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さらに感心するのは親父も茂子さんも結局わたしが最後まで面倒を見て一生を全うした。わたしは親父の看病に6年間毎週東京から静岡に帰った。そのために転勤を断り昇進も遅れた。親父はわたしに一度たりとも感謝の気持ちは示さなかった。なぜなら感謝などしていないから。子供は親の面倒を見るのは当たり前、それが人の道だと言っていた。
なにせ自分が住む家を相場の数倍でわたしに売りつけようとした親父である。わたしが断ると親父は怒っていた。ハルトモのために言っているのにそれを断るとはけしからんと。親父の提案は奇妙だった。親父と茂子さんが住む家の相場は当時土地の値段しかなくいいとこ数百万円だ。解体費用をすると残るのは100万円とか200万円とか。それをわたしに1500万円で買えという。根拠はバブルの時、2000万円で売りませんかと不動産屋が持ちかけたこと。それだけである。だから1500万円は安いからハルトモは得だと。ローンを組んで払えと言う。もちろん親父と茂子さんは死ぬまでその家に住むという条件だ。もしわたしがイエスと言えばまったく見事なリバースモーゲージである。さすがにその提案は断ったわけだが、結局親父もそして茂子さんもなんの心配もなく寿命を全うした。わたしが全面的に面倒を見たからである。
このような環境に育った私であるから、全く独自の思考回路を養うことになった。世の中はまったく油断できない。人の言うこと、親の言うことなど信用できない。学校の先生の言うことも信用しない子どもであった。すべて一から自分で考える。自分なりの方法で自分なりに効率的に。
会社で上司の社長は東大卒であった。だが会議で話しているとわたしが、わたしが「その提案だと利益はかすかすプラスでしょう。ただ宣伝のためにやるかやらないか、そこが決断です。」などと言うと、まともに計算もせずいい加減なことを言うなと言う。そんで詳細な検討をさせること数日、わたしの言う通りの結果が出たが、顧客への提案時期は過ぎていたので、いわゆる時期を逸して商談は失った。社長は言った。結果はそうだが、ハルトモの勘で会社の決定はできない。商機を失うのは仕方ないと。
わたしは勘で言ったわけではない。いろんな事例を元に細かな数字は別にしてだいたいそんなもんだとわたしには瞬時に見えるのである。だが説明しだすと長くなるしツッコミも入ればじゃあ計算しろよとなる。それには時間がかかるというわけだ。東大卒の社長はわたしが彼よりもはるかに速く結論に到達することが理解できないし快しとしない。それは勘とかギャンブルだと考える。
学校の試験で問題を解くとする。なんでもいいけど答えが4.88だとする。正解は4,88であるから、だいたい5だと言ったら正解にならない。そして面白いのはだいたいで良いのならそのだいたいを導き出す手法は正解の4.88を導き出す方法とはまったく異なることがしばしばあるということである。当然のことながらその手法は採点では支持されない。わたしは問題を解いていて、だいたい5とわかるならそれもかなり早く、それで実用上十分ならそれでいいじゃないかと考える。細かな数字は暇な奴がのんびり弾き出せば良い。ということでわたしは可愛げのない生徒ということになる。
数学で記述式の問題があって、採点には考え方が問われる。きちんとした道で解にたどり着いたが最後計算間違えで一桁違って、4.88を0.488にした。その場合では考え方は合っているのでかなりの得点がなされる。10問中9問正解して、90点で間違えた一問もだいたいあっているから96点だとかもらっても、だが実社会ではどうだろうか? 桁違いの大きな間違いを一つすることで一生を狂わすのが人生である。だいたいの計算を間違えなければいいのに細部にこだわったあげくに、たまたまする大きなミスが致命傷になる。それも散々時間をかけて。それが人生である。
実社会では回答というのは常にタイミングと精度との兼ね合いになる。試験では制限時間いっぱい使えるが、実社会ではタイミングが変われば状況も変わる。先の東大卒の社長はいつも部下に聞いていた。いつまでに結論をだせばいいですか?まるで受験生が試験時間を確認するのりである。早く決断して行動することにより状況を打開することもあるということなど理解できない。
わたしはかなり頭の良い人間であるが、その頭の良さはさほど人から評価されない。誰もが認める正解をはじきだす丁寧な方法ではないからである。つまり先人を素直に踏襲する気持ちがない。一方で混沌とした正解のない世界ではやたら強い。例えば相場とか。あるいはビジネスでの新規事業の立ち上げとか。
いろいろ言うが結論は簡単である。わたしのようなけっこうな暮らしができるのは、それはわたしが頭の良いということの証左に他ならない。それもゼロから。いくら運が良くてもバカではこうはならない。
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示唆に富む記事 誠にありがとうございます。
私は、まだ両親を赦すことができません。
幼いころに殴られて育ち、それ以来、親の顔色を見て育った子供でありました。
ハルトモ様の記事から多くの気づきとヒントを頂いていることに、深く感謝申し上げます。
[ 金田勘十郎 ]
2019/3/31(日) 午後 9:42
> 金田勘十郎さん
人を赦す赦さないという感覚はわたしにはありません。
自分でそうしたいと思うからそうするだけです。
わたしも似たようなもんですが、人の顔色気にしない人間になりましたね。観察はよくしますが。
今はも人の顔色はみないのですか?
2019/4/1(月) 午前 9:17
> ハルトモさん
恥ずかしながら、社会人となってからは、その反動か、一切人の顔色を見ない性格となりました。そのためか、会社では冷や飯食いの20年です!
[ 金田勘十郎 ]
2019/4/2(火) 午前 0:24