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不動産投資をする時に管理費や修繕積立金の未払いについて注意を払う必要があるととはよく言われることだが、ではどれくらいの比率であれば許容できるのか? あるブログでは100戸中5戸くらいであれば仕方ないとか書いてある。これはそういう投資方法だとしか言いようがないがわたしに言わせればそんなに払わない人間がいるマンションは普通じゃない。そういうマンションはそれなりの住人が住んでいるマンションだと思う。5戸は氷山の一角だとわたしは思うね。仮に払っている人間でもその質には疑問符がつく。 わたしが保有しているマンションではどこも一軒たりとも未納はない。そんな住人がいるようなマンション買わない。自分で住んでも良いくらいのマンションを買うわけだからそれは当然だ。ということで資産価値が高いものだけが購入対象となる。ちなみに自分が賃貸に出していて言うのもおかしいが、賃貸が多いマンションはだめだ。買った人間がずっと住んでいるというのが一番良い。 話はかわる。スウェーデンでは消費税が25%とかあってそんで高福祉であるけど、政府を信用して貯蓄率は低いのだそうだ。老後は金がなくてもなんとかなるという安心感が国民にあるらしい。日本は消費税を上げるという議論をするときに社会保障費に回すとか説明しているが、どうもその使い道が胡散臭くて本当に老後安心して暮らせるかどうか? これが信頼できない。事実おかしな金の使い道は枚挙に暇がない。日本は政治そのものが信用できない。もちろんその責任は国民にある。おかしな人間ばかり選ぶからだ。そしておかしなことを政治家に期待する。 政府とか政治に対する信頼感が低い以上は破綻しないかぎりなるべく金をつぎ込みたくないと感じる。お金を持たせればおかしな金の使い方をする。金がないと借金までして使う。それが日本政府である。もちろん国民レベルなりの政治レベル。 わたしは多少政治の世界をかいま見た経験があるわけだけど、結論として性に合わなかった。なんかままごとのようで遊んでるようにもわたしには見えた。これは国政も地方も同じで、地方の方が政治家は働いていないように思える。自治体の仕事と党の仕事もごっちゃにしてるし。 個人的には地方の議員は無報酬にして定数を数分の一にすればいいと思っているし、首長も県知事とか大きな市以外は行政官だけでいいんじゃないかと思う。村長とか町長とか要らんと思う。無報酬の村議会議長が村長でいいだろう。無報酬にすると有能な人材が入ってこないとわけのわからない理屈を言う人間がいるが今だっていないだろう。わたしは無報酬でかつ選挙運動のつまらない負担がなければ良い人材が立候補するかもしれないと思う。ひょっとしたら国政も無報酬でいいんじゃないか? 活動の実費は出してもいいけど。 よく欧米とかとの比較を言う人間がいる。学者とか。日本の公務員の数とか給料とか政治家の数とか給料とか、横並びが好きな国民だから比べて揃えたくなるのはわかる。そのときにたぶん恣意的に運用する。都合の良いところだけ欧米に横ならびとか。 ただ冒頭に書いたように政治の成り立ちから国民と政治の距離感とがだいぶ異なるだろう。日本というのはお上が庶民から金を巻き上げて、そんで偉そうに恩着せがましくばらまく。ばらまきはかなり恣意的だが、ばらまく前にたっぷりとお上が太るという前提がある。日本は古来ずっと庶民がお上を養ってきているのだ。ところがお上になんとかしてもらいたいとのごとき勘違いをずっとしている。 テレビでは老後の格差について特集をしているが、これは年を食えば働けないのであるから、格差はもう逆転しようも挽回しようもないということになってくるのは当然だろう。働いているならわずかとか感じるような金額が大きくのしかかる。年金とかでも世帯収入が月に20万円あるのと30万円あるのとでは、それは生活ぶりは大きな差になってくる。差額10万円埋めようがない。ひょいとアルバイトでもして足りない分を埋めよとはいかない。 そうすると住むところから入る施設から趣味の生活ぶりからみんな変わる。20万円の世帯はなんとか暮らすだけである。30万円の世帯では20万円で暮らして10万円分遊びや趣味に使える。つまり自由に使えるお金は0と10万円というこれは大変な差である。そしてその差は挽回できない。そこで思う。こんはずじゃなかったとか、一生懸命働いてきてなんでだ? と。お上はなんとかしてくれないと遅ればせながら気づくことになる。 今日は休養日ということで一日家でゆっくりしていた。そのままどこにも出かけないつもりだったが、かみさんがアウトレットに行きたいというのでそれでお供することにした。運転手ではない。かみさんがボルボのハンドルを握る。どうせ自動運転なんで楽勝だ。自動運転はつまらないと言う人もいるが、そういう場合は自動でやらなきゃいいだけだが、自動はかなり上手いので感心するよ。クルーズコントロールは外車なんで時速200キロでも設定できるんだけど、それは極端にしてもけっこうなスピードに設定すると、これがいい感じで加速減速して右目の車線を疾走する。笑える。さてこのけっこうなスピードがどれくらいかと言うともちろん法定速度以下である。わたしは時速100キロ以上は絶対出さないからね。 夕食は自宅そばのイタリアンレストランへ、和風とイタリアンが混じった創作料理ということで写真はアナゴのチーズ焼き。わりと美味しい。色合いを見ると白ワインがいいかなって思ったが切り分けると、まさにアナゴ用の甘いたれでそれがチーズと組み合わさって赤ワインにあう料理だ。 そう言えばテレビの月収20万円の年金生活者は自炊でカレーなんかを冷凍にして食べ分けているそうだ。外食は一ヶ月に一度いくかいかないか、それも安いところとか言っていた。もちろん旅行なんていくわけはない。個人的にはさんざん遊んで旨いもんを食ってきてるし、最終的にはそんな生活をしたいという憧れがある。なんか楽しそうな気がする。毎日自炊。食材は伊勢丹で買ってね。こんなこと書いてると恨まれそうだな。わたしは子供の頃ひどい貧乏をしたけど今にして思えばどうということはなかったな。歳を食ってからひもじい思いをするほうがずっと辛いだろう。なにせ挽回のチャンスがないんだから。 |
政治経済
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二重国籍の話がかまびすしい。
本人は言うのね。台湾の国籍は抜けているはずだと思うけどやり取りはよくわからなかったと。この時にハイ台湾国籍もたぶん残っていると思います、とかあるいは残っているかもしれません、なんて言ったら大変だから言わなかった。ひょっとして残っているかもと思っても、まずここでは否定しておこう。それで後から事実が判明したら、自分の責任ではないとか言い張る。でないと長年なんで二重国籍を放置したのか問い詰められて窮地に陥る。そして最後謝る。自分の勘違いだったと。故意でやったというより勘違いで謝るほうがずっとましだ。
人間というのは必ずこういう計算をするのね。彼女の言っていることが本当かどうかはどうでもいし、別に台湾国籍があってもこれから抜くでいいと思うし、本当のところはわからないけど、ただこういう計算は必ずやっているね。そして計算した結果の言動が今見えているものということだけは間違いない。計算しない政治家なんていないから。
正直に言えば火だるまになっちゃう。まあそういう世界だね。
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それはわたしにはわからないが、変だと思うことはよくある。今日も天皇陛下の生前退位の報道が突如なされたが、その情報の入手は明らかにされず、さらにその報道内容は待っていましたとばかりに周到に準備されたものだと誰がみてもわかる。はっきり言って不自然だ。政府の承認を得て作られた報道だと想像せざるを得ない。この報道が作られたとしてもそれはさほど構わないが、さて NHKはこうやって政府にかなり操縦されており報道の独立など絵空事だということは、それは見る方も知っておくべきだろう。たぶんNHKだけではない。民放も新聞社も似たようなもんだとわたしは思う。この世の中に本当に自由な人間なんてそんなおらんだから当然といえば当然だ。組織にいる各人が己と家族を守ろうと思えば自然とそういうことになる。
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先の大戦の責任論と言う意味で日本国民が当時の政権というか為政者に問えるのは敗戦に対する責任だけであるとわたしは考えている。ずいぶんとおかしな戦略戦術を採用したし状況判断もおかしかったし外交も稚拙であった。この点について十分な国民的な議論がなされているとも思えないし誰も責任を取っていない。
それはさて置き、では戦争そのものへと突き進んだという国の進路選定に対する責任はどうか? これは責任を問うもなにもない。日本人の大多数が両手を上げて戦争を支持したのである。なにを言おうが結果はそうである。当時だって選挙はあったのである。戦争責任は日本国民そのものにある。日本人の多くはいまだに日本国民のほとんどは大戦の被害者であると考えている節がある。軍部とか政治が暴走したと、、真面目に一生懸命働いていただけの多くの日本人は被害者であり、信頼して任せていたのに裏切られた、、。こういうことを考える日本人が多いとしたら、将来ついても、まともな判断を日本国民ができるとは思えない。 参議院選挙の報道でいろんな国民の声を聞くみたいな特集がいくつもあった、二元中継で政治家がそれを聞いて応答するんだけど、たとえば豆腐の原料の大豆の価格が高騰して値上げもできない。なんとかしてくれ、、とか。それぞれに事情はあるのはわかるが、極めて直裁的に意訳すれば、皆が言っていることは、金をよこせとかもっと儲けさせろと、そう言っているとしかわたしは聞こえない。自分の生活のことだけだ。それを政治家が真剣にうなづいてなんとかしなければみたいな返事をする。 日本人は政治家にすべて任せて、真面目に一生懸命自分の仕事さえしていれば、自分は報われるべきだと考えている節もある。政治家もそういう。真面目に働く人が報われる社会を作りたいなんてね。そして結果バカな戦争をおっぱじめた。これが二度とないと言えるわけがない。国が形をなして以来の日本人の根本気質に関わる問題だからだ。せめて日本人はもう少し自分たちが間抜けであると知る必要がある、とわたしは思うけどね。 |
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日本人の命が7人も同時に失われた。なぜこのような悲劇が起きたかの調査などはこれから囂しいだろうが詳細はうやむやになる可能性が高い。日本政府が自らの失政など認めるわけがない。大局はわたしが以前書いたとおり、これが日本国民の選択の結果である。日本政府が欧米諸国のイスラム過激派との戦いの仲間入りをすると自ら宣言し金も出し法案も整備している。それに対抗して今やイスラム過激派の攻撃対象に日本は入っているという厳然たる事実がある。向こうからすれば喧嘩を売っているのは日本である。
今後日本人がテロの被害にあう可能性は高まる一方であろう。すべて日本国民が自らの意思で決めたことである。日本人は自らがこの事態を選択したという責任意識を持つべきである。現在の政権を全面的に支持して圧倒的多数を与えているのがまさに日本国民であるからだ。それでも自民党しかないというのであれば言葉はないが、もっと日本人は死ぬだろうね。それで良いと多数が言うなら仕方ないが自分の子どもを危ない目に合わせていいとは普通の親なら思わないだろう。結果として他人の子供に死んでくれという選択としか言いようがない。 先の大戦でもそうだった。人間というのは死ぬ人間と決断する人間のつながりが希薄だと、いくらでも過酷な決断ができるようになる。特に日本人はその傾向が強い。政権を支持しつつ、テロに憤りを感じつつ、自分の子どもは危ないところに行かせないとか、、まあそれが日本人である。犠牲者の冥福を祈る政権与党の面々を見て嘘くさいと演技と感じるのはわたしだけだろうか? だってこうなるとわかっていただろう。 |



