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300円のお気に入りのパンを買うといつもより50円くらい安い。常連さんに適用される元気割引だという。常連の元気な人ね。いくら金があってもまけてもらうというのは嬉しい。また走って帰り温泉に入る。1日何度風呂に入るかわからない。 投資家と投機家とあって、個人投資家と言った場合にはこれは個人投機家を含んでいる。もちろん厳密な区分けはなくて投機的な投資家もいるし、投機家だって投資をする時もある。ただ境目が曖昧だと言っても、この差は大きくて話をすると大体通じない。何故かというと投機家は株価にしか興味がないからだ。会社のことなどむしろ知りたくないの、という人が多い。一方投資家はまがいなりにも会社を見て投資する。もちろん株価にも興味があるのは当たり前だ。 投資家は会社を見てビジネスを買う。投機家は株価を見て株を買う。投機家の場合は売りからも入るし買いからも入るが投資家は基本買いでのエントリーだけであろう。なぜならビジネスを買うことができるけど、ビジネスを空売りすることは通常できないからだ。投機家は買いから入ろうが売りから入ろうがやっていることは同じだと考えるだろう。だが投資家であれば買いと売りの順番は決まってくる。 世の中でほとんどの人が株で損をするらしい。百歩譲って、ほとんどの人は大して儲からない、と言えばまず反論はないだろう。ということは投資家だろうが投機家だろうが、どっちも損をするのは同じだと言えるかもしれないけど、中身は同じじゃないと私は思う。身を持ち崩すとかあるいは電車を止めるのは投機家が多いとわたしは思っている。それから精神的になんらかのダメージを負うとか、あるいはストレスを受けるのは多分投機家である。 わたしの知り合いで大損した人間はすべて投機的な行動の結果損をしている。いろいろ大騒ぎしてあーだこーだとやってどうにもならなくなる。一方株を買って下がってしまってもずっと待ってどこかで上がってやれやれ、こういう人はそんな大損はしない。 だからわたしは素人は投機などやめておけというスタンスである。中途半端に玄人の真似をするのが一番危ない。そんなことしなくても一生に数える程だろうけどこれはというチャンスが来る人には来る。それを良い態勢で待てれば経済的な意味でわたし程度の自由人に近づことも可能だろう。 多分まだるこしくて待てないんだろうね。それで態勢を崩すからいざという時に動けずチャンスを逃すわけだ。 |
株式投資
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コメント(2)
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株式会社の成り立ちからして、原始、株というのは買いしかなかった。だから相場というのは買いから入るのが自然だと思う。だが株式の市場ができるとそこで売りから入ることも可能になった。マネーゲームの始まりである。
現在でも多くの個人投資家は買いしかやらないと思うが、わたしはそれは健全で良いことだと思う。売る人間というのはマネーゲーマーなのであるから、素人はマネーゲーマーの真似ごとなどしない方が安全だしまた業も深めずに済む。
業績が伸びて会社が発展していけば株価が上がっていくことになる。その場合にはなんだかんだで多くの人間が儲けることができる。損をするのは伸びる会社に売り向かったマネーゲーマーであるが、彼らは負けてもさほど同情する必要はない。売り方は買い方を殺すつもりで売っているのであるから自分が殺されるのも覚悟の上ということになる。
ということで伸びる会社の株を買う分には、会社の時価総額が膨らむわけでその分お金が全体として増えるのであるからそれほど多くの素人を痛めつけることなく自分も儲けることができる。つまり無益か有益かは別として殺生は少なくて済む。売りは逆である。全体でお金が減っていく中で儲けようという試みである。それだけたくさん殺生しないといけない。
だからなんだと言われそうだが、わたしはあまり殺生はしたくない。回り回ってあまりよろしくない運気が自分に向かってくるような気がする。それは別に相場に限ったことでなく生きていく中で何かあるように漠とそう感じる。例えば事故とか病気とか。もちろん善人でも事故にも会えば病気にもなるのでもそんなはっきりとした関係ではない。ただなんとなくそう思うということ。自分の気分ということでもある。
だから足りるを知って必要な分だけ稼いで止めるのが良いとわたしは思っている。ハンターも度を超えなければそれは立派な仕事である。バチもあたるまい。そういう意味では相場で稼いだ金であまり贅沢するのはわたしは嫌である。贅沢するためにはそれだけ余計に金が必要になる。つまり殺生が増える。そもそもわたしは自分がこれくらいはしたいという暮らし向きがあってその分を稼ぐだけである。
ボッシュは数年ホールドしていて、その間ずいぶんと株価は上下したけど、結局業績が上がるに従って株価はうなぎのぼりで、チャートだかなんだかで売りむかった人間がかなりいたらしいが、信用で売り向かって株価が業績で跳ね上がればそれは悲惨な目にあう。
わたしはそういう会社を選んで買っているわけだから自分では当然だと思っているけど、逆に売っている人間からすれば一体何が起きているんだということだったろう。まあ化ける可能性がない地味な会社を選べばいいのかもしれないけど、当時のボッシュは十分地味だと思われていたわけだからやはり何が起こるかわかったもんではない。
今後もし大暴落が起きたらどうするか? それは暴落まで売っていればずいぶんと殺生することになるけど、下がりきった時に買うのはこれはこれから上がろうという話だからそこからの殺生はあまりない。だからある程度はやはり買うとは思うけど、それほど金は要らないのでまあそんな大きな勝負にはならないと思う。
それでも勢いで儲けるならそれは天命であるから、そこでお金の使い方も考えねばならないかもしれないけど、そこで贅沢という選択肢はないので、自分以外のために金を使うということにならざるを得ないが、それも面倒だという気もする。金でできることなど知れているからである。
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私の邪推を披露しよう。この鮮やかなクーデター、黒幕は必ずいる。だがそれは日産内部ではないだろう。そんな覇気のある人間は日産に残っていない。全部ゴーンにクビになっている。残っているのは茶坊主だけである。それが今の日産。
ゴーンは日産を牛耳っていて同じように三菱自動車を牛耳れると舐めていたのではないか? 日本最強の財閥 三菱を多分ゴーンは怒らせた。と言うか三菱の怖さがわかっていなかった。 遡ること10数年前に三菱自動車がダイムラーの傘下になったことを覚えている人もいるかもしれない。だがそのダイムラーを三菱グループが総力で追い出したことはあまり知られていない。ダイムラーの場合は唐突に見切りをつけて全ての資本を引き上げたが、それで三菱重工中心での支援体勢がすぐできて、ああ三菱はダイムラーを追い出したとわたしは理解した。 三菱財閥はまさに日本そのもの。三菱自動車がゴーンのオモチャにされることは許しがたい。ゴーンの場合は日産でだいぶ脇が甘くなっていたから、そこを三菱財閥が突いた。当然高級官僚も絡んでいるだろう。政治家も噛んでいる可能性も高い。三菱の力は強大である。 今後ルノーとフランス政府がどうでるかだけど、彼らが守ってやろうとしなければ、ゴーンは実刑まであるだろう。間違ってもルノーの親分として残ってもらっては困る。息の根を止めるには実刑である。ホリエモンはだいぶ小物だったがやはり権力を怒らせて収監された。 以上邪推である。根拠はわたしの経験と勘。その勘がどれほどのものか知っている人は知っているとは思うけど。あくまでも邪推ね。 |
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最近ラウンドは多いけど練習は少ない。かなりスイングが乱れている実感があって今日は久々に練習場で打ち込んだ。三百発ほど練習したが、少し戻ったかなという感じ。これだ!なんて開眼てのはゴルフの場合あまり役に立たない。なんとなくこんな感じかなてのがいい。次回はひさびさにかつての埼玉のゴルフ仲間、あまさんとのラウンドであるがカミさんもいるしさらっと回りたい。もう張り合う気もしない。
最近中古車の検討を随分している。実際見にも行っている。以前書いたように自動運転の次世代が2020年あたりからどんどん出てくるのでそれまでのつなぎで中古車がいいのではということである。ディーゼル車で今のボルボV40より一回り大きいのがいいかなって思ったり。V60とかBMW3とかメルセデスCとかEとか。でも欲しいなって思えないんだよね。実際車を見てもわくわくもしない。欲しくもないものは買ってもしかたない。
日産のゴーン社長が逮捕だそうである。わたしはあまり会社の実名をあげて批判はしないのだけど、感心できない会社を10年以上前にこのブログでいくつかあげている。一社は経営者がわたしの予言通り数年後に違法な取引で摘発されて企業は破綻した。
また一社は有名な若手経営者でやはり逮捕された。そしてもう一社あかんだろうとわたしが指摘したのはこのカルロスゴーン率いる日産自動車である。すごい予見性だ。
ただ投資という面で有望な会社は予測可能だけど、これはダメだと言ってもどうなるかはそれは難しい。おかしな経営者でそれなりにやっている会社はいくらでもある。やはり投資は買いで気長に待つのが間違いない。
ゴルフの練習に行ってそれからジムで汗を流してそれで、写真の本の左側、いねむり先生を読んだ。400ページだが内容は軽いので2時間ほどで読了。やはりこの作家はわたしは良いと思わない。それと阿佐田哲也の話とのことで期待しすぎたのかもしれない。ただ一応阿佐田哲也の話なんで最後までは読んだ。右側の本を読むかどうか? いつかは読もうかな。
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わたしの友人知人なんか見ていると普通のサラリーマンとか元サラリーマンだと、だいたい2000万円負けると目が覚めると言うか自分がどの程度か気づくようになっている。その後はチマチマとやって勝ったり負けたりで細々生きていくか、あるいは株は止めるということになる。この辺りがリーマンが負けられる限界なのかしらって思う。自営業とか資産家だともっと単位が大きくなるのかもしれないけどそう言う人は直接は知らない。ほとんどの人はどこかで自分の器量に気づくんだろうけどとことん行ってしまう人もいてそういう人の末路は想像通りになる。
ある株を買ったがけっこう下落してしまった。さてどうする? そうなった上で一番確率が高いのは塩漬けにしてじっと待っていることだと思う。潰れない会社であれば気長に待っていればたいていどこかで上がってきてそれで元くらいになってああよかったと売って胸をなでおろす人が多いんじゃないかしら? 何をやってんだかて話だけどそれでも大負けするよりはずっとましで、それで怖い思いをしたからもう止めておこうとでもなればハッピーエンドである。
危ないのはなまじ知識をつけたりして、塩漬けは素人のすることだなんて信じ込んで、自分も素人のくせに格好良く損きりする輩。まあ格好だけ玄人の真似をするわけだ。これを繰り返していってどうにもならないところまで行ってしまうと、これはもういくら待っても負けを取り返すことにならない。株価が元に戻ってもその分の負けがなくなるだけで今までの累積損失は消えないから。それでらちがあかんとやはり損きりして転進それでまた負けを増やす。
そういう人間は株のことに詳しい。よく勉強している。わたしの知人でも負けているくせに口ではわたしを凌駕する人間なんていくらでもいる。このわたしに講釈する勢いなんだから笑ってしまう。結局できの悪い鎧が一番危ないってこと。自分では武装しているつもりで実はそうじゃないてんだから始末が悪い。鎧なんて着なければ怖くて逃げるから。
いくらでもいいんだけど仮に2000万円負けたとして、そこから盛り返して何千万円も儲けるとかあるいは一財産築くとか、そういう話は聞いたことがない。才覚がある人はまずそんな取り返すのが難しいくらい負けるところまでいかないで、もっと早いどこかで体勢を立て直すよね。もちろん止めるって選択肢もある。わたしなんか株式投資を始める前に一番検討してそして待った。始める前というのはとても自然な姿勢。これを維持することが大切。
阿佐田哲也氏の本を読むとそういうことがたくさん書いてある。ギャンブルも体勢が全てと言っていいくらいだと彼は力説している。それこそ大負けの負け組から勝ち組に化ける人間は彼の小説には出てこない。カモはあくまでもカモ。
彼は人生も体勢だと言っている。良い体勢を維持する人間は何をやってもうまくいく。体勢が悪い人間は無理をしてどんどん自分の体勢を悪くしていく。今自分の体勢がどうなっているか意識するてのはこれはわたしが阿佐田氏から学んだことでこれは生きていく上でわたしが心がけていることだ。ここで下がっちゃおしまいよ、なんて記事をだいぶ前に書いたけど体勢があれば金はどうでもいいくらいに思うくらいでないと。
阿佐田氏の本でもそれから上に書いた株の本でも、たいていの本に罪はないね。悪意を持った本てのはまずない。結局自分自身。読んでいるつもりでちゃんと読んでないかあるいは自分に活かせないか、そうだったら読まないほうがまだましなんだけど、まあ阿佐田哲也氏の本は娯楽小説だから読んで面白ければ良いということで、それはこのブログも同じ。こんな文章読んで納得したとか参考になったなんて思っちゃ逆に危ないかもしれませんよ。
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