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モネとコラテラル

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ミクニでのランチを終えて
モネ展が東京都美術館で催されているので立ち寄ってきたが
ずいぶん人が多くて驚いた。
日本でそんな人気のある画家だったかな?

 モネというとあちこちで見ている。
最近では先日の日本でのオルセー展とか
あと北浦和美術館にもあった。
パリのルーブルとオルセーでも見たかな
睡蓮をテーマにした作品がやまほど描かれているが、
わたしは睡蓮はあまり好きではない。
特に晩年の睡蓮はひどいと思うくらいだ

今回のモネ展はモネ自身が死ぬまで自宅に保有していた絵画とか、
あと睡蓮を書く前の作品群とも多くて、
人物を描いたものも多くけっこう楽しめた。
ルノワールの描いたモネ夫妻の肖像なんて
これは売りっこないわな。
二枚の絵を自宅ではひとつの額に入れて飾っていたんだって。

やはり注目は「日の出」
第1回印象展も出品されたモネの出世作。
これは見た甲斐があった。
まるで後ろからバックライトをあてて投影してるんじゃないか
と思うくらい鮮やかに
光と影が織りなされ見る者の視線を掴み容易に離さない。

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夕食は伊勢丹でなく大丸で中華総菜を買うことにした。だが餃子は外で出来合いを買っても美味しくないとかで、かみさんが一から作るとか言ってそれで材料を買って帰ったんだが、帰るとやはり作るのは面倒だからと言いだして、だがおかずが足りないとそれで近くの中華店から出前を取ることにした。いわゆる定食屋。麻婆豆腐とチャーハンとニラ玉と。これはこれで悪くない。
昔懐かしい味だ。

夜は映画を見た
コラテラル
トムクルーズが主演だが
この映画は秀作だ
パルプフィクションとタクシードライバーを
足して2で割って
ブレードランナーを振りかけたような映画と
表現しておこう
見る価値ありだ

実は昨日もトムクルーズの映画を見てる
マイノリティレポート
これも悪い映画ではなかったが
中だるみがあった

コラテラルは一気に行く
筋書きを話しもいいけど知らない方がいいだろう

バードマン

寄付でターミネーターの映画の券を頂いて、施設の子供を引率して行ってきた。中学生の子供だが、字幕の映画はだめだと言う。読むのが追いつかないそうだ。ということで吹き替えで観たのだが、なんか調子狂っちゃうね、という感じだった。わたしは基本映画は字幕で観るものだと思っているし、うちの娘だって小学生の時から字幕で観ている。映画の字幕って中学生くらいだと読むのが間に合わないんだっけ? 単純な娯楽作品ではあるのだが、時間が行ったり来たりでちゃんと辻褄が会っとんのかいな?という映画だった。でも最初から出てきた一見正義の味方みたいな奴が、演じているのがアメリカのドラマ24のロシアの大統領役で、ああこいつはきっと悪役だって思って観ていたら、最後本当に悪役だった。それとヒーローの女の子が、あのキックアスのヒロインだから、これは観ていて、絶対に強いに決まっているなって、これもまた妙な安心感があって、そういう意味ではハラハラドキドキてのはない、いわゆるアメリカ版水戸黄門、予定調和の典型という映画だった。劇場で金を払ってみる気にならないけど、家でITUNESなら観ても良いというレベルの映画だと思う。

あんまり単純な映画ばかり見ていると頭も単純になりそうだ。バードマンはその反対の映画だと聞いていた。アカデミー賞4部門受賞の評判作だったが劇場公開を見逃していて、ITUNESを待っていたが、ようやく出てきたので早速観た。コメディということになっているらしいが、しっかりとしたストーリーで飽きることなく最後まで観ることができる。最後、うん?と思わせられ、なんだったんだろう?と考えさせられるが、でもってよく考えてみると、第一印象通りで良さそうだ、というそんな映画であった。ただこの第一印象というのは個人差は大きいと思うのでほかの人がどう思うかはわからない。やはり前評判通りコメディとして楽しめば良い映画だろうとわたしは思った。これはおすすめの映画なんであんまり中身は書かないで置こう。

わりと映画は見ているのだが、本当に良い映画だなと思える映画に最近であっていない。もちろんなかなか良い映画だと思う映画はいくらでもあるのだが、自分が若い頃衝撃を受けたり深く考えさせられたり、あるいは感動に涙したり、そういう感情がふれる映画に出会わない。これはわたしの感受性が鈍ったせいなのかな? それとも映画の質が落ちているのか?

今ふと思った。コメディならニューシネマパラダイスみたいな映画をまた観たいな、と。なんのことはない、また観れば良いのだ。レンタルしよう。宿直の夜中に観るかな?
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三宅裕司率いる熱海五郎一座が大地真央とのコラボで今話題の喜劇「プリティウーマンの勝手にボディガード」をかみさんと一緒に観に行ってきた。新橋演舞場である。アドリブが多くミスも笑いのネタにして大変よく笑えた。最後には三宅裕司、渡辺正行、大地真央、ラサール石井などがそれぞれ挨拶をして、これがまた爆笑ものであった。もう一度観に行ってもいいなと思う。ちなみのご存知ない方のために書いておくと、熱海五郎一座というのは伊東四朗一座をもじったもので伊東の手前で熱海、四朗の次で五郎である。

大都市圏に住む良さの中で観劇の充実というのはかなり大きいと思う。まあ好きであればだが。見ていてつまらんということはまずないのであるが、やはり観劇は一人1−2万円はかかるのでそのお金が気になる人には敷居は高いんだろうと思う。観劇すればおいしい弁当も食べたいし、芝居がはねれば銀ブラしてそれから食事でもすれば夫婦で数万円コースである。こういうのはセット物であるからけちらないほうが良い。通しでそういう娯楽であろう。

娘がアルバイトを始めるそうだ。界隈ではわりと名の通ったイタリアンレストランである。どんなことをするか知らんが、店内でも厨房でもそれなりのレベルの飲食店で働けば舌は肥えるだろう。わたしもレストランでアルバイトをしてもいいかなと思う。和食は面倒なので止めておいて、イタリアンと中華で一年づつくらい。それからは家で自分で料理をする。家族のためとあと友人を招いてとか。案外おもしろいかもしれない。イタリアンと一緒にはできないが、一応飲食業の吉野家で4年も働いたが楽しかったしね。あと車の板金屋でアルバイトして、自分の車がへこんだら自分で直せたらなんかいいなと思う。もちろん友人知人の車も直してやる。楽しそうだ。

ラリーカールトン

T1さんのブログに映画ナイトクローラーのことが書いてあった。ナイトクローラー? 懐かしいな? 思いだしたぞ。わたしにはその言葉はラリーカールトンの名曲として記憶にある。今も現役のギタリストで心地よく聴かせてくれる。いわゆるドライブするという乗りだ。それで久々に聞きたくなって、さっそくITUNESで購入した。

彼がいたクルセーダースのことも記憶に蘇る。

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彼が初期のクルセーダースにいたことは知らない人も多いかもしれない。わたしがクルセーダースの名盤中の名盤と一押しする、SOUTHERN COMFORTというアルバム、わたしはまだレコードを持っているが、いやあこのジャケットが今ここで見るとまた素晴らしいのね。残念ながらこれはITUNESではリリースされていない。かなりマニアックかな。
このアルバムはとにかくパワフルで土臭くてまさに癖になるアルバムだったと覚えているが残念ながら我が家にはプレイヤーがないので聴けないわ。

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クルセーダーズのレコードアルバムは何枚も持っているが、後期のお気に入りは、ストリートライフ、ランディクロフォードのボーカルが心に響く。これはITUNESで買って、時々聴く。

みんなすっと聴けるが、30年以上前のアルバムなんだよね。30年前は30年前でその当時にしては古いジャズを聴いていたが、今はみんな遠い思い出でごっちゃになっている。思い出と言うのは縦に並んでいるんじゃなくて、壁にずらっと引き出しのように並んでいるもんだと思う。


幼稚な個

休憩中にヒューリーという映画を見た。itunesでレンタルが開始されるのを待っていて、48時間の間に家族全員がそれぞれ自分の時間で見る。3人で500円だから安い。

戦争映画というのにはおしなべて共通のボトムラインというのがあって、いわゆる事実の重みが逃れようがなく大きく、そこから逸脱するような映画は実はあまりない。戦争は人と人が大規模に殺しあう。あまりにテーマが重いのでコメディは別として外連を挟む余地がないのであろう。そして、詰まるところは、戦争という歴史的集団的な事象を通して一人一人の個性への問題へと落とし込まれていく。日米問わずほとんどの戦争映画はそうなっていると言って差し支えない。ヒューリーもまたそういう映画であった。そうは言ってもそれは個人の人生に踏み込んでいく以上、いろんな派生があるのは当然で実はそこで国民性の差が顕著に現れるとわたしは考えていて、それにしても、この映画のラストはけっこうわたしは気に入った。まあ言わないほうがいいだろう。これから見る人もいるので。

どうやら賃上げの季節である。いくばかくかお手当が上がることを期待しているサラリーマンはこの日本に数千万人という規模でいるわけだ。どこかのサラリーマンを捕まえて、安倍政権に何を期待しますか?なんてインタビューもテレビで流れていて、「とにかく景気をよくしてほしいですね。」なんて真面目な顔で言っているが、景気がよくなって自分が多少金回りがよくなると期待する頭の構造からして、なんとノー天気かと感心するというより呆れる。世間の景気と自分の景気は別の話でしょ。わたしなんか自分の景気が良ければ世間の景気なんてどうでもいい。まあ世間の景気が良いと、わたしの友人も一息ついてそれでハルトモと金でも使って遊ぶかということになれば、遊び相手が元気でわたしも嬉しいという程度である。

日本人は全体が良くなれば個人個人も自ずから良くなるという発想が強いように思う。だがその論理はかなり怪しい。どうも全体を牛耳っている人間に操られていると思える。わたしなど、むしろ個人個人が良くなればそれは間違いなく全体が良くなる方向とわかりやすく考えるのだが、そう考えない人間がどうも多い。

人生も同じである。毎日毎日が幸せならそれを積み重ねていけば人生幸せに決まっているのに、逆になにやら人生全体を良くしようと現在をを犠牲にして我慢することを美徳する人間が多い。だがそんなことしてもマイナスを補ってなんとかプラスが来るころまでに十分こき使われてクタクタになってしまう。

日本人は個々の輝きより、組み合わせの妙とかバランスを重んじる民族だと感じる。
自己という個も、そこに置かれた自分の宿命を受けいれて、あくまでも全体の中にあってこその個と考える。実はわたしでさえそのような個の在り方に違和感を感じず美しいと思う。だがこの日本人の持つ美意識を巧みに利用して太る人間が歴史上そして今も、いつでもいるのである。そこはちと考えないといけない。人生は芸術じゃないのである。

映画ヒューリーでブラッドピット演じる主人公が自分の戦車を指して、ホームと呼ぶ。そこに家族同然の戦友が集まり決して諦めることなく最後までそこを守ろうとする。個とそこから派生する集団の最小単位としての家族の落ち着けるかけがえなない場所としてアメリカ人にとってホームの意味は大きい。ホラー映画が良い例だが、さっさとその家から逃げればいいのに、と見ていて思うのは日本人で、アメリカ人は悪霊と戦ってその家を死守する。それがアメリカ人の琴線に触れるのである。ホームに拘ることで個が強烈に意識されていく。一方日本の戦争映画はこのような強い個は出さず、個はあくまでも大きな流れの中に贖うことができない存在としてしばしば描かれて、それがまた日本人の心根を揺さぶる。このように個の描きかたで日本の戦争映画とアメリカの戦争映画とは大きく様相を異とする。

それにしても、時代を経て日本人もだいぶ個というものを重んじるようなってきたような気はするが、それが欧米の個とは違って、いまだ己を利したいという個でしかない。本当は自分さえよければいいのに、口を開くと日本の景気を良くして欲しいなどと戯言を平気でいうのは、個が幼稚な証左だとわたしには思えるのだ。
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