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就活ー勤めるなら

児童養護施設の子どもに進路についてアドバイスを求められて、特に何も思わないのであれば、できれば公務員がいい、民間に行くなら大企業で給料とか福利厚生が良いところがいいんじゃないか、て答えている。

公務員てのはわたしは自分で向かないと最初からそう思っていて公務員になろうなんて思わなかった。そう思ったのは今にしては間違ってなかったとは思うけど、それは自分でそう思ったからそれでいいわけ。思った通りにすればいい。

自分で公務員は合わないとか思わないなら、まあわたしの友人知人を見渡しても公務員は良さそうだなって思う。本人としてはいろいろ不満を言うしストレスも感じているとは思うけど、民間に比べればましじゃないかな。まあ悪いことしなきゃクビにもならないし、割り切ればおせじおべっかもしないで済むし、一生安泰じゃないかって思う。実際公務員を辞めて民間に転職した人間はわたしは知らない。逆は知っている。だからいんじゃないのかな。

公務員じゃなくて民間に行くんだったら、やはり大企業で給料が良くて福利厚生がしっかりしているところがいいんじゃないかって言う。長年働いた結果としてずいぶん差がつくのは事実。特に退職金とか年金とかは全然違う。

大企業だったら自由にできないとか組織に埋没すんじゃないかとか、逆に小さな会社なら思い切って新しいことができるかもとか、いろいろ勝手に思うのかもしれないけど、そんなの働いてみないとわからない。大企業だって新しいことに挑戦できるかもしれないしむしろ小さいとこより余裕がある分活発かもしれない。小さいから自由ってこともない。勤めてるってことであればそこは雇われているって基本は同じだろうね。

もちろん自分でこういう仕事をしたいってそう思ってそれで選択するならそれでいいんじゃないかって思う。ただ世の中のことなんかまだわかってないとか、だいたい自分がどういう人間かもよくわかっていないってのが多いんだから、結局やってみてそこでどう思うかってこと。そこがなんともよくわからないならまあ大企業がいいんじゃないのって言うだけ。

公務員と同じでこの歳になって同級生を見渡してもやはり大企業に行った人間の方が中小企業に行った人間より余裕があるって人間の方が多いことは事実。だから何も思わないならそっちがいんじゃないのって言う。それだけのことなんだけどね。

結局自分で考えて自分で決めればいいことで、自分で考えていればどんなところに行っても自分のおつむで切り開いていける。ただそんなこと言ってもわからないだろうから、自分で考えてそうしたいならそうすればいい。そこが甘いなって思うケースもあるだろうけど、それを含めて自分でやってみて甘かったと気づかないとね。

そんでよくわからないなら、まあ上に書いたようにそういう選択もあるよってだけのこと。もちろん公務員だって大企業だって、自分でやりたいこととかあって行く人もいると思うけど、それならそれでいいってこと。

どうもわたしの生き方と合わないようなことだから聞いてつまらないと思うかもしれない。どうやったらハルトモさんくらいになれるのって直接聞かれることもあるけど、それはわからないと答える。聞いているくらいじゃ無理じゃないかなとかも言う。

自分がある程度成功したって人間はその成功の仕方を人に伝えたいとか思う人は多いのかもしれない。自分と同じようにやればうまく行きますよとか、こういう考え方がいいんじゃないの?って、そうやって書かれた本とか、インタビューとかいろいろある。

そういう意味でわたしが言えるのは自分で考えて自分の納得で生きろってことなんだけど、それさえも人から言われてわかるようなもんじゃないだろうって思う。一度の人生だからわたしはそうした方が楽しいとそう思ってそう生きているってだけのこと。それだけの話なんですね。その割にけっこうな生活なんだけど、そこは上手いのよわたしは。自分で考えてるから。






褒められた記憶がない

わたしの場合は春休み、梅雨休み、初夏休み、夏休み、残暑休み、初秋休み、秋休み、晩秋休み、初冬休み、冬休み、厳冬休みと続くわけだが一応まだ夏休み期間である。世間では中小企業であればそろそろ仕事も始まっているだろう。家のそばの新築工事などは昨日くらいから始まっている。大企業であれば今週いっぱいくらい休める会社も多いだろう。いずれにせよ人とあまり違った時期に休みづらいというのは日本のサラリーマン社会の傾向でなににせよ人と違ったことは控えねばならない。

わたしが企業勤めの時はいつでも好きに休んでいた。家族でヨーロッパに行ったのは確か3月だった。前に書いたように夏休みは長かった。そういうことを言うと、良い会社にお勤めだったんですね、と言われる。確かに自分に合っていたと意味では良い会社だったんだけど、少なくともわたしが好きに休むようになったのは、売り上げをゼロから飛躍的に伸ばして権勢を持った後である。それまではそんな長く誰も勝手に休まなかった。外資系で夏休みは長めとは言っても3週間なんてのはありえなかった。みんなわたしといわちゃんでやり出したことである。それで部下も真似しだした。

会社なんてどうせ自分のものでもないしいつかはバイバイするんだから、適当に利用すればいいと思うけど、それがそうできないサラリーマンばかり。たまにいい加減で会社を利用しようとする人間もいたけどこういう奴はほとんど仕事ができなくて結果を出すことがない。まぐれで出ても続かない。仕事ができて会社を利用するという人間はほとんど見なかった。そこがなんでろうね?とちと思う。そういう人は起業するんじゃないですか?とか言うけどそうでもないだろう。わたしなんか自分の会社なんて欲しくもない。威張れるんだろうけど自由じゃないというのはサラリーマンと同じだ。威張りたい人はいいだろうけどわたしは威張りたくない。ちやほやされて喜ぶ人間でもない。だって会社で人をチヤホヤしたりする動機はろくなものはないと決まっているから。それが自分の人徳だとか能力だとか勘違いするのは笑止である。

そうやって考えると人から褒められた記憶というのが思い出せないくらいない。たまに褒められたのも40歳前くらいで、それ以降はないんじゃないかな。たぶん子どもの頃からでもあまり人から褒められた記憶がない人間だ。逆におまえはそれではダメだ。絶対にうまくいかないと、これはどれだけの人間に言われたか、こっちもいちいちと思い出せないくらいたくさんある。凄いという人間はけっこういたが、それも次第に呆れるに変わる。呆れるで終わればいいほうで、さらにとんでもないと怒り出す人間もいる。そうなるのは大抵既存の枠組みをわたしが壊そうとする時だ。だれでも自分が危ういと思えば攻撃する。

絶対に上手く行かないと言う言い方もあるが、もっと上手にやれというのもよく言われた。その上手にやれと言う人間がほとんどわたしを見ていて、最後に言うのは、世の中間違っている。ということである。なんであいつがあんなにうまく行くんだ。おかしいだろう。というわけだ。まあその点においてはわたしも賛成だ。世の中なんて基本的に間違っている。だからおかしな人間が権力の座についたりとりまく連中もおかしいのが集まるのだ。その間違った世の中でどう生きたいかは自分で決めればいいだけのことで、そうと決めたらその通り自分の思うままに生きれば良い。一応お金は困らないくらいには稼いでね。

在宅の仕事

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頂き物。この桃は高い。自腹で買う桃の2−3倍の値段はするだろう。見栄えが良い。食べるとそれほど変わらないと思った。

在宅でライターの仕事をいくつか受注したが、継続で発注をいただいている。文章を読んでいただいてそれで継続発注を貰えたのでそれなりの評価は頂けたのだと思う。ちなみにこのブログほどは面白くない。必要な情報を丁寧にわかりやすく書く仕事である。自分の意見を表明する場所でもない。文章力の差別化はしづらいので、そのぶん丁寧に書く必要はある。ただ読み手になるほどと思ってもらえれば書いた甲斐はあるなと感じる。知らないことを知るというのは誰にとっても心地よい作業だと思うから。

今後仕事はそれほど増えるとも思えないがしばらく在宅という切り口でなんか試行錯誤してみようと思っている。来年になるとやってみようかなと思っていることはあるのだが、それはまだ披露するのは早いだろう。在宅でライターの他にも仕事がある。電話とメールで商売の交渉を英語でやってくれというオファーがあったりする。数は少ないが一度取れて良いという評価になれば継続となる。この仕事はわたしはプロもプロなので取れれば続くと思うがその最初に取るのが難しい。なんでも最初が難しいのである。

友人からハルトモはいろんな話題でかけるからライターは向いているだろうと言われる。それはこれだけブログを書いているのだからいろんな話題では書けることは書けるが、旅行とか地域ネタとか投資ネタもライバルは街に溢れている。単価は安く、貧乏暇なしになるだけである。いやわたしが貧乏になることはないか。いずれにせよ半年ほどの暇つぶしと今のところ考えている。

児童養護施設で働いた4年弱は完全に身柄を拘束される仕事であった。そこにいないといけない。その前のサラリーマン時代はその点非常に自由であった。会社で出世すればするほど、あるいは結果を出せば出すほど、それで良いということで誰も文句を言わなくなるので、わたしは勝手気ままにやっていた。サラリーマンというのはいろいろ不自由はあるが、決まった時間に決まったところに行かなければいけないというのは案外苦痛である。直行直帰が自由にできるとそこはパラダイスになる。

早朝ゴルフをしてから客先に行ったり、あるいはお客との打ち合わせを終えてからゴルフラウンドや練習をしたり。出張先でも自由にスケジュールを組む。もちろん自由と言っても仕事をするという前提はあるが、わたしは上級職だったので結果で評価される。年棒制+成果給で勤務時間は裁量であった。その分生き残りも厳しいとも言えるがいつ辞めても構わないという気分で働いていたので、そこはなんとも思わなかった。実際結果もよく出た。結局クビにもならずに自己都合で辞めた。

夏休みは毎年三週間とっていた。GWと年末が二週間づつ。三週間というのは平日丸々三週間だと23連休になる。ほとんど夏は働かなかった。クリスマス年末はだいたい12月20日くらいから休み入ってそれで年始まで。大変なけっこうなサラリーマンだったが、最後の3年間はもっとひどかった。ホームオフィスと称して会社にもいかなくなった。会議は部下を家に呼ぶ。出張するのにも部下が家まで車で迎えに来てそして家まで送ってもらう。

部下は車を持っていなかったのでわたしが金を出して100万円くらいの中古車を部下名義で買った。自家用車を使うと出張自家用車使用手当が出るので一年くらいで中古車代は取り戻した。その後その車は部下のものになったので部下もずいぶん得をした。わたし自身は車は自分で二台持っていたが二台とも外車で新しい。仕事で使うと勿体無い。その前にBMWを仕事でずいぶん使ったがあれはかなり損した。ただ気分良く出張できたけど。

ということでわたしは在宅の仕事の経験はすでにあるわけだ。だからそれほど、さあ在宅の仕事だという気分でもない。それにしても仕事ではいろいろあったはずだが、嫌な思い出よりも楽しい思い出ばかりが蘇ってくる。そして辞めても一生涯年金をくれる。辞めた直後からもう5年以上も貰っている。つくづく思う。幸せなサラリーマンであった。

我慢の弓

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年齢的には人生も薄暮プレーの世代になってきたのかもしれないが、いやいや日は長い。ってわたしは思っている。

つくづく嫌になったんだそうである。良識派というか、物腰も柔らかく発言も常識的で人と接する気配りができて決して敵を作ることもない友人。数十年と勤め上げてきて59歳、余裕綽々で定年まで、とは思えないようである。

こどもが独立するまではとか、家のローンを返すまではとか、長年頑張ってきて、それでその通りに実現してさぞかし気持ちが楽になるのかと思ったら、むしろ言いようもない虚無感が押し寄せてくる。張り詰めた我慢の弓が切れたのか?

60歳を超えても再雇用があるから世間的には恵まれいるんだろうけど、本人はもうその世界にいたくないようである。今は仕事を辞めて本気でタクシーの運転手になろうかと考えている。

わたしの勘では彼は定年まではいるとは思う。思い切ったことをするほどのモチベーションはなさそうだ。だがそれで定年後どうするか、、それよりも問題なのはそれだけの長期間それこそ仕事に我が身を捧げてきて、そうとしか思えないって、それは一体なんなんだ?

その友人はわたしの人生感には眉をひそめる。わたしの仕事の話を聞いて、真似したいどころではなく間違っていると、それは今でも思っている。社会で生きて行くこと、仕事をするということはそういうことである、という確信は揺るがない。

酒食の席でおもむろにポーチからいくつかの薬を取り出した。ハルトモはなんか薬のんでないの? 俺は手放せないんだよな、、、

大きな企業を勤めあげたある先輩が、引退して仕事のことは思い出したくないと言っていたのを思い出す。その友人も近いうちに退職するんだろうが、自分の数十年をどう懐かしむのであろうか?

わたしは三つの仕事をしてきた。どれも楽しく懐かしい思い出である。虚無感どころか今でも充足感に満ちている。それで人を不愉快にしてきたと言われれば返す言葉もないけれど、逆にわたしの方が損得抜きでそれこそ人のためになることもしたりしているのも不思議な感じである。

我慢がだんだん効かなくなった友人たちは自分では意識していないのだろうけど、一緒にいても言うことが変わったなってわたしは感じる。みんな幼地味となれば言いたいことを言う。以前はきままなのはハルトモ一人であったけどみんながそうだと会話は噛み合わなくなってくる。

歯の噛み合わせというのは大切なんですよ。歯医者の言葉がふと脳裏をよぎる。

空飛ぶタイヤ

フィットネスジムでランニングしながら空飛ぶタイヤというドラマを見だした。これは三菱自動車のリコール隠しという実際にあった事件に基づき描いたものと言われている。部品に十分な強度がなくタイヤが走行中逸脱してしまうという不具合それで実は死亡事故も起きているのだが、三菱自動車はそれをユーザーの整備不良であるという調査報告をあげて自社の不具合を隠蔽したという事件である。一話1時間で五話。全部で5時間一気に見てしまった。

わたしも同じ業界にいたのでわかるが、自動車というのは事故で怪我や死人が出る危険がある命を預かる業界である。と同時に競争も激しくコストや納期なども絶対に守らねばならない。そしてやっていいこと悪いことの境界は非常に曖昧である。技術的な複雑さがそれに輪を掛ける。でも絶対にやってはいけないってことはやってはいけないのであるが、しばしば一線を超えるということがある。組織を守るという御旗が出てきて正義を気取る。そして一線を超えても露見しないことも多いのである。

わたしのいた会社は大手でいろんなことをやっていたが、わたしは自動車用センサーの事業部に所属していた。エンジン、ブレーキ、ステアリング、トランスミッション、わたしが売っていた製品はミッションクリティカルと言って重要保安部品がほとんど。故障とか不具合というのは絶対ないとは言えない。100万個単位で納入するのであるからいくつか出る。長年その仕事をしていて実際に重大事故に直面したことがなかったのであるが、今にして思えば運が良かったなと思う。空飛ぶタイヤのように死亡事故が起きてしまったらそれは一生引きずるだろう。

それにしてもわたしのしていた仕事もまるでそのままドラマのようであったとドラマを見ていてそう思った。前にも書いたが、社長と品質保証部長が結託して、偽装を画策したことがあった。コスト優先で顧客との約束と違うものを隠蔽して出荷しようとしたのである。黙っていればわからないと思ったのだろう。だがそれはしてはいけないことである。それで不具合が出て、万が一にも事故に繋がる可能性だってある。それを聞きつけたわたしは営業部長ながらもし出荷したら証拠ごと顧客に出すぞ社長を脅した。そう言われては出荷できない。ハルトモなら本当にやると社長は思っただろう。ということで結局出荷させなかった。

そんな人間であったからあとを継いで社長になんかなれっこない。自分で出世の道を閉ざしたとも言える。営業部長であれば所轄外、見て見ぬ振りも出来たのであるがわたしはそれをよしとしなかった。ドラマでは組織の中で悩む人間がたくさん出てくる。それが普通だ。みんな自分が可愛い。がわたしはそういう人間ではなかった。わたしだけだったね。

でもそれがわたしなりの自分を大切にするということである。己の納得を積み上げてわれながら格好よく生きる。今にして自分で思うが、それで間違ってなかった。われながら大したものであった。
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