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このテーブルは厚さ7ー8センチある一枚板なんだけど、家を建てた時に買ってそれなりに味が出てきた。相当長く使える。100年後も使われているんじゃないかしら? 表面を磨き直したら新品のようになるらしい。

さて競輪だけど、車券戦術としてはやはりだいぶ変わっているなという実感である。わたしがやっていたのは30年くらい前の話だから当然である。もちろん大きな意味では変わっていない。相撲が相撲であるように競輪は競輪である。ただ30年前より位置取りに強い執着が見られない。基本はライン戦ではあるけど単騎も多く、333とか432のように綺麗に並びができないことも多い。多分番手をめぐっての横の 動きは抑えられているんだと思う。その代わり4コーナーから狭いところを強引に突っ込んでくる選手がけっこう多い印象で落車は4コーナー手前辺りが多いのではないか?

車券戦術としてはなんとも言えない。展開より脚力優先という感じだろうか? 誘導員の動きは色がなくフェアに見える。30年前は誘導員が地元有利になるように10人目の選手のように走っていたなんて今のファンは信じられないんじゃないかしら。(わからんけど)いずれにせよ、わたしが再び競輪をやったところで勝ち越す可能性はほとんどないだろう。多少はその辺りのアマチュアとは違うとは思うけど勝つのは程遠い。仮に勝とうと思ったとしても多大な時間と労力をかけて研究をしないといけないが、今のわたしはそんな面倒なことする気にならない。それより暇つぶしで賽銭なみの小銭で酒のツマミが楽しいだろう。今はナイターどころかミッドナイト競輪まである。もちろん寒風吹きすさぶ現場に行く必要もない。ただ昔は金網越しに傑作なヤジを飛ばす奴がけっこういてそれも楽しみだったんだけどね。

生活にゆとりができたらいつか日本中の競輪場を旅打ちで回ってみたいなと思っていた時期がある。車でグルッと日本一周するわけだ。それで美味しいものを食べて良い温泉に入って。今は趣味が増えたのでもしやるなら車にゴルフバッグと自転車とスキーを積みたいな。車は大きめのワゴン車かSUVのディーゼルで。なかなか楽しそうだ。今のわたしは体力、金、時間と3拍子揃っているから、やろうと思えばできる。ただ今のリゾートライフは極上なんだよね。週の半分はカミさんと一緒に埼玉でも那須でも遊んで、リゾートには友人も増えて居場所もできてそれで遠方の友人も遊びに来る。旅は好きでするけどやはり帰るところあっての旅である。今となっては浮き草のギャンブラーよりこっちの方がずっといいや。

まん丸の良い年でした

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毎年良い年なのですが今年は特に充実した一年となりました。やはり年男ということでしょうか。4月にシゲちゃんが亡くなりましたがしっかりと法事を執り行いました。シゲちゃんはとても喜んでわたしの枕元にお礼に来てくれました。我ながらよい送りができたなと思っています。6月からは那須での半移住生活を始めました。ゴルフ、乗馬、スキーいろいろ新しい動きもあってとても楽しくやれてます。7月には所有するファミリーマンションの一軒を高値で売りました。ずいぶんと儲かりました。9月には確定拠出年金を一括で受給してこれもずいぶんいただきました。10月には娘の就職が無事に決まりました。大学卒業単位も満了して来春の卒業式を待つばかり。来年からはお金もかからなくなります。夫婦ともども体調はすこぶるよく医者薬の世話なしの一年でした。さてもなんでこんなに我が家は幸せなんだろうと思います。嫌なこと、困ったこと、悩み、ストレス、不安がまったくないのです。不本意なこともしませんし我慢もしません。不愉快な人どころか気遣いする人との接触もありません。建前はなく無理な気遣いもなく全て本音で生きていられます。わたしくらいハッピーな人間は滅多にいないと思いますのでお読みいただく方にはちと恐縮ですが皆様それなりに幸せにお暮らしくださいませ。

FACEBOOKの嘘っぽさ

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那須のリゾートマンションへのエントランス道路

いや別にFACEBOOKで嘘を書いている人が多いとかいう話じゃないよ。むしろ逆で書いてあることの嘘は少ない。でもその分SNSのツールとして嘘っぽいてわたしは感じるわけ。もちろん嘘っぽいて言うならブログもかなり嘘が多いけどそれは書いている人間が嘘を言っているとか都合の良いことしか書かないという意味であってツールとしてはむしろ書きたいことがそのまま表現されているのでクリアだってわたしは思う。

一方FACEBOOKは実名で身分を明らかにしている。だから逆に優等生みたいな敵を作らない発信ばかりが目について皆様のお陰ですとか感謝しますとか、そんなもの口に出さんでもいいようなことだけど、まあ当たり障りがないというのとそれと営業目的の匂いがプンプンとする発信も多い。

なんか不穏当な発信で災いでも降りかからないようにというこれは意図していても意図していなくても、そういう思慮分別がなされている。つまり発信する時点で自己規制がかかっているという意味で嘘っぽいってわたしは言うわけ。

だいたいね、わたしの周りを見渡すとFACEBOOKやってる人間はまあ社会的な立場もあってそれなりに順調な人たちばかりですよ。いまだに独り身でコンビニ弁当で缶酎ハイとかそんな奴もいるはずだと思うけど、「やってられねえよ」なんてまずFACEBOOKとかでやらないでしょ。一時羽振りが良かったけど今は事業に失敗してとか、あるいはリストラされてとかで、そんでなんとか日雇いで食いつないでいるとか、そんなの実名で発信する気にはそれはならないよね。

そうなってくるとFACEBOOKてのは発信する人間がまずふるいにかかっていて、そんで発信内容も自己規制がかかっているってわけだから、つまり良い子の建前発信がFACEBOOKだろうなんてわたしは思うのだけど、それはそれなりに成功者だから、普通に書いても自慢ぽくなる側面てのはあって、まあ心の中で自慢したいって人もたぶんけっこういるはずで、でもそこは良い子の自己規制で、あまり嫌味にしないようになんか工夫していると言うか抑えているてのが逆にそれもよく見えてわたしはなんかスカッとせんわけ。

それで実はわたしはFACEBOOKでもけっこう発信してるんだけど、基本的にこのブログのトーン踏襲で気持ちよく自慢をしてるわけ。自慢てのはこうやってやるんだぞてなもんですよ。たぶんかなりの人間がなんだこの野郎とか思ってるだろうけど、謹んで「ざまあみろ」ですね。こちとらは良い子じゃないからね。まあたぶん面白いと思ってる人間も一定数はいるから、どっちにせよこのブログと同様に面白おかしく読む人は読むんだろうね。

みな子供の頃を思い出したら良いけど、わたしは児童養護施設で子供達と接して再認識したけど、小さな子どもは昔も今も自慢が大好きですよ。「ねえ見てみて」、「ねえすごいでしょ」、自然に胸を張るのが子供らしい所作。それが成長するに従って自慢はみっともないとか自慢を聞かされる人の気持ちも考えなさいとか、つまり大人の分別と称する災いをさけようという防御テクニック。それを身につけてそれができないと顰蹙を買う羽目になる。

その大人の思慮分別がFACEBOOKで集まっているとしたら、わたしなんか、そんな良い子にして身も心も減らさんでもこんなご機嫌で自由な生き方もあるんだぞって、それがわたしの発信なんだよね。まあブログでも同じ趣旨なんだけど、ずっとこうやって生きてきてハッピーの極致ですよ。わたしは。え、なに? そんな自分の境遇に感謝しなさい? 君に言われたくないよ。だいたい感謝してるって言う人間がどれほど感謝しているか怪しい怪しい。逆に感謝してるなら素直に喜べばいいじゃないかね?わたしみたいに。

わからないんだ

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テレビのニュースで日本では知られた経営者なんだろうけど、そのひとのコメントを流していて、それで言っていることが、成長とか利潤とかはたまた効率とか、それで日本をよくしたみたいなこと言うわけ。まだそんなこと言って、しゃかりきにやってんだというのがわたしの感想。

だってその人が成長を目指そうが目指すまいが、この日本社会全体として彼のいうところの成長のシナリオはすでに現実味はなくて、さらに言うなら企業の発展なんぞ個人の幸せにはほとんど寄与しないてのはこれはもう結論で、仕事があって食えるだけでもましだから喜べみたいな反論したところで、その感覚こそが時代遅れだってのが自分で言っていてわからないみたいだ。食えるだけなら生活保護がある。それと刑務所という手もある。わたしが以前ここで書いた話だ。

これからは豊かさを求めるのではなく自分なりの幸せを求める時代たるべしと私は思う。そこで企業なんぞは脇役にもならない。そもそも仕事を通じて自己実現などという幻想を従業員に与えようという試みはまさに資本主義のペテンなんだってこれは若い頃からのわたしの勘だったんだけど今は確信で、これが多くの人がいまだに気づかない。

こういう趣旨でもう十数年ブログを書いてきているんだけど結局一番わかってないのは騙す方でなく騙される方でそんでわたしは茶化して言う。金がない老人はみんな万引きをすれば良い。もちろん素直に捕まる。自首も推奨である。怪我しないように。もし執行猶予なら再犯だ。刑務所を老人で溢れさせろ。安全安心な老人ホームだ。そんな痛快なこと起きないかなと妄想する。率先したいくらいだけどあいにくわたしが率先する理由がない。
自分で思うけど欲の深い人間でなくて本当に良かったと思う。贅沢をすればするほどもっと金を稼ぎたいと思う人も多いらしいけどわたしは違う。それから稼ぐこと自体を楽しむ人間でもないのも幸せだと思う。たくさん遊んではいるけどどれも庶民的に遊んでいる。やたら高いものは食べないし着ないし身につけないし乗らないし使わない、よって買わない。もちろん貧乏じゃないから貧乏臭くはやらない。言うなら庶民のレベルを質で若干上回り量で遥かに凌駕するという暮らしぶりだと思う。庶民はせいぜい年に一度か二度の旅行のなのにその数倍行くとか、ゴルフも安いところで人の数倍やるとか。要はとても元気なのね。自分でも呆れるくらい元気である。そのうちポキっと来るのかもしれんけどそれなら遊んでおいてよかったということで、遊びすぎが元で体がおかしくなることはない気がする。働きすぎは明らかに良くないと思うけど。

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ゴルフは18ホールを回らないとゴルフじゃないという気分の人は多い。高い金を払って休みを潰して遠方までゴルフに出かけるわけだからそれなりにやったという気分は必要で、18ホール回ってスコアもないとつまらないということになる。わたしの場合はそこが違ってゴルフ場はすぐそばだしいつでもできるし適当に回れるだけ回れば良い。冬が寒いのは当たり前だけど、日によってそれから時間帯によって暖かく風がない時もある。そういう時だけ回れるだけ回ればけっこう楽しいものである。スキーは吹雪にでもなれない限りはだいたいできる。スキーこそ1日かけても満足の行く滑りはできないから、朝の2ー3時間で十分だと思う。それより回数たくさん行くことだろうね。あ、それと最近町営のトレーニング室にも通い出した。流石に外を走るのは寒いので筋トレマシンとランニングマシンで汗を流している。一回85円である。安いね。

多少車で走るんだけど時々買い物のついでビッグボーイで食事をする。ここが好きな理由はいくつかあるけど、ほかのファミレスと違ってガヤガヤしていない。お客はいるけど食べるのが目的で来ている人が多いから静かでそんな長居しない。ということでとても落ち着いている(あくまでも栃木の北の方の話ね)。それから素晴らしいのはナイスなオールディズがずっとかかっている。なんか聞いているだけでいい気分。ファミレスによってはコマーシャルソングが頻繁に流れたりするけどビッグボーイはそんなことしない。食べ物はと言うとまずサラダバイキングがあって野菜がたっぷりと食べられる。それからスープもカレーも食べ放題。ドリンクバーもある。美味いかと言われれば、まあ十分である。メール会員になるとドリンクバーは100円だ。食事も安いので1000円くらいでお腹いっぱいになる。それで食事を終えてドリンクバーで好きなものを頂きながら本でも読んだりあるいはiPadの映画ドラマを見てもいい。ついでに言うと椅子の背も高くてテーブルも大きいので寛げる。ということでいくら居てもいいくらい。本当は那須もおしゃればカフェがいくつもあるので夜までやってくれればそっちに行くんだけどあまりに人がいないので夜は店が閉まるんである。それだけが残念と言えば残念だけど、でもビッグボーイで幸せだ。欲張っても仕方ない。

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