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貯金

入ってくる金の方が多くて、節約も何もせんで使いたいだけ使っても金が増えて行く状態というのは、たぶん貯金とは言わない。そういう意味で我が家は貯金というものはしたことがない。貯金というのはどういうものかと言うと、毎月の生活を設計して収入からやりくりをしてその結果お金をなんとか残すこと。貯めたお金はどうなるかと言うと、家を買う頭金になったり、あるいは車などの大きな買い物に使われる。そうするといっぺんに減るのでまたお金を貯める。その繰り返しで家などを買うとそれに借金返済が加わる。やりくりしてお金を返さないといけない。利子も乗せて。

そうすると家計を握っているのが誰だか知らないけど、毎日使うお金のことだから、毎日お金を意識して暮らさないといけないってことになる。けっこう面倒だと思う。学生時代に金がなくて毎月の生活費をいつも考えていて使うたびに今月あといくらと計算していたが、学生のような少額経済規模でも面倒だと思ったからそれを家族持ちの家計でやったらどれだけのものか想像に難くない。それをしないで暮らすのはとても楽でやはり使いたいだけ使った方が気分が良い。それを金がないのにやるのが浪費家というおばかさんということであるが、足りていればやっていることは同じでも誰も浪費家とは言わない。

ということで貯金とか借金返済というのを何十年と長くやらないといけないというのはその金額以上にけっこうしみたっれた根性を自らに養わないといけない。欲しいものがあればその度に買えるか買えないか、買うならどうやって、何を代わりに我慢して、とかいちいち考えないといけない。買ってもその分のネガが意識せざるを得ないので、買った分の喜びをそのまま楽しむというより何か負担になる。身の丈以上の高級車を買って死に物狂いで働くぞ、とか、自分で自分のお尻に火をつけるわけだが、車買ったくらいで働き方変わるってのも、なんだかなーというところである。実際さほどパーフォーマンスは変わりはせんかもしれないけど、家族と過ごす時間は減るってのはありそうだ。

お金があれば好きなものが買えて楽しいだろうなと想像する人は多いだろけど、実際好きなものを買うという行為がそれほど喜びというほどのものでもない。楽だし気分が良いという程度で苦労して買ってもいないなら感慨もないし買うという行為がもたらす喜びは瞬間的である。買ってしばらくすればあるものだから当たり前になる。
ただ言えるのはとても楽で、結果違うことに頭を使えるということである。旅行の計画を立てるのも楽しいし、スポーツしていても集中できるし、音楽を聴いていても映画を観ても本を読んでいても没入できる。

こういう差というのは数十年やると大きいんだろうなって思う。ちなみに旅行とか趣味の調べはわたしはすごくやるけど、これは金と時間があって行こうと思えば行けるという前提で調べるから調べていてとても楽しいディテールにもこだわる。金も時間もないならたぶんそんな熱心に調べる気にもならないだろう。車だって金がないとただぼんやりカタログを眺めて格好いいなあで終わりだが、買うかもと思えば検討は細かになる。家とか別荘とかすべて同じ。結果買わなくてもその検討が有益でかつ楽しいということになる。金があるとそういう効用があるというのはない人には案外知られていないことだろうね。





物欲

わたしも欲しいものは買う人間だし、買いたいものが買えるくらいには稼ぎたいと思うほうだから、物欲は否定しない。ただ物欲を満たすために、どうしたいというところがけっこう大切なんじゃないかしら? 例えば自分らしさを少々失って不本意なことをしても出世して給料あげて高い車に乗りたいって思うかどうかである。こんな単純な例でなくて、家族を犠牲にして子どもとほとんど遊べなくても、上司から気に入られて査定が上がれば、ほら給料が上がって教育費も出せるだろう、これでお父さんは家族のために働いているんだと、まあ車も買うけどね。それは自分へのご褒美、なんて、こうやって論理を巧妙にすり替えるともう自分でも何が正しいんかよくわからなくなる。ここを見失わないで自分の価値観をはっきりとさせることが幸福な人生につながるってわたしは思っている。だってどうなれば幸せか自分なりに普段から考えて行動するってことだから。あとから後悔するってことになりにくい。

わたしの人生を言うなら、そうやって自分の価値観を貫くと予期しないくらい良いことが起きたり、実は思ったほど悪くならないってことがとても多かった。案ずるよりという言葉通りで、人間先のことなんてわからないのだから、今嫌だと思えばやらない方がいい。それでどうなるか、やってみればわかるけど、そんな悲惨なことに意外とならないってことです。これはこっちの行動が相手にとって意外だという側面も大きい。普通なこうするはずなのに変だなと思うと対処が難しくなる。そうこうしている間にいろんな状況の変化もあるし、わたしもいつでも変なことだけしているわけでもないし、まあ上手に立ち回ればまた味方もでてきたり。

わたしの場合は、わたしに乗ってやろうという人間がけっこう現れましたね。いいですよ、お乗りなさいとわたしは機嫌よく乗せてあげた。自分でも力量があったことは自覚していたけど、それが過不足なく自己評価できていたってことで、やはり大切なのは自分を知ることで、自分が生かせる環境を求めるってことだと思ってます。

どこかのブログに車は軽自動車で十分と買いてあった。理由は高速に乗らないから。通勤とか買い物とかであれば維持費も安い軽がいいってことだそうだ。なんで遠乗りとか高速でないと軽でいいのかしら? だって日本の死亡事故の95%は一般道路で起きてんですよ。最近はいろんな事件もあるけど高速道路は大人しく走ればずっと安全な道路。そこに行かないから軽で良い、、となんとなくそう思う。正しそうに聞こえる。まさに既成概念てやつだね。投資なんて既成概念を外さないと勝ち組にはなりにくいとわたしは思う。どうやって外すか? まずすべてを自分で整理して一から考えることだね。どうして野菜はヘルシーなの? そういうところから。

ところで今は軽自動車は決して安くない。快適装備をたくさん備えたペラペラで腰高の軽自動車は普通乗用車より高いものがいくらでもある。そこも金の使い道からして変だってわたしは思う。そう考えると物欲も変になまらせるより、どかんとでかいメルセデスが欲しいと思えば、それは見栄と格好で欲しいだけなんだけど、ついでに安全も手に入るのでそれはそれで良いのかなて気もするね。夢は大きくじゃないけど相場でどかんと儲けてメルセデスを買うぞと、そんなつもりでいて実際儲かったらどんな車を買うかそこから考えればいいんじゃないかしら。わたしなんかは車はだんだん地味になって行っているからね。



名古屋の友人からメールが来た。雪で電車が動かず車内で暇つぶしでメールを打っているらしい。サラリーマンでごったがえす駅や車内を見ると情けない気持ちになる。自分はまだままこんな生活を続けないと行けない。ハルトモのような生活は夢のまた夢だと。

大雪ご苦労様である。雪だからゴルフをしないとか言ってるわたしと違い労働者は決まった時間に決まった場所に行かねばならない。わたしは勝手気ままなサラリーマンだったけど、それなりに制約はあった。最後の10年間はやりたい放題だったけどその前は大変な思いをして移動したこともあった。

確定給付年金と確定拠出年金と違いはおわかりになりましょうか?わたしがかつて在籍していた会社は確定給付年金がまずあった。給付される金額が決まっている年金である。その給付を実現するためには会社というか組合が運用をしないといけない。それなりの運用実績を長期間出し続ける負担が企業側にある。

それに対して確定拠出年金というのは拠出される金額を確定したらあとは加入者に丸投げにして勝手に運用しろという制度である。勝手に運用と言っても個別株とかできない。投信を買うのである。これだと組合側が破綻するとか行き詰まる可能性はなくそして運用しないで良いのだから楽である。

ただ退職金で運用しても損する人間の方が多いという現実があって、それを早めにやらされるだけで確定給付のパーフォーマンスを超える個人は非常に少ない。ここ数年は地合いが良いので増えている人も多いけど、何十年とやったらかなりの人間が損をするだろう。

わたしがいた会社は年金では日本で有数の手厚さで、この確定拠出年金をいち早く取り入れた。取り入れたというのは従来の確定給付年金の上に更に積み上げたのである。 これなら加入者に手厚い。だが今日本の企業が多くやっているのは確定給付年金から確定拠出年金への切り替えである。企業の負担を軽くするためである。自分でやるからチャンスと捉えてください、、なんて言うけど、大多数はうまくいかないてのは承知なんである。だって企業側が自分でやってうまくいかないから加入者個人に投げたのである。

これだけいいように蹂躙されていても日本の労働者は騒ぎ立てる様子もなく大雪でも家の雪かきはそっちのけで会社に馳せ参じる。そして立ち往生した電車の車内で暗澹たる気持ちになる。まったくご苦労なことである。

我が家の場合は、年金は何層にもなっている。

1、わたしの老齢基礎年金  1階
2、わたしの厚生年金    2階
3、わたしの厚生年金基金  3階
4、わたしの企業年金第一  4階
5、わたしの企業年金第二  5階
6、わたしの確定拠出年金  6階

7、かみさんの老齢基礎年金 1階
8、かみさんの厚生年金   2階
9、かみさんの私的年金   3階 


6階と3階で合計9階建である。これだけ手厚い年金があるからサラリーマンは良いなというわけではない。これだけ恵まれた年金にあずかれるサラリーマンは10人に一人もいないだろう。

就職活動をしている娘とか娘の彼氏と食事をしたけど、年金についてよく調べた方が良いとアドバイスしておいた。会社の福利厚生の中で一番大切なものである。気にせず入社してそして働いている間もさほど気にせず、そして定年まで数年となって初めてこうなっていたんだと気づく。その時にはどうしようもない。だからサラリーマンは企業からいいように蹂躙されるのである。



薄味好みの方が得か?

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ピアノの調律師が来た。毎年調律を行うけど一回2万円ほど。先日浄水器のメンテでも人が来ていて1万円ほど、これも毎年かかる。家の維持管理もちょこちょことあって家の中より外周りでわりと補修が必要。一回大工に来てもらうと一万円からだ。これは好みだろうけどエアコンとかガスレンジの清掃も定期的にプロにやってもらっていて一回何万円となる。今すぐ思い出せないけど他にもいろいろあるだろう。

物をたくさん持っていると持っているだけでお金がかかる。大きいのは自動車。税金とか保険料、車検などの維持管理の費用、駐車場代とか。もちろん何年かに一度買い換えれば車両代も。不動産も持っていれば固定資産税とか、マンションであれば管理費修繕積立金が必要でこれがバカにならない。

年間200万円300万円あれば生活できると言う人もいる。夫婦で月に24万円が年金の平均収入だそうだ。これで済まそうと思えば、上に書いたような固定費はたぶん払ってはいられない。浄水器の水は飲めない。ピアノは置いてあっても音はずれたもの。エアコンは匂いがするとか。家の補修は自分でやるんだろうね。ただわたしもできるものはやっているからできないものは手付かずになるんだろう。きっと上手に暮らす人はそれでも上手に暮らすんだろうけど、こっちは遊ぶの忙しくて気が回らない。

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牡蠣が食べたいと言ったら我が家の夕食が牡蠣グラタンになった。これに白ワインをいただく。わたしは晩酌ではほとんどワインしか飲まないから、なんとなくワインに合うような食べ物が多くなる傾向にある。濃いめの醤油とか使わない。以前静岡の友人が我が家に遊びに来てずいぶん薄味だとか言っていた。そうかな?って思ったけどわたしにはわからない。東北の友人なんか来たら味がないとか言うのかもしれない。食生活は長年の習慣だからけっこう蓄積で効いてくるのかもしれないけど、薄味で慣れておけばたまに濃いものを食べても美味しいしもちろん薄いのも味わえるので外食とかして得なんじゃないかしら。高い金を払って味がないって思うんじゃいかないほうがいい、、、てことは安上がりか。



ある程度まとまったお金を持っていて全く運用をしないでいられるのか? よほどのお年寄りでないとそういう人はなかなかいないと思う。わたしのように投資経験がある人間で我慢できる人は非常に少ないだろう。手堅くでも運用したくなるものである。それをしない私は我ながら偉いと自分では思っている。カミさんもそう言っている。わたしくらい株で成功体験を持っているのにその上での話である。かなり変わっているという領域だろう。

お金が減っていくと言うことに対しての耐性というのもある。ほとんどの人間は自分の資金が少しづつでも減って行くとなんだか不安になるだろう。それで堅く運用したつもりでも失敗して大きく減らすというのが素人の典型的な損をするパターンじゃないかな。

わたしはサラリーマン時代も給料はけっこう稼いでいたから株式投資をしなくてもいくら遊んでもお金が減って行くってことはなかった。今は無職で年金生活者であるから、今後はお金が減って行くというのが当たり前になる。それで良いと思っている。お金は使ってなんぼで子どもにあまりたくさん残しても仕方ない。

妙なリスクを取るよりもお金が減る方が安全である。お金は使った分以上には減らない。投資は使っていなくても減る可能性がある。お金は使うのを止めると減るのも止まる。非常にコントロールしやすいのである。今年は2回海外に行ったから来年はやめておこうとか一回にしようかで良い。その分減るのが減る。高級車を買わないで国産車でいいやとか、あるいは車はもう使わないから減らそうとか、そうすればまた金が減るのは減る。

わたしは複数の年金と家賃収入があるから普通に暮らしてけっこう遊んでもお金は減らない。遊ぶのを少し減らしてもわたしの考え方からしても別に不自由な思いもしないだろう。今でもそんな贅沢はしていないししたいとも思わない。ただこれだけ遊ぶ体力気力がいつまでで続くか自分でわからない。

そんなこと言いながらそのうちチャンスが来るかもしれない。以前も数年何もしないでのんびり待っていたらリーマンショックが来たり、あと豪ドルの暴落とかも来た。今後数十年何もないってことはないような気がする。生きている間というスパンで考えれば、天災や事件も含めてなんかあるんだろうね。その時にわたしがどうなるかはよくわからないけど。まあ別に来て欲しいと待っているわけでもない。お金は減って行けば良いのである。

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