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久しぶりにこの書庫を更新しております。
久しぶりなので改めて書くと、この書庫では「もしも自分が政治を変えられたらこんな風な社会にするぞ」というようなことを書いていくことで、理想の社会とか問題点とかをあぶりだしていこうという、まあ、つまりあの某番組のパクリです。
で、今日の公約は「クラス担任をカウンセラーにします」です。
どういうことか。
学校は基本勉強を教えるところ。
でも、勉強以外でも道徳や集団生活や、近年では給食などによる食育の場でもあったりします。
何十年も前から、イジメや校内暴力、教師による体罰、保護者のクレームなどあるにはあったけれども、情報化社会のせいか(←私にはそうも思えるので)、親も教師も児童の学校生活に多大な配慮や関心を向けなくてはならなくなっています。
では、以前より勉強やそのサポートの部分が減ったかというとそれはなく、むしろ増えている感があるし、増えていないまでも複雑化していて、安定した教育の形が確立されていないような感じもする。
さて、私は教師ではないし、PTAなどで学校と深く関わるようなこともしていないので、多少認識にズレがあるかもしれないので、そのへん現場を知っている人からの私的は大歓迎。
とにかく、私が感じている現状は、教師の負担は大きく、児童も現代の学校生活をやっていくのに負担があるということだ。
そこで、今普通にある「担任教師」という役職をカウンセリング的立場の人間として配置してはどうか。
それが今回の私の考え。
教師の仕事は児童に授業したり職員会議に出たりだけではない。
20人とか30人とかいるクラスの全員に勉強を教え、そのうえ各人の人間関係(イジメ、不登校対策)も把握してというのは、無理ではないかという気がする。
だから、中学以上と同じように小学校も各教科ごとに教師をおく。
そのうえで担任も毎回授業に参加する。
そして勉強についていけてるかどうかや、授業をきいているかなど児童を観察する。それが担任の役目。
で、授業についていけてない子などをサポートしたり、その科目の教師に授業のすすめかたのアドバイスなんかをする役目も担ってもらう。
これにより、児童に対して授業面の進め方計画は各教科の教師がやり、家庭の問題やイジメの問題などによる本人の学校へのかかわり方の面では担任がやることができる。
問題点としては、どういった条件で担任教師になれるかというとこだろうか。
各教科の教師はその科目の教員免許を持っていれば良いだろうが、担任の役割は人間性とか社交性とかすごくレベルの高さが必要とされるようにも思える。
「カウンセラー」という言葉を使ったが、特にカウンセリング関係の資格が必要とは思わない。
けれども、教育心理学やそういった知識を持っている人間か、あるいは教師歴が何年もあるなどの条件が必要に思っている。
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素晴らしい!大賛成です!
公立の小学校、中学校であれば、担任の給与を高くして
優秀な人材が「行きたい」と思われる業界にしなくては
なりませんね。
教科担任は安くても大丈夫。好きな学問を語りながら
給料をもらえるなんて、民間企業ではあり得ない厚待遇
ですから!
ただし、単なる時間講師のつもりでやると子供たちに
「見透かされてしまう」ので、教科担当とは言え、
情熱は必要だと思います。
2010/5/25(火) 午後 5:39
なるほど。。。
全く思いつかない発想です!!
凄いな。。
インスピレーション得れました(笑
2010/5/25(火) 午後 7:36 [ ロマンチッカーnao ]
人間対人間の教育であるのだから
カウンセラーという新たな役割は担任のモチベーションも上がると思います
報道の受け売り情報ですが教師の負担を増大させてるのは
文科省さらには教育委員会から下りてくる
くだらない調査への対応の報告書作成だそうです
電話一本で済む話でさえ書類作成を求めてくる
公務員のよくある
融通の効かないお役所仕事です
この構造改革も合わせて進めなければならないと思います
2010/5/25(火) 午後 8:37 [ 雫〜しずく〜 ]
>PIPPIMANさん
賛同ありがとうございます。
給与などの待遇難しいですよね。
今は公務員などの待遇はもっと「安く」という意識が主流ですし。
“学科教師”も経験と研修と試験で“担任教師”になれるシステムができると、教師になる人間の意識の低下もなくてよいのではないかと思います。
2010/5/27(木) 午後 10:29
>ロマンさん
お互い刺激しあえてうれしいかぎりです。
私もいつもロマンさんとこからパワーとインスピレーションいただいてます。
2010/5/27(木) 午後 10:30
>雫さん
私も、報告書とかの書類作成とかで教師の負担は大きいってききます。
学校は、授業のほかに「運動会(体育祭)」や「文化祭」や「遠足」など季節季節の行事もあるし、プラス部活動なんかもあって、本当にやることがいっぱいあるうえに、その種類も広範で、一体どこにそんなマルチな教師がいるのかと思えます。
今回の案は、専門(担当)をわけることで「あれもこれもやらなくては」という教師の雑多な業務をまとめる意味もこめたのですよ。
ただし、これが実現して本当に教師の負担が軽くなるかはもっといろんな意見きいてみないとわからないですけど。(^^;)
2010/5/27(木) 午後 10:34