自分の苦手だなと思う人によって、
自分の中の大切なものが確かめられてきました。
キリスト教の女性が私に信仰の押し付けをし、
外国の文化の詰まった聖書をごり押ししてくるほど、
私はそれまで九州から四国に移ってきて、
自分の居場所はないように感じてきましたが、
逆に今はこの土地に愛着がわき、
日本人であることが誇れるようになり、
前より一層、土着してたご神仏に親しみが湧くようになりました。
御寺や弘法大師さんなど最初は
お化けのイメージが強くて怖かったのですが、
今ではなんだか御寺に伺うのが楽しみになってます。
空手のお母さんにライバル視されるほど、
そのお母さんが一緒の道場をおざなりにして、
他の武道や他の支部の練習に一生懸命になるほど、
自分が空手を愛していて、
道場を大切に思う気持ちが増しました。
私をきついお酒で潰したお母さんの姿を、
お酒を飲めてかっこいいと思っていましたし、
お酒の場でしか本音で語り合えないと思っていましたが、
今、自分はそれほどお酒を必要としておらず、
むしろいろんな人との会話を楽しみたいと
思っているのだと言う事に気づきました。
なんだかね、こうしてみると、
自分が苦手だな、嫌だなと思う人は、
何か大切なことを気付かせてくれるために
現れているんだなと思うようになりました。
だから、たとえばキリスト教の女性がやったことは、
本当に腹立たしくもあったのですが、
今ではどうでもいいやと思うようになりました。
書いてあることも、
なんだか異国の言葉のように聞こえます。
外国の人が嫌いと言うのではないのです。
でもそれよりも私は生まれ育った日本と言う国を
もっともっと愛したい、大切にしたいと思うのです。
日本国内では私の知らない文化などや美しい風景が
まだごまんとありますからね^^。
世界のこんなところに行ってみたいというのもあるんですが、
それよりは国内のいろんなところに行って、
その土地の人と会話を楽しみたいと思います。
自分の中の大切なことは、
自分の経験を通してちゃんと研ぎ澄まされているんだなと
感じています。
だらか、もういいんだ・・・って思います。
腹を立てるより、トラブルが起きた時に、
このトラブルは何を伝えてきたのか。
それを見たいなと最近では思うのです。
その時は痛かったり辛かったりいろいろ
苦い思いとかもしたりして、
もう死んじゃいたいとか思う事もあるんですけれどもね、
トラブルの中でもきちんと誠実さを見せたら、
前より親しくなれていたり、
分かりあえない関係だったのに、
親しくなっていたりするものなんです。
だから無駄なことなんて一つもないし、
トラブルを騒ぐよりもどうしたら誠実に対応したことになるのか。
それを考えた方が鎮静するなあと思います。
痛い思いをすればするほど、
問題が大きいほど、
そこを誠実に乗り越えた時に大きな物が残されている。
はあ。・・・肩、胸、楽になったよ・・・・。
唐辛子のシップ、よく効いたあ。
もっとも、いつも痛い辛いのもごめんですけれどもね(苦笑)。
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