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以前から思ってたんですよね。 帰国者は、日本から仕送りがありますから仕送りがある家族はいい生活が出来ているんですよね。 当然、多くの北の住民は日本は豊かな国だと思うでしょうしね。 そもそも、金日成が日本軍を撃破して朝鮮を開放したって言ってるんですけどね、でもその敵は朝鮮人の帰国者に仕送りを送るのを許しているんですからね。 彼らもおかしいとは思うでしょうね。 日本は寛大な国だと。 韓国同様、北も同じく日本の統治を受けていますからね。 当時を経験した人はいまでもいるんですよね。 まあ、大飢饉で年寄りは韓国より多くが死んで少なくなっているでしょうけどね。 北では、帰国者が持ち込む日本のものが大きな問題になっていたのはいろいろな資料でわかっています。
テープレコーダーなんかが大きな問題になっていたようですよ。 そのために帰国者は監視対象になったわけですね。 帰国事業の始めのころには米とか古着とかでしたが。かさばるし日本が高度経済成長のために豊かになって現金の送金に変わりましたね。
それが北の外貨獲得の大きな手段になったわけですね。 プラザ合意以後の円高でその価値はますます大きくなったわけですな。 【北朝鮮】 親日感情に洗脳された北朝鮮住民〜在日同胞の受け入れで変化した日本観[09/03]
チャン・ジンソン(脱北作家)
北朝鮮人民のみなさん、こんにちは。今日は北朝鮮社会を支配している親日感情について申し上
げます。世界は北朝鮮なら抗日歴を強調して指導者になった金日成(キム・イルソン)の支配を受 ける徹底した反日政権と思っています。しかし、キム氏を神格化した国の北朝鮮では不思議なこと に住民が親日主義に洗脳されています。 北朝鮮の子供たちは遊ぶ時「ジャンケンポン」といいます。これは事実、日本語です。ところが日
本語とも知らず、昔からある民俗娯楽文化用語と思っています。住民の日常用語にも日本語が多 いです。リヤカー、サラ、シャツなどです。おそらく主体の国の北朝鮮で政権がいくら統制しようとし ても、外来語ならほとんど日本語でしょう。 それは日本の36年統治による残滓ではありません。意外にもキム・イルソンの主体的な民族優
越主義政策の結果と見ることができます。その始まりは1960年代に遡ります。それまで、北朝鮮 住民は日帝統治36年植民地の歴史について誰もが民族的羞恥心を持っていたし、そのため、日 本なら無条件の敵対感を持っていました。米国や韓国よりもっと根強い憎悪心を抱いていました。 そうした北朝鮮の土地に時ならぬ日本から巨大な"民族大移動"の風が吹きました。およそ10余
万に達する在日同胞の北への送還が始まったのです。その準備を急いだキム・イルソン政権も、 純粋な民族愛で歓迎した住民もまた、その在日同胞の入国が北朝鮮内の永久理念だった反日感 情を崩してしまう重大な契機になろうとは夢にも想像できませんでした。 その時、北朝鮮政権は資本主義から社会主義に転向した彼らを前面に出して体制広報に熱を上
げました。表面ではキム・イルソンの民族優越主義政策宣伝で多くの人々が得するようでした。し かし、実状はそうではありませんでした。在日同胞らが持ってきた日本の商品は北朝鮮住民たち には生まれて初め見る不思議な異世界の物でした。 キム・イルソンの社会主義では何でもみな世界最高だと思っていた住民が日本の先進化をのぞく
ことになったのです。在日同胞を本人の意志や出生地により北朝鮮全域に居住させた結果「資本 主義体制は腐っているが、少なくとも商品だけはすばらしくなる。」という共感が全域に広がりもし ました。 あっという間に北朝鮮は"made in Japan"熱風に支配されました。在日同胞が捨てた商標や包装
紙を拾って家中に宝物のように展示する流行が広がったこともあります。当然、日本商品の特権 を享受する在日同胞は羨望の対象になり、北朝鮮の中産層で確かに座を占めることになりました。 その上位階層は商品の先進化だけでなく日本文化も主導しました。あいさつの礼儀と言語、品性、 さらに食習慣まで在日同胞のすべての様子は確かに他の人々よりやわらかかったし、余裕あるよ うに見えたからです。その時から北朝鮮内では忠誠の代価で得る身分上昇は極めて平凡に見え るようになりました。 日本から商品を送ってくる親戚はいないが代わりに文化の模倣でも中産層の品位を獲得しようと
する人々が増えるようになりました。その変化は子供たちにも分かりました。なんで私たちの一家 親戚の中には昔、日本に逃げた人がいなかったのかと大人たちに不平を言うほどだったからです。 北朝鮮政権はキム・イルソンの反日業績を主張しますが、住民は逆に親日主義者になったので す。 中略
政権が意図と異なり親日事大主義になり、住民たちの親日傾向も一層合法化されました。キム・
イルソン主席の死後、苦難の行軍が始まる時には忠誠に固執した北朝鮮住民たちは飢えて死ぬ 一方、日本商品を持っていた在日同胞の豊かさはさらに引き立って見えました。そのため、在日 同胞に対する北朝鮮政権の妬みと統制も激しかったです。内部的に資本主義経験者を動揺層に 分類して幹部登用や昇進も厳格に制限するようにしました。 さらにキム・ジョンイルの指示で在日同胞が白い自家用乗用車に乗れないよう法的に規制したこ
ともあります。理由が幼稚にも日の丸の色だからというものです。党の講演会で幹部はこういう主 張もしました。「日本は全世界に白い車ばかり輸出する。そして自国は真っ赤な車に固執する。そ の目的は、日の丸を全世界にそして自国はその世界の中心であることを誇示するためだ。」一言 で在日同胞を内国人のように信じるなという公開の警告でした。 それにもかかわらず、北朝鮮内ではキム・イルソンの抗日業績と縁故を強調する"白頭山幹"より
在日同胞らの"富士山幹"の東京が相変わらず人気でした。1990年代中盤から北朝鮮では朝鮮 総連の弱化で"富士山幹"より韓国ドラマが持ってきた"漢拏山幹"がさらに強勢になりました。 私が韓国にきてみると韓国には日本という国が"近くて遠い国"ですがが、北朝鮮は"遠くて近い
国"です。これは韓国は自由民主主義でさらに堂々としている反面、北朝鮮は独裁に縛られてさら に屈辱的に変わった証拠です。 以上
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