久しぶりにある方のブログに行って、
…首が痛くなった。
これほどまでに何が彼の心を歪ませちゃったのか。
特別な力があることを誤解しちゃったのか・・・・。
彼を受け入れてくれなかった人に
憎しみの思いがあふれ出たからなのか・・・。
受け入れなかった人は受け入れる余裕が、
全くなかった人たちなだけなのに・・・・。
昔彼と話をしたことがある。
とても穏やかで素晴らしい人だった・・・。
話すだけで心が満たされ温かくなった。
彼は宗教者だったけれど、特別な会話などなかった。
でも普通に会話するだけでどれだけ彼に救われていたか。
彼はすっかりそんな彼自身を忘れてしまっている。
少し寂しくなった。
それでもね、私は彼を信じる。
どんなに孤独に潰されそうになっても、
何かの力に振り回されていたのだとしても、
彼自身があるがままの自分自身を認めた時に、
彼は解放されるのだと思う・・・。
私は彼に危うく恋しそうなほど、彼が好きだった。
ネットで顔を見たこともないのに、
彼の笑顔が見えるようだった。
多分今の彼は何か苦しんでるんだと思う。
苦しんでいる人は自分が特別なことのすがりつこうとする。
彼の場合は不思議な力・・・・。
でもそれは、その力で持って他人に彼を認めさせることではない。
それは間違ってると思う。
仕事だ使命だと聞くと、
私は何か違うんじゃないかと思う・・・。
私はほかの人と同じように赤い血が流れ、
泣いて笑って楽しんで怒って、
そして頑張ったら疲れて、でも鍛えられて。
いろんな経験も乗り越えられるけれど、
疲れたら動けなくなる弱さもあって。
そんなありのままの自分を認めたら、
とても楽になった。
大の字になって寝っ転がって、
中々力が抜けないんだけど、
力を抜いた時、
ああ、私はちだまと一体だああ・・・と感動したりする。
風が吹き抜けるのも感じて、
鳥のさえずりや虫の鳴き声が聞こえて、
木の葉づれの音がさわさわ聞こえてきたりすると、
最高と思ったりする。
今もどこかで悲しんだり苦しんだりする人もいると思う。
でもその人はそのために生まれてきたんじゃない。
苦しみや悲しみはもっと大事なことを教えるためにある。
不幸と片づけてしまったら、そこから何も生まれないし動けない。
誰かの特別にならなくても、
貴方はもともと愛されているし、特別だよ。
皆オンリーワンだよ。
少なくとも、貴方と心が通い合ったあのときは、
私にとっては貴方はオンリーワンだったよ。
牧師も聖職者も超能力者も何も関係なく、
貴方は私の孤独を救ったスーパーマンだった・・・。
大事なお友達だった・・・。
大好きな人だった・・・・。
自分を信じるって難しいね。
でも私は今の自分を信じてる。
まだまだ駄目な部分はあるかもしれない。
でも人によってはそれも愛きょうだと受け取ってもらったりもする。
完全完璧な人は近寄りづらいんだって(苦笑)。
お互いにでこぼこがあったりして、
そこに向けて進化も出来る。
分かりあったり助け合ったり励まし合ったり、
叱ったり怒ったり注意したりも出来る。
だから一緒に学べる。
自分は一人だと思った瞬間から、
何か特別な事にすがらないといけなくなる。
無理しなくていいんだけどなあ。
誰かを必要以上に糾弾したりする必要は
何一つないんだけどなあ。
…気付いてほしいなあ。
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