|
無事に第一志望の大学に合格しました!
不思議なものです。自分の娘の時より嬉しい。嬉し涙が止まらない。本当によかった! かみさんも喜んでくれた。今日はどこかで美味し物でも食べよう。
ハルトモの人生というのは常に結果がついてくる人生である。必ずやっただけのことはある人生である。そのわたしが応援したんだから、その子にもいいオーラがきっと伝わったのか、なんて自画自賛したくなる。
とにかく目出度い! いくら株が下がろうがとにかく目出度い!
|
児童養護施設のこと
-
詳細
|
これはまったくわたしの個人的感想なんだけど相場で生計を立てるという試みがどうにも現実世界とアンマッチに感じる。生計を立てるだけなら別に相場なんてやらなくてもいくらでもやりようはあるんじゃないか? 生計を立てるというのはとても堅気なイメージがあるが相場というのはかなり山っ気たっぷりであるからどうにも違和感を感じるのだ。相場で一山当てるってほうがずっと響きがよろしい。生計をたてるなんてまだるっこしいこと言わずにさっさと一生分儲けたらどうなんだろう? だめかね?
相場師てのは無頼漢であって欲しいというのがわたしの個人的な思いだ。まじめな職人がコツコツてのはなんだかサラリーマン的でつまらんと思う。わたしは相場もやるけどビジネスマンでもあってでもどっちも山っ気たっぷりであった。そういう生き方が好みなんである。でもって稼ぎたいだけ稼いだらあとはまた好きなことをやる。児童養護施設で子供相手とかね。サラリーマンてのは一年で一生分稼ぐってわけにはいかない。働き続ける必要がある。もし相場師でそれをやるならサラリーマンと同じだとわたしは思っちゃう。そういう枠を取っ払えるのが相場だとわたしは思う。どうせなら取れるだけ取ればいいと思うのだけどね。
受験生の件で、休日に受験校まで出張した。交通費も出した。タクシー代とかグリーン車代とか、これは全部ハルトモ君の自腹である。施設ではそうまでして受験しなくても良いということであるから、極限状態でなんとかするための費用は認めない。以前研修で出張したが早朝に来いという。だが認められる費用は鈍行での往復代バス代のみである。現地に着かねばならない時間は朝6時半、電車もバスもない。前日から泊まるしかない。だが宿泊代は出ない。どうやっていけばいいいのか? 早い話が前日から自腹で泊まってくださいというのか、さもなくば行かなくて良いという考えである。本当におもしろい組織である。 わたしのようにありとあらゆる手を尽くすという考えは施設にはない。どうするかと言うと、ミッション系の施設であるから、祈るのである。早朝に高熱に苦しむ子供を診てくれる医者を探し出して手当させるより、熱が下がりますようにと祈る。ふらふらで動けない子供を自ら受験校まで連れて行くのではなく、どうか子供がちゃんと着けますように、と祈る。そんなこと祈られても神様は迷惑じゃないかね? 神様というのはベストを尽くす人間しか救わないとわたしは思うのだけど、まあベストというのはその人次第と言ってしまえばそれまでだな。
|
|
さて我が家に連れ帰った受験生のこどもであるが、夕食をすませて早めに就寝してもらった。咳がでるし熱も少しある。明日も受験で、朝は早い。一段落かと思ったら、そこから騒ぎは起こる。なんと夜遅くになって、その受験生の子供を連れて施設に戻って来いという命令だという。園長が命令したのを職員が伝えてきたのだが、わたしは、こどもは体調が悪いしもう寝ているし明日は受験で朝は早いのだから動かせない、と言ったのだが、とんかく連れてこいと言うのである。理由は園長が職員の家にこどもを泊めるのは許可しないという。わたしだって泊めたく泊めてるわけじゃない。やむにやまれずの緊急避難だ。ちゃんと報告している。それで押し問答になって、そしたら深夜日付が変わってから園長と職員でこどもを取り戻しにわたしの自宅まで来るということになってかみさんはキチガイ沙汰だと驚いている。こどものことなんて心配していないのである。
そこでわたしは急遽施設に自ら乗り込んだ。逆に奇襲だ。フットワーク軽い。そして施設から、今戻りましたと園長の携帯に電話するとこどもと一緒かと勝手に勘違いして園長はわたしの家に向かっていたが施設に引き返してきた。会うなり開口一番、こどもはどこにいる? だいたいわたしは何も許可してないぞ。ハルトモ君は言った。あなたの許可なんかなくても必要なことをやるだけだ。あなたはどうせ自己保身でいっているだけだろう。子供は動かせる状態じゃないから渡せない。バトル開始である。そこから2時間押し問答言い合いになったが結局深夜二時半まで言い合いをしてわたしはこどもを渡さなかった。そんな状態じゃないのである。自宅に戻ると朝3時。
ようやく睡眠に入ると朝五時にかみさんがこどもの様子がおかしいと言う。すごい熱だと。測ると39.4℃、ぎゃーついに来たか。子供は這ってでも受験にいくと譫言のように言う。しばし休ませて、わたしは家のそばの懇意にしている医者を起こした。というか起きたばっかりだった。そこで無理に医院を開けさせて事情を説明して、まず解熱剤を与え、さらに状況からインフルの診断はまだできないが予防的に抗インフル薬を処方してもらえた。それを飲んでしばらくすると多少熱が下がってきたが、とても一人で歩ける状態じゃない。わたしは東京の受験大学まで連れていくことにした。とてもじゃないが満員の通勤電車には乗せられない。グリーン車である。こどもはグリーン車の階段で座り込んでいるが立っているよりはるかにましだ。それで最寄り駅から地下鉄に乗り換えるがそんなことしてられない。迷わずタクシーだ。ということで受験校に無事到着。そのあたりからかなり子供の調子が戻ってきた。なんとか受験できそうだと言う。それを見込んだのだ。なんとか行けばそこで次の展開が生まれる。おとなしくしていていくら調子が戻っても体がそこになければどうにもならない。熱も下がりせきも収まっている。校門から中は受験生以外は入れない。頑張れよと見送りわたしはまたタクシーに乗りグリーン車で帰路についた。
本当にこどもを園長の手に渡さずによかった。わたし以外こんなこと誰もする気もないしできもせんだろう、口ばかりの連中である。その子供は深夜の顛末を朝知った。そして試験場に入る前に受かったらハルトモさんのおかげだ、と言う。いや、試験を受けるのは君だ。わたしの役割はここまで、さあバトンを受け継げ!彼女はしっかりとした足取りで会場に入っていた。自分で感動しちゃったね。
最後に読者で気がかりに思う人間もいると思うので書いておこう。その子がインフルかどうかは現段階ではわからない。だが熱も下がり咳も治まりなおかつ厳重にマスクをしてさらに綿のマフラーを巻かせた。かみさんの高いマフラーである。こちらも必死であるがそこに最低限の気遣いがなければいけない。それが大切であるとやはり子供に教えたことになっていると思う。
|
|
児童養護施設のチーフから電話がかかってきた。園長はじめベテラン職員が絶対に受験生を施設に返せと言っていると。わたしが当初主張した職員用の寮を遅ればせながら用意するそうだ。わたしが受験生の子供を自宅に連れ来てたので焦っているのであろう。だが彼らの主張は時期を逸している。わたしがもしも何もしなければなにもしなかった連中が急になにかを言い出しても、それはいまさらなんだよ、というもんである。物事には流れというものがある。今まで受験生のその子にどういうコミュニケーションを取ってきたか? わたしと厚みがまるで違うのである。
今日の夕食はかみさんの手作りのトマトスープミートボール、シーザーサラダ、かぼちゃのサラダ、その子はおいしいおいしいと食べてくれた。かみさんとその子は初対面だがすっかりリラックスである。そうやって甘えてもらえるのは我々夫婦にとっても感激である。
受験生の子には施設の事情を話した。施設はすぐに帰ってきて欲しいと言っていると。だがその子は言う。「今になって施設の都合を言ってるだけでしょ」。わたしは一呼吸取って、丁寧の話しかけた。確かにその通りだ。だけどね、園長だってそのベテラン職員だって自分を守るために一生懸命に戦っているんだ。彼らにも家族がいる。施設が対応不足で、はねかえり職員にこどもを自宅に連れていかれれば立場がないのも事実だ。だからちゃんと職員寮の対応もしてくれると言っている。世の中というのはそういう一生懸命さのぶつかりあいなのさ。園長も懸命だけど、君だって大学受験にかけているから同じく一生懸命。園長を笑いも恨みもせず、自分の懸命さを貫けばそれでいいだけのことだよ。さて君はどうしたい?
その子ははっきりと言った。ハルトモさんはわたしの熱や止まらない咳のことまで心配してくれている。施設はそうじゃない。わたしは一番大切なこの受験3日連続を、ハルトモさんの家から通いたい。この家がとても落ち着くそうだ。この受験をベストの環境で迎えたい、それだけだそうだ。でもハルトモさんはそれで大丈夫? なんて聞く。
おーおーもちろん大丈夫。ハルトモ君は無敵だからね。そうやって笑って答えておいた。かみさんも一緒に笑っている。わたしのかみさんはもっと無敵だ。施設の事情もあるだろう。園長の都合もあるだろう。それはわかるが、わたしはその子の合格の可能性が1%でも上がることをしてあげたい。それだけである。その結果わたしが何を言われようが、どんな羽目になろうがわたしは一生後悔することはないのである。
|
|
宿直だったがほとんど寝ていない。子供が起きてきたこともあるが受験生をどうやってもてなすかそれを考え出したらで寝れなくなった。この家に住みだして今まで他人を数日も泊めたことがない。せいぜい一泊だ。今回は最短で2泊、おそらく5泊になると見込まれる。一泊ならひょいと布団を出して和室に泊まらせればいいのだが、数日でそれも受験生ともなるとそれは神経を使う。自分の娘よりよほど神経を使うな。かみさんが客用の布団を出して部屋を用意してくれた。わたしは家全体の片付けと掃除だ。もちろんそんな汚い家ではないのだが風呂などしばらくまとまった掃除はしていないので水垢落としなどをした。休日によい掃除のきっかけである。
かみさんが頭を悩ましている。どんな食事を食べさせようか? いつもと同じじでいいんじゃない? でもお腹でも壊されたら大変だよ、まあ大丈夫だろう。材料は伊勢丹で買ってくればいいじゃない。施設では一食200円の予算だよ。それじゃ魚の切り身ひとつ買えないね。うちでは200円は無理だ。いつもの通りで良い。そんな会話をして食事はかみさんにおまかせだ。和食にするって。
ようやく家が落ち着いたので午後から映画を見だした。FARGOという映画。タランティーノばりの暴力的な映画だが、タランティーノのような強いメッセージ性はない。こういうこともある、という映画だ。そのファーゴだがこれが最近ドラマになっている。アマゾンプライムビデオで見れるのでこれからシーズン1を見るつもりだ。
タランティーノのイングロリアスバスターズという映画も最近見た。いわゆる狂気の世界。ナチ対連合軍というステレオタイプの構図から飛び出してどっちにも共感を持たせない。感情移入できるキャラが出てこないのである。みんなおぞましいがそれでいてしゃべるセリフがなんか人を食ったジョーク。それが戦争だと言いたいのであろうか? いな戦争というよりこの人の世と言ってもいい。午前中は片づけしながらだがテレビを流していた。国会中継という奴だ。なぜか国会中継を見ながらイングロリアスバスターズの映画がイメージに重なってくる。だがそう思ってみるとでている人間のセリフが映画と比べてちとおもしろくないな。まあつまらなければ見なければいいと言われそうだが、まあテレビ番組としてはそういうことだ。
その子はこの一週間が勝負である。ぜひ頑張って合格してほしいものだ。自分の時よりも娘のときよりもそう思う。普通と逆なんだが本当にそう思う。
|





