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信玄が語る 各大名の領国経営について 『甲陽軍鑑』)編著吉田豊氏(一部加筆)
さてわたし信玄が、若いころから弓矢を取って、現在、おそらくは日本一勝れているというのはなぜか。諸国の大名たちも、それぞれ武勇の譽があるとはいえ、いずれも他国の大将と力になり合って、両軍が協力することによって勝利を得るもの、もっぱら武勇だけをたよりとして、勇名をとどろかすもの、または多くの国を治めて大身となりながらも、他国武将の勝利に恐れをなして、末子を人質に出そうとするものなどがいる。(中略)
 信長と家康は、互いにあちらを助け、こちらを助けして勝利を重ねてはきたが、信長をみれば、包囲した城のかこみを解き、味方を捨てて退くなど、引き際に醜態を示したことが度々ある。しかも一向一揆を敵として、家康がいなければならない状態である。だが、その家康にせよ、小身な未熟者に過ぎない。また北国には輝虎、中国九州には毛利元就にまさる大将はいない。信長、家康、輝虎、元就の四人にまさる武将は、日本国中はおろか、大にさえおらぬというほどである。
 ところが、この四武将と比較して信玄は、若いときから他国の大将にたよって出馬を願い、連合して戦ったことは一度もない。また包囲した城のかこみを解いて退いたこともない。味方の城を一つとして敵に奪われたこともない。甲州国内には城をかまえて用心する必要もなく、館はただの屋敷構えですませてきた」
 と仰せになった。
 
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