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朝起きてまずは温泉にゆっくりとつかる。お風呂で考えることはゴルフのこととそれとそろそろグリーンシーズンで山歩きなどもしたいのでその計画とか。スキーのシーズン券でゴンドラは乗り放題なんである。カミさんの分は割引券が置いてあるところをチェックしてゲットすれば良い。 朝食はコーヒーを淹れてそんで前日スーパーで買ってきた半額割引のサンドイッチと野菜サラダ。二つで定価500円が250円。スーパーの中のパン屋はそんな美味しくないけど値段が高くなると材料が良いのでそれなりに美味しくなる。それを半額で買うわけだ。 那須にいる間毎日ラウンドをするわけではなくのんびりする日もあるがもちろんそれには午後のアルバイトとかゴルフの練習も含まれる。通勤時間もないし1日は長い。ゴルフの練習も呆れるくらい安いのは前に書いた通り。 ゴルフクラブのセッテイングは再考慮中である。しばらく苦手としていた3番ウッドが最近手の内に入ってきた。ディアマナ のBF60のシャフトが合っていたようである。クラブ選びはほとんどシャフト選びと言っていいと思う。ドライバーはBF50、50と言っても58グラム、スプーンはBF60で63グラム、この5グラムが大きい。ちなみ振動数つまり硬さは変わらない。 3番ウッドが打てるなら16度とかの飛び系のユーティリティは要らないので、それを18度くらいに調整して、そんで20度のユーティリティは抜いて代わりに4番アイアンを入れようかと思っている。4番アイアンはプロギアのセット物の一部とゼクシオのフォージドアイアンがあってどっちかを選ぶ。 ユーティリティとロングアイアン、これはどっちを選ぶかという場合に方向と距離を考えねばならない。アイアンは方向より距離が狂いやすい。だからグリーン手前が池で越えさえすればすれば広いという時はアイアンよりユーティリティが良い。ユーティリティは距離より方向が狂う。逆に落としどこが狭くて曲げたくないけ手前になにもない時はアイアンの方が手堅い。つまりコースによっては両方持っていっても良い場合もある。 プライベートでは15本持って行って一本使わなければ良い。コンペとかだと不使用宣言しないといけないけど。 先日わたしの態度が悪いとクレームをつけたお客がいたんだけど、会社として接待してどうやら和解したようである。クレームにどう接するかはその会社ごと違うので別に意見はないが、私は嫌なことはやらないというだけだから必要以上にペコペコを求めたり特別扱いを強要する人間にも普通に接するだけだ。今度会ったらキチンと挨拶してくださいとのことであった。まあそれは当たり前のことであるけど、多分そんな会わないと思う。向こうから避けてくるからである。ひょっとして当分来ないかもしれない。案外そういうもんである。ゴルフ場とかレストランで揉めたお客は少なくともしばらくは来なくなるそうである。ずっと来ないケースも多いらしい。結局来づらくなる。そうやって世間が狭くなると損するのは本人ってことなんだけど。 私の場合はサービス産業で滅多なことでクレームをつけたりとかしない。いろんなことに鷹揚になってあえて鈍くする方が良いと思っている。自分なりにこだわりがあるなら自分でそれを実行すれば良いことで人様に強要する、あるいは強く推薦?する気にはならない。ホテルとかレストランの口コミで怒ったり文句ばかり言っている人間がいるけど、それで楽しいのかどうか知らんけどまあ気が知れないとは思う。 私のブログは自分なりの考えが満載であるけど、私の真似をすべきとは絶対言わない。自分が正しいからと人もすべきだなんて思わない。まあ真似できるもんならしてみたら良い。なかなか上手くいかないとは思いますよ。なんにせよ人の真似と言うのは難しいんだけど、世の中の多くの人は自己流より誰かから学びたがる。もちろんスポーツとか芸事はどれで良いと思うけど、人生とかあるいは人生そのものとも言える相場とかは真似はとても難しい。真似してもいいけどそんで手間を省こうと言うのはお門違い。結局自分でやったのと同じくらいの手間が多分かかるということは知っておいた方が良いかなと思う。 |
株式投資
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厩舎にはインド人が住み込みで働いている。外国人としていろいろサポートは必要である。インドへの送金とか口座開設とか、あるいは公的サービスを受けるとか。厩舎としてこのお手伝いをすることはない。英語を話せる人間がいないのだからインド人が話す片言の日本語では込み入った話などできっこないし、給料も催促しないと払わないくらいだから社員へのサポートなんか関心外である。
ということで私が週一で厩舎に行くたびに彼らからヘルプを求められる。それでわたしが彼らの代わりに携帯会社、金融機関や市役所などに電話して話を通してやる。わたしがいないともっと困るんだろうなと思う。ということで馬のそばで働くのはとても気分も良いししばらくは続けるつもりである。
相場で捕食者と被捕食者を例える例として、例えば虎と羊とかわたしは使っているし、農耕民族と狩猟民族という言い方する。日本的に言うなら農民と侍で、その侍も江戸時代の侍じゃなくて戦国時代の浪人が相場師のイメージだと思われる。わたしはこのブログでもたまに他所でするコメントでも、農民は相場には向かないので、やらない方が身のためであると散々書いている。
農民というのは相場でだけ農民という意味ではない。その人そのものが農民根性の染み込んだ農民の人生を送っているという意味である。まず変わるもんじゃない。だからこそやらないほうが良いとわたしは思う。(趣味程度は別にして)ところが時々だけどこのブログでもわたしの書いたことをどう読んだのか「わたしは羊は辞めて虎になってみせます。」とかいう人が現れる。そんなことわたしは言ってないのにね。羊がそう簡単に虎になれれば苦労はない。生き様とか人生観とか性格を変えるくらいの話なんだから。
実際このブログで15年目でそれと同じくらい長い相場のブログでも15年で都合30年という合計が成り立ちはしないけど、いずれにせよ羊から虎になりましたって、そんな報告聞いたことがない。たぶんいないと思う。出来の悪い虎がのたれ死んだってのは日常くらい難しい相場の世界ではまず聞かない話だし、その虎になってみせますってのも軽いのね。たぶん日常生活は何も変えないで相場でだけ変わろうとしている。
そんで何が危ないって一番危ないのは農民が武士の真似をすることである。それも相場というの戦さ場で。これはむしろ寿命を縮める方向になる。まあ好きにすれば良いことなんだけど。なにか人の影響を受けるなら、人の書いた日本語をちゃんと読めばいいのにね。わたしは辞めておけとしか言わないんだから。その理由も書いてある。どこ読んでそう思うのか? というよりそう読みたくて勝手に読んでんだろうね。きっと。
あなたも相場のプロになれるって本が有名らしい。わたしは相場の本は読んだこともないので当然それも読んでないけど、タイトルはわたしの趣旨にそえばかなりふさわしくない。どんなに内容が優れていてもである。あなたも相場のプロになるどころか、ひどい目にあった人間の方が圧倒的に大いに決まっている。本を読んだ人間と株のプロの数を比べれば瞭然であろう。
戦国時代に農民から武士になりあがった人間はいたことはいたと思うけど、生き残る確率はたぶんもともと武士として育った人間よりはるかに低かったと統計はないけどわたしはたぶんそうだろうと思っていて、それにおかしいという反論はそんなないはずだと思う。
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紙幣そのものをいい加減に扱う人はお金が貯まらない人です、なんてよくマネー評論家が言うけど、お金はただの記号でそれが口座にあっても財布に紙幣という形であっても記号は記号なんだからそれ以上に有難く感じて大切にする気にはわたしはならない。ということでお金がくしゃくくしゃになって服から出てくるなんてのはよくあること。洗濯してしまうこともしばしば。
そんで厄介なことが起きた。先日道の駅での乗馬のイベントで来た上着。その後洗濯したんだけどポケットから5000円札が出てきた。その上着はずっと着ていなかった服で一年ぶりに着たわけ。当日はボデイバッグにお金を入れてそれでお釣りの受け渡しをしていたんだけど、子どもを馬に乗せたり餌の用意とかでひょっとして受け取ったお札を自分のポケットに入れてしまったのかもしれないという気になった。
もちろんそんな記憶はない。お金は受け取ったら必ずバッグの紙幣入れに入れてそれで小勢入れからお釣りを出していた。だから間違えて入れたわけではなく元々入っていた可能性も高い。でも間違えて入れてしまった可能性も否定できない。どうだろう?自分のお金の可能性が70%、乗馬のお金の可能性が30%かなあ?そういう状態だから間違えて入れてしまいましたと5千円を返す気にもならない。かと言ってそのままというのも気分が悪い。半々の可能性だからと半分こにするというわけにもいかない。
駅に行ったらあしなが基金の募金を高校生たちが元気よくやっていた。寄付は寄付でわたしは別にしている。ちゃんと領収証をもらって税金を控除している。街頭ではいくら出しても税額控除にならない。でもわたしはそこで財布から千円札を3枚出して3000円を募金箱に入れた。街頭での寄付ではかなり多い方だろう。5千円全部入れる気にならない。自分のお金の可能性が高いのだから。2000円でもいいけどおまけで3000円にしておいた。ということで自分の気分のために寄付したわけだ。それでもお金はお金なんで生かされると良いなと思う。
ボルボが初めての車検を迎えて車を持って行った。車検の時は自賠責保険と重量税はカードが使えないので6万円ほどを持参したんだけど、重量税は減免でゼロになっているとのこと。3万数千円の税金がゼロになった。買った時も新規登録の重量税が減免でゼロになった。まことに有難い。なんて優しいのだと思う。3000円寄付してもすぐ返ってくるなって気になる。それも10倍返しで。車検で一番費用がかかるんはバッテリーの交換である。国産は知らないけど外車はだいたい車検でバッテリーを交換する。システム上バッテリーへの負荷が大きいためで数万円にはなる。ボルボの場合はメインバッテリーとサブバッテリーがあり7万円だそうだ。
これを交換しないで済ましても当面は問題は起きないが2年は持たないのでどこかで動かなくなる。セルの回りが弱いからそろそろ交換ってわけにはいかない。突然動かなくなる。それを知っているのでケチらずに交換することにした。ということで総額は18万円くらいになる。新しい車はディーラーで車検を通す方が間違いがない。ソフトウェアの更新とかリセットとかは町の車検屋ではできないがそれくらいは儲けさせておけば良いと思う。逆に古い車だとシステムも古いので安くあげることも可能だが古いシステムは乗る気がしないのだから仕方ない。
久しぶりに新宿のかつての会社のそばに行ってきた。とても懐かしい。10年ぶりくらいか? かつての会社の韓国の同僚が家族で日本に遊びに来てそれではと一緒にディナーであった。かつての上司のいわちゃんも一緒だ。三人でよく知るイタリアンレストランでわいわい楽しく飲んだ。会話の中身はお互いの近況と将来のプランとかで、会社の思い出話などない、ましてや会社の悪口などあり得ない。三人ともすこぶる順調でそこらのサラリーマンのような酒飲み話にはならない。
韓国の同僚はわたしの生き方に強く影響を受けていて自分なりの幸福像をしっかり持ってそれを現実のものにしている。自分のしたい暮らしがあってそれを維持するのに必要なだけ稼ぐというスタンスである。まず稼ぐというのではない。それで家族との時間も多くとても楽しいようである。
いわちゃんとはゴルフの約束をした。最近腕を上げたらしい。本当ならカミさんと良い勝負になる。いわちゃんについてはここで何度か書いているけど、今はバンコックにコンドミニアムを4軒持って、そのうちの一軒に住んでいる。日本では銀座のようなところでコンドの価格はかなり高いし中古でも毎年値上がりしているから賃貸に出しながらキャピタルゲインでダブルで儲かって笑いが止まらないようだ。ただそれには条件があって現地でだまされたりぼられないためにタイ語の読み書きを習得して68歳にしてタイ語がペラペラである。現地事情に精通してもいる。それなしでは日本人の投資家がタイの不動産で儲けるのは無理だそうだ。
いわちゃんはもともと日本でも数軒家を持っている。株式などの金融投資は芽が出なかったけど、不動産では着実に成果をあげている。いわちゃんによると金儲けが趣味なんでいくら金があっても止められないんだそうだ。そこがわたしとは違うところであるけど、三人に共通しているのは、いくら儲けても暮らし向きが変わらないということである。儲けたから、高い服を着て高いものを食べて高い車を買うとか、それはそもそも裕福だからそれなりのものは買うけど、投資で儲かったから、、、という思考回路にはなっていない。このあたりは間違えてしまう人が多い気がする。もちろん高い時計とか高級でもそれがその人にとって当たり前のものであればそれで良い。普通に金を使えばそれで良い。だが儲かったから何か買うという思考回路はわたしはない方が良いと思う。自分で自分の気分を盛り上げてしまうのは危ない。
楽しく飲んでいわちゃんと折半して会計を終えた。韓国の同僚は何年か前にも日本に来てそれもわたしがご馳走した。いつか韓国に行ったらご馳走してくれると言っている。いつか行こうかとは思うが当面は那須なんでしばらくは行かないかな。
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このブログの一番最初に投資のことを書いていて、それで投資スタイルという言葉を使った。フォームでも良いと思う。このフォームということは、常に同じようにするということである。これを安易に考えている個人投資家が多いような気がする。ただしいフォームをどうやって見つけるかに努力のほとんどが行っていて、続ける努力は見つける努力よりはるかに小さい。なぜならうまくいかないのが続くと人は何か違うことをしたくなるからだ。今までやってきたことは間違いではなかったかという思考が頭をもたげる。それでいろいろ試行錯誤した挙句にようやく見えてきたとか言う人もいる。見えてしまえばこっちのもんだとたぶん思っている。それを続けることの方が見つけることより難しいということがわかっていない。
極端に言うなら、投資にはよほど変なことをしない限り間違ったやり方というのはない。そのフォームを常に維持することができる人間が勝つ。これはまったく同じことを馬鹿正直に続けるという意味ではない。環境は変化する。それに対応して自分も変わる必要がある。だが変わらない部分をフォームとして自分が持つことで対応力もあがりフォームは維持されるということである。
このあたりはゴルフと共通点がある。大切なのはフォーム、でもそれが見つかったと言ってもそれで誰でもシングルになれるわけではない。それをフォームとして身につけるのが努力の大部分になる。ところがそれでコースに行くと状況は様々に変化する。地面は平らじゃない、天候も変わる。前に木があって真っ直ぐ打てない時もある。低いボール、高いボール打たねばいけない時もある。それに対応していろいろな打ち方をしないといけない。だがそれも基本になるフォームがあればこその対応力である。
いろいろやっている。一見違うことをしているように見える。でもそれを貫くフォームがある。これはこのブログで何度も書いている人生論も同じである。わたしは軸という言葉をしばしば使う。人生も臨機応変いろいろやるが、それを貫く軸がないと、すっとこどっこいと散らかってしまう。そして頑なに同じでもでもダメ。
こうやって書いてくるとフォームという視点ではなんでも同じである。そしておおもとになるのはどういう生き方をしているかである。投資も生きる一部分である。軸のない人生を送っている人間が投資でだけフォームを維持して成功を収めるというのはわたしには考えにくい。たぶんない。だから自分がどういう生き方をしているか、それを自らに問うのが最初になる。間違った生き方とか正しい生き方とか、それは極端に言えばあるのだろうが、ほとんどの場合はどんな生き方をするかは自由である。自分がこうと決めたその生き方にふさわしい投資をすることである。
多くのサラリーマンは投資に向かないようなことをここでよく書いている。他者への迎合色が強いサラリーマンは軸というものそのものが弱い。それに投資は他者に迎合していては勝てない。つまり生き方と違う。だからやめておいたほうが良い。さらにサラリーマンは動物でいうなら羊である。相場師は虎とか。羊の人生を生きながら相場でだけ虎にはなれない。だからわたしはやめておけとしか言わない。いろいろ書いてるけどこのブログにはちゃんと軸があるのです。ハルトモらしいことをやってハルトモらしいことを書いている。
じゃあハルトモ君、君にはそんなに立派な軸があるんなら、それをゴルフとかスキーでなぜ生かさない? それだけ試行錯誤やって上手くいかないとはいかなることかと、みなさんそう言われるかもしれない。いや言うだろう。だから何度も書いてるでしょう。そこは才能だって。才能がないことには何をやっても上手くいかないのよ。ただゴルフとかスキーは上手くいかなくても楽しいけど、投資で負け続けて楽しい人はいないでしょ? だからやめておけでいいわけです。逆に言うなら楽しくなきゃやらんほうがいい、これもいつも言っていることです。
アウトレットに行った。娘が社会人となり最後のおねだりで時計か財布と言うが、結局両方買ってしまった。ブランド物の時計が良いというけどそれはヤメさせて、もう少し庶民的なブランドの時計とそれとブランドの財布にしたから総額はだいたい想定通りである。わたしはブリジストンのゴルフシューズで2016年のモデルが在庫処分で定価の3分の1で売っていた。チャンスだと同じデザインで3足買った。わたしのゴルフでは家から履いて行って家まで帰れる靴が良いと最近思っているので、いかにもゴルフシューズという靴は避けたいからちょうど良い。ブリジストンのゴルフシューズはフットジョイよりも耐久性が高いと思う。同じデザインだから色違いで右左変えてもいいんだけど、そんなことしたらどうかな?
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自分は頭が良いと思っている人で、相手がバカで話が通じないと言う人がいる。でもこれでは試験では良い点を取れても世の中でうまく行かないだろう。本当に頭の良い人は相手のおつむの加減に合わせて、コミュニケーションを取れる人である。この程度のおつむの人ならこういった反応をするだろうとか、こう考えるだろうとか、そのあたりを間違えない。もちろんそこにはおつむの加減だけでなく、性格とか、その人間の求めるものとか、総合的な判断が必要になる。大切なのは観察力と判断力である。
彼には裏切られたとか言う言葉を使う人もいるけど、これも同じだ。自分が裏切られたと思うだけで、相手は自分の論理の中では当然の行動を取っているのである。それがわからないで自分の思い込みで人の行動を予測なり期待するから、裏切られたなどと言う間抜けなセリフが出てくる。ハルトモ君は裏切られたなんて記憶ないですよ。嘘をつかれたくらいで腹をたてる方がおかしい。自分だって適当な嘘を言うでしょ。
裏切られたというなら自分に裏切られたと思う方がよい。わたしはしょっちゅうだ。
ヘッドアップは禁物といつも思っているのに肝心なところで大ダフリ、理由はヘッドアップだ、と打ってからきづく。打つ前は覚えているけど、どういうわけかアドレスを取った瞬間に忘れる。ダフって弱々しく飛んでいくボールを見送りながら、自分で自分に裏切られた気持ちでいっぱいになる。クラブを叩きつけたいくらいだけど、みっともないだけ。クラブに罪はない。
そう考えると自分と言うのは頻繁に自分を裏切る。きっとゴルフに関しては自分に期待しすぎだな。一方株式投資とかあるいはビジネスでも自分はそんな好きじゃないから自分を冷静に見て自分から裏切られることはわたしはない。好きこそものの上手なれと言う言葉もあるけど、その逆もまた真なりではあるまいか? 投資で失敗する人は見通しの甘さに加えて自分を買い被っているんだと思う。あなたなんか負けるのが当たり前ですよ。
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