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さて、「選挙」という言葉から来た通りすがりのかたに誤解を与えないためにも、あらかじめ言っておきますが、これは「私やったらこんな政治がいい」というあくまで私の戯言であり、その思いは真剣であっても、それが本当に実現できる段階で話しているわけではないです。
というわけで、今日も「はるじおんの政権公約」ということで掲げるのは、「選挙のとき、有権者ひとりにつき10票さしあげます」というものです。
私の案では、厳密には10票プラスマイナス一票です。
イメージとしては、有権者ひとりに一通送られてくる選挙の葉書に対して、投票所で普通の投票用紙10とマイナスの投票用紙(色を変えるなど)1枚をもらえるということです。 つまり、どういうことか。
今現在の選挙制度で、自分自身の意思を反映できていると感じている人はどれくらいいるだろうか。
前回の政権交代となった衆議院選挙や、小泉さんが郵政問題を通すために行った解散総選挙のとき、「そこまで票を与えるつもりはなかった」と言う国民は多かった。 さて、なぜそういうことがおこるのか。
それは一人一票しか持っていないからだ。
考えてほしい。「○○党を支持」「△△候補を支持」という思いを抱いたとき、その党や候補者のすべてを支持しているだろうか?
もちろん、外交も経済も福祉もすべてうまくやってくれる政府が理想だが、すべてを兼ね備えた政党や政治家なんていやしない。(と私は思っている) だから、誰が政権をとるかよりも、国会での議席のバランスというものがとても重要に思えるのだ。 で、仮に私が「A党:B党:C党」のバランスが「8:4:1」がいいなぁと思っても、投票できるのは一票。
私がA党に入れたとき、そのバランスはひょっとしたら「10:1:1」とかになるかもしれない。 ではB党に入れたら「3:9:1」とかになるかも。 まあ、実際は一票くらいでは変わらないが、現在の選挙制度では国民の支持率がどれくらいのパーセンテージあるかよりも、○か×かで決まってしまっていると思うわけです。
自民党が○か×か。×なら民主党。という具合に。 鳩山政権のときに、第3勢力の「みんなの党」なんかが受け皿に・・・なんて話もあったように、自民党×、民主党×のときに入れるための政党を有権者は入れやすいという心理が働くのだ。 それは、すべて有権者には一票しか与えられてないからだ。 しかも、「×」の意思表示には、他の党に入れるか投票しない(もしくは白票を入れる)かしかないからだ。 そこで、一人10票もつことと、マイナス票を一票を持つことを提案している。
マイナス票があることによって、他の10票をすべて放棄しても「この政党だけには政権とらせたくない」という意思表示をすることができるからだ。 たとえば、小選挙区なんかの場合だとわかりやすいと思うけど、候補者がA党とB党しかない。 どっちも支持したくない。だけど不参加はいやだというとき、マイナス票を投じることである意味不信任票のように一票を使うことができる。 政権交代選挙や小泉郵政選挙のような大きな流れのときも、マイナス票で(それで政権をひっくりかえすことはできなくても)多少流れを抑制できるようにも思える。
10票という価値としては、政党はそこまで応援してないけど、ある候補者をすごく応援しているときは、その人に10票入れることで、その人は政権での権力が増す。(少なくともその可能性がある)
特定の政党を応援はできないけど、ばらんすよく議会政治を行ってほしいという、私のような人間は、A党に3・B党に2・C党以下1ずつ、などもできる。 この提案でもうひとついいことは、組織票を分散できることだ。 たとえば、お世話になった政治家とかそれ関連の企業とかで、挨拶まわりで一票をお願いされたとき、その人の心はその候補者へ傾く。
その人のおかげで道路ができたとか、その人のおかげで自分たちの町が活性化したとか、その人のおかげで病院ができたというとき、その人に一票入れないということは、そんなものは必要ないと言うも同然だからだ。 お世話になったのに「必要ない」という票を入れるのは難しいものだ。 だが、10票もっていたらどうだろう。 身近なところでは○○候補にお世話になっているけど、外交とか防衛とか大きな問題のことを考えると、○○候補のA政党は入れたくない、というとき。 10票のうち1票とか2票とかその候補者に入れればその人の活動への支援はした気持ちになれる。 でも外交とかでA党に不満があるなら、別のB党などに残りの票を入れることができるわけだ。 さて、最後に一応デメリットを言っておこうかな。 10票とマイナス1票を持つということによって、無難な政治家ばかりになる可能性もある、ということ。 前述したように、完璧な政治家なんていない。 たとえば、外交能力に長けていて、日本がかかえているあらゆる外交問題を解決する能力をもった人がいるとしよう。 一方でそれを支持する人がいる。 でもそれは熱狂的支持ではなく、ま、外交はあの人で・・・という一票レベルの支持だったとして。 一方で、その人は女性にだらしなく不倫したりセクハラ疑惑があったりと、女性からの批判が尋常でないとき。 その政治家は当選するか否か。 というように、一方で功績があっても一方で失態があれば相殺されるとしたら、得になにできるわけじゃないけど、あまり批判受けることはしてない、ていう政治家がいいという流れができやしないかな・・・という気はする。 だけど、それでも私は「有権者ひとりにつこ10票とマイナス1票」を実現してほしい。
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ざっくり言えば
小選挙区制度のなかに比例制度を組み込ませる
ってことでしょうか
政党政治及び間接代表選挙制度をとっている我が国において
私たちの一票や
議員一人のチカラは
ほぼ役に立ちません
しかしながら
直接代表選挙制度つまり大統領選挙ができないのはなぜでしょうか
憲法改正には国民投票を必要としてることが明記されてるにもかかわらず
その実施要項の柱となる法律が存在しない
故に
アメリカの占領政策が今なお続いてる
がボクの持論です
2010/6/8(火) 午前 10:29 [ 雫〜しずく〜 ]
自立できない日本
政治的成熟度が低い国民
日本国内でリーダーシップを発揮されると困るのはアメリカですからね
本質は曖昧模糊に
人気取りするために感覚的に国民を誘導するのが今の政治です
だから
とかく感覚的とされる女性
のハルジオンさんがロジックな持論を展開するのは素晴らしいと思います
まっ
男がうじうじ感覚的に生きてる現実はありますけどね
2010/6/8(火) 午前 10:42 [ 雫〜しずく〜 ]
>雫さん
わかりにくかったかなぁ。(^^;)
小選挙区制度の中に比例制度を組み込ませるというような、既存の選挙とは全く違う提案なんです。
比例制度は、有権者は一票しか持ってなくて、立候補した党や候補者の中からひとつだけを選んで、選ばれた割合で議席を決める制度ですよね。
私の提案は、有権者が10票もつことで選択の幅をつけるというものです。
「大統領選挙」云々は、日本での首相公選制度議論のことだと思います。
それについては、以前記事を書いたのでトラバしておきますね。
お時間あれば読んでみてください。
要点を言うと、「国の代表(今の日本では総理大臣)を選ぶ直接選挙りも、それをリコールする国民の権利を確立することが大切」というものです。
2010/6/10(木) 午前 9:39
「政治的成熟度が低い国民」ということについて。
私は日本の政治についても批判するし、非難もするけど、実はあまり悲観はしてないんです。
私はロジカルなんじゃなくて、理屈っぽいだけなんですよぉ。
(´Д`ι)
多くの国民は「自己の利益」を中心に投票行動をしてしまう一方で、福祉やボランティア精神を実にほとんどの人がもちあわせていて、「よりよい国にしていこう」という方向にベクトルがむいてるとも感じます。
その感覚的な部分をだんだんと理論がくっついてくるだろうから、10年後、20年後、だんだんと政治的に、社会的に国民も成熟していくと思いますよ。
2010/6/10(木) 午前 9:39
認識の誤差があったかな
ボクが理解したところ自分の価値観に順位もしくは差異をつけてそれを比例させて投票行動に反映させる
単純に○×の意思反映ではなく…
ってことですがどうでしょうか
これにより
実質的成果いわゆる仕事がデキル政治家と
政局・覇権争いに勤しむ政治家が
分別される
人気はあるけどいまいち仕事の処理・判断力が鈍い
なかなかくせ者だけどその戦略の鋭さ・仕事の組み立てが早い
等など
こうなると
国民が選ぶオールスターってカンジで
興味深いですよね
個性的なエキスパート集団
こうなると
議員定数削減
政党がいらない
よって無駄な税金が使われない
メリットありますよね
2010/6/10(木) 午後 1:30 [ 雫〜しずく〜 ]
>雫さん
そうですそうです。
各有権者の中の差異が投票に反映されるように、という感じです。
「人気がある」=「外面がいい」ということもあるだろうし、「ずる賢い」=「戦略家」ということもあるだろうし、国民からみたイメージだけでは政治家の価値ははかれないですよね。
2010/6/10(木) 午後 6:38