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よく株ブログで揶揄されるのはあいつは実は儲かっていないという説なんだけど、ハルトモは本当に株で儲けているのか? と疑惑を持たれた記憶がない。毎日毎日これだけブログを書いている。これだけの暮らしができたら大したものである。これが嘘とは流石に誰も言えないのかな? でもけっこうせこくリアルに暮らしている。
朝一番の雨のゲレンデはなかなか快適である。シャーベットではなくジェラートのような雪面になっていて、気持ちよく板が戻ってくる。だがそれも1時間でベショベショでそれでウェアも濡れてしまう。こういう時のために4着目のスキーウェアを着て行ったが、着てみるとそんな格好悪くないな。当たり前だ長年着ていたんだから。リフトは乗らずゴンドラだけ3本のつもりがおまけで1本、4本滑って1時間で上がった。十分である。 早めに上がってそれでcafeでモーニングと思ったがギリギリ10時には間に合わない。そんでガストに行った。平日の那須のガストは空いている。そして静かである。500円のモーニングはボリュームがあるので朝昼兼用。美味しいとは言わないけど別に文句ない。そこらのカフェと変わらない。 のんびり朝食をとっていると電話が入る。ゴルフ場からだ。今日は暇だからアルバイト来なくていいよという連絡。そんなさいたまから来ているのに急に来なくていいなんて困りますなんて言わない。なぜか? 別に困らないからだ。ああそうかいである。日雇いの補欠、雇う方も助かってんじゃないかね。 アルバイトがなくなってのでスポーツジムに行くことにした。町営で一回100円。100円は那須住民か勤務者で、私は一応勤務者なんで100円、ちなみにビジターは200円。なんだ100円の差かとは思わない。100円でいろんなことができる。ガストのドリンクバーはクーポン使って99円。200円なら大変だ。ゴルフ場のお客用の炒飯が割と美味くて450円だが社員は200円で食べられる。 確定申告が固まったが、我が家の納税額は昨年よりずっと多くなる。まずマンションを一戸売ってかなり儲かったからその利益に20%課税される。9年所有していたからその間の減価償却まで計算して利益は増えるから納税額も増える。さらに昨年から企業年金がほぼ倍に増額されている。60歳から65歳までは倍になってまた65歳で元に戻る。63歳から厚生年金が出るのでそれまでの繋ぎということだが随分と気前の良い繋ぎだ。さらに昨年は確定拠出年金を5年分一括で貰っているがこれは退職所得の非課税枠に収まるということで税金はなしになりそうだが、これを確定申告の中に記載すべきかどうかがよくわからない。税務署に問い合わせすると記載しなくて良いという返事でこれは一件落着。 夕方から福島へ向かう。まず吉野家で夕食、牛丼と豚汁とゴボウサラダで670円、株主優待券を2枚出して600円。さらにラインのクーポンで50円引き、小銭入れから20円を払う。吉野家の株主はもう二十数年。夫婦で一単位づつで、通算もらった株主優待券は30万円くらいかな? とっくに元手は取っている。吉野家の牛丼は美味しいと思う。先日食べた老舗のうな重は吉野家の牛丼15杯分だが、15倍は美味いとは思えない。せいぜい3倍だろう。 腹ごしらえを終えて、目的地のJBLカフェに。自前のCDを持ち込んだ。客は私一人。流したアルバムは知る人ぞ知る名盤STUFF LIVE IN NEW YORK 。このくらいのオーディオになると目の前で演奏しているかのごとく位相がはっきりとする。面前にミュージシャンがいるようでほとんどライブハウスの音ではないか? 聴いているうちに若い頃の思い出が蘇ってくる。吉野家で働いていた頃だ。 北朝鮮とアメリカの交渉は物別れに終わった。随分と間の抜けた話だけど、あり得る話だと思った。北朝鮮ではトップは神だから、その神様がこの線でまとめろと命令すると誰もそれは無理ですとは言えない。言われた通りやらないと殺されてしまう。どこまでも引っ張ってそれで最後にダメになる。独裁制でよくある失敗例である。一方アメリカのトップも神さまぽい。部下が気にくわないことを言ったら切る。違いは殺すか殺さないかくらい。この二つが出くわした交渉であった。 会社でも似たような事例を何度も見てきた。できもしないプロジェクトをトップが絶対成功させろと命令する。誰も無理ですとは言えない。でも無理なものは無理。結局どうにもならないところまで突っ走る。それでもトップが無事なら下を切ってまた出直し。だがそんなことを繰り返していくとどこかでトップさえどうにもならなくなる。つまり体制崩壊である。さてそれはいつか? それは誰もわからない。案外持つかもしれない。いつかくる大地震みたいなものである。 |
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コメント(2)
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ゲレンデで雪景色を見ながらブログを書くと筆は進むが特段文章の品質には差はないようである。どこにいてもご機嫌というのは変わらないからね。 ひさびさに自分のCDを持ち出した。これを福島のJBLジャズ喫茶に持っていてのんびり聴こうと思っている。 1日ボーゲンだけやってみることにした。よくスクールに入るとボーゲンをやらされる。シュテムもやらされる。ボーゲンでもシュテムでもパラレルと外脚の動きは同じでパラレルより外脚を意識しやすいみたいだけど、パラレルが当たり前になっていていきなりボーゲンをすると、足が突っ張たりあるいは内脚に意識が行って、ボーゲンそのものがうまくできなくなる。そんで本来の外脚の練習ができない。この辺りは悩ましいところである。ということで普段からボーゲンで滑るというのは悪いことではない気がする。ボーゲンで滑らかに降りてくるのもそんな悪いものではない。ゲレンデはすっかり春の風情だけどできるならもう一度雪が降って欲しいと思うがどうだろう? 相場関連のコメント欄への所感の続きだけど、ひとつ言い忘れたのは各人が持つバイアスである。バイアスが強い人間は他人が書いている文章をそのまま読むことができない。自分が読みたいように捻じ曲げて読む。国語力が足りないのかもしれない。こういう人間とは一見対話っぽく穏和な言葉も行き交うけど、やはりコミュニケーションは徒労に終わる。 そういう人間は決まって書き捨てのハンドルネームでサイトもブログも持っていない。 時々他人のブログで自説を公開する人間もいる。自分がどういう人間か誰も知らないのに自説もそれも人のブログで公開するってメンタリティはこれはなんなんだろう? たぶん発散してんだろうかね?そういう人間に限って自分は正しい、お前は間違っているというバイアスが強いことも多い。わたしは時々他のブログにコメントするけど、基本的には話し相手はブログ主である。ブログ主に対してやりとりすれば対話になる。対話がいいよ。論破どころか議論さえ面倒である。
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相場のブログのコメント欄で感心できないタイプを分類すると
1、揶揄皮肉系(罵倒するより自分を上に置きたい) 2、お節介教えてやるぞ系(偉そうに振舞いたい) 3、論破自説押し付け系(人の誤りを正したい) 5、罵倒悪口系(調子に乗るんじゃねえぞ) こんなところかしら?他にあるのだろうが、いずれにせよ上のどれも対話ではないということ。対話はそれを通じてお互いを高めるのが目的である。良き対話はそれを側から見るものも高める効果を持つ。行間に爽やかな風が流れ恬淡としてわだかまりを産まない。 一方上の4つは言った人間も読んだ人間も自らが向上する効果は期待できない。むしろ不愉快になり奈落を目指しかねない。読んだ人間は不愉快になるものもいるが、喜ぶ人間もいる。喧嘩を見物するのは楽しい作業だと思う人が多い。テレビのワイドショーと同じだが、それが上質な時間かどうかは議論を待たないだろう。 言葉というのはエネルギーである。そのエネルギーを発しているのは匿名の書き捨てコメントでも変わらない。誰も自分のことを知らないと思って、せいせい書くが、実はそのおどろおどろしい負のエネルギーが自分に向かって来ると言うことをわかっている人は少ない。実はネガティブな独り言でさえ自分自身の体と心に悪いのである。元気がないとか病気とかの遠因になる。 ちなみにこのブログのコメント欄は閑散としている。たいてい対話にならない。まず基本的に私は吼えているのである。咆えるでもいい。咆えるライオンとは対話にならない。案外吼え向かう人間もいない。(いても承認しない)これはそういうブログだから仕方ない。読者は基本的に観客で、今日もまたハルトモは吼えてるなと見物にくるのである。 ということで対話をしたいと言っているわけではないが、人様のブログにコメントするならやはり対話は意識すべきだとは思う。吼えてもいないブログ主に向かって咆えるのは吼えている相手に吼え向かうのと同じくらい愚かである。まあその前にまず礼儀だな。名乗りもしないで名乗ったところでどうせデタラメで何を偉そうに言うかても多い。 |
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渋谷区の児童養護施設の施設長が刺殺された。施設に対して恨みがあったと犯人は言っているそうだ。とんでもない話で到底許されないが、一方でこの件で肝を冷やした児童養護施設の施設長は多いと思う。いろんな子供から恨みを買っているという意識は施設長を始め多くに職員にあるのが実態である。
わたしは今でも児童養護施設の卒業生と付き合いがあるけど、施設長を訪ねてくる卒業生は皆無に近い。ほとんどの卒業生は施設長にに良い感情を持っていないのである。そう思われるだけの扱いをしているのだから仕方ない。でもそこが施設長にはよくわからない。わたしがいた児童養護施設の施設長は苦労知らずの三代目のボンボンで他で働いた経験もない。虐待された子どもの気持ちなんてわかりようもないのである。 児童養護施設の施設長にとって一番怖いのは児童相談所である。児相の機嫌を損ねたら自分の身が危ない。綺麗事はいくらでも言うが児相に良い報告をしたい。そうなると子どもは二の次である。自分の生活を守ろうと思えばそうならざるを得ない。でも施設長が恨まれる大きな理由に職員の態度もある。職員は自分が恨まれたくないからなんでも施設長の指示だと子供に説明するんである。職員だってうらまれたくない。まあそれも含めて施設長の責任ではあるんだけど。 |



