|
幸せですかの幸福度の定義、当然個人差はある、
貧困でも幸せな人は多い、なぜ幸せなのか、
収入が高いのになぜ幸せに成れないのか、
主観的幸福度を感じる要因は、お金、収入、住居、食事、衣服、
お金をかけて贅沢ができる、
なぜ収入や財産が有れば幸せとは成らないのか、
その要因は、お金によって満たされるのは、生活満足度だけ、
幸福度ではないからだ、
前野隆大学教授は、生活満足度は持続時間の短い感情的満足度、
家や車、外食などの消費で得る事はできない、
それも次第に飽きてしまう、一方幸福とは生活満足度でけではなく、
長期かつ安定的に心を満たしてくれるもの、友人とのつながり、
築き上げた家族、今まで歩んできた人生の歴史に抱く充実感、
これら全てお金では買えない物であること、
確かに幸福度は決して他人と比べれものではなく、
どんな豪華な家や財産を所有していても、
それを超える豪華な物が目に付くと、満足度は下がる、
ならば幸福度とは、健康、自主性、良質な環境、自由、
心根の豊かさ、いたわり、他人との相対比較とは関係なく、
幸せとはそれらの意識を持っている事ではないか。
|
全体表示
-
詳細
コメント(6)
|
私の子供は嫁いでいますが、孫は女の子二人、近所ではなかったが、
週に一度は我が家にくる、我が子を育てている時には、
妻が三人の面倒を看てくれた、その為孫が実際の子育てであった、
小さな庭にキュウリやトマトを栽培、
孫二人は手しをにかけた野菜畑、枝葉折るし遊び場に、
泥んこになるとケータイのプールで水遊び、遊園地では観覧車に、
メリーゴーランドでは動き回り、危うく落ちそうになったりと、
両親は共働きで夕方に私が家まで送る、今や二人共大学生に、
一年に正月ぐらい我が家に来るぐらいに、
埼玉県に住む74歳の主婦、
孫も大きくなると学校行事や塾で忙しく、だんだんこなくなって、
あわせてこちらも高齢になり、思うように接待ができなくなり、
下の子は小学3年の女の子、おやつを食べたり、
前日が誕生日だったので、おじいちゃんとケーキを買いに、
上の中学2年の男の子は、静かにゲームしたり、横になったり、
夕食も言葉少なく、帰る時、下の子が寂しそうに、またおいで〜、
私が言ったら、中2の兄が、至福の時は終わったと、
ポツリと言った、ああ〜この子も楽しかったのだ、うれしくなり、
温かい気持ちになった、私にとっても、至福の一日であった、
時が経つのは早く、こんなふれあいを宝物のように、
暮らしていきたいものです。
|
|
健康で長生きは人類の願い、
家族の中で独りでも病に苦しんでいる事は、
全員の悲しみでもあるし、体が弱い事や持病がある事を、
心の負担と感じて居る人が実に多い、
日常生活では、さまざまな制約がある事も現実、
たとえば皆で集まって楽しい食事、自分独りがその輪に入れない、
体を鍛える為の運動でも、皆で楽しい旅行でも、
人に付いてゆけない、仕事も自信を持って出来ない、
定期的に診察治療も受けなくてはならない、
通常の神経ではいられない、体だけではなく心までも、
病におかされる、私は医師ではありませんが、
周囲には苦しんでいる人が多く、人生に否定的な考えを持っていて、
何かにつけて嫉妬や人と比べたり、
健常者と思って居た人が実は病に苦しんでいて、
しかし実は一病息災の言葉を思い出して、
病がある人は食事や運動に気を使い、
健常者は日頃の注意が散漫になっていて、
椅子や座る事を7時間で、人間の寿命が22分間短縮する、
食事の内容や運動も怠り、散漫になっているのが習慣に、
その意味からして、心構えは持病のある人の方が有利と言えよう、
健常者も病を抱えている人も、自分が生きている事に感謝をして、
自信過剰にならない、暮らしをしたいものです。
|
|
人生にはいいときも最悪のときもある、
良い時には何をやっても幸せ感を味わう事が、
しかし良いときには有頂天になるのも人間、
その後幸せ感を味わった分以上に、
どうにもならない最悪なときが訪れる、
何をやっても上手くいかない、職場の人間関係も上手くいかない、
おまけに私生活ではトラブルばかり、もう何もかもダメだ、
人生真っ暗闇、誰でも実感はあるはず、
良い時には幸せ感をじっくり味あう、
これぞ生きている実感でもあるが、
それと幸せ感の調味料が最悪の出来事でもある、悲観的になったり、
取り乱したりと、それが調味料ならば、どん底ならば、
それ以上落ちていくことはないと言う事、上昇のみである、
喜んで受け入れよう、決して現実から目をそらすのではなく、
現状を受け入れる、じっくり時間と戦い頑張ってみる、開き直って、
死にもの狂いでやってみる、
その頑張りが運勢を招き入れ上昇に転じるはず、
実例。。若い時に事業をして、有頂天になり、
家が数件買える負債を負い、その後の仕事で返済にこぎつけた、
私の誇れる実体験でもあるり、幸せの調味料が最悪の出来事で、
決して悲観的にはならずに、先には必ず昆明が見えるはずだから。
|
|
以前は大家族で同じ屋根の下で、
三世帯が暮らしていたのは当たり前であった、
病気に成れば大家族の知恵が終結して、未然に防げた、
しかし現在は核家族で、みな外で世帯を持ち、
新しい家族を作っている、当然すべてが初めての出来事の出発、
それは夫婦で協力して築きあげる幸せもあるからだ、
親の方は当然暮らす家族はいなくなり、独り暮らしの予測は付く、
子供は行き来はするものの、不安やさみしさはつきまとう、
一人で生きてゆく覚悟を持たなければならない、
それを解消する為にパートナーを、誰でもいいわけでは無いが、
見つかる可能性もあるが、まず今までの全ての習慣は送れない、
一人の不安の裏には自由があり、
不安やさみしさなど含めて自由が手に入る、
時間や行きたい処、お金を含めて一人で決められる、
一人だからこそ孤独の反面、自由や何でもできる気楽さなど、
いい面もたくさんある、家族で暮らす煩わしさは無く、
得たい幸せとも言えよう、
これからの暮らしにはそんな変化は避けられない現実、
独り身のいい面に目を向け、人生をせいいっぱい味わい、
不安やさみしさは良い意味の、人生の調味料として、
心穏やかに保って人生を謳歌する事に。
|



