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児童養護施設で働き出して3年4ヶ月になる。54歳で30年のビジネスマンとしてのキャリアも年収も肩書きもすべて捨てて子供たちとの生活を始めた。別に捨てる必要もなかったがもの好きが酔狂でやったようなものだ。まったく新しい仕事に取り組んだわけだが安月給で過酷な労働環境でかつ今までのキャリアはなんの役にも立たない。今は肩書きもないし名刺も持ってない。ハルトモさんと呼ばれればまだいい。死ねとかジジイと施設の子供からは罵られる。
わたしのような選択をした友人知人をわたしは他に知らないが、よく人から言われるのはハルトモは金があるからそんなことができるのだろう。こっちは余裕がないからとても今の仕事を捨てられない。だがどうなんだろう? とわたしは訝しく思っている。だってやったことないんでしょ。だから余裕が出たらどうするか? 自分でわからないんじゃないだろうか?
わたしが思うには30年も長々やってきてそれなりの実績を積んで築いた社会的立場と収入を少々余裕があるとかであっさりと捨てられる人間はそうそういないと思う。今の仕事を続けていけば誰も失礼な言い方をせずに丁重に扱われ立派な肩書きで呼ばれるのに、ただの名前だけになるなんて、たぶん多少なりとも自分が上等だという意識があれば耐えられないと思う。
わたしは元々無頼漢だし勝負師を自負している。どんな肩書きがつこうがそんなものすべて仮の姿だ。己を取り巻く社会とうまく折り合おうなんて思わない。マズローなんて知ったことかである。そういうのりで生きてきたから捨てるのに躊躇はなかった。というか別に捨てた気はないのね。ハルトモという人間そのものはなにも毀損されてないのだから。ただ着ていた服を捨てたような気分である。
わたしがこういうことをしゃあしゃあと言えるのも確かに金があるからだが、だがそんな大金持ちじゃないですよ。一生金に困らない程度だ。そんな派手な生活もしていない。わたしくらいですっぱりとこれで分相応と割り切れるかどうかだね。ハルトモ君みたいにできる人間はいないというか誰も真似したいと思わないだろう。良い子は真似しないでくださいって奴だ。
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サラリーマンライフ
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定期的に企業年金を管理する金融機関から、ちゃんと生きているか確認の書類を出せと言ってくる。役所に行って住民票と一致しているかどうか証明をもらわねばならない。なんだか面倒であるので自分の名前と住所電話番号ゴム印で押してやった。不動産賃貸の契約関係で使うのでゴム印を作ってある。そしたら役所でゴム印はあかんと言う。自署せいと。仕方ないので再発行してくれと金融機関に依頼した。楽に済まそうと思って二度手間だ。失敗した。
わたしがいた会社の企業年金は死ぬまで一生涯出ることになっているがそれはたぶん会社が存続すればである。ただ存続しなくなってもたぶん損することはなく財務状態はかなり健全なので精算すれば原資以上は帰ってくるだろう。もう退職してから800万円ほどもらっている。この歳で企業年金とは言え年金というものをもらえるというのは相当恵まれている方だ。わたしは105歳まで生きるつもりなのであと五十年弱、一億円ほどもらいたいと思っている。
公的年金も65歳から出る。かみさんも公的年金が出る予定だ。年金はあてにならないという人もいるが、それはどの程度あてにならないとい意味だろうか?わたしはあてにしているし減額はあっても崩壊はたぶんないと思っている。ただ崩壊してゼロになっても立ち行かなくなるようなことにはならないようにしてある。それだけである。年金はあてにならないと口で言う人のどれほどが事実出なくなった時の手当ができているのかしら?
勤務を終えて家に帰るとかみさんが熱心にテレビを見ている。下町ロケットの録画だそうだ。わたしはひとつも面白いと思わないがかみさんは面白いと言う。技術の現場の修羅場を知らないからだ。わたしから見るとずいぶん滑っている。リアルではありえない展開が延々と続く。製作者が技術の現場を知らないんだろう。このあたりが製作者・作家というものの限界だなといつも思う。自分が仮に作家だとして多くの人は喜んで読むが、だが読む人が読めば笑われる。わたしはそういう本物感がない作家は嫌だね。今回は作家が悪いのかテレビ製作者が悪いのかそれは原作を読んでないのでわからないが多分両方だと思う。どっちも技術の現場を知らない人だから。
ところでディテイルについて言っておくとこのドラマでは様々なスキャンダルが出てくる。それをばんばかいい調子で、それもたくさん人がいるところで披露するが、まったく有りえない。スキャンダルの扱いはビジネスの現場では決してそうはやらない。もっと秘密裏に少ない人数で扱い、よほどの証拠が入らない限り開陳とは絶対ならない。役員会で疑わしいなんて言い出すなんて絶対ないだろう。疑いレベルでできる話ではない。
わたしは前の会社で何度もいかがわしいスキャンダルまがいの案件を扱ってきた。社長のタケさんとその子飼いの品質保証部長のわた君が結託してお客との約束を反故にするような製品を出荷しようとしていたのを、営業責任者のわたしが管轄外に関わらずたった一人で社長を恫喝して止めさせたことがあった。利益は失うがやってはいけないことだという確信があった。わたしは社長に仕えていたのではない。自分の信念に仕えていた。社長は部下から脅されて悔しかっただろう。それで次期社長の有力候補から外れたわけだが別にどうということはない。後悔しない人生を歩めばそれで良い。そういう本当の修羅場はそんなにたくさん人がいないところで起こるものなのである。
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知人から電話が入った。児童相談所から自分の子供の件で電話があって調査が入るという。学校の保健室から虐待の可能性ありと児童相談所に通報が入ったからである。知人によれば実際何度も叩いたそうだ。それで叩いた後が残って学校が気づいたというわけだ。叩いた理由は決められた勉強をきちんとしないから。一流大学を出たその知人は自分の子供も一流大学に入れたいと必死である。それで塾も通わせ勉強も自分で見て、それで子供が自分の思い通りにならないと手を挙げるんだそうだ。その知人は悪いことをすれば叩かれても当然だと言う。だがその悪いこととは親のいいなりにならなかったということで、別に社会一般的に悪いことをしたわけではない。
なにやらもの悲しい話で、わたしは聞いていてその家庭全部が不幸だなあ、と思った。子供はまだ中学一年生だと言う。これから数年きっと修羅場を繰り広げるのであろう。児童相談所には平謝りに謝っておけとアドバイスしたが、どうも聞いているとまた手を挙げる可能性が高い。手をあげなくてもも決して楽しく明るい家庭とはいかないだろう。
その知人は言う。自分の子供に少しでも幸せになって欲しいという親心で手がでると。なんと悲しい親心であろうか? 自分が一流大学を出て一流の企業に就職してそれでハルトモ君にも遠く及ばぬ暮らし向きなのに、自分の子供をおなじラットレースに必死に追い込んでいく。言われた通りやる子供もいるのだろうが、たぶん反発する子供は親のようにはなりたくないのである。親がどうにも見本にならないから言われた通りにもしたくないのじゃなかろうか? 中一ならまだほとんど遊んでおれば十分だ。せめて本でも読ませておけば良い。
わたしの娘は母親のようになるのが理想だと思っている。いい旦那を捕まえて適当に遊んで暮らしたいそうだ。つまりハルトモ君のような男と結婚したいということだ。それは性格がハルトモ君というわけでなく経済力から家庭の雰囲気がハルトモ家のような家庭ということらしい。ちなみにもっとイケメンがいいそうだ。
我が家は特に勉強しろなどと言ったことはない。適当にやってそれで入れる大学に入っておけば良いという考えだった。それは入れる中でレベルの高い大学に行ったほうが良いがどこでもいいと思っていた。それでまあまあ知られた大学に入ったので十分である。我が家はいつも平穏で夫婦喧嘩もない。困ったり悩んだりもない。いつも飄々とほんわかである。毎日楽しいのがいいに決まっている。
その知人が真剣に言う。一点でも偏差値の高い大学を出ればそれだけ幸せになる確率は高まると。そしてその確率を高めるためには今耐えて頑張るしかないのだと。これもパラノイアである。苦しみを乗り越えないと喜びは訪れないと思いこんでいる。この知人には何を言っても無駄である。苦しみの先にはまた苦しみでないかね? こちとらは今楽しいが最優先、それでたぶん明日も楽しいよ。それにしても子供は可哀想だね。ラットの子はラットになるしかないか?
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わたしは若い頃ずいぶん言われました。ハルトモはホラ吹きだとか大言壮語とか、あと身の程知らずとか、そんでもって今のわたしにそんなこという人はいません。仕事でもプライベートでも投資でも、全部言ってた通り実現したわけだからなんにも身の程知らずじゃなかったってわけです。さてその次、それでうまいこと希望が叶ってそこですっと欲が引く。まるで体操の着地のようなもん。ピタッと止まる。それが身の程を知るということですよ。
あつむが弱いと自分を過大評価する人は多いけど、案外自分で自分をわかっていないなって思うのは日本のエリート層と称される人たち、前の記事で言うなら増税される200万人。子供の頃から大人の都合に迎合することを教え込まれて良い大学よい仕事と進んでもう学生くらいからすっかり守りに入っちゃってヒエラルキーのポジションばかり気にするようになる。学歴のような肩書きみたいなもんを大切にしようとするからその先広がりがない。
本当はそれくらいの頭脳を持っていて、それでハルトモ君の半分の気概と根性でも持っていれば一生働きづくめで住宅ローンや教育費に汲々とするなんてありえないでしょ。自分が傘の下にいるから安心だと思うのかもしれないが、その分誰かから利用され続けているってことですよ。荒野に出ても大丈夫な人間がみんな傘の下でおとなしく暮らしている。
そんな生活を何十年もすると今度は本来持っていたはずの爪も牙もみんななくなっちゃう。そうなったらもう荒野に出たって生命力がない。60歳すぎて退職金で株で儲けようってのは、それも身の程知らずってことだけど、まあ出てみたくなるんだろうね。身内とか親友だったら本気で止めるけどね。身の程を知れってね。
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株で儲けて経済的自由を得たい。会社を辞めて専業になりたい。そうなれば嫌な上司にペコペコせんでもいいし職場の人間関係に煩わされこともない。こういうことを夢見る人が読者でもいるかもしれないが、ハルトモ君からアドバイスというか言って差し上げたいことは、そういう気持ちは全部自分の心の中にあって幻だということである。儲けるのが幻だという意味じゃない。まあたぶんそれも幻なんだけど、それはさておきどういうことか言うと、実際儲けてみると、今まで嫌だと思っていた上司が嫌でなくなったり煩わしいと思っていた人間関係が煩わしいと感じなくなるのですよ。金持ち喧嘩せずじゃないけど余裕があるとそんな腹を立てたり気にやむようなことは世の中にないとそこでわかるようになる。
上司に呼ばれてガミガミ言われて今までだったらキレそうな気分だったのが、ああご苦労だなあ、こんなに怒って可哀想に、これだけガミガミ言っていたら、自分の方が体おかしくならんか? お、今日は小言が10分を超えたな、新記録達成かな、たしか今までは12分だったかな?
そうやって思って聞いていればさほど苦にならない。そういえばこの上司は娘さんが私立に進学したとか言っていたな、住宅ローンもあるだろうし、頑張っているんだな。けっこう嫌な奴と思っていたが家ではどんな顔をしてんのかな? 案外優しかったり。なんて思ったりね。程度の差こそあればこれは本当。実は嫌いでキレそうだったという感情は自分がこころの中に作りあげた幻だったということである。世の中には犯罪人とかテロリストとか後こどもを殺したり虐待したり悪い奴はいくらでもいる。そういう連中に比べれば口うるさい上司なんて可愛くも善良な小市民でなにも目くじらたてるような存在じゃないのである。
そういうことでおおらかな気持ちになるとか、あるいは物怖じせずに堂々と信念を貫いたりあるいはアグレッシブに挑戦したり、自己保身に汲々としなくていいから仕事もやっていて楽しくなる。人の評価や評判に神経もすり減らさない。そんなことしていると見ている人もいるもので案外会社でもまたうまくいったり意外な展開が待ち受ける。こうなったらしめたもので何をやってもうまく行く。ますます豊かになってなにも怖くなくなる。やっていておもしろい。知らぬうちに活力に溢れ、なんだかプライベートでもパワー全開、家庭円満。
ほとんどの人はサラリーマンでそれなりに成功してから投資を始めるでしょ。これは実は順序が逆ね。この順序はたいてい失敗する。投資で儲けてそこから本業もうまくいくというのが理想的だ。言うはやすし行うは難しいなんて言っている人間にはチャンスは来ない。だってね相場で儲けるのは虎や狼のメンタリティ、サラリーマンは羊のメンタリティ、両立するわはない。まずは思い切って会社でも狼をやってみたらどうかね? 簡単だ、上司に向かって堂々と反論すればよろしい。言い負かしてやれ。なに? 上司に勝てない? であれば相場で儲けるのはたぶん無理だ。その程度ということだから。
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