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今日は二回目の投稿です。そしてもう一個投稿するつもりです。
三部作として書いておきます。
いじめについて。
印象に残った言葉は次の二つ。
「いじめは、加害者を作らなければ被害者を作らない」
「親は間違った守り方をするな」
講演会の先生は、「親の多くはイジメについて、自分の子がいじめられないためにはどうしたらいいかを考える」とおっしゃってました。
私は何度か「自分の子がイジメに加担してたらどうしようかと思うよね」という話を母親同士で話したことがあるので、まったく考えてないということはないと思う。
だけど、それは被害者になったらということよりも身に迫って考えてないかもしれない。
我が家のこととして、息子が娘にひどいことを言ったという経験がある。
あれは子供たちが4年生のときだったと思う。
うちは双子だけれども、娘だけが発達障害があるため、支援学級に入って、ときどき交流学級として普通級の授業を受けている。
普通級の、息子が家で娘に「支援級のやつはバカやけん」というような見下すようなことを言った。
冗談でとか、兄弟げんかのようにからかうように、というようなものではなかった。
私はそのとき息子の言葉がなんと言ったかは、実はハッキリは覚えてはいない。
だけどすぐに「絶対にそんなことは言ったらいかん!」と叱ったのを覚えている。
言葉の良し悪しでなく、自分の息子がそういう言葉を使ってはいけないと厳しく叱ったと思う。
娘が支援学級に入ったときは2年生の夏休み明けから。
そのときに息子に説明するときも、息子に差別ではなく助けてあげてほしいと言っていた。
息子にはいろいろ頼ったし、我慢もさせたと思う。
そして、息子の学校でその4年生のときに支援学級の児童をバカにしたり、見下したりする風潮があったのだろうことは想像できた。
息子自身がそう思ってでた言葉というよりも、娘のことも含め支援学級のことをバカにされ、友達に腹がたつよりも、恥ずかしいほうがあったのだろうと思えた。
そこにのっかって一緒になっていじめることも、自分の小学校時代を思い出せば、用意に想像できた。
私は息子の複雑な気持ちを察しつつも、そのときは絶対に「しかたないよね」というような言葉は使わなかった。
その日の夜、ちょうど学校の読み聞かせのために借りてきていた宮西達也のティラノサウルスシリーズの絵本を読んであげた。
そして息子に言った。
「このティラノサウルスは乱暴でみんなに嫌われて、平気なふりしてるけど幸せ?違うよね。本当は寂しくて、辛かったよね。他人をいじめたりしたら、強くてかっこいいような感じにも思えるけど、本当は全然違うよね。ママはあなたたちが泥棒しようが、いじめをしようが、それであなたたちを嫌いになることはないよ。ただ悲しいだけで。だけど、友達は違うよ。人をいじめたり悪く言う人は、最後には嫌われるよ。友達はいなくなるよ。ママは嫌わなくても、ママはあんたたちに嫌われる子になってほしくない。だからいじめは絶対ダメって叱るんだよ」
とそういうようなことを伝えたと思う。
ダメだけでなく、ママは絶対味方だということと、それでもママがいくら味方でも他人に嫌われたら幸せにならないこと、そしてママやパパが辛い思いをすることを。
話を戻して講演会の話。
「間違った守り方をするな」
子供がいじめをしたとき、親は、もちろん信じられないのもあるんだろうけど「この子がやってないというからやってない」と否定したりするそう。
親が子供の間違った行為を「間違い」と言えないと、子供は間違ったまますすんでしまうと。
簡単なようでとても難しいこと。
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>内緒さん
うちの息子、娘の支援学級の実習などで外学習(バスなど公共の場での学び)や、お楽しみ会などでのコミュニケーションなどの学習を「いいなぁ」と思うようです。
ある時「支援クラスは自由でいいなぁ」と言ったとき、思わず「あんたのクラスの方が自由じゃね?」と突っ込んでしまいました。
当時、クラスは学級崩壊で子供たちは授業をきかずにトイレや廊下で遊んでいたからです。
他人のことうらやんで、自分の立場が見えないと、やっぱり間違ってしまうのではないかなと思います。
「あの子はアホやな」と思ったときに、自分がアホなことをしないかしていたら注意してやるのが親の役目かなと思います。
2015/11/17(火) 午後 10:00