言の葉つづり・・・・・伝えたい想い

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にゃん子の中身

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にゃん子こと私は・・・?

なぞの人物、その実体は?

自分でも意味不明(爆)!
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本棚

〜本棚〜


     私は子供の頃から本が好きだった。

     しかし、文学少女を気取った私は歳にそぐわない難しい本ばかりを読んでいた。

     結果、その頃に読んだ本はすっかり中身を忘れてしまい、何も残ってはいない。

     そして、何よりも本が好きだと思うようになったのは、

     高校を卒業する頃だったように思う。

     学校の授業の中でも「国語」が何より好きだった。

     先生に恵まれていたせいもあると思う。


     高校を卒業して、初めて「赤毛のアン」を読んだ。

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     すっかり、嵌ってしまった私は、シリーズを全部続けて読んでしまった。

     今でもこの本は大好きで、私の愛読書となっている。

     何事にも凝り性な私は、シリーズ物に嵌ってしまう。




     次に嵌ったのが「鬼平犯科帳」である。

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     当然、池波正太郎先生の作品である。

     これは、テレビの影響が大きい。

     鬼平役の中村吉右衛門さんの大ファンである私としては、

     見逃せない作品であった。

     番組が気に入って、原作も読んでみたくなり、読んだのがきっかけで嵌ってしまった。

     


     

     今、嵌っているのは、京極夏彦さん。

     陰陽師「中善寺秋彦」とうつ病で作家の「関口巽」

     他人の記憶が見える変わり者の探偵「榎津礼次郎」、刑事の「木場修太郎」

     このシリーズが大好きである。

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     当然、他にも妖怪物が何冊もあるので、それも全て読破した。

     一冊のページ数が莫大に多いので必死である(笑)

     読み終わるまで眠れない性質なので、何日かは徹夜になってしまう。

     それでも本の虫は納まらない。



     そして、今でも時々読むのは「ドリトル先生」のシリーズである。

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     これは、今、娘を寝かしつける時の、読み聞かせの本になっている。

     私自身も、子供の頃に、一冊だけ買ってもらって読んだ記憶がある。

     シリーズ物だと知ったのは、久し振りに児童図書コーナーに立ち寄った時だった。

     面白かったので、娘に読んであげようと思ったのかきっかけで、

     私自身がシリーズに嵌ってしまったわけである。

     娘もお気に入りのようで、この本を読んで欲しいと度々せがまれる。

     親子で楽しめる本はいいなと、思っている。



     他にもバラバラと何冊もの本がある。

     私は殆ど古本屋で購入している。

     買った本は手放したくない。

     だから、古本屋には、買い物に行くだけで、売ったことはない。

     本棚はもういっぱいである。

     買いたい、読みたい本はまだまだ沢山ある。

     古本屋に並ぶのを、ひたすら待っているものもある(笑)

     新刊の分厚いハードカバーの本を、一度、読んでみたいものである(爆)

「かなた」

「かなた」



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我が家に、待望の子猫がやって来た。

うちには3匹の黒猫がいる。

「はるか」「さくら」「ひなた」である。

私はどうしてももう一匹欲しくて堪らなかった。

「はるか・かなた」で、「かなた」が欲しかったのである。

娘には、拘りすぎだと笑われ、兄にはこれ以上無理だと言われながらも、

ついに希望を果たしたわけである。

単に、私の我が儘を通しただけなのであるが・・・。


「はるか」は女の子。

「さくら」「ひなた」は男の子なので、どうしてももう一匹、女の子が欲しかった。

待望の「かなた」は新聞の『子猫あげます』欄で見つけた。

すぐさま電話して、翌日には自分の手で抱き上げていた(笑)



「はるか」も子猫の時に貰った。


手のひらに乗る位のかわいらしさだったが、残念なことに私にはその頃の記憶がない。


私は記憶障害を持っている。


私の人生のある時点、時点で、記憶が欠落しているのである。


短いときには何時間かの記憶だが、長いときには2年間の記憶がない。


生きていくのに多少不便ではあるが、仕方ない。


忘れたことは覚えればいい。


それだけのことだ。




で、「かなた」である。

これがまた、可愛い!

兄には「親バカ」といわれつつ、娘には「お母さん、変!」と言われながらも、

私は4ニャンの母になったのだと、大喜びである。

本当に手のひらに乗るくらい小さい。

まだ、3ヶ月なのだ。当たり前なのだが、小さい。

何をしても可愛い。

本当に親バカだと自分でも思う。

娘は最近呆れて相手をしてくれない・・・。

兄は無視を決め込んでいる。

でもいいのだ。

私には「かなた」がいる。

とは言うものの、やはり、他の猫とはご飯も違えば与える時間も違う。

私一人では何ともならないのである。

仕方なく、娘と兄をおだてては、協力して貰っている(笑)


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「お母さん、かなたと私、どっちが大事?」

などと、娘に言わせないように、娘にもしっかり愛情はかけている。

おかげで、娘は最後通牒を突きつけることはないが、ヒヤヒヤである。

「お母さん、かなたが話が出来るなら、きっとお母さんのこと、うっとうしいって言うよ。」

などと、娘には憎まれ口を聞かされている。

そうだなぁ・・・。

と、自分でも思う。

「かなたも直に大きくなるんだからね!」

「大きくなったら、他の子と同じなんだからね!」

「小さいのは今だけだよ!」

「猫っ可愛がりはダメだよ!」

と、どっちが親だか判らないようなことを娘には言われている。

何とでも言ってよ!

そんな気分である。

「かなた」が来て、3週間になる。

私の親バカは、まだまだ当分続きそうである。

娘に三行半を突きつけられないようにしなければ・・・(笑)

祖母

祖母


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     お盆が近づくと、私には思い出すことがある。

     それは大好きだった母方の祖母のことである。


     祖母は100歳で天寿を全うした。


     後年は痴呆症で長く病院生活を余儀なくされたが、


     それでも最期まで懸命に生きた。




     祖母は二十歳で20歳も歳の離れた祖父のもとに後妻として嫁いだ。


     先妻さんには自分と歳の変わらない子供が二人居た。


     どちらも、戦争に行って亡くなっているので、私にとっては写真でしか知らない叔父である。


     祖母は5人の子供をもうけた。


     中でも長女(私の叔母であるが)には、何かと期待をしていたようだ。


     叔母も祖母のことはいつも気にかけていて、盆正月でなくても帰省していた。


     叔母と会うのは私も嬉しかった。


     祖母は年を取って動けなくなったら、叔母に面倒を看て貰うことになっていた。


     しかし、叔母は54歳という若さでこの世を去った。


     胃ガンだった。


     叔母の死を知った祖母は壊れた。


     痴呆が始まり、どんどん悪化の一途をたどった。


     自宅での介護が難しくなり、入院した。


     しかし状態は良くはならなかった。


     アルツハイマーと診断されたが、悪化する以外ないのかと思うくらい、


     あっという間に何もかもが判らなくなっていった。


     しかしそんな中にあって、何故か私のことだけは判別出来ていた。


     お婆ちゃんっ子だったせいか、しつこく見舞いに行ったせいか、


     理由は判らない。


     しかし、誰が来ても


     「羊羹おくれ。。。」


     としか言わなかった祖母が、私が行ったときだけは


     「いとさん、来たんか?」


     と、言ってくれた。


     「いとさん」というのは、祖母が私を呼ぶときにだけ使う言葉で、


     長女のことである。


     次女を意味する「こいさん」の方が有名かもしれない・・・。


     私だと何故判別出来るのかは、未だもって謎だが、


     それだけ可愛がってくれていたということか・・・。




     祖母が亡くなったとき、私は膝の手術を終えて、遠くの病院のベッドにいた。


     車イスがとれて、どうにか松葉杖で歩ける頃で、


     膝には負担をかけないようにと言われていたときであった。


     祖母の死を知らされて、私はひどく狼狽した・・・。


     何とか外泊の許可を貰い、祖母の元へと行ったものの


     使い物にならないくらいに私も壊れていた。


     祖母が叔母の死を知って壊れたように、私もまた壊れたのである。


     通夜も告別式も、私は尋常ではなかったらしい。


     自分自身、ハッキリとした記憶がないのである。


     そのせいか、未だに祖母の死を受け入れていない私が居る。


     遊びに行けば、にこやかに、


     「いとさん、来たんか?」


     と、言って出て来そうな気がする。




     私にとっての祖母の存在は何だったのか?


     意味もなくそんなことを考える。


     祖母は私にとって、生きる希望であったし、祖母のようになりたいといつも思っていた。


     祖母が頑張っているのだから、私も頑張らねばならないとも思っていた。


     私は、そんな祖母とのことを忘れないために、


     祖母のことを私小説にした。


     読み返すのは辛いので、書いたまま推敲も校正もしていない。


     祖母が亡くなってもう何年だろうか?


     そんなことさえ私には思い出さなければならないほど、現実味がないのだ。


     本当に祖母はいなくなってしまったのだろうか・・・?


     信じたくはない。


     が、真実は真実でしかない。




     今年もお盆が近づいてきた。


     祖母の好きだったお菓子を詰めて、叔父の家に送ることだろう。


     我が儘を言っては祖母を困らせてばかりだった出来の悪い「いとさん」の、


     唯一のおばあちゃん孝行である。


     「ばあちゃん、来たで。」


     声に出してそう言える時は、二度と戻って来ない・・・。

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     私は雨が大好きである。


     雨の日ではなくて、雨自体が好きなのである。


     シトシト雨も、ザーザー雨も雨と名がつけば何でも好きなのだ。


     子供の頃からそうであったように思う。


     雨の日に、傘もささずに歩いたりして、よく祖母に叱られた。


     雨に打たれるのが好きなのである。


     雨と一体になると心の穢れを洗い流してくれるような気がする。


     社会の汚れたところや、人間の穢れた部分を、雨がきれいにしてくれているような、


     そんな気分になれるのだ。




     雨は時には人間に被害を齎す。


     しかし、それとても人間が人間であるが為の被害であって、


     はるか昔には被害などではなかったかもしれない。


     雨は繊細で心の隅々まできれいにしてくれているような、そんな気がする。


     今は酸性雨だとかいって、きれいな雨は少ないのかもしれないが、


     私には関係ない。


     雨はあくまで雨なのだ。


     地を潤わせ、生き物を育て、穢れを清めてくれるもの。


     それが雨である。




     長い梅雨に入ると、それこそ毎日が雨である。


     梅雨は好きではない。


     気分が滅入る。


     鬱々とした気分になる。


     だが、毎日降り続ける雨には、やはり好意を持ってしまう。


     矛盾しているなと、自分でも思う。


     だが、雨は私を幸せな気分にしてくれる。


     雨の音を聞きながら寝るのが好き。


     雨に打たれながら歩くのが好き。


     雨を見ながらボーっとするのが好き。


     雨は・・・。


     私にはなくてはならないものである。




     まだ若い頃、娘を車の横に乗せて高知までドライブしたことがある。


     行き当たりばったりの本当に気儘なドライブだった。


     辿り着いたのは、高知の北川村にある


     「モネの庭〜マルモッタン」(http://www.kitagawamura.net/monet/)だった。


     画家のモネは私の好きな人でもある。


     モネの絵画に似せて庭が作ってあった。


     勿論、有名な「睡蓮」をそのまま模した池もあった。


     この日も小雨だった。


     娘をベビーカーに乗せて歩いた。


     娘だけは濡れないようにと思ったが、私は小雨の中を傘もささずに歩いた。


     きれいだった。


     何もかもが小雨に煙って本当に夢の世界に居るようだった。


     敷地内の売店でモネの絵をプリントしたグッズを見つけた。


     中でもどうしても欲しかったのが私には一番必要ないと思われる傘だった(笑)


     1本が確か8700円だった。


     傘にしては本当に高価だと思う。


     必要はないが雨の日に一番近いのはやはり傘であろう。


     私は大枚をはたいて購入した。


     今でも傘立てに置いてある。


     使ったことは一度もない。


     娘が時々虫干しをしてくれている(笑)


     娘も私の気持ちを知ってか知らずか、その傘だけは使わないでいてくれる。


     もう一度行ってみたいと思うが何しろ高知と言っても遠いのだ。


     若気の至りでつい遠出をしてしまったが、娘の学校もあるし、今はそんな元気もない。


     傘をクルクル回してはあの日を思い出す。


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     雨が好き。


     小雨も大雨も、大好きである。


     雨には匂いがある。


     だから、雨の降る時には雨の匂いがする。


     雨の匂いがすると、途端に雨が降って来る。


     娘に言うと、やはり信じてはもらえなかった(笑)


     「お母さん、天気予報が出来るよ!」


     などと、言っている。


     天気予報は無理だな。


     雨の日以外は判らないのだから・・・(爆)




         (イラストはKEIKOさんにお借りしています)

久々に・・・!

久し振りに・・・!



   今、姉が妊娠中である。

   予定日は、8月3日。

   あと、どればもない。

   出産祝いを何にしようかと散々悩んだ。

   何か作ってはどうかと思ったのは、気の迷いだったのかもしれない(笑)



   不器用なので、何かを作るといっても、何がいいのか?

   お裁縫が上手なわけでもなく、お料理ではお祝いにならないし・・・。

   そこで思いついたのが、手編みのニットだった。



   家庭科は嫌いだったが、編み物だけは好きだった。

   今までに何枚編んだかしれない。

   だが、手編みのものは何一つ手元に残ってはいない。

   みんな誰かにあげてしまったからである。

   上手なわけではなく、下手の横好きである。

   今回、姉のために作ろうと思ったのは、これ。

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   生まれて来る子は女の子らしいので、実際とは違うピンクにしてみた。

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   果たして出産までに間に合うのだろうか・・・?

   少々不安はあるが、頑張って作ろうと思っている。

   編み物を知らない方のために、編み物の設計図をお見せしよう。

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   今回は時間がないので、既成のもので済ませたが、

   本当は自分でデザインして、どこにもないものを作りたかった。

   この先、誕生日やら何かと機会も多くなると思うので、

   次回はちゃんと自分だけの作品を作りたいと思う。



   にゃん子は本当は一応女の子なのだ(爆)!

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