羽生結弦選手、金メダルおめでとうございます。

アメリカに来てからなんとかして羽生結弦選手を見る機会がないかと思って、大会などを調べていました。
そして、もうずいぶん前になりますが、選手権を見に行ってきました。

写真はその時の写真です。
イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

選手権では彼の素顔が垣間見れてとても良かったです。

今回のオリンピック、iPad で日本のテレビを、普通のテレビでアメリカのテレビを観ながら応援しました。
羽生選手のけががとても心配でしたので、ショートを完璧に滑り切った時には、心から感動しました。

そして決勝でも素晴らしい滑りを見せて・・

本当におめでとうございます。

思えば彼は私の子供と同い年。

いやー、今の若者たち、本当にすごいわ。

選手権での彼は、競技以外は普通の青年でした。
上手くいかなければ悔しがったり、音楽に合わせて体を動かしたり、競技を共にする選手たちと談笑したり・・。

だけど、競技が始まるとバチっ とスイッチが入って、ブァー とオーラに包まれる感じでした。

そして何より、「自分の敵は自分」 だという認識。

こんなに若いのに、それ言う?それ、言えちゃう?

自分の敵を自分にしたら、逃げられないじゃん・・。

誰かのせいにしたり、ルールのせいにしたり、環境のせいにしたり・・・、
そうやって人は色々誤魔化したり諦めたり、みじめになることを回避して生きている人が多いと思うのに・・

全て背負ったら、どこにも逃げ場はないよね・・

こんなに若いのに、それに立ち向かっているなんて、すごいわ。 すごすぎる

そして、逃げ場がなくなった後は、ただただ上へ上へと伸びることができるのかもしれないな、と思いました。

私は未だこの歳にして、
美味しそうなお菓子のせいにしてダイエットから逃げ、
年からくる耳や目の衰えのせいにして英語から逃げ、
寒いミシガンの天気のせいにして明るい活発な自分になることを諦め・・・

同じ時間が流れているとは思えないわ・・

ともかく・・、羽生結弦選手、金メダルおめでとうございます。

世界から賞賛の声が届いているとききました。

これからも応援しています。
感動をありがとうございました

この記事に

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

誇り高き難民の人

もうずいぶん前のことのなりますが、難民としてアメリカに避難している人たちが宿泊している施設に、食料を届けるというボランティアをしたことがあります。

そこに食料を届けて一緒にご飯を食べて話し相手になる、というものでした。

私は勝手に、やせ細ってボロボロの服を着た人たちを想像していました。

目には光がなく、目やにとかついていて、涙の跡があるとか、そんな想像をしていました。

きっと私たちが届けた食料にただただ感激してくれて、自分たちがいかに不幸なのか、自分たちの国がいかに理不尽なのか、たくさんの愚痴をダラダラ言うのかと思っていました。

でも、全然違いました。

彼らは高いものではないようですが、多分支給された服? をおしゃれに着こなしていました。

子供たちはキラキラした目で明るく笑い、パパやママの腕に絡みついていました。

大人たちは静かに、柔らかい物腰で挨拶をし、流ちょうな英語を話していました。

食事の時に私の隣になった若い女性は、最初は照れていましたが、だんだん打ち解けてきました。

自国に子供を残してきているとのことでした。

その子や家族を呼べるよう、彼女がまずアメリカで生活の基盤を作るため頑張っているとのことでした。

彼女の自国での職業は、ITを駆使した仕事で、最先端のおしゃれな仕事だったそうです。

大学も卒業していて、今後も学び続けていきたいと言っていました。

彼女は明るい笑顔で、アメリカでこれからどうやって暮らしていきたいかを私に語りました。

彼女の夢はキラキラしていて、展望に満ちているように思いました。

彼女が私に訊きました。

「あなたの仕事はなんですか? その仕事に誇りを持っていますか?」

と。

え〜〜

パートタイムの事務職でしたけど・・・

とは言えませんでした

誇りもなにも、ある正社員の理不尽さに怒ってました・・

とも言えませんでした。

上司にも正社員と対等に扱われず、不満を持っていました・・・

とも言えませんでした・・

で、まあ英語で私の職業の名前をそれ風に言って、誇りをもって働いていた

と小さな 嘘 をつきました

彼らは難民ではあるけれど、誇り高き人たちでした。

たまたま、政治が不安定な国に生まれ育っただけのこと。

もし、私が彼女たちと同じ国に生まれていたら、もう生き残っていないかもしれません。

なのに、私の最初の想像といったら・・・

恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいでした。

日本は恵まれているんですね。 日本の永遠の平和を願いました。

ほんとマジで、みんなで真剣に祈ろう

彼女はとてもチャーミングな人でした。

プライバシー保護のため、施設内、難民の方との写真撮影は一切禁止でした。

なので、もうこれから先どこかで彼女に会っても、お互いに気が付かないかもしれません。

でも、彼女に会えてよかったです。

これから先、私が彼女のように誇り高き職業に就けるかどうかは分かりませんが、努力はしてみたいと思いました。

これから先、辛いことがあった時には、彼女との出会いを思い出して、彼女もきっとどこかで頑張っているんだからと、自分を励ましていきたいと思います。

ありがとう。

別れ際、彼女に心からお礼を言いました。

この記事に

開く コメント(2)

開く トラックバック(0)

私がブログを書き始めたきっかけは、アメリカ駐在でした。

アメリカにいても、日本の人と繋がっていたい、と思って始めました。
日本の家族や友人一人一人に、写真を添付してメールやテキストを送るより、ブログにした方が分かりやすいのではないかな?と思ったことがきっかけでした。

最初は本当に知人しか見ていなくて、私も気ままなことを書いていました。
更新するのが楽しかったです。

でも、何年か経った時、ブログを見られたくない人ができてしまったのです。

ブログをもう既に書いている途中で知り合って、このブログが私だと知られたくなかったのに、いつの間にか見つけられてしまった人。

いつもは大歓迎です。みなさま、本当にご訪問、ありがとうございます

私の弱音や本音も、どうぞ見てくれ、読んでくれ・・・、って感じなんですが・・・。

ほんとにたった、ひとり。 
その人のことを思い出すと、ブログを見られたくないな・・、と思ってしまう人ができてしまいました。

なんでしょう・・・。 私の一部の言葉を切り取って、私の意志と反する広げ方をしそうな人・・。
このブログを人間関係の誤解を招くきっかけにしそうな人・・・。

そんな危険を感じた方でした。

それからは、ブログを書くのが憂鬱になりました。
書くこと書くこと、上げ足を取られるのでは?と心配になりました。
私は自由ではなくなりました。

でも、たったひとりのためになんです・・・。

そんなのおかしくないですか? (前回の月9か?)

で、ですね・・・。
伸び伸びと書いていた頃に戻ってみようかと思いました。

実はこの間、日本に帰った時に、友達から言われたんです。

私のブログが大好きで、楽しみにしている・・って。

私は、多くの友人がもうこのブログをもう読んでいないと思っていたのです。
なので、その言葉は嬉しかったです。

どうもありがとう 感謝しています

そして思いました。もうちょっと、自分に自信を持って自由になってみようかと。

だって、気が付けはブログ訪問数が16万回を突破して、コメントも1900近くになっているんですもの。

本当にありがとうございます

心から感謝しています

漫画家の久保ミツロウさんが有名になり始めた頃、SNS上でだんだん悪口を書かれるようになったそうです。

その時、久保さんはそのSNSのチャットに入り込み、率先して一番汚くてきつい自分への悪口を繰り返し書いたそうです。

すると、それまでネチネチSNS上で悪口を言っていた人ですら、引いたそうです。

「こいつほど、ひどい人間にはなりたくない。」

SNS上で悪口を言っている人にそう思わせるほどの内容って?

そして、そのスレッドは消滅したそうです。

あえて自分の悪口を、悪口言っている人の前で書き同調することで、相手に自分たちがどんな醜いことをしているのかを思い知らせたんですね。

自分のことだから、どれが嘘でどれが真実かわかっているから、いくらでも悪く書けるものね。

いやー、かっこいいな。

私はSNS上で誤解を産んだとしても、そこまでできそうにないけど・・・。

でも私も、たったひとりの人に気を使うのはやめて、もっと素直にブログを書いてみようと思ったこの頃でした。

ブログを見られたくないと思っていたあなたも含めて・・・、

もしかしたら、私のブログにイライラしている人もいるかもだけど、その人たちも含めて・・・、 

愛してるよ

あなたがいい人だって、信じてみる

この記事に

開く コメント(5)

開く トラックバック(0)

タメ口のお姉さん

先日、デパートに下着を買いに行きました。

アメリカで下着を買うのはちょっとハードルが高く、必ず日本に帰った時に買うようにしています。

そこは有名下着メーカーの売り場でした。
そこにいたお姉さんにサイズを測ってもらったり、アドバイスを求めたりしました。

お姉さん、絶対私より若いと思うんです。

だけど話しているうちに、どんどんタメ口になるんです。

「これなんか、いいんじゃない?」
「じゃあ、ちょっと違うの着けてみる?」

てな感じで。
それに対して、私はずっと敬語なのに。

以前、公共施設でお年寄りに子供言葉で話しかけている職員さんを見た事があります。

そのお年寄りは、子供言葉で話しかけられるのを望んでいるのかしら?

以前、母が化粧品を買うというので付き合った時、そこの売り場の人が、どんどんタメ口になっていくのを見た事があります。

そして、母のスキンケアにダメ出ししたり、ちょっと脅かしたりするのも聴きました。

人はさ、歳は取るよ。
ペラペラ喋られると聞き逃したり、理解できない事も多くなるよ。

若い頃よりも身の回りに気がいかなくなったりね。

だけど、客に対してタメ口はないんじゃないかな?と、私は感じます。

以前、小学校の課外授業で、若いお兄さんがボランティアで手伝いに来ていました。

お兄さんはちょっとオラオラした喋り方で、もちろん小学生たちにも偉そうにタメ口でした。

すると、賢そうな高学年のひとりの男子がそのお兄さんに近づき言ったのでした。

「僕らも敬語を使いますので、あなたも敬語で話していただけませんか?」

と。

その時、私は
「よく言った!」
と思いました。

お兄さんはたじろぎ、慣れないカタコトの敬語を頑張って話すようになりました。

そうなんです。
相手が小学生だからって、ボランティアとして指導に来ているお兄さんが、偉そうにオラオラ、タメ口をきいてはいけないと思うのです。

敬語があるのが、日本語の良いところだと思います。

ただ、敬語が堅苦しくて苦手という人もいるみたいですが。

でも相手が客ならば、プロである接客業の方には、相手がどう扱われたいのか、空気を読んで欲しい。

私はずっと「ですます」で店員さんに尋ねているわけだから、返答も当然敬語でしょ?

私は年上の人、仕事先でのお客様には敬語を使います。初対面やまだ会って間もない人には、年下でも敬語を使います。

なので、私もそうしてもらいたいと思います。

そして、こんな扱いに会った日は、またまた背筋をシャンと伸ばして思うのでした。

「次はなめられまい!」

よく、ほんわかしてるとか優しそうとか言われるけど、私、そんなでもないんだな。

お姉さん、あなたもプロならば、私が心の中で、

「次はなめられまい!」

と思っていることに、どうか気がついて。

この記事に

開く コメント(6)

開く トラックバック(0)

変なおじさん

夫がパソコンを使っているので、スマホから投稿しています。

さて年末年始、恒例の一時帰国をしておりました。

実家と子供達のアパートに交互に身をおきながら、日本で生活しておりました。

ある日、子供達のアパートのそばの商店街を歩いていると、ちょっとハゲた色白のヒョロっとした神経質そうなおじさんが私を追い抜きざまに、

「ばばあ、こっち向くんじゃねぇぞ。
俺はお前を見てんじゃないからな。
あっちの女を見てんだ。」

と、私に言いました。

「へ?」
私はキョトンとしてしまいました。

なんだろ?この変なおじさん。

そして、ダーっと私を追い抜いたかと思うと急にくるっと身を翻し、こちらに向かって歩いてきます。

なに?なに?なに?

そしてまたすれ違いざまに、

「気持ちわりぃ。」

と捨て台詞を吐いて去っていきました。

おじさん、私の顔を確認したかったのね。

ちょっと、ツンデレ的な? 違うか?

実は随分と若い頃から、変な人に良く好かれました、というか、絡まれました。

なんか、この女ならオトせる、もしくはなんか言っても素直に応じそう、と思わせる何かがあるのかもしれません。

遠い昔、暴走族の方から電話で告白を受けた事がありました。
どうやら、どこかの土手の近くの公衆電話かららしく、ピューピューという風の音と、仲間のバイクの爆音が響いていました。

私は会ったこともないのですが、遠くから見かけたらしいです。
私のバイト仲間から、電話番号を聞き出したそうで。個人情報の流出、ハンパない

若い頃、バイト先で「履歴書」の封筒に入った、鉛筆書きのラブレターをもらった事があります。
その人は私がレジを打っているところにその封筒を差し出して、足早に去っていきました。

でもさ、せっかく告白するなら、便箋と封筒は買おうよ。ペンで書こうよ。
その方も足早に去ったし、私も手紙をすぐに捨ててしまったので、顔も名前もわかりません。

他にも色々あるけど、この辺で。

結婚してからも、変な告白は何度かありました。

あー、私って安っぽいのか?
その度に凹みつつ、シャンと背筋を伸ばして、誓うのでした。

「次はなめられまい!」

商店街の変なおじさんは、私に何を伝えたかったのかしら?

私は風邪気味でしっかりマスクをしていたので顔は見えていないから、ま、大丈夫だろう。

なにしろ、アラフィフだしね
アラフィフだったから、そんな酷い扱い受けたのかしら?悲しい

ただ、その時の私はちょっと精神的にも弱っていて、変なおじさんにそれを見透かされたような気がして、凹みました。

「次はなめられまい!」

久しぶりに背筋を伸ばして誓った出来事でした。

もうおじさんには二度と会いたくないよ。

この記事に

[ すべて表示 ]


.


みんなの更新記事