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まあ同年輩と話が合わないてことを書いたんだけど、どういうことかと言うと、40代50代てのは確かに働き盛りなんだけど、でも仕事は人生の中で主でも従でもないってこと。もちろん遊びも。言うなら仕事している一時間もトイレにいる一時間も(そんないないか!)、遊んでいる一時間も、みんな等価。ある時間が主である時間が従には決してならない。だって自分の人生なんだから。ましてや、ある時間のためにある時間が存在するとか犠牲にするとか、そんなのはあり得ない。それじゃプラスマイナスになっちゃう。人生はプラスの連続でなくっちゃいけないてわたしは思う。生きてるのがただ楽しいてのが人生だから。
同じ理屈で将来のために今があるってこともない。もちろん結果として後からそう思うのは自由だけど、少なくともこの今輝いた時間がさらに将来輝くのが人生で、辛いとか苦しいとかそれも楽しめるものでないと、ただ単に犠牲にするってことだと、人生こんなはずじゃなかったって臍を噛むってことになる。 たったこの今輝いていれば、そのあとどんな結果が来ようと後悔しないですよ。嫌なことをやって後から後悔するより、嫌なことはやらないでその結果を受け入れればいいのだけど、もちろん投げやりじゃないのよ。いい将来につながるようにそれはいろいろ工夫して行動するんだけど。 そう考えるとですよ。職業人としての自分というものの見方がかわる。職業さえ自分全部じゃない。たとえば医者がゴルフをしているんじゃなくて、自分というものがあって医者としての仕事をするし、ゴルフもするし旅行もする。会社も同じ。いくら偉かろうがそれまでのこと。 わたしがこういうことを書くと、お利口さんはみな反対しない。その通りだと思うみたい。でもその通りと思っている程度とわたしが思っている程度がけっこう違うの。わたしに言わせればどうも職業にかなり振られているというかバランスが悪い人が多い。でも本人はそれでバランスが良いと思っているから、だからどうにもならない。話が合わないってのはそういうことなんです。 わたしが言うことを理屈とか頭でわかるってことと、心の底からわかってそして実際行動に移すということの間に大きな差がある。このブログでわたしの生き様をいろいろ書いてきているけど、わたしのような人間、わたしは見たことないし、人からはハルトモのような人間ほかに知らないと言われるから、それは珍しいということになるんだろうけど、自分では人生かくありたいて確信している。それが結果として俗世的にも成功を収めているのは、やはり才覚とか能力とがフル回転したからなんだろうね。運がいいてのももちろんあるけど、運は誰でもあるよ。生かせないのよ。 |
サラリーマンライフ
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今日も割と涼しかった。爽やかな風が吹き抜けてリゾートにいるような気分であった。かみさんとツーサムでホームコースのメイン さくらの午後スルー。のんびりと回ったがショットは相変わらずひどい有様でほとんどまとも当たらない。寄せがまあまあだったので82で回ったが、まあひどいゴルフであった。だが酷いと思うのではなくこれから上達を目指すということんなんだろうな。練習あるのみであろう。
庶民は中古の家を買えとブログに書いたがハルトモは新築の家に住んでいるなと知人から言われた。それは庶民はそうすべしと言っただけで、わたしは別にその通りにする筋合いはない。わたしは今の戸建ての前も新築のマンションであるが、やはり新築は気持ちがいいし特に戸建ては注文住宅であれば自分の好きなように建てられるので満足度は高い。毎日いるところだからそれは気にいったもののほうがいいに決まっている。ただそういうことを言えるのは金に余裕がある人間だけで、庶民は贅沢言わないほうがいいだろう。つまらないこだわりで借金を増やすことはない、というのがわたしの趣旨だ。これはまじめな話である。別に皮肉で言っているじゃない。こだわりというのは借金でするものではないと強く言いたいね。
では車はどうだろう? これはどこに価値を見出すかによる。わたしのように最新のシステムやメカニズムが欲しい人間は勢い新車ということになる。ただ走れば良いという人は中古のカローラでも買えば十分だ。いずれにせよ車を買う人間の多くがローンで買うらしい。ベンツやBMWでもだいたい70%の人間は借金してローンで買うと営業マンが言っていた。これは身分不相応だとわたしは思うね。見栄で買っているのだ。わたしは車にステータスは見ないので純粋に欲しいと思う車を買うが、もちろん現金で買う。家は借金するのは仕方ない部分がある。だがなるべく借金を抑えることだ。車は借金して買うものじゃないとわたしは思うけどね。
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資金の調達方法で投資手法はまったく変わってくる。調達方法とは資金量も含むと思うが資金量というのはただ大きければ良いという単純なものでなく、その人の生活の中における投資の位置付けでも変わるし、あるいは投資種目そのものの環境でも変わってくる。それが組み合わされると複雑。安易に人真似してもうまくいかないという理由がここにある。
投資で儲ける儲けないとで暮らしに影響が出る人間とそうでない人間では投資の仕方が同じになるわけがない。株であれば借金して投資する人はめったにいないが、自分の投資可能資金の中でバランスを取る必要はある。(それが案外できない。)
不動産だとこれは物件の金額というものがあるからその金額をどこからか調達してこないといけない。資金量に合わせてうまいこと物件を買えれば良いがそうはなかなかいかない。すなわち借金して買う人が多い。わたしは不動産は現金で買うから借金して買う人間とは考え方も全く異なる。千万単位の不動産をポイから買える人間はそんないないからすなわちわたしと同じようにできる人間はまず少ない。真似できないということになる。
株でも自分の都合を優先するというのは悪くはないが、投資人生ではこれはという勝負はその人の都合なんて関係なくやってくるものである。自分は練習中だからと一生に一度のチャンスを逃すのは大いにありうる。
織田信長が桶狭間で自分はまだ修行中だからと勝負をためらえば天下は取れなかっただろう。ここは勝負という時は準備不足だろうがなんだろうが出て行かねばならんものである。それができないなら、あるいはどういう結論になっても受け入れる覚悟がないならば、それは頭を低くして大人しく生きるしかない。
わたしは生まれて初めて買った株が一生の大勝負になった。そういう運命だったとしか言いようがないが、わたしが、まずは初心者だから、練習中だからなどと、甘ったれたことを言っていたなら今のわたしはないだろうし、だいたいわたしはそんなあまちゃんじゃない。人に比べればきっとハラも座っているんだろう。これはもう真似をするとかしないとかの話じゃない。どう生きるかに関わってくる。
サラリーマンやりながら投資をするのも悪くはないのかもしれないが、どういうサラリーマンかにもよる。頭を低くして生きている人間が投資で成功するということはかなり逆ベクトルのメンタリティを必要とするから、まあ難しいだろうね。
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桜環境センターと名前は堅苦しいがさいたま市営の入浴施設である。ゴミ焼却場に併設されて焼却の熱でお湯をわかしている。ウォーキングプールもあるし岩盤浴まである。レストランもあるしマッサージも受けられる。フィットネスセンターもある。かみさんと二人で行ってきたのだが入場料が一人720円。これはさほど近隣の民営の入浴施設と値段は変わらない。だがだ、60歳以上だと入場料が100円という設定である。そして入場者は我々以外にどう見ても60歳以上いや70,80という年齢層が中心である。それなりに客は入っていた。駅から遠いので無料の送迎バスまで出している。それで100円の客をしこしこ運んでいる。どんなに来ても一日1000人は来ないような気がする。500人なら売り上げは5万円。それででかいビルで従業員は何十人といる。いったいどういう計算をしてるかと思うが、別に理不尽だとは思わない。わたしも早く60歳になりたいなと思う。60歳になると映画も安くなるとかいろいろ特典も多い。いろいろ安く遊べるようになるだろう。
わたしはすでに勤務していた会社から年金を受給している。生涯固定額で支給されるおいしい年金であるが、60歳になるとその年金が65歳までの5年間、ほぼ倍になる。いわゆる公的年金までのつなぎ年金である。ということで60歳になれば収入は上がってかつ支出は押さえられる。桜環境センターが100円であれば毎日通えばよろしい。レストランもあってそんな高くないけど、せこく弁当とかコンビニで食材を買ってビールでも持ち込めば数百円であがるだろう。休憩室にリクライニングのチェアがあって雑誌も無料で読める。そういえば無料のWIFIまで飛んでいた。iPadでも持ち込んで映画でも観ておればいいな。車で行ってもいいがせこく無料バスで行こう。別に急ぐわけでもない。いやー楽しみだな。
そのリクライニングチャアでくつろぎながら今日は求人サイトに登録をした。今日からは失業中という身分になる。雇用保険の給付も受けるのできちんと就職活動は行わねばならない。雇用保険というのは働く気がある人間のための制度である。もちろんわたしも真剣に職を捜す。それでだいぶ時間を使うことになるだろうな。どんなところをあたろうか?いろいろ考えているだけで楽しくなる。おいおいハルトモは本気で働く気があるのか?なんて言われそうだが、これはあるということである。まあ簡単に見つかるとは思えないけどね。ハローワークに行くのも楽しみである。早く行きたい。離職票が待ち遠しいね。
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18歳で東京に出てからなんらかの形でどこかで働いてきた。高校を出て新聞配達、大学に入ってからは吉野家とかミスタードーナツとか、それで社会人になってから二回の転職でふたつの民間企業と最後に児童養護施設。全部で40年ほど働いてきた。
サラリーマンは性に合わないとは思っていたけど自分で商売する気はさらさらなかった。人に使われるのも愉快ではないが使うのはもっと嫌だった。本当は一人でなんかやれる仕事をしたかったけど資格をとるような余裕も気持ちもなかったし実際一人でやると言っても一人じゃ済まないのは親とか祖父を見ていたからよくわかっていた。
それで社会人になってとにかく就職してサラリーマンをしながら競輪の車券師なんかをやっていたわけだが、これが完全に一人でやるという快感があった。誰にも気遣いする必要がないのである。でも勝つのがとんでもなく難易度が高い。到底資産を築くようにはなれそうもないからさすがにギャンブラー専業とはならなかった。
勤めていた会社は安定していたがとても日本的でおせじおべっかなしで出世するのは無理そうだったし、なんにも自由にできなかった。今でも会社に勤めている人間も多く知人でいるけど、自分はとても自由にいろんなことをさせてもらった、という人間が残っている。感じ方は人それぞれである。それで自由だと思えるならそこにいれば良い。わたしは自由がある会社だとは思えなかった。
それで同じサラリーマンでももう少し自分の裁量でいろいろやれそうかな?と思って日本企業から外資系に転職した。32歳の時だ。外資系と言ってもしょせんはサラリーマンだからそんな自由はなかったんだけど、幸いしたのは大企業の中の、潰れそうな事業部に配属になったことだ。普通はアンラッキーだがわたしにはラッキーだった。もう潰れそうで酷い状態なんでわたしが勝手にやっても文句を言われない。むしろわたしに賭けてみようか、なんて人間も現れた。
一方、40歳手前で株式投資で大勝負に出た。口座を開いて夫婦の口座でそれで生まれて初めて買った株がボッシュ。満を持しての勝負だったがこれが上手いこと行ったのは11年前に自己紹介に書いたとおり。40前半でいつ辞めても良いという経済状態になった。無借金で持ち家で、まとまったキャッシュを持っていれば、別に何をしても食っていけるから怖いものなしである。
ということでわたしの会社での暴走ぶりはさらにエスカレート。混乱に乗じてやりたい放題であったが、それで打つ手打つ手が全部吉とでる。売り上げがゼロからグローバルで年商200億円まで。あれよあれよという間であった。これだけ図体が大きくなってくるとだんだん自由にできなくなってきた。ハルトモは制御不能である。アメリカ本社が外から人を入れてコントロールしようとし始める。
そこで戦うのもまた迎合するのも、どっちもする気はなかった。自分が大きくしたんだなんとか言ってしがみつく気もない。そこが普通と違うところ。所詮サラリーマンである。いつも出口を探していた。ラッキーなことにその後株は全戦全勝、最後に全資産キャッシュでリーマンショックを迎えてまた金が増えていたから、適当なところまで引っ張っておさらばしようかと。
それで政治家を目指そうかと政治塾に入ったり実際ある候補の応援を手弁当でやった。自分も衆議院に出ようかと本気で考えていた。その一方で芸人になりたいなんて気持ちもあって講談師の真打ち、それも巨匠に弟子入りして、なんどか高座にあげさせてもらった。それにしても芸人と代議士というのはさすがにやんちゃすぎたか、ものにはなりそうもない。
会社はやめる潮時なんでまずは辞めると決めて、それで英語でもボランティアで教えようかとふと立ち寄った児童養護施設で、いい歳なのに働いてみないかと誘われてそれも縁かと働き出す。自分も子供の頃児童養護施設にいたという経験、これがなければ園長は働かないかと声をかけることはなかっただろう。募集はせいぜい30代までである。で児童養護施設でも我ながらよく活躍した。最近の読者なら読まれているとおりである。
タイガーマスクこと伊達直人は児童養護施設(孤児院)の出身である。それがプロレスラーとして成功して、そして引退後は児童養護施設で子供達と過ごすのが夢だった。だがその夢は叶わずに交通事故でこの世を去る。もし伊達直人が児童養護施設で働いていたなら、きっとその成功体験に多くの子供が刺激を受けたことだろう。
タイガーマスクほどの有名人にはならなかったが、ハルトモ君も成功体験を語れるくらいにはなった。そして何人かの子供の刺激になった。進学に関わって多少ダイレクトに影響をあたえられた子供もいた。わたしは伊達直人が果たせなかった夢を果たしたのである。ランドセルを伊達直人の名前で施設に贈る人間はあれはわたしに言わせれば偽物である(善いことだけど)。施設出身で成功してないと伊達直人とは語れまい。
仕事と投資とで成功して、働きづくめの生活。あるいは株でも勝負勝負で気のたった生活。こんなのを想像する人も多いかもしれないが、まったく逆である。要領がいいのでそんなあくせく働かないのである。サラリーマンでなくサボリーマンだった。たくさん休みをとって家庭サービス第一で遊びまくった。仕事だってまあ遊びみたいなもんだった。投資だってそんなキリキリするような場面など一度もない。だいたいただの一度も損したことがないのである。最初から最後まで大儲け。最後かどうか知らんけど。
こういうサラリーマンライフであったが、それも明日で終わりだ。実質はすでに辞めているんだけど、身分上明日を持って退職である。この後のことは決めていない。さてどうすべえかな? とも今の所思わない。これは4年前と違うところだ。それだけまた余裕度が増しているのである。働かなくても金に困らないのではなく、自由に暮らしていて働かなくても金が減らないのである。今後つなぎ年金も60歳から厚生年金も夫婦とも出るしなくても困らないのにまた収入が増えていく見込みだ。
今のところ今年はここ数年おやすみしていた旅行とゴルフを増やす段取りだ。すでに何度か泊まりで旅にでている。国内外で海外はかみさんとサイパンに、娘とヨーロッパに、あとかみさんとゴルフリゾートに行く予定がある。ゴルフは毎週だ。乗馬も毎週だ。それでも暇なんで一人旅をたくさんしようと思っている。時間があるので夜中とか早朝走って高速は使わないでそれで仮に静岡往復するとディーゼルなんで燃料代が1800円しかかからない。大阪往復でも5,6000円、さすが少し高速は乗るだろうのでもう少しはかかるか。金に困っていないならケチケチせんと高速に乗れば良いという指摘は当たらない。金以上に時間も余っているのだ。早くついたら暇つぶしにならない。
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