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人生の中で物事は良い面と悪い面が存在する、
心身ともに乱れるような出来事でも、
その裏には必ず素敵な良い面がある、その良い面に意識を向ければ、
心の乱れも立て直せる、私が実際体験に基づく、
特に不幸や激怒の悲しみに会うと、全てを投げ出して、
無に成れればこんな苦しむことは無いのに、
そう思う人は少なからず多いはず、
その後の出来事も心身の乱れにより増幅する、
日常の生活も悪い面ばかり、意識に捕らわれてします、
そこを脱皮するには、今の環境を変える必要がある、
気分を一新する、日常のささいな出来事にも、
良い面と悪い面は存在する、たまたま今は悪い面だけのこと、
そうのように強い意識を持って、心穏やかに笑って生きて行く、
良い面のコツを説いでゆく事により、大きな苦しい出来事や、
悲しい出来事に直面した時にも、
そら来たか〜、これからはそんな事で負けないぞ、
その息で笑顔を持って、心身共に強く生まれ変われる。
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日記
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コメント(8)
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人の思いや価値観は様々、自分の思いを通す為に、
本音と建て前を使い分け、優位に立とうと、
特に仕事や人間関係に多く使いますが、
常に自分にブレナイ本音を持っていないと、
事流主義だと自分を失い、人間関係に視聴をきたす、
ならば本音だけの人生を送りたいが、
希望どうりには世の中は中々いかない、
人間は絶対独りでは生きられないからだ、
人に寄り添い、人の命にどれだけ自分が多く添えるか、
添ってみると言う事は、絶対に人間には必要だからだ、
家族はもとより、人の人生に、人の命にどれだけ自分が添えるか、
そんな人生を送る事ができるか、添う心を持ち合わせているか、
持っていないかでは多くの寂しさを実感を持つことに、
豊富な体験の中では価値観の積み重ねで、
人の痛み悲しみを自分の如く理解ができ、
離れていても思いを添える事ができ、豊かな人生を送る基礎になり、
個々で生きるのとは違い、人に生かされている事を知ることが、
人生の幸せ感を満ちる生き方を実感する事でしょう。
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競争社会の中でやりがちな間違い、
仕事でも実社会や暮らしの中でも、平穏でいい思いで暮らしたい、
それは誰でもの願い、その為に心無い者が、平気で嘘をついたり、
他人をおとしいれ傷を負わせたり、身勝手な欲望に心をとらわれ、
それが最終結果として、自分が苦しむことに気が付いていない、
自分の欲の為に人を平気で傷つけたり、
欲を出してはだめだと言うわけではない、
相手に精神的な犠牲の上に成り立っても、
失望から人と会うのを避けて、
ひきこもりになって苦しんでいる人も、
希望や夢は生きて行く為には必要、
しかしその為に人が被害を受けて、勝ち組に名乗りを上げても、
足が地に付いていない為に、名誉や利益を得ても、
他人をおとしいれたり、だましたり、汚い手を使い、
その後も敵を増やし、苦境に立たされ、孤立無援で苦しむことに、
仮に達成しても人生は五分五分、達成された黄金も、
人は離れ体を怖し家庭までも、崩壊した例はただある、
競争社会に生きている我々、特に上に立つ者は、
下で支えるのが上に立つ者の役目、家庭でも同じで、
名誉や利益を得る事は必要不可欠、
誠実に物事に対処して、人と共に平穏無事に生きてこそ、
競争社会に生きる者としの願いでもある。
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人からうわさ話をされていますか、
良くても悪くてもうわさ話をされるぐらいに、良くても悪くても、
うわさ話にのぼる事は、うわさ話をする人の主観で、
本人とは無関係の場合がほとんど、良い事では玉の輿結婚をした、
親の援助で仕事に成功した、才能を認められ脚光を浴びている、
時の人はうわさ話の的になりやすいもの、
悪いのは、
あそこの娘さんいい年をして、もらい手がいないのかね〜、
隣の息子はまだ親のすねをかじっていて、どこか体がわるいのかね、
人はとかくうわさ話が好き、賞賛でも中傷でも、
うわさを立てられることは、自分が人より注目されているだけの事、
一方、足を引っ張るような悪いうわさも、
陰では数多くささやかれる、
お金があるのに安スーパーによく買い物にいくな〜、
仕事が出来るのに人間的には最低だ、
急に羽振りが良くなり、ずるいことしてお金を手にしているのでは、
嫉妬からくる心無い陰口、耳に入れば心穏やかではいられない、
評価が気になるとう人間心理もある、心を乱さないように、
自分らしさを失わないように、人の心理に乗らないこと、
うわさを立てられるのは活躍している証し、
人より個性が際立っている証し、自分の夢や希望を実現することに、
人生において有益に暮らしましょう。
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ひさしぶりに恋人と会う、肉親と会える、
ときめくは時の勢い得て栄えること、
大きな愛を身に受けて輝く事を指す、
人は喜びなくして生きる事はできない、
時には喜びは私たちを過去に引き戻そうとするが、
悲しみは容易に過ぎゆかずに、喜びと同様に、
私たちを過去に縛りつける事がある、
分かりやすいのは、習慣化した暮らしの中で、
ときめきの瞬間はあるが、その時の心情と一致しない為、
見過ごしている事がただある、喜ぶ心の動揺からときめく事が多い、
偲ぶ、喜楽、歓喜、悦楽、慶喜という感情も、
もちろん自分の中に存在する、言葉や状況によっても突然、
歓喜と共に湧き出ることも、
現状が不安や悩みなどがあると考えられないと、思いがちだが、
心の変化を利用して、気持ちを変える事は可能、
それは人から受けての感情の変化だけではなく、
感情の変化と言える、最近ときめいた事は、妻に聞いた、
それよりこの先の暮らしがどうなるのか、不安や悩みがあり、
ときめく事はあると思うが、あれこれ考えると、
気持ちがそこまでいかない、実は無邪気だった子供の頃には、
ときめく感情は無いが、喜ぶことは日常茶飯事ではなかったか、
子供の頃を思い出して、喜ぶ大いにときめいた暮らしを送ろう。
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