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施設に恨みがあった

渋谷区の児童養護施設の施設長が刺殺された。施設に対して恨みがあったと犯人は言っているそうだ。とんでもない話で到底許されないが、一方でこの件で肝を冷やした児童養護施設の施設長は多いと思う。いろんな子供から恨みを買っているという意識は施設長を始め多くに職員にあるのが実態である。

わたしは今でも児童養護施設の卒業生と付き合いがあるけど、施設長を訪ねてくる卒業生は皆無に近い。ほとんどの卒業生は施設長にに良い感情を持っていないのである。そう思われるだけの扱いをしているのだから仕方ない。でもそこが施設長にはよくわからない。わたしがいた児童養護施設の施設長は苦労知らずの三代目のボンボンで他で働いた経験もない。虐待された子どもの気持ちなんてわかりようもないのである。

児童養護施設の施設長にとって一番怖いのは児童相談所である。児相の機嫌を損ねたら自分の身が危ない。綺麗事はいくらでも言うが児相に良い報告をしたい。そうなると子どもは二の次である。自分の生活を守ろうと思えばそうならざるを得ない。でも施設長が恨まれる大きな理由に職員の態度もある。職員は自分が恨まれたくないからなんでも施設長の指示だと子供に説明するんである。職員だってうらまれたくない。まあそれも含めて施設長の責任ではあるんだけど。

児童福祉は人材不足

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購入したスキー板で早速ホームゲレンデに。朝一番のゲレンデは気持ちが良い。この板を使ってまず素晴らしいと感じたのは今までのスキーのように雪面次第でバタバタと暴れないことである。まるでドイツ車のように直進する。左右の板がきちっと揃って滑走するので上手くなった気がする。と同時に回頭性も素晴らしい。まさにドイツ車だ。ずらしもしやすい。これは買ってよかった。大満足である。この板で後30日くらいは滑ると思う。うまくなる予感がする。一緒に滑ったゴルフ仲間も、随分上手くなったと言ってくれた。それと自分では意識していなかったけど滑走スピードが上がったようである。また休まないでも一気に下に降りられる。今までだと一旦止まって気持ちを整えてから降りた急斜面もそのまま行ってしまう。対応斜度も上がっているようだ。

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友人たちが帰ると入れ替わりでカミさんが来那須。スキーを終えてカミさんをピックアップしてそれからお気に入りのカフェに。ここは美味しいしセットにすると料金もリーズナブルだ。たまには珍しいものとアイリッシュコーヒーをオーダー。それと定番の玉子とトマトのサンドイッチ。このアイリッシュコーヒーはウイスキーの量が多いので運転はできませんとのこと。確かに飲んで赤みが差してくる。ということでカミさんに車のキーを渡す。こういう時にV40でよかったなと思う。大きい車だとカミさんが運転しづらい。使い勝手でも40で全く問題ない。実際車というのはクラスが上がって値段が高くなる度合いほどスペースは大きくならない。スペースが欲しいならそういう車を買えば良いことだがわたしはそんなの要らない。当分車中泊もしないし。三連休となると那須はとても賑やかになる。その賑やかさが収まり静かさを取り戻すのがとっても良い感じだなあといつも思う。賑やかさがあるから静けさも引き立つんだろうか。

児童養護施設でわたしが応援して今大学生の子どもから連絡が来た。一度相談したいことがあると言う。夕食でも取りながら話を聞くことにした。相談の中身は今後の進路、就職について。なんか外資系も考えたいとか言っている。こういう話題を私に相談するのは確かにうってつけであるけど、逆の見方をすると、児童養護施設ではこのような相談に乗れる人材がいない。わたしがいた児童養護施設では園長さえ児童養護施設以外で働いた経験がない。世襲だからとさっさと施設にきたが本当は10年くらい外で修行して世間の勉強をしてくればよかったのだ。その他の職員もまさに児童養護しか知らない。児童養護のプロのつもりでいるのかもしれないけど世間知らずでは子どもを導けるわけもない。以前も書いたが児童福祉の世界には怪しげな擬似母性はやまほどいるけど、父性はほとんどいない。子どもたちは父性を通して社会が何かを垣間見ることができない。なんにせよ全体として人材不足の業界なのである。よく間抜けな応対が報道されるけどさもありなんなんである。じゃあハルトモがまたやれない位じゃないかと思われる人もいるかもしれないが、仮に応募してもわたしは採用されない。わたしみたいなトラブルメーカーは弾き出すのである。

春も近いが

今日はとても暖かい1日であった。ということでホームコースに。コースに行くと、コースの人から「今日は絶好のゴルフ日和でついてますね」、みたいに言われるけど、別についているんじゃなくて陽気が良い日を選んで来ているんである。寒いとか風が強いとかなら来ない。かみさんとツーサムでのんびりと回った。最近は練習もラウンドも抑え気味のせいかアプローチとアイアンが冴えない。割とミスが出る。長いクラブは悪くないので良いところからグリーンを狙うのだがそれがダメ。それでもボギーくらいでは上がれていくつかパーをとって、41、41で82であった。スコア的にはまあまあである。春になったらまた精々頑張ろう。

先日見事大学に合格した子どものことを書いたけど、そうやって順調に行く子は児童養護施設ではほんの少数である。女子に比べると男の子は転落していくケースが多い。高校を出ればましなほう。それでも定職につかなかったり、せっかく就職したのに辞めてしまったり、また高校さえも卒業できないという子も多い。ある男の子など非常に知能が高く中学一年の時には学年上位にいたのに、どんどん成績が落ちて結局中の下くらい高校には行ったけど、そこで続かず高校を辞めてしまい、結局中卒になりそうである。大学に行きたいと言っていた子が中卒である。こうなってしまうともうどうにかしてあげることもできない。いろいろ理屈は言うだろうけど自分で落ちて行くのを引っ張り上げるなどできない。その子はもうわたしから連絡しても返事もしなくなった。まあ知能は高い子だからいつか自分で気づくかもしれない。そうなれば応援のしようもあるんだけど、やる気のない人間に頼んで頑張ってもらおうとまではわたしも思わない。見込みのある子どもを応援するんだってけっこう大変なんである。でもやはり残念だ。とっても。

応援してる子どもが大学受験。第一志望から第六志望まであって、1と2なら万々歳なんだけど、なんとその第二に見事合格した。この第二はわたしが受験しろと勧めたところで、まずは大喜び。第二でまったく問題ない。悠々と第一志望の結果待ちという状況だったんだけど、その子が急に第一第二を捨てて第六に行きたいと言い出した。第六だけ学部が違うのであるが、やはりその第六の勉強をしたいという気持ちが強くなったと言うのである。ざっと偏差値で10も違うのに第六に行こうと思っていると。

それでFACETIMEで30分以上話した。わたしはやはり偏差値が高い方に行けと言った。今はそう思ってもこれからまた考えはかわるかもしれない。選択肢を広げるためにも上位の大学に行ったほうが良いと。大学なんかどこでもいいといいながら施設の子供のことになるとやはりレベルの高い大学に行ったほうがいいと勧めたくなるのは不思議なもんである。まあ最後は、どんな決断をしても応援はするつもりなんだけど、でもねえ。なんで今になってそんなこと言い出すのか?だったらまったく違う受験勉強があったはずなのに。まるで自分の子どものようにやきもきするよ。いや自分の子どもでこんな悩まなかったな。

なんにせよ、どうやら大学進学は確定した。わたしが関わった子どもはけっこうレベルの高い大学に合格した。わたしが施設で働いた甲斐はあったんじゃないかと思う。ある子から言われた。他の職員は大学に行くと言うと、どれだけの覚悟があるんだ、目標はなんなんだとやたらハードルをあげてまるで大学に進学しない方が良いような言い方をすると。ところがハルトモさんだけは、大学は楽しいから行っておけ、将来のことは大学で考えればいいと、言った。それで肩の荷が降りて進学に臨めたと。そして続ける。大学に行って本当に楽しいし、いろんな刺激を受けて以前は考えもしないことを考えるようになったと。その子はまさに予想もしなかったアメリカ留学を予定している。

さて留学祝いと大学合格祝いをせねばいかんが、何がいいかな?これから検討であるがパソコンがいいかな? 本人とも話して決めたいと思う。


知能は遺伝から来るのか環境から来るのかという研究はいろいろあるんだけど、どっちも関係あるみたいだ。それでまあ幾らかの知能を持ったとして、それが学業成績とか学歴とかあるいは将来の進路、例えば職業とか収入とかそして暮らしのレベルとかとどういう関係にあるのかと言うと、これは遺伝と環境の関係で言えば環境が100%じゃないだろうか?どんなに知能が高くても刺激も与えず勉強もしなければ成績が上がる筈がない。相当知能が高い子どもで児童養護施設で暮らしていて成績がさっぱりと言う子はとても多い。もちろん良い成績をとる子もいるけど、その子にもっと良い環境を与えればたぶんもっと学業も伸びるはずだ。

小学高学年くらいであった安倍首相を児童養護施設に放り込んでそれで彼が首相になる可能性など意味はないけど、大学にすら入学していたかどうかも怪しいと思う。わたしと彼は歳が近いけど当時は児童養護施設から大学に行く子はほとんどと言っていいくらいいなかった。東大生を100人、時間を戻して10歳の時に児童養護施設に入れたらほとんどは東大に行かないだろうと、今と昔の児童養護施設の実態を知るわたしはそう思う。このブログの読者はわりとインテリが多いと想像しているけど、もし子どの頃施設に入ったら、まあこのブログの読者となった確率は低いだろう。


なぜか? 日本の児童福祉、つまり児童養護施設では優秀な子どもを伸ばすことに興味がないのである。言っては悪いが出来の悪い子と十把一絡げに扱い、施設の中での公平のお題目の元才能を伸ばすようなこともさせない。働いている方も施設でそこまでできるかという気分もある。問題の多い子供でかかりきりである。

さらに職員の多くは決して高学歴ではないから、子どもが大学に行くということに本気でサポートする必要も感じていない。どちらかと言うと大学に行くのは大変だ、覚悟はあるのかとハードルを上げて、子どもが働きますと言えばそれが良いと言う雰囲気がある。無理して大学進学を勧めておかしくなったら責任も取れないという気分もある。

児童養護施設はある意味家庭のようなものだから、家庭の応援がなければ成績はなかなか伸びない。だが優秀だからと言って、その子だけにパソコンや電子辞書などの勉強のツールを与えるような特別扱いはできない。出来の悪い子に揃えるのが施設の基本である。

児童養護施設には問題の多い子どもを特に扱う施設がある。他の子どもと一緒では扱えない子が行く。逆に優秀な子どもだけを扱う施設はない。そんな施設があっても良いのではないかってわたしは思うくらいだ。だがわたしが指摘するような問題は今後行政でも認識されることはないだろう。わたし言うことを本当の意味で理解できる人間は施設も児相にもいない。知り合える範囲での個人活動くらいしか手がないのである。

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