない、
その要因は高学歴の意識があり、その為成長が止まってしまう、
学歴を持たない人でも落とし穴に陥る、
自分が職場で評価されないのは、学歴がないからだと考え、
なんの手だてもしない人が多い、情報社会に生きている現在、
将来に向けて明るい希望を持ち、学歴が無い分を補う、
専門知識の勉強し国家資格を取得するとか、
転職を考えている人はその分野の、各々資格を取るとか、
今や大企業も大学、大学院を卒業したから、
大手を広げて向かい入れてはくれない、
なぜか理論的思考力や知識の修得者は、実践的ではなく、
直観的判断力、創造性、感覚や社会情勢の把握という
分野が求められていて、
教育分野も教科書を完読は意味をなさない時代、
グループでテーマに沿って創造性、判断力を養う教育学習に、
時代の波に乗る為には、その時代が求めているものを、
掴む事ではないのか。
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