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わたしが昨年売却したマンションは築32年だった。築24年で購入しておよそ9年保有した。退去した状態そのままで売って購入者は自分でリフォームしたわけだが、ざっと計算して購入額とリフォーム額合わせると、32年前の新築価格より数百万円も高くなる。それでも市況とかでそれが相場ということだから売れた。最近わたしが住むエリアは人気である。

ということでわたしは売却益に対しての所得税を払うわけだが、その金は売却金額から払う。利益が出た、つまり高く買ってくれる人がいたから所得になったわけだ。埼玉で中古マンションはなんでも値上がりしているわけではない。上がっているのはわたしが所有するような一等地だけである。立地が悪いものは今でも価格低迷である。

割高に見えても、良いものを買っておけば貸し易いし売り易いわけだが、わたしの場合はわたしが自分で使っても良いなと思うものを買っておけばまず間違いない。ローンを組んで借金を返すなら価格にも敏感になり買える買えないもあるだろうけど、こちとらは元手は株の儲けで言うならタダである。それでも買った値段よりはるかに高く売れた。9年間家賃も貰っていた上に。

こうやって考えてくると、結局わたしのように儲かっている人間から見ると、税金を払ってくれたのは購入者ということになる。購入者が高く買わなければ税金もないからだ。その購入者はローンを組んでこれから返済していくわけだが、まず私の儲け、リフォーム業者の儲け、不動産業者の儲け、ローンでの金融機関の儲け、そしてそれらに関わるすべての税金、これを背負ってこ運輸者はこれから長年のローン返済をする。

これが世の中である。それでも買える人間はきっと幸せな方だろう。一等地の良好な物件だから将来そんな酷い話にならないし、さらに良好な住環境を長く満喫できる。それもちゃんとした会社で働いているからである。最近は上を見てもキリがあるけど下はどこまでもいるご時世だ。



すでに55歳だかで払込は完了しているニッセイロングランという生命保険、たぶん600万円くらいは振り込んでもちろん長く保障はついていたわけだが幸い利用することもなく死亡保障だけが残った。死亡時に1000万円下りる。死んだ後で私には関係ない話だが、ニッセイの営業が来て言うのは死亡保障と別に配当がついていると言う。この配当は死亡時に相続税の対象になると思われるから降ろした方が良い。いつでも貰えるというので貰うことにした。どうでも良いと言えばどうでも良いけど、その配当で那須のリゾートマンションの家賃一年分になるのでそれに充てた気分になろうと思っている。つまりただで一年リゾマンに住むのだ。

お金に余裕があるとどの金を何に充てたかイメージしづらい。そこは自分の気分で補っていい気分になるようにしている。逆に消えたという感覚もない。よく聞くのは、ボーナスは入ったけどなんだかんだで消えてしまった。金が少ないとそう感じるけど、金に余裕があるなら消える金は株の儲けとか配当とかで払って、ボーナスは丸々手元に残ったと考える方が気分が良い。以前児童養護施設で4年近く働いたが、その間給料ボーナスに手をつけなかった。辞めたら丸々給料が積み上がっていた。悪くない。気分だけの問題と言うけど人生てのはその気分が大切なのかなと思う。気分が良ければ幸せだと言うことだから。

自分は戸建てに住んでファミリーマンションは何軒か買ったわけだけど、最初の一軒以外は全部株の儲けで買ったと思うことにしている。実際はどの金がどこに行ったかは色はついていないけど、まあ株で儲けてなきゃ多分買ってないから株で買ったと思って良い。それでマンションは貸すと家賃が入る。つまり児童養護施設の給料を生活に充てるのでなくて家賃で暮らしているという気分。マンションには賃借人がいるけど、彼らからの上がりで食っていると考えるわけだ。自分が労働した分は全額貯蓄だと考える。

結局金に余裕があれば、どうでも好きに考えれば良いわけでますますいい気分になることが可能である。なってみないと多分わからないと思うけどいいもんです。特に株で儲けた金はどこか浮世離れした感覚がある。わたしは相場師でもギャンブラーでもない堅実な素人だから、株の儲けはリアルなキャッシュフローに変えたと思うようにしている。そうするとこれはあんな立派なマンションが株のおかげでタダで貰えた、なんと素晴らしいって実際そう思うからね。

金融機関には当然キャッシュがあるけど、その金はどこから来たのか? これはわたしが長年働いてきたお金であると考えるようにしている。株の儲けは長年の生活費とか子どもの教育費とか、それこそ車の金とか、それと自宅とマンション購入に使ってきたと考えるようにしている。

そう考えると金融機関にあるキャッシュはあぶく銭ではない。調子にも乗れない。長年の労働で得た老後のための貴重な資金であり、地に足をつけて考えるべき金である。自分ではそう考えている。非常に気分が良い。長年働いてきた甲斐があった。さらに企業年金とか公的年金も労働の成果だから、自分の労働が実を結んだわけだ。逆にこれがですよ、長年働いてきてろくに金がないと、俺はこの数十年一体何をしてきたんだ? て気分になるんじゃないかしら? 知らんけど。
年金制度が破綻するという可能性についてわたしはそれほど心配していない。何を破綻かと言う話になるけど。すっかりと年金制度がこの国からなくなってしまい、給付がゼロになる状態がわたしが考える破綻である。すでに年金に税金が投入されている現状を考えれば国が破綻すれば年金も破綻する可能性が高いが、年金だけ破綻するシナリオは考えにくい。むしろ年金の財源のために増税とか、あるいは給付水準の切り下げとかが現実的な方向だ。

例えば年金の支給額が25%でも減額されたら、かなりの人間は働かないといけなくなる。50%も減額されたら? ほとんどの人間はその穴埋めに働かないと暮らせないことになるだろう。これはすでに破綻だと思う人間もいるだろう。

働けない人間も出るだろうがそれは生活保護なりで救済するとして、大多数の働ける人間はさてそれでどうするだろう? この国の民は革命とか暴動なんて選択はしないで、ほとんど大人しく働くだろう。ロボットとか外国人との競争になるが、まあ月に10万とか稼げばいいのでそれくらいは不可能ではない。

つまりだ、我が国の国民は年金が破綻しないように自ら頑張るのである。期待していた老後とはだいぶシナリオが違うけど、ゼロになるよりましだ。まあ仕事があるだけでも必要とされているだけでも自分は幸せだと、善良なる民はきっと積極的に自己洗脳するだろう。

いずれにせよ、年金が25%、そして50%減額された場合、これくらいのアバウトさで自分はどうなるか? これを考えておかないといけない。50%減額もたぶんないと思う。そこはきっと増税でまかなうことになるがまあ50%までは考える。

さて50%年金が減額されても、それほど困らないという人間はそれは比率で言えばどれくらいだろう? わたしの想像では100人に1人である。例えば日本で1億円以上のキャッシュを保有している比率がそれくらだと聞いたことがある。それだけ持っていればそのキャッシュを少しづつ取り崩せば別にあくせく働かなくても済む。だからそれくらいの比率かなと思う。

安泰なのは100人のうち1人、そんで100人中9人くらいは働けないので生活保護、100人中90人は働く。その90人も上位10人くらいは軽い労働で下にいくほどきつくなる。こんな感じかな?さてあなたは100人中何位ですか? 





どれだけ儲けたいのか

投資関連のブログをあちこち見ていて感じるのは、自分はいったいどれだけ儲けたいのか?自分の生活と金銭の感覚が明確になっていない人がとても多いということ。儲けたお金でさてどうしようかという思考の順番になっている。もちろん首尾よく儲ける人はそんなにいないからどうでもいいと言えるんかもしれないけど、自分が好きでハンティングをする人は別として、自分の生活を豊かにするのが目的ならやはり目標額はあって然るべきだとそれはわたしは思う。そしてその目標額にもし達したら潔く辞めるくらいの心持ちがあっても良いとわたしは思う。でなきゃ人間の欲で際限がないんじゃないかしら。どこまで行ってももっと欲しくなる。

相場でどれだけお金がいるのか?という事を考える時にたとえば毎年500万円はあれば良いなと思う人がいるとする。わたしはこの考え方に違和感を覚える。年金じゃないんだから(もっとも最近は年金も怪しいけど)毎年500万円平均して儲けるってことはとんでもなく難しいし、それでは一生相場から離れられない。長くやればやるだけ危ない世界なんだから、できれば早く足を洗ったほうがいいはずなんだよね。楽しいから続けたいという人はそれで良いだろうけど、ほとんどの個人投資家は相場よりお金が好きだと思うからお金が十分なら相場をしなくてもいいんじゃないかしら。

ではどう考えるかと言うと、仮に毎年500万円あれば良いならそれが自分の人生とか考えてまあ30年としたら500万円X30年で1億五千万円それだけ稼いで止めようと、そう考えて始めたらいんじゃないかしら。そう考えるとその人にとって必要な金額は年齢とか家庭とかでだいぶ変わってくる。当たり前のことなんだけど早く稼いでしまったほうがずっと得である。まず若いうちに無借金で家を買っていればローンを払う倍ほど楽になる。何軒か貸しでもしたら大変な余裕となる。逆にずいぶんと年を行ってから稼いでもローンや家賃をさんざん払った後では効率が悪いのと体力とかの問題もあり稼いでもそんな楽しめない。

ということでいついつまでに幾ら儲けるというのがわたしは正しい考え方だと思うし、それでうまくいかないなら修正をかけられる。漫然とと言っては悪いが仮に年間いくらか儲けたとしてもそれがいつまで続くか、たぶん続かないけど、そんなんじゃ、いつまでたっても奴隷のままでそれで歳を食ってしまうと思うのね。どうせやるなら、わたしの言うように考えてやれば良いと思う。相場にはそれくらいの夢はあるから。


その前に賃貸か持ち家という話はあるがそれはいつだか書いている。実はマンションと戸建も実用面という視点で書いたことがある。戸建かマンションかそれぞれ特性はあって比較はできるけど、でも住めるということでは大差ないとも言える。戸建だと幸せでマンションだと不幸せなんてことはない。問題はそれにかかる金の話、それが実は一番大きいような気がする。わたしはもし長いローンを抱えて買うなら中古マンションを買ったほうがいいと思う。特に都市部の人は。持ち家と言ってもだ、これは勘違いしている人が多いけどローンを返し終わるまでは実は自分のものではない。ローンの返済を止めてみたらどうなるか? 30年ローンで15年も払ってきているのに、たちどころに我が家は取り上げられて競売にかかるだろう。それで本当に自分のものと言えるだろうか?

マンションは築20年もするとだいたい半額くらいになっている事が多い。その一方できちんとしたブランドマンションなら耐用年数は60年どころではなく70年80年と持つ。つまり一生住める。これが戸建だと新築は高いし築20年とかのものを買うとさすがに使用感は目立ちそしてその後数十年使えるかというとそれは難しい。じゃあとどこかで建て替えるとその費用が大きいのと、こんどは自分の寿命以上に家が持ってしまう。

そう考えると築20年であと50年使えるマンションはまあちょうどいい按配だとそういう人が多いのではないかと思う。いやあ新築が良いとか、いやあ家は戸建だよ、とか借金して買う人間が何を偉そうに言うのかというところである。一生安心して住めるところがあるならそれでまず満足すべきである。まず一刻も早く自らを奴隷の身分から解放する、これが先決であろう。奴隷というのはここで何度も書いているけど住宅ローンや子供の教育費などの大きな負担を抱えて選択肢のない生き方を余儀なくしている人たちのことである。会社で偉そうにしていても明日辞めたらたちまち路頭に迷う人たちである。

そういうわたしはマンションを新築で購入してそれは貸して今は戸建てを新築して住んでいる。やはり新築は気持ちがいい。戸建も注文住宅なら自分で自由にできるからそれも気分が良い。わたしは奴隷じゃないから好きにするのである。ファミリーマンションは今年一軒売ったけどまだ二軒持っている。今は戸建だけどいつかはまたマンションに戻ろうかという気もある。それぞれ特性があるし自分のライフスタイルも変化する。だから、比較してどっちだなんて検討するくらいなら両方持っておけば良いのである。あくまでもできるならの話だけど。以上参考になりましたかな?
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