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ゴルフ場の生き物



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親鳥が運ぶ餌を口をいっぱいに広げてねだる。すでに生存競争は始まっているのか。
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ツバメは高いところに巣を作るけどヘビが登って雛を襲いに行く。見つけるとゴルフ場のスタッフがヘビをつまんでおろす。ヘビは遠くに逃す。

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こいつはなんだろう。ガニ股でひょこひょこと歩く。速くは走れないようで近づいてもひょこひょこ。

田舎のゴルフ場はのんびりしていていいや。そんで那須のゴルフ場にカラスはいない。ゴルフ場のカートなんか狙わなくても食べ物はきっと豊富にあるんだろうね。

さいたまのゴルフ場に来ると一番多いのはカラス、それからキジもけっこういる。
そんで次は野良猫。やはりリゾート感は那須のゴルフ場である。


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二日間続けて薄暮でハーフを手引きで回った。初日が42、二日目は43、スコアは思わしくないけどあくまでも調整である。ドライバーが安定してかつアイアンショットがだいぶ切れるようになってきた。

三日目は完全休日ということでカートを使ってワンハーフを真剣にラウンドした。スコアは39、37、38であった。内容としてはパープレーで回れたんではないかくらいの出来であった。70%くらいパーオンする。だがそこからバーディが来ない。またアイアンが良いだけに長いパットが残るようになってスリーパットがボロボロ出る。入れごろのパーパットもずいぶん外した。37で回ったハーフが最後3パット。短いパーパットを引っ掛けて36ならず。ゴルフの中身としては全盛時に戻った以上の感覚がある。やはりやっただけのことはあった気がする。


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ゴルフを終えて、以前から気になっていた那須の秘湯、北温泉へ。ここはあの映画テルマエロマエの撮影地である。携帯も通じない奥山の一軒宿でゆったりと温泉を堪能した。

山にはまさに目に青葉である。会津などの山々は来週には山開き。ゴルフだけでなく山歩きと温泉巡りとそれと会津の美味い蕎麦で季節を堪能しようかと思っている。


ロングレンジプラン

日本の会社にいた時は確か目標設定とかいう言葉であった。確か3年先までだった。ただそれとは別に提言とか言って、10年くらい先までこの会社がどうなるかを提案させられた。外資系に移ると、LRP=Long Range Planでこれは5年先までの事業計画を各人が作成させられた。させられたという受身的なやる気のない表現をしたのには理由がある。長期事業計画と言いながら、それを作る各人の処遇については何の議論もなく5年後にどのポジションにいるのか全くわからない。会社に居られるかさえ怪しいのである。人事とか給与とかこの肝心の部分はオープンにされることがない上で、お前は何ができるのか計画を出してみろと、これがロングレンジプランである。

私のように他で稼ぎがあって会社との距離感が大きい人間ならいざ知らずほとんどのサラリーマンは経済的には会社べったりである。つまり会社での自分に対する処遇は、まさに個人単位のロングレンジプランで極めて重要なはず。でなきゃ子育てだ家の購入だの経済的な判断は難しい。ところがその部分の議論などなく会社への貢献だけが議論される。これはほとんどのサラリーマンは当たり前のことだと受け止めている。いつ転勤になるかどうなれば昇進するのか給料はどれくらい上がるのか、そんな先の保証などどこにもないのはサラリーマンの宿命だとどこかでそう信じてしまっている。一方会社への貢献だけは先のコミットメントを求められる。

これが会社と従業員個人との関係をよく指し示している。従業員は外注業者ならぬ内注業者なんである。そこをよく理解して、自分の人生のロングレンジプランを作って、その上で会社のロングレンジプランを提案するべきなのにこれをよくわかっていないサラリーマンばかりであった。自分のことはお留守で会社の心配ばかりする。それで良ければそれで構わない。自分がどうなっても構わない。会社さえ発展してくれればともしそう思うならね。でもほとんどの人間はそうじゃない。それで肝心のことを曖昧にして、それで会社からの仕打ちでこんなはずじゃなかったとほぞを噛むことになる。

当たり前だけど自分の幸せは自分で考えないといけない。私は40代前半で営業とマーケティングの責任者になるつもりであったから、私をそう処遇せざるを得ないロングレンジプランを作った。新商品で今は売り上げゼロでも凄い成長率で売り上げを伸ばすと宣言した。長期計画を作る時点で現実的かどうかなんて重要ではない。これから現実的にすれば良いのである。大人しく這いつくばって給与貰いを長々する気はない。会社でのし上がれないなら辞めた方が良い。であるならのし上がれないようなプランを会社に提案するのはおバカである。まずはのし上がるプランを作る。もちろんよく考えてちゃんと実行するんだけど、いずれにせよ会社のロングレンジプランはまさに私のロングレンジプランと重なった。もし自分が作った計画が計画倒れであったら? 簡単である。辞めれば良いのである。会社は個人を利用する。個人が不正でなく堂々と会社を利用するのは当然だと私は思う。実は会社なんて計画倒れなど大口叩かなくても山ほどある。そんなもんである。

こう書くと簡単に聞こえるけど、そんな簡単じゃない。類い稀なプレゼンスキル、交渉力、計画は人を説得して唸らせるものでないといけない。そして果断な行動力なしにプランは実現しない。計画からずれることだってそれはある。そこでは説明能力と同時に愛嬌だって繰り出す。そしてなんにせよ結果を出すことである。大切な自分自身のロングレンジプランだからね。あまり目立たないけどサラリーマン時代の武勇伝をいくつも過去に書いている。我ながら愉快だった。総じて言えるのは痛快なサラリーマン人生であった。

初心

午前中は那須ゴンドラで標高1400メートルを散策そしてハンモックで昼寝と読書。持って行ったお弁当は前日スーパーで半額割り引きで買ったおにぎり。ゴンドラの上からちふり湖カントリークラブが見えて、それでゴルフ場でなくちふり湖に行ってみたくなった。結論から言うとちふり湖に行く道はない。観光地でもなくただの農業用の貯水池みたいだ。上からはすごく綺麗に見えたのにな。

午後からはゴルフ場でアルバイト。仕事はきつくない。同僚によると栃木で一番従業員フレンドリーなゴルフ場だそうである。あくせくしていなくて緩いそうだ。まあそうでないと私も働かないけど。仕事を終えてからまだ太陽も高いので、それからハーフラウンド。お客がいなくなった静寂なゴルフ場をのんびりと目土しながら回る。ゴルフを終えて近くのスーパーに行くと惣菜などなど半額サービスになっている。適当に見繕っても大した金額にならない。気が向けばホテルまで歩いていってコンサートを楽しむ。

しばらくするとカミさんがやってくる。今度はステーキレストランに行く予定。それでゴルフ2ラウンド。一緒にさいたまに戻りまたカミさんとゴルフ、そんで美味しい手料理にありつく。

こんな暮らしをしているとお金は減りようがない。だがこれが私の夢と言うか願いの実現なんである。中学高校それからせいぜい大学時代、いつかこんな暮らしができたらどんな幸せなことかと、私が夢見た生活である。子ども若者の時の夢を実現してそしてそれ以上を私は望まない。

私は子供の頃児童養護施設にいた。わたしと同世代の施設の子どもは1万人くらいはいたとして、多分私が一番優雅な生活をしているだろう。わたしは一万人に一人の幸せ者である。これ以上何を望めと言うのだろうか? 自分の願いを実現した人間は幸せに決まっていると思う。だが問題はその願いが成功に連れて変わっていくことである。カルロスゴーンはベルサイユ宮殿で結婚式をした。彼の生い立ちは詳らかにしないけど、ベルサイユ宮殿での婚礼は彼の子供の時からの夢だったのだろうか? 多分否である。成功するほど望みも高まった結果ではないか? つまり夢が一人歩きしてそして初心は消え去ったと想像する。

我ながら私は偉いと思う。成功しても増長することなく若い頃の夢を実現して素直に喜びそれ以上を望まない。たぶん幼少期の過酷さがあまりに強烈で、初心忘れたくても忘れられないのかもしれない。大きな病気をした人は人間的に大きく成長すると聞く。理由は生きているだけでありがたいと骨身でわかるからである。わたしは子どもの頃、普通の幸せ、せいぜい+α に憧れた。普通の家の子が羨ましかった。あんなふうになればどんな幸せか? そしてわたしはそれを実現した。多少のオーバーシュートは致し方ない。だがもっともっととは到底思えない。

その意味では神さまは私に良い経験を与えてくれた。自分の運命には素直に感謝する。生かした私も多分偉いんだけどね。なぜなら私のような経験をすると滅多なことでは私のようにならないからである。一万人に一人の話ということである。

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スキーのシーズン券があるのでグリーンシーズンも無料でゴンドラに乗れる。雪がないゲレンデは時々見るけど割と急だなと思う。これではゴルフはできない。やらんでいいか。

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ゴヨウツツジの季節。ゴヨウツツジの合間から茶臼山を望む。

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ハンモックのんびり寝る人はあんまりいない。私くらい。皆先の予定があるから昼寝までしている時間はない。

よく癒しとかストレス発散とか言うけど、それだとマイナス方向を埋める話でしかない。普段ストレスフルな生活をしているから癒しという話になる。これが普段からストレスとか心配事とかなければ、これは癒しではなく緩みとなる。強ばった体を元に戻すのではなく緩んだ体をさらにさらに緩ませるということ。呼吸法の目的も究極この緩みを得ることである。

癒しと緩みの差は、言うなら家賃を払う側ともらう側くらいの差だと言えばわかりやすいか? もし今家賃を払っている人が明日から家賃を払うどころか、それがゼロになってさらに家賃分のお金が毎月振り込まれたらどんな気分だろうかと想像いただきたい。あるいは住宅ローンを毎月返済している人が明日からローンの返済が免除されて、さらに返済額と同じ額が毎月振り込まれたらどんな気分になるか、これが緩みと癒しの差がくらいの話である。多分だけどね。

体が強張る人はどんどん強張り、緩む人はどんどんと緩むというまさに不公平格差拡大のサイクルである。わたしと同世代の知人友人で人生どうしてこうなっちゃたんだろうとぼやく人間はそれなりにいる。それに比べてハルトモは天国だなあとなる。そのどうしてこうなっちゃたんだろうと真面目に論理的に考える人間は見ない。ぼやくだけで真剣にそこんところ考えている様子は私が見るにない。

であるから今更ぼやいても意味はないことになる。自分でわかるくらいなら数十年の間に修正できたはずである。考えて行動に移すならそれはずっと前の話であったということ。まあ敢えてアドバイスするなら気にすんなということくらいか。
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