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成功していると自称する不動産投資家が何人も出てきた。ほとんど元々はしがないサラリーマンだ。自分では自慢しているつもりのようだが、わたしなどはあーあ馬鹿な奴だと、もう今から同情して見ている。だいたいカネもないのに借金して買っただけで成功者気取りなんだから笑止である。
今のところはまだ破綻していないだけ。今後20年とかちゃんと返済して生き残るのは少数だというのはほぼ間違いない。やっている連中は自分こそは生き残ると思いこんでいるがまあ生き残る人間もいないことはないが全体を見ればそういううまい話にはならない。 背景にあるのは2つ。貸す側借りる側両方である。不動産担保でいくらでも貸す銀行がいて、一方給料も上がらず将来への閉塞感と不安を感じるサラリーマンがいる。全額ローンで自己資金なしで一棟物の物件が買える。チャンスだと思うのかもしれないが、本当にうまい話なら貧乏サラリーマンに話はこない。ていよくリスクを背負わされているだけである。 今後長年借金を返し続けねばならないがその長年のリスクの見立てが甘すぎる。まず震災が来たらどうするのだろう? そんな極端な話でなくても家賃はどんどん下がってそれでも空き室は増える。おかしな賃借人とのトラブルもあるだろう。それが長年続くのである。まず精神的な安寧は失われるだろうね。いつもカネの心配ばかりしている一生になる。そして最後にどうするつもり? 出口戦略がない。最後はどうにもならないあばら家が残るだけって可能性は高い。 まあ自分だけはうまく行くってそう思う人はやればいいのだろう。やればそれはどうなるかよくわかる話だ。最初の不動産投資家を見ていて感じたのは、これは貧乏人の特徴でもあるんだけど、自分にどれだけカネが必要かわかっていない人間が多い。カネというのは多ければ多いほど良いというものじゃあないのだが、自分とカネの距離感が定まってないからそれがわからない。入ってくるカネにあわせて自分の生活を組み立てる。本来は自分のしたい生活スタイルというのがちゃんと自分で持っていてそれに必要なカネを稼ぐ。それ以上は意味がないから要らない。つまりわたしのことなんだけど、こうあるべきなんだけどね。 |
不動産投資
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不動産投資のブログ集を見ていたら、そこでの投資家の格付けというかステイタスはどれだけ物件数を持っているか資産額とかあるいは家賃収入になっている。大成功者と誉めそやれている人間はなんと100億円も不動産を借金して買っている。この数年で買いまくっていうるようだ。そんで家賃収入が年間5億円あるそうだ。そこから借金と諸経費と税金を払うと数千万円が残るらしい。それで豪華な生活をして自分は成功者だと言っている。
これを事業として見ると、売り上げが5億円の会社でありながら、有利子負債が100億円ある会社ということになる。とんでもない借金漬けの会社である。今後利益率は改善する見込みはない。むしろ利益率は下がると予測される。それを補うためにさらに借り入れを増やし物件を買って収入を増やすんじゃないだろうか?
もしこれを株式会社にしたら誰が株を買うだろう?少なくともわたしは買わない。今後の経済状況の変化によって破産する可能性がある。そのリスクが数十年続く。震災が来たら一発アウトだろう。政策による打撃もありうる。だが個人だと胸を張って成功者、さしあたり一人が贅沢して暮らすだけの金は毎年流れているから。その人は一生お金の算段をしながら行きて行くんだろう。その人が言う、人生はお金じゃないなんて言う人間は稼いでから言ってみろと、、やはり自分が守銭奴と見られているという引け目は感じているようだ。でなきゃそんセリフ出てこないだろう。だが確かにこの人は流れている金を掠め取ってはいるが実は借りて買っただけだ。わたしから見れば稼いだとは言わない。(よしんばそこにいろんな苦労やテクニックがあるにせよ)
先日栃木の富豪と話していたが、彼は上に書いた様な首をかしげるようなビジネスではないが、それでもいろいろある。事業というのはいくら羽振りがよくても先のことはわからない。自分も会社で事業を一から起こしたからわかるが会社というのはなにかの拍子につまづいてガラガラと崩れことは多いのである。それが嫌だからそうならないためにどこまでも働き続ける。さらに後世にどう残すかという責任もある。従業員も気はしないと思ってもストレスにはなる。金、人、物、心配はつきない。
若い頃は金持ちの家の子で親の事業を継げて、それはけっこうなことだと思ったものだが、わたしがこうなってみるともう羨ましいとは思わない。わたしの方がはるかに自由でそして選択肢が多い。ふらりと児童養護施設を訪れて3年半働くなど自由じゃなきゃできない仕業だ。これからどうやって生きていこうか? それをのんびりと考えるだけでもワクワクとする楽しい作業だ。
人間ひとり幸せに生きるのにそんな規模はいらないって思う。大きなお金が流れていなきゃ経済的に成功したと言えないと思うならそれは勘違い。ちょっとまとまった資産とそして暮らすに不足のない不労所得があるだけでよい。もちろん無借金。大きなお金の流れは一見派手だがむしろその分気苦労が多くなる。
まとまった資産とはいくらか?暮らすに不自由ない不労所得とはどれほどか?これはその人次第だが、両者のバランスというのはある。暮らすに不自由ない収入は年金とか安定しているものでないといけないが、それでも世の中何が起こるかわからない。なにが起こっても不安を感じない程度でそれがあれば暮らせるというのがまとまった資産である。資産は手つかずでいいが保険という意味合いと考えると形は考えたほうが良い。全部日本円じゃ危ない。
よくお金は流すものだと言う人が成功者の中にもいるが、わたしはどこに行っても少数派。むしろお金を流さない幸せのかたち。かと言って隠遁して自給自足をするわけでもなくそれなりに優雅に金は使うが、金の流れはそれくらいだ。人づきあいはお金とか損得とは別のところに持つ。仕事の利害のある付き合いはない、当たり前だ、失業者だからね。
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主要駅に駅に近い分譲ファミリーマンションをいくつか保有しているがうち一軒はお義母さんが入ったので家賃収入は減った。資産としてこれ以上不動産を増やすのはあまり好ましくないとは思っている。家は個人で3軒くらいが使える限度だと思うが、我が家はもう越えている。さらに買うというのはたまたま使っていないものを貸しているというスタンスから外れてくる。それでも暇なんでまあ出物はないかなと探してみてはいる。インフレ懸念もあるし。2000−2500万円くらいで出物があればひょいと現金で買ってもいいかなという気もする。
出物というのは築20年ー25年くらいの70平米以上でそれで主要駅からは徒歩10分以内。学区を気にする。学力が高いエリアというのがちゃんとある。そして必ず知られたブランドマンション。それもAクラスのもの。Aクラスというのは歴史があって規模があって評判の良いデベロッパーである。まあライオンズマンション以上。なぜ学区がよくてAクラスかと言うと、住人の質が良いのである。多少割高でも立地と作りの良い物件選んだ人たちは良質な住人である。住人の質がよいマンションは出入りが少なく買った人間が長く住んでいる。とてもきれいに維持されているケースが多い。近所つきあいも良好。お義母さんの入ったのマンションなんて最近エレベーターを新品に代えた。おおーてくらい雰囲気がかわる。貧乏人がたくさん住むマンションでは可決されないだろう。 買うときに無理してローンを組んでぎりぎり買う人間は目先の値段につられてBクラスとかあるいは知られていないデベロッパーの物件に手を出す。もちろん作りも悪いし立地もそれなり。売って出て行くとか賃貸物件がたくさんあるとか出入りが多くなる。落ち着いた雰囲気とはならない。近所つきあいも少なく殺伐とする。酷いとあちこち汚れが目立ち自転車置き場は雑然とする。みんな金がないので大規模修繕はけちられ大きなメンテは否決される。 こういうことが20年続くと、さいたまだと前者は買うときに4500万円であったのが今は3000万円近い価格で維持されている、そして買い手がすぐつく。後者は買うときに3500万円であったのが1500万円とかそれ以下になっていてかつ売りづらい。買うとき1000万円の差が逆転してしまう。安物買いの銭失いという奴である。 そういうことで資産価値において住人の質というのがマンションはとくに大切である。これを20年以上待って見極めて買う。今のマンションは丁寧に維持すれば絶対80年とか持つ。きれいに維持されている20年のマンションはぜんぜん若いし、さらには十分に値段が下がっている。意外と中古マンションになると作りの良さとかデベロッパーの質が価格に反映されない。20年すぎるとマンション価格はあまり下落しなくなる。あとは土地の持ち分の価格に向かってゆっくりと下がっていったりあるいは上昇したりする。 不動産投資のキャッシュフローを考えるときに利回りというものがよく意識されるが、それは買った値段に対しての賃料の割合でしか考えない人がほとんど。資産価値を頭に入れている人間が少ない。元手がゼロから資産2億円を築きましたなんてバーナー広告がブログに貼られているが、2億円借金して不動産を買っただけだ。収益物件なんてたぶん今売れば1億円くらいでしか売れない。最初から1億円マイナスだろう。 いつでも売れる物件でいつでも借り手がつく物件で、それで投下資金と売却可能金額の差とそれと賃料と維持費を比較してはじめて本当の利回りが計算される。そうやって計算するとほとんどの収益物件は儲からない。だって買う人間が自分で住まない投資家で買いたたかれる。住む人間が買うようなものを持っておくべきだ。わたしの場合自分が住んでもいいなと思えるものを買っておけばまず間違いない。将来の使い道も広い。目先の利回りは重要ではないが書いたような物件を現金で買えばまずおかしなことにはならない。返せなくて困るってことがないし、空き家も怖くない。 問題は大地主とか資産家の子どもでない限り、そういう現金をどこから持って来るかということで、それはわたしの場合株式市場であるがそういう人間がそんないるわけはなくて、わたしのような不動産投資をする人間がほとんどいないことになる。従ってまったく他の大家と競合することもない。仮に 競合しても負けるわけがない。借金もないし家賃なんか入っておればいくらでもいいくらいなのだ。一応相場で貸すけどね。 |
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知人で家業をついでとかあるいは起業して社長をやっている人間は何人かいて羽振りがわりと良い。わたしより資産が多い人間もいるかもしれない。だが使いきれないものそれ以上あっても仕方ないのと、しょせん収入を得る方法が人間の仮の姿であると見極めた以上、辞めたくなれば辞められるほうが身軽で良い。
会社を持っていればあるいは自営業でも辞めるのはそれはそんな簡単なことではない。ぷいと明日辞めたとはいかない。特に起業でなく家業を継いだ人間など大変だ。割と簡単に(そう言うと怒るだろうが) 財を手に入れた代わりにそれを次に引き継がないといけないという責任も出てくる。代々の地主で本家なんてこれはその典型だ。 ではサラリーマンで偉くなった人間はどうだろうか? これも見渡すとそれほどの金持ちはいないな。だいたい辞めたら困ると言う人間がほとんどだ。サラリーマンで自分が辞めたらその後が心配だっていう人たくさんいるけど、あまり心配する必要はないというのが実際のところだろう。どうにでもなりますよ。いろいろ心配してあげることが良いとも限らないし。 サラリーマンを54歳で退職してそれで児童養護施設に3年半働いた。とてもよい経験で楽しかったが、こういう選択をできるという自由が良い。やってみたいことをぱっとやれる身軽さ。最悪なのは大してゆとりもないのに身軽でもないというケース。そういう人が大多数か? それは失礼しましただな。まあそれなりに楽しくおやりになれば良いということだと思う。 ある不動産のブログに良いローンと悪いローンという記事が載っていて、自分は住宅のローンを賃借人からの入金でまかなっているので良いローンだ。悪いローンは自分の労働で払うローンだと書いてある。これはちょっとかじった不動産投資家の間では常識みたいに言われていることだが、わたしに言わせればまあちと違う。まず賃借人がローンを払っていると考えるのは間違いである。払っているのは自分。賃借人はいつ出て行くかわからないし、賃借人が入るように努力するのも自分の責任だし、さらにいろいろ維持費を払いそしてローン金利を払う。その手間賃やリスクと家賃との差額をもらっているだけである。そもそも借金を返済している人間を投資家と呼ばないとわたしは思う。 次に自分で働いてローンを返すのを下に見ているがこれも間違い。なぜならローンを返済する原資として家賃より労働の方が安定しているからだ。実際働いてローンを払っている人間のほうが破綻してないと思いますよ。むしろ破綻しやすいのは家賃を充てにする人間。だいたいローンを善し悪しという時点でちと見当違いな気がする。良い貧乏と悪い貧乏があると言っているような響きだ。ローンはしょせん借金だからないのにこしたことはない。 では労働で払うローンなら良いかというとこれも勘違いしている人もそれはまた多い。ローンは搾取であるが同じく家賃も搾取であるから家賃よりローンのほうがましとは思えるが、わざわざそれを大きくする人間が多すぎる。家なんて中古の出物を買うべきだ。それでなるべくローン総額を抑える。そしてできるだけ早く返してしまう。庶民は絶対そうすべきだが、なんだか自分が立派な人間と勘違いしているのか新築を買って大きなローンを組む人間が実に多い。そんで長いこと縛られ続ける。 払えるものは買えるものだという大きな勘違いがある。払えても買ってはいけないものがある。それは自らを被搾取層におとしめる買い物。それは避けるべき。児童養護施設で高校生はバイトをして自分で携帯電話代を払う。月に一万円ほど。わたしはもったいないからもっと安いものを使えというと、払えるから大丈夫だと答える。それに高い方が使い勝手が良いと、自分の身の程を知らない。こういう考え方では一生搾取され続けるのだが、自分では払えるから良いと思っている。貧乏人ほどこのあたりが甘いのであるが、言ってもどうにもならないし、まあどうでもいいのだけどね。 |
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以前賃貸人と賃借人を打ち間違えたことがある。そしたら鬼の首で取ったようなコメントが入った。ハルトモお前馬鹿だな、賃貸人と賃借人の区別もつかんのか? その後に言いたいのはハルトモのような馬鹿が儲ける世の中は間違っているってことだろう。このブログを読んでいればわたしが借りているわけはない。貸しているに決まっているのだから、読んでいて別段意味が通じないということはない。
ましてやお前な馬鹿だなと指摘する意味はないのだが、それを言いたい心持ちはかなり貧しい。ましてや匿名だ。わたしなら黙って読んでおくね。かと言ってそのコメントをした人間に喧嘩をしても意味ないどころか馬鹿げている。言われて直しておけばそれでよい。だが何年もそれをわたしは覚えている。
わたしは執念深くはない。恨みも持ち越さないほうだろう。それは親とかに対してもでもある。だがそれは忘れると意味ではない。忘れるのであればそれは確かに馬鹿だ。わたしは決して忘れない。そしてそれは将来のためのデータベースとなっていく。ただそれだけである。
いつも前振りが長いのはわたしの持ち味だが、さてどっちだったかな? 賃借人か、今日退去した。早速部屋をチェックすると恐ろしく美しい。さすが大手都市銀行の社員である。まかり間違って社宅の件でトラブって評判に傷がついたら出世に差し障る。やはりまともな人間に貸しておくに限る。
世の不動産投資家で儲けるためつまり利益をマキシマイズするために競売物件などに手を出すのも多くて、彼らはむしろやり手と称されるのだが、わたしに言わせれば利益にこだわる時点で二流である。利益なんぞ気にせんで、かと言って損もせず、なんだか自然に儲かっていくというのが極上である。それと客層の悪いのを相手にするのは面倒であるし頭痛のタネにしかならない。
そのマンションはこれから義母が住む。我が家からほど近くとても安心であるが、そんな物件買おうと思ってすぐにいいのが見つかるわけはない。仮にあってもこっちは欲しいのだから言い値で買うことになるだろう。まあ金があればの話だが。
だがわたしはそのマンションを5年前に、こっちの言い値で買った。その顛末は書いたこともあるので暇な人は探せば良いが、結局今でも相場は買った時より下がっていない。もちろん当面売る気はないが、そんでこの5年で700万円ほど家賃をいただいた。ざっくりと言うならこの今買うより、1千万円くらい安く買えたということだ。自然に儲かるってのはこういう話だ。計算も難しくない。どんぶり勘定で十分である。
儲けるためには他の投資家より競争力を身につけるに限ると思いこむ人間も多いが、まあ損するよりはましだろうが、やはりそれでは二流である。競争などしなければ良いのである。そこが個人と企業の大きな差である。企業であれば競争は避けられない。だが個人となった時に投資は個人の人生の中に組み込まれて、個人独自のサクセスストーリーを形成することが可能である。
なんとなく言っていることはわかるが、じゃあどうすればいいんだ?なんて聞きたくなる? そういう人はそこから間違っている。逆に聞くがハルトモはいったい誰に教わったのだ? せっかくの人生、一度きりだから自分で考えていきたほうがわたしはおもしろいと思う。それだけでチャレンジする価値はある。それでダメならそれでいいんじゃない。まあダメってことはない。自分でどう思うかだしね。
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