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今日も渋谷まで自転車で出張った。先日は松濤美術館と日本刀剣美術館をはしごしたんだけど刀剣美術館はおもしろかった。村正とか正宗とかあるいは長船とか、芝居や映画で聞いたことのある名刀を実際に初めてみた。で見たら違いがわかるのか? というとこれはちゃんと見方がある。たまたま詳しそうなおっさんがきて、美術館の人間となんだか親しげに話しているので、聞いてみた。この刀はなにが凄いんですか?そしたらそのおっさんが結局1時間もかけて刀を見て回りながら鑑定のキモや日本刀についての薀蓄を教えてくれたんであるが、そのおっさんは日本の刀剣界では知らぬものがいないという重鎮で、刀の鑑定家なんだって。ただで1時間も聞いて儲かってしまったがわたしの聞き方がたぶんうまいんだな。ど素人なんだけどなんか説明したくなる風情というのが大切だ。ちなみに刀で一番大切なのは切先なんだって。そこが一番使われるから。

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そういうことで今日もどこか寄り道をしようと前から目をつけていた原宿の太田美術館に出向いてみた。ここは浮世絵の美術館だが、折しも企画展で、大物の作品がけっこうたくさん出ていた。鈴木春信、葛飾北斎、写楽、菱川師宣、歌川広重などなど、
いやあなかなか良い目の保養になった。

ところで写真の美人絵は美術館のものではない。我が家の和室に飾ってあるものだ。浮世絵というのは絵師彫師刷師の三位一体の作品であるが、この版画の彫師は人間国宝でそれで浅草の直次郎さんという刷師が刷ったもので20年ほど前に直次郎さんに目の前で刷ってもらったものだ。人間国宝の方の名前は忘れたが額を外せば読めるはずだ。

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原宿のすぐそばの代々木公園を自転車で通ったら凄い行列である。なにかいな?と自転車を止めて近付いてみた。しばらくすると車が停車して、それでなにかわかった。弁当をホームレスや浮浪者のために無料で配給しているのだ。最近のホームレスはわりとパッと見になまともな格好をしている。服はどこでもかなり余っているのできっとどこかで貰ってんだと思う。だが近づくと明らかに異臭。ずっと風呂にも入ってないんだろうな。

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この界隈に今でもホームレスがたくさん住んでいる。行列の人間に聞いてみた。誰が弁当配ってんですか? で誰も知らない。知っているのは何曜日の何時にどこで配られるか、それだけで彼らには十分な情報である。どうせ感謝という心持ちは子供の頃どこかに捨ててしまってきた。であれば誰が施しをしているかは重要な問題ではない。要は食えればいいのだ。しばし話をして帰ろうとしたら、なんで帰るんだ?お前も貰っていけ。うまいぞと声をかけられた。ハルトモ君には彼らに伍して違和感なく馴染める佇まいがあるね。これがそのあたりの金持ちにはできないことだ。

行列に並ぶ人間を見渡すと40歳くらいから70歳くたいまでか? どんな経緯でここに身を置くように至ったかそれは詳らかにもしないが、それなりに個々のストーリーがあるんであろう。一歩間違えばわたしもこの行列に身を置いたかもとは、わたしには思えない。やはりわたしとは違う人たちである。ただ子供の頃は似たような境遇だったのかもしれないなとは思う。何が人生どうわけるかよくわからないが、偶然だけでどんどか上にいくこともないし、偶然だけでどこまでも落ちていくこともないんだろうとは思っている。

50キロを自転車で走破して家に戻るとかみさんがブイヤーベースを作って待っていてくれた。それで一緒に映画を見ようという。なにかいい映画はないの?というので探したらニューシネマパラダイスが出てきた。かみさんは見たことないと言う。それで一緒に見た。わたしとしては3回目くらいかな? 読者でもし見ていないならこの映画はぜひにとお勧めしたい。

人間至るところに青山ありという言葉がある。人間はにんげんでなくじんかんと読む。この世のことである。青山というのはお墓のこと。人間はどこにでも死に場所はあるのだから故郷を忘れて大いに才を生かし活躍せよ、という意味である。だがその一方で故郷に留まりそして羽ばたく若者を見送る者もいる。彼は言う。故郷は忘れろ、手紙も電話もいらない。そう言いながらいつも羽ばたいたものを思い遠くから見守っている。「お前の噂を聞きたい」。それが見送る者のはなむけの言葉だ。

わたしの人生はまさに羽ばたく人生であったと思う。羽ばたく者として人生を堪能した。そしてここにいたりわずかだが児童養護施設で見送る者の経験をさせてもらっている。どちらが良いも悪いも上も下もない。両方あってこそのこの浮世である。

施設で働きだして4回目の冬を迎えようとしている。冬の次には春が来てそして旅立ちがある。過去に施設を旅立っていくこどもたちにわたしは言った。帰ってくるな、別の世界にいけ、振り向くな、でも、同時に思っている。「お前の噂を聞きたい」と。なんだか児童養護施設に働きだしてからの、ニューシネマパラダイスが一番心に響いたね。








CHARLIE PUTH

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アップルミュージックは定額でなんでも聴けるという音楽配信サービスでわたしも娘も入っているが洋楽であればほぼ不足なく聴ける。たいていのものが出てくる。ただ日本の曲はろくに出てこないので日本の曲を聴きたい人には現時点ではあまり魅力ないと思う。ただ将来ははいっちゃうと思う。アマゾンでもラインも定額音楽サービスが流れだ。

わたしの娘はエンルトンジョン以外にビリージョエルとかフォーシーズンズとかかなり古いのも聴いているが、もちろん新しいのも聴いている。ブルーノマーズも娘に教わったけど、このチャーリープースも娘から教わった。彼は23歳の若者で映画ワイルドスピードの主題曲SEE YOU AGAINを歌っている。メロディラインは50年前に通じるものがあってブルーノマーズともどもわたしのような年代の人間でも違和感なく聴ける。おっさんにはオススメである。聴いていると子どもに驚かれたりすうるかもよ。

ピアニスト

エルトンジョンのコンサートに行って、それで彼のピアノプレイがたくさん聴けた。アルバムを聴いているとピアニストが強く出てこない。むしろ彼はシンガーでありメロディメーカーである。それが生でやはり彼はピアニストなんだなと再認識した。彼のピアノは悪くない。でもピアノだけ耳を澄まして聴くとピアノ一本で生きているミュージシャンとはまた風情が違うと言わざるをえない。あのエルトンジョンがピアノを弾いているという点でやはり人の心を揺さぶるものがあるからピアノが正面に出てこないのである。

家でもピアノを聴くことは多い。よく聞くのはビルエバンスとかマルウォルドロンとか、ジョーザンプルも聴く。だがわたしの一押しはリチャードティーである。彼の躍動感あるピアノプレイは彼にしかできないと聴く人を得心させる力がある。彼はもう生きていないが、ユーチューブでいくつか彼の演奏が検索できる。特にスティーブガットのドラムとの共演は出色ものである。ぜひ聴いてみていただきたいなと思う。興味があればの話だが。

エルトンジョン

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驚いたことに娘がエルトンジョンを好きなんだそうでアルバムも持っているそうだ。それで8年ぶりの来日コンサートに行きたいという。要は金を出せということだがわたしもエルトンジョンは大好きだ。カラオケでだって歌うくらいでグッバイイエローブリックロードとかハルトモ君の得意曲だ。(と言っても最近カラオケはせんが)。ということでエルトンジョンライブ行ってきましたよ。場所は新横浜の横浜アリーナ、ただいくだけじゃつまらない。まず参宮橋の刀剣美術館にいってこれはまた別に書くけど楽しかった。それから松濤美術館でエジプト展を見てそんで渋谷で氣功の道場に行って、それから前も会社の知人ミツオ君を訪ねてそれからエルトンジョンという段取りだ。

わたしが前にいた会社は本社が新宿だったんだが今は新横浜に移転している。いくつかの拠点を統合したらしい。寄りますか?とミツオ君が言うけど別に興味ないし寄れとも言われてないのに顔を出す理由がない。正直のところ人があくせく働いている場所にあまり行きたくないのね。それに会社の雰囲気はかなり悪いと聞いている。行けばきっと負のオーラが充満している。もちろんわたしくらいの人生の達人になればそんなのものともしないのだが、わざわざ浴びることもない。

ミツオ君には中華料理を頼んでおいた。新横浜の横浜には違いないから多少まともな中華店があるだろうと思ったのだ。そこで軽く食事をした。四川料理で辛かった。彼は巨漢で糖尿病なんだけどあまり減量をしていない。わたしみたいに全然病気じゃないのに減量して数値を良くしようとしているのに彼は薬を飲めばいいだろうみたいな言い方をしているが、とても長生きできる戦略じゃない。せめて揚げ物とか炭水化物は控えろと言っておいた。最後にゴマ団子なんか頼むので取り上げてカミサンヘのお土産にした。

座席はかなり近かった。コンサート開始前に写真を撮って、それで登場を待つ。演奏中ずっとこっちを向いていてくれて良かった。さてエルトンジョンだがやはり年を食ったなあと思いながら見ていた。私がエルトンジョンの曲を聞き出したのは13歳くらいの時だからもう44年前のことだ。彼はデビューして48年とか言っていたから当時はまだデビュー間もなかったわけだ。でも見かけは爺さんだったけど良かったですよ。演奏はパワフルで時を感じさせなかった。エルトンジョンのライブに娘と行けるなんて実にハルトモ君は幸せだ。幸せだっていつも言ってるな。

忠犬ハチ

今日もゴルフであった。前半は8ホールまで3オーバーで、それで最終ロングで一打二打とまあまあで残り50ヤードほど、ベタピンにしてバーディをと思ったんだが大トップしてOB杭の脇まで飛んで言ってそれでダボになってしまった。よくあることだ。後半はかなり冷えて風も強くなってきたせいかダブルパーとかトリとか出て49。スコアは悪いのだが、ショットの中身とか以前よりは戻ってきているという手応えはある。もう少しで復調とも思うが、だがそろそろ冬である。ここ数年は冬はラウンド数をぐっと減らしている。風がなければやってもいいが、埼玉は冬は強風が吹いて体感温度はぐっと下がる。体感温度の算出方法はご存知だろうか? 簡単である。気温マイナス風速である。気温が8度でも8メートルの風が吹けばゼロ度である。寒いわけだ。多分ゴルフができるのは12月くらいまで、その後2ヶ月ほどは休んで3月に再開というパターンかな? 12月−3月にはゴルフ仲間とスキーに行くことになっている。面白いことにゴルフ仲間は皆ゴルフだけでなくスキーも上級者である。冬はグリップをストックに持ち替えるというわけだ。

他人と同じことをやっていても相場で勝てないとはよく言われることだが、では他人と違えば勝てるかと言えばそういう話ではないよとは思う。ただの変わり者とか変人が勝つことは多分ない。結局問題は何がどう違うかということ。私の場合は他人と意識して違うことをしようとはあまり思わない。自分で考えた通りするだけだ。それが皆と同じになることがあまりないというだけ。私は自分で考えてた結果が他人と違っていてもあまり気にしない。むしろ同じだと大丈夫かいな警戒する。多分それが一番の多くの人との違いじゃないだろうか?

ハチというアメリカの映画を見た。忠犬ハチをアメリカに置き換えてリメイクしたものだ。最後には実在した忠犬ハチが紹介される。日本で実在したハチは大学教授の主人を9年間待ち続けてそして死んだそうだ。それがそのまま淡々とアメリカに置き換えて話は進む。それがつまらなくないんである。辞書を紐解けば忠というのは元来真心とか誠という意味であるそうだ。主人に尽くす意味合いは後付けらしい。確かにそう言われて納得する。映画の中のハチは自分主体である。あくまでも自分の意思で自分なりの流儀で主人に尽くす。別に主人のいいなりになるわけでもなくご機嫌取りをするわけでもない。ちゃんと自分というものがあるのである。いつの頃からか己というものがない忠が闊歩するようになったのがこの日本かと思える。

自分なりの忠を貫けば他なんか関係ない。死んだ主人にとって死んだ後10年も待ってくれと命令したわけでもないし、待たれたところで何のメリットもない。そんなことをする犬?などまずいない。ハチは自分が待ちたくて待ったのだ。他人と同じように振る舞いたいと思う心根は実は己を利したいという打算であり本物の忠はそこにはないのかもしれない。それでは相場では勝ちきれぬ。相場で勝てる人間は忠な者と言えるかもしれない。何に忠かは人ぞれぞれ、自分の流儀、美意識、人生観、あるいは愛する人、師匠が居るならその教え、何かかに必ず忠なんじゃないかな、てそんな気がする。

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